97話
「──オイ、破闇」
「……何かしら、鬼龍院君」
「これは……どういう状況だ……?」
「……わからないわ。私も、今来たばかりだから」
──訓練所の中。
勇輝たちから少し離れた所に、見慣れた二人が向かい合って立っていた。
片方は、膝下まである長い白色のローブに身を包んだ、赤色の模様の刻まれた不気味なお面を顔に付けた少年。
片方は、美しい聖鎧に身を包み、右腕に聖盾を身に付けている、正に勇者のような少年。
互いに武器を持っていないが──どう考えても、戦う空気だ。
そこから遠く離れた所には、綺麗な服に身を包む男性と、可愛らしい少女が豪華な椅子に座っていた。
──『人王』エクステリオンと、王女シャルロット。
何故こんな所にいるのか──今の勇輝には、そんな事を考える暇はなかった。
「た、小鳥遊! お前は何も聞いてないのか?! 聡太と剣ヶ崎が戦うとか、わけがわかんねぇぞ?!」
「わ、私に言われても……私と討魔くんが広間にいたら古河君が来て……いきなり討魔くんと戦わないといけない事になったって言って……討魔くんも、何か理由があるんだねって納得してたし……何が何だか……」
この場にいるのは、破闇や小鳥遊だけではない。
宵闇も、遠藤も、土御門も、水面も、氷室も、川上先生も──ミリアも、ハルピュイアも、アルマクスも、フォルテも、火鈴もいる。
「……チッ……! いざとなったら、オレが……!」
「えぇ。いつでも止められるように準備しておきましょう」
「う、うん!」
肌を刺すようなピリピリとした空気の中、勇輝たちが万が一の時のために気合いを入れ──
「──残念ですけど、あの二人を止めるのなら、アナタたちでは力不足ですよぉ」
横から聞こえた声に、三人はそちらへ視線を向けた。
そこには──退屈そうにアクビを漏らす、幼い『紅眼吸血族』の姿が。
「……力不足って、どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよぉ……あの二人がぶつかり合えば、アナタたちでは止められませんよぉ。それ所か、ムダに巻き込まれるだけですぅ。大人しくボクの後ろにいた方が、身のためだと思いますよぉ?」
冷たい口調で話すアルマクスが、その血色の瞳を勇輝たちに向けた。
「もうアルマくん。もっと言い方があるでしょ〜?」
「……あのですね、ボクは《死を運ぶ魔獣》に復讐をするためにソウタと手を組んでいるんですぅ。別に仲間内での喧嘩を見るために手を組んでいるんじゃないんですよぉ。下らない事に時間を使わせないで欲しいんですけどぉ?」
ギロッと瞳を動かし、アルマクスが火鈴を睨み付けた。
──アルマクスの体から、地獄の底から溢れ出しているかのような禍々しい殺気が放たれている。
その殺気を直接向けられていない勇輝たちが、レベルの違う強者を前にしてゴクリと喉を鳴らし──
──チリッと肌の焼け付くような感覚に、勇輝たちは別の方向へと視線を向けた。
にこやかに笑う火鈴──その体から、炎のように熱い覇気が放たれている。
「──なんでお前らが戦う雰囲気になってんだよ……」
『憤怒のお面』を付けている聡太が、どこか呆れたように呟いた。
「双方、準備はできたな」
「ああ」
「はい」
セシル隊長の言葉を聞き、聡太と剣ヶ崎が向かい合った。
『紅桜』を抜いて身構え──聡太が小さく頷く。
それを見て、剣ヶ崎も聖剣を抜いて小さく頷いた。
──何故こうして戦う事になったのか、剣ヶ崎に説明していない。
だが──剣ヶ崎は、何か理由があると察している。
……元の世界にいた時も、このくらい察しが良ければよかったのだが。
「では──始めッ!」
セシル隊長が、戦いの合図を出した──瞬間。
──ドッグンッッ!!
「【憤怒に燃えし愚か者】ッ!」
「【嫉妬に狂う猛き者】──!」
聡太の体から大きく脈打つ音が響き──全身に赤黒い紋様が浮かび上がる。
お面の下で、聡太の瞳が赤色に変化し──背中に刻まれている『大罪人』の模様が、眩しく輝き始めた。
剣ヶ崎の体からも脈打つ音が響き渡り──全身に紫紺の紋様が浮かび上がった。
瞳は紫色に変色し、左腕にある『大罪人』の模様が明るく輝き始める。
「『三重詠唱・剛力』ッ!」
「はぁ──『パワード』、【増強“絶”】ッ!」
聡太の姿が消え──遅れて地面に亀裂が走り、辺りに暴風が吹き荒れる。
何かを感じ取ったのか、剣ヶ崎が振り返りながら聖剣を振り抜いた。
瞬間──
──ズッッウウウンンッッッ!!!
訓練所が揺れ──剣ヶ崎の足元が陥没。
いつの間に移動したのか──剣ヶ崎の目の前には、『紅桜』を振り下ろした状態の聡太がいた。
だがその一撃は──剣ヶ崎の聖剣によって、完全に相殺されている。
「シルフッ!」
『おう!』
「『シルフ・ブレイド』ッ!」
剣ヶ崎の聖剣から風が吹き──本能的に危険だと察したのか、聡太がその場から大きく飛び退いた。
瞬間──聖剣が巨大化。
否、巨大化ではない。聖剣から吹いていた風が形を成し、大きな風の刃を作り出しているのだ。
「サラマンダー!」
『……うむ』
「『スピリット・ブレイド』ッ!」
聖剣に炎が宿り──風の影響を受け、一気に炎が燃え広がった。
そのまま少しずつ形を作り始め──やがて、巨大化な炎の剣が作られる。
「──【斬撃“絶”】ッ!」
剣ヶ崎が聖剣を振り下ろし──炎の斬撃が放たれる。
空気を焼き、地面を溶かしながら迫る炎斬撃──対する聡太は、『紅桜』を両手で握って高々と持ち上げた。
「『剛力』解除──『二重詠唱・雷斬』、『付属獄炎』」
聡太の『紅桜』がバチバチと放電を始め──次の瞬間、刃を黒い炎が覆い隠した。
白い雷と黒い炎が混ざり──やがて、黒い雷へと変化した。
「合体魔法──『裁きの黒雷斬撃』ッ!」
聡太が『紅桜』を振り下ろし──黒雷の斬撃が放たれた。
剣ヶ崎の斬撃と、聡太の斬撃が正面からぶつかり合い──次の瞬間、剣ヶ崎の炎斬撃が、聡太の黒雷斬撃に呑み込まれた。
「なっ──?!」
慌てた様子で剣ヶ崎が横に飛び──次の瞬間、先ほどまで剣ヶ崎のいた所を、聡太の斬撃が走り抜けた。
その斬撃の進む先には──勇輝たちの姿が。
「ちょっ──」
「『第四重絶対結界』っ!」
──勇輝たちの目の前に、黄色の結界が現れる。
黄色の結界に黒雷斬撃が衝突し……一瞬の拮抗の後、斬撃が嘘のように霧散した。
「た、助かったぜ嬢ちゃん……」
「気にしないでください。それより……少し離れた方が良さそうですね。ここにいたら、さらに危ない攻撃が飛んで来るかも知れません」
ミリアたちが、聡太たちから少し離れ──それを横目で確認し、聡太が剣ヶ崎に手のひらを向けた。
「『嵐壁』ッ!」
剣ヶ崎の足元に魔法陣が浮かび上がり──そこから、巨大な竜巻が巻き起こった。
竜巻の中心に閉じ込められる剣ヶ崎──並の人間ならば、風の刃に斬り刻まれて絶命してしまう事だろう。
だが──相手は、【大罪技能】に目覚めた勇者だ。
「くっ──サラマンダー!」
『ああ、使うが良い!』
「『精霊憑依』ッ!」
剣ヶ崎が鋭く叫んだ──瞬間。
──『嵐壁』が簡単に霧散される。
それと同時、辺りに熱風が吹き荒れ──聡太は理解した。
あの膨大な熱が原因で、『嵐壁』が無効化されたのだ、と。
「……なんだそりゃ。お前、いつの間に【竜人化】が使えるようになったんだ?」
「違うよ。これは『精霊憑依』。契約している精霊の力を、ボクの体に宿しているのさ」
剣ヶ崎の全身を、紅の鱗が覆い尽くした。
炎のようにうねる尻尾が、真っ赤に燃える二本の角が、赤く揺らめく翼が生え──火鈴の【竜人化】と似たような姿になる。
「行くよ──『ムーブ・サラマンドラ』ッ!」
剣ヶ崎の足裏から炎が漏れ出し──まるでロケットのような見た目で、聡太に突っ込んだ。
予備動作もない予想外の動きに、聡太が一瞬だけ硬直し──その隙に、剣ヶ崎が聡太との距離をゼロにして、聖剣を振り上げた。
「チッ──!」
地面を蹴り、聡太がその場から飛び退く──寸前。
「させない──ウンディーネッ!」
『いつでもいいですわー♡』
「『精霊憑依』、『ウルディ・ウィップ』ッ!」
剣ヶ崎の右腕に水が宿り──右手に持っている聖盾から、水の鞭が放たれた。
水鞭は聡太の『紅桜』に絡まり付き──刀を振り回して水鞭を振り払おうとするが、全く離れない。
……厄介な技だ。だが──
「『凍絶』」
──聡太の体から、尋常ならざる冷気が発せられる。
剣ヶ崎の聖盾から伸びている水鞭があっという間に固まり──聡太が腕を振るのと同時、氷片となって砕け散った。
「シルフッ!」
『ああ! やっちまえッ!』
「『精霊憑依』、『シルフ・ブレイド』ッ!」
聡太が剣ヶ崎から距離を取った──瞬間、剣ヶ崎の左手が風を纏った。
風は少しずつ腕へと広がっていき──やがて、左腕が風に支配される。
「はぁ──!」
剣ヶ崎が聖剣を真横に振り抜き──聖剣から風刃が放たれる。
──【斬撃】を使っていないのに、斬撃を飛ばす技か。
そういえば……先ほど剣ヶ崎は、【増強】の事を【増強“絶”】と、【斬撃】の事を【斬撃“絶”】と呼んでいた。
おそらく、【大罪技能】に目覚めた事で、【技能】のレベルが上がったのだろう。
そんな事を思いながら──聡太は、右手を上に掲げた。
「──『三重詠唱・黒重』ッ!」
不可視の重力が辺りを襲い──剣ヶ崎の風刃を、一瞬で地面に沈めた。
「……やるね、古河」
「それはこっちのセリフだ。まさかあんな簡単に『嵐壁』を無効化されるとはな」
……くそ。まだ『人王』は満足しないのか? これだけ戦えば、聡太と剣ヶ崎の実力はもうわかっただろうに。
「それで……まだ、続けるのかい?」
──まだ、終わる条件を満たしていないのか?
言外にそう問い掛けてくる剣ヶ崎に、聡太は『紅桜』の切っ先を向けた。
「ああ。悪いが、もう少し付き合ってもらうぞ」
全て終わったら、剣ヶ崎に飯でも奢ってやろう──そんな事を思いながら、聡太が剣ヶ崎に飛び掛かった。