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残酷な世界の残酷な恋心

作者: 姫崎しう

自作「黒髪ユウシャと青目の少女」の最終場面の短編化です。

短編にするに当たって設定が変わっているところがあります。

また、数年前の作品を今リメイクしたらどうなるのかという実験を兼ねています。

「早く私を殺してくれないかな?」


 1000年前にマオウを倒したという伝説の3人のユウシャの1人――同時に今世のマオウが、ニルと同じ黒髪黒目の女性が、自らの死を今世のユウシャであるニルに乞う。

 だけれど、優しいニルは答えられない。

 なぜなら、彼女を殺すと()()()が次代のマオウになるから。


 わたしも彼には殺してほしくない。

 なぜなら、彼の精神はすでにボロボロだから。優しい彼の心はマオウを殺すと壊れてしまう。


「殺さないなら、東の人を連れて西の国々を攻め滅ぼすよ。

 今の西ならすぐに皆殺しにできるだろうね」


 せめてもうしばらく時間が欲しい。ニルの心が――愛しい人の心の傷が癒えるまでは。

 ニルはマオウを倒すため、わたし――ルーリーノは壁を越え東側に向かうために旅をしてきたけれど、辿り着いたゴールには幸せは置いていなかった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 1000年前この世界では、人と亜人とで大きな戦争があった。

 大陸の西が人。東が亜人で始まった戦争は長きにわたり、亜人側にマオウが生まれたことで、趨勢(すうせい)が変わった。

 すなわち人側が押され、人の領地だった部分の半分が奪われた。

 あわや人の敗北かと思われた時、3人のユウシャが現れる。彼らは全く間に亜人を追い出し、ついにはマオウを倒した。


 しかしマオウの抵抗で3人のユウシャのうち2人が亡くなった。

 そのことを憂いた神様は、人と亜人が争わないように大陸を2つに分ける巨大な壁を作り出した。


 そのように言われていた。本当は1人はマオウになっていたわけだけれど。






 わたしはそんな世界の西側で、半亜人として生を受けた。

 壁により大陸は2つに分かれたけれど、人と亜人が完全に隔離されたわけではない。

 戦争で攻め込んでいた者たちは、故郷に帰ることができずに残されたのだ。


 西に残された亜人たちは迫害され、そのすべてが奴隷として扱われた。

 半亜人ともなれば、亜人よりもさらに下の扱いを受けるのが普通だった。

 だけれどわたしは幸いにも魔法の才能があった。

 奴隷である母に隠され、密かに魔法を教えられながら育てられたのだけれど、10歳になる前に母は死んでしまった。人に殺された。


 母の最期の言葉は「壁を越えて東に行って、幸せになって」。


 人を皆殺しにしたかったわたしは、この言葉のお陰で復讐に取り憑かれなかったのだと思う。

 母の死を見届けた後に逃げ出し、遠くの村に流れ着いたように訪れた。


 幸いわたしの亜人らしい外見的特徴は赤い目だけ。しかもかなり強い魔力を持っていたわたしは、目の色を変えるくらいは造作もなかった。

 まだ幼いわたしはあまり警戒されることなく村に受け入れられ、以降冒険者として村のために働きはじめた。


 ニルは、かつて西側に戻ってきたユウシャが作った王国の、王子だった。

 そのユウシャの血を引き、ユウシャと同じ力を持つニルはその力の強大さゆえに恐れられ閉じ込められていたけれど、壁を越えてマオウを倒す任を神に与えられた。

 そうして出会ったわたし達は東に行くという同じ目的を持つ者同士、一緒に旅することになった。


 その途中。育った村を守るために目の魔法が解けるほどの無茶をして、半亜人だとバレてしまう。

 村の人に非難される中、ニルだけは半亜人であるわたしを受け入れてくれた。

 そこでわたしは彼に恋をしているのだと気が付いた。


 初めてだった。母は東に行けと言ったけれど、東に行ったからと言って半亜人が幸せになれるとは限らない。

 差別される恐れもある。

 それなのに、ニルだけは受け入れてくれた。

 長い間城に閉じ込められ、世間知らずだったからかもしれない。

 だけれどニルが居てくれるだけで、わたしの気持ちは軽くなった。


 しかし旅をする中でニルは確かに疲弊していった。

 当然だ。だってニルは旅に出るまで閉じ込められていたのだから。

 旅の中でニルは人を殺すことがあった。

 亜人奴隷に殺してほしいと頼まれたことがあった。

 ニルを唯一認めていた妹が狙われた。その中で親しくしていた冒険者と殺しあうことになった。


 たった数か月でこれらを経験したニルの心の負担は、わたしの想像を超えるだろう。

 だからこそ、やっとの思いで壁を消した時、ニルは意識を失った。これ以上ニルの心に負担をかけてはいけない。

 マオウの元に向かう前、わたしは密かにそう誓った。





 わたし達の旅の終着点。マオウの居城。

 そこにいたのは、ニルと同じく黒髪黒目を持つ女性。

 わたし達は戦いに来たわけではない。戦わずに済む方法を模索しに来た。

 亜人奴隷の願いを聞いたニルがそう決めた。


「初めまして、待っていたよ。私は東の王、そしてかつての偽の王。名前はユメ。よろしくね」


 警戒心のない友好的な声で、ひとまずわたしはホッとする。

 もしかしたら、戦わなくて済むかもしれないと。

 同時に警戒もする。話が分かりそうな相手だからこそ、戦いになったらニルに負担はかけられないと。


「俺はニル。今日は話し合いに来た」

「話し合い……ね。そちらの要求は西と戦争をしないでほしい事と、西の民の保護だよね」


 西の民は西側における亜人の呼び方。そもそも亜人とは人以外に対する蔑称なので、こちらでは西の民、東の民と呼ぶ。


「ああ。可能な限りの不干渉を望む」

「別にいいよ。でもその代わり、私を殺してくれないかな」

「それはわたしでも良いですか?」


 マオウの要求にわたしが横から入り込む。

 自分を殺してほしいという理由は分からないけれど、殺すだけならわたしでも大丈夫のはず。

 ニルに殺させないためにも、こう言うしかない。


 だけれどマオウは首を振った。


「無理だよ。ルーリーノちゃんに私は殺せない。糞ったれなこの世界で私を殺せるのはニル君だけなんだよ。

 折角だからそのあたり話してあげる。何も知らないままというのも、かわいそうだからね」


 マオウはそう言うと、いったん間をおいて話し始めた。


「そもそもこの世界は西と東で争うことが前提で作られた世界なんだよ。

 力が弱いけれど数が多く器用な西の民と、力は強いけれど数は少なくさらに細かく種族が分かれる東の民。この2つの勢力が戦争をし続けるように神が作った。

 西の王と東の王、西で言うところのユウシャとマオウは、その争いを加速させるための舞台装置。


 まずマオウが生まれて、それから対抗するようにユウシャが生まれる。

 マオウになるのは西の民に恨みを持つ、最も強い東の民。マオウになると恨みが増幅されて、西の民を殺さずにはいられなくなるの。


 私がマオウになったのは、私の力で無理矢理ねじ込んだからだけど。

 実は私はかつてユウシャと呼ばれたうちの1人なんだよ」


 驚いたとばかり言うけれど、その髪の色と瞳の色で何となく予想は出来ていた。

 ニルも大して驚いた様子はなく「そうか」とだけ返している。

 わたし達の反応が今一つだったのか、つまらなさそうに唇を尖らせたけれど、気を取り直したように続きを話し始めた。


「でもね、この世界はまだ始まってすらいないんだよ」

「始まってない?」


 ニルが訝しげにマオウを見る。

 わたしも同じ気持ちだ。1000年前に既に戦争は起きている。ユウシャとマオウも生まれたはずだ。

 ニルはその血を引いているし、話しているマオウも元はユウシャだ。

 でも、言われてみるとおかしな点がいくつもある。

 争うために作られた世界で、どうして壁が作られたのか。神が作ったとされるけれど、そんなものがあれば西と東は争えない。


 マオウが1人でユウシャが複数と言うのも違和感がある。


「先の戦争でこの世界には正しくマオウが生まれた。

 だけれど、ユウシャが生まれるよりも前に、イレギュラーによって倒された。

 そのイレギュラーが私達。異世界からやってきた、ユウシャやマオウよりも強い偽の王。


 マオウすら容易に倒した私達は東と西で争いが起こらないように、1人が壁を作って力を使い果たした。1人はマオウを倒したことを伝えに西に戻った。そして最後の私は王を失い荒れた東を治めることになったの。

 でもね、私はすぐに封印されたわ。マオウになってこの世界のシステムに組み込まれちゃったんだよね。


 それから1000年ほど。私を倒せるユウシャが現れるのを待った。

 残酷なこの世界はどうしても、人々を争わせたいみたいで、私達を邪魔に思ってる。

 偽の王の作った壁はこの世界の神には壊せない。偽の王である私をこの世界は殺せない。

 だから、偽の王の力を持った存在にどちらも壊してもらおうとしてる」

「待ってください。そうだとしても、貴女が死ななければいけないわけではないはずです」


 偽の王だったためか、マオウ――ユメさんはむやみに戦争を仕掛けようとはしていない。

 彼女がマオウであれば、争うことなくいられるはず。

 だけれどユメさんは首を左右に振った。感情のない瞳がわたしを捉える。


「私はもう疲れたんだよ。1000年も封印されて、元の世界に帰る術もなくて、相変わらず西では東の民が奴隷にされていて。私達がしてきたことは何だったんだろうなって。

 それなのにマオウになった私は自分で死ぬ事もできない。ようやく私を殺すことができる人がやってきたのに、諦めろなんていわないよね?」

「それは……」

「それに戦争を起こしたくなければ、ルーリーノちゃんが頑張ればいいんだよ。

 次のマオウは貴女だから」

「え……?」


 ユメさんの言葉に思わず声が漏れる。

 次のマオウがわたし?


「この世界でまともに戦える東の民の中で、一番西の民に恨みを持っているのは貴女だもの。

 私を除くと実力的にも一番強そうだけど」

「わたしは恨んでなんか……」

「今はそうでも昔は違うよね? 恨みは覆い隠すことはできても、なくすことはできないよ。

 血が半分だけというのも問題ないかな。初代マオウも半亜人だったし」


 確かにわたしは恨んでいた。母を殺した存在を、社会を、人を。殺したいほどに。


「さて、早く私を殺してくれないかな?」


 ユメさんがニルに乞う。


「殺さないなら、東の人を連れて西の国々を攻め滅ぼすよ。

 今の西ならすぐに皆殺しにできるだろうね」


 そうして選択肢を奪っていく。

 追い詰めないで、これ以上ニルを追い詰めないで。

 ニルに負担をかけないで。

 きっと貴女を殺せば、ニルは壊れてしまう。せめて貴女が絶対的な悪ならよかったのに。


 どうしてこんなに酷いことをするの?


 いや、酷いのは、残酷なのはこの世界。

 争いのためだけに作られ、かつてのユウシャの力を受け入れなかったこの世界。


――トクン


 嫌な予感に心臓が跳ねた。絶対に気がついてはいけない、そんな嫌な予感が。

 でも現状を打開しようと、思考が進んでしまう。


 この世界は偽の王、かつてのユウシャを許容しない。

 壁もマオウも破壊するためにニルが作られたと言える。

 でも、確か……。


――ああ……。

――嫌だ、嫌だ。嫌だ。

――気が付きたくなかった。気が付いてしまった。


――でも、これでニルを助けられるかもしれない。


「確認したいことがあります」

「何? 私は早く殺してほしいんだけど」

「世界はかつてのユウシャの存在を認めていないんですよね?」

「そうだね。壁も私も……」

「ニルの血もですか?」

「そうだね。ニル君の血もきっと世界は認めていない。

 世界はニル君を殺すことはできないかもしれないけれど、きっとニル君の子供は殺すよ。

 子孫を残させることはしない。そうして、この世界から私達の痕跡が消えるの」


 うん。うん。そうなのだ。

 それはつまりそうなのだ。


 わたしは挑戦することすらできない。

 わたしの恋心は世界に否定された。


 だから、きっと大丈夫。


「1つ交渉をしましょう」

「交渉……ね? 私の要求は変わらないよ?」

「わたしはマオウになるんですよね? わたしがマオウ――東の王としてやっていけるようになるまで、時間をください」

「引継ぎをちゃんとしろってこと?」

「1000年待ったんですから、数年わたしを教育してくれても良いと思うんですよね。

 その代わり、ニルにはちゃんと殺してもらいます。だから今は時間をください」


 ニルの心を休ませてあげるだけの時間をください。

 きっとここが妥協点だから、どうかお願いします。


「……わかったよ。面倒見てきた東の民が混乱するのも嫌だしね。

 でも期限は3年。それまでに覚えてもらうからね」

「わかりました」

「おい、ルーリーノ! 勝手にそんなこと……」

「大丈夫ですよ。わたしは戦争なんて始めませんから。

 ですが1つお願いです。マオウになるわたしを、騎士としてずっと守ってくれますか?」

「……ああ、分かった」


 ニルが覚悟を決めたようにうなずく。

 大丈夫。これで大丈夫。


 だってわたしは西の民のことなんてどうでもよくなるくらい、この世界を恨んでいるから。

 ニルを傷つけるこの世界を、ニルを認めないこの世界を。

 わたしの恋心を否定したこの世界を、絶対に、絶対に許さないから。

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