92話
──アンタ、ウチの伴侶になりなさい。
その言葉を聞いた──瞬間、ミリアと火鈴は、まるで石になったかのように固まった。
「……いや、何言ってんだお前。無理に決まってんだろ」
若干引いた様子の聡太が、冷たい目でフォルテを見る──否、睨み付ける。
「『褐女種』に共通して見られる性質……アンタは知ってる?」
「……『褐女種』の子どもは、『褐女種』として生まれる。女の個体しか存在せず、男の個体は存在しない。んで──より強い子孫を残すために、自分よりも強い男を求める……だろ?」
「なら、ウチの言いたい事……わかるわよね?」
顔を寄せ、情熱的な視線で聡太を見つめる。
「もう一度だけ言うわ──アンタ、ウチの伴侶になりなさい」
先ほども言った言葉を繰り返すフォルテの姿に──聡太とアルマクスは、密かに眉を寄せた。
──コイツ、何が目的だ?
フォルテの顔を見る聡太とアルマクスは、フォルテが何かを隠している事に気が付いた。
コイツが聡太の伴侶になりたいと言っているのは……一応、事実だ。嘘ではない。
だが……他にも、何かを隠しているような……?
「無理に決まってんだろうが。退け」
フォルテを押し退け、『妖精国』の外に出ようと──
「待ちなさい」
フォルテが聡太の手を握り、真剣そうな眼差しを向ける。
「……なんだ? 俺は忙しいんだ。これ以上邪魔するなら──殺すぞ?」
──息が詰まるほどの、濃密な殺気。
だが──フォルテは、視線を逸らさない。
「アンタ、『十二魔獣』を殺すのが目的とか言ってたわよね」
「……ああ。そうだ」
「なら、ウチも連れて行きなさい。その道中で、アンタを落としてみせるわ」
フォルテの言葉に──聡太とアルマクスは、直感的に理解した。
聡太の伴侶になりたいというのは、おそらく建前。コイツの目的は──『十二魔獣』を討伐する旅に同行する事だろう。
だが……何故『十二魔獣』を討伐する旅に同行したがる?
「どう? 悪い話じゃないでしょ? アンタは戦力が得られる。ウチは将来の伴侶と一緒にいられる。ほら、どっちにも良い事しかないでしょ?」
「誰が将来の伴侶だ」
言いながら──聡太は頭を回転させる。
──フォルテの瞳には、強い感情が宿っている。
その感情は──『十二魔獣』に対する怒りだ。
コイツも、『十二魔獣』に家族を殺されたのか? 否。それだったら、怒りではなく復讐心を抱くだろう。
──コイツは、何が原因で『十二魔獣』に怒りを持っている?
ちら、とアルマクスへ視線を向け──聡太と同じ考えなのか、アルマクスもどこか複雑そうに目を細めている。
「……一つだけ聞かせろ。お前はなんで、そこまでして俺に付いて来ようとする? 殺されるかも知れない旅なんだぞ? だったら、俺以外の強い奴を探して、ソイツと平和に暮らした方が良くないか?」
「嫌よ。ウチより強いのは、今まで出会った中ではアンタだけ。それに、アンタ以上に強い男なんて、そうそういないでしょ。『褐女種』は、狙った男を逃がさない。悪いけど、どれだけ拒絶してもウチはアンタに付いて行くから」
なるほど──薄らとだが、理解した。
コイツが聡太の伴侶になりたいのは本気。だが、本当の目的は、『十二魔獣』を討伐する旅に同行する事。
何で同行したいのかわからないが──コイツの抱いている『十二魔獣』への怒りは、とても強い。
一応、信用できなくはない。それに、フォルテは強い。それこそ、正面から『十二魔獣』と戦えるほどに。
──『十二魔獣』と戦う時の戦力は、少しでも多い方がいい。
「……アルマクス」
「……まあ、いいんじゃないんですぅ? その人の目的はよくわからないですけどぉ……どうやら、『十二魔獣』に因縁があるみたいですしぃ」
「そうか……」
フォルテは、聡太に対して好意を持っている。というのも、『褐女種』の本能が、聡太の強さに魅力を感じているのだろう。
それに加えて、『十二魔獣』を討伐する旅に同行したがっている。
となれば……裏切る可能性は低い。
なら、連れて行っても問題ないだろう。
「……アルマもこう言ってるし、お前を連れて行く事には賛成だ」
「あら。てっきりもっと拒絶されるかと思ったんだけど」
「戦力は多い方がいいからな……だが──」
──ゾクッと、聡太の体から冷たい殺気が放たれる。
「お前の伴侶になるつもりはない。もしもふざけた行動を取るようだったら、すぐに手を切る。いいな?」
「えぇ。これから落とすつもりだし、構わないわ」
鼻息を荒くするフォルテが、満足そうな笑みを浮かべる。
半ば諦めたようなため息を吐き、聡太が『妖精国』の外に出ようとする──と。
「ちょ、ちょっと聡ちゃん?! 連れて行くの?!」
さっきまでずっと黙っていた火鈴が、聡太の肩を掴んで乱暴に揺さぶる。
「まあ、一応な。実力的には問題ないし……いざという時には、囮にでも使えるだろ」
「聞こえてるわよ」
火鈴が不満そうに頬を膨らませ……だがそれ以上は何も言わずに、黙って聡太の右手を握る。
「──ん?」
ふと、左手に柔らかな感覚。
視線を落とすと──不機嫌そうに目を細めるミリアが、聡太の左手を握っていた。
「……何ですか?」
「いや、別に」
フォルテを睨み付けていたミリアが、視線を上げて聡太の顔を見上げる。
よくわからないが、コイツらの好きなようにさせておこう。
「……んじゃ、行くか」
次の目的地は、『リーン大海』。
『水鱗族』が暮らす海であり、海底には『大罪迷宮』が存在する。
何の目的があるかわからないが……『十二魔獣』は『大罪迷宮』を攻略し、この世界にいる種族を滅ぼそうとしている。
だとすれば、ほぼ間違いなく『リーン大海』にも現れるだろう。
「とりあえず一言だけ言っておきますけど、その格好で何言ってもカッコ悪いだけですよぉ?」
アルマクスのそんな言葉を最後に、聡太たちは『リーン大海』に向けて出発した。
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──許せなかった。
この世に存在する悪が、どうしても許せなかった。
ウチの父は、処刑人だった。
悪を裁き、その罪を償わせるために罪人を何人も殺した。
正義感の塊だったウチは、そんな父に憧れていた。
──悪には正義を。過ちには償いを。罪人には断罪を!
気がつけばウチの手には、大きな剣が握られていた。
十二歳の時に討伐したドラゴンの牙や爪で作られた、ノコギリのような大剣だ。
ウチはこの大剣で、多くの罪人を殺した。
捕まえて、殺して。裁いて、殺して。償わせて、殺して。
気がつけばウチは、『褐女種』の中で正義の処刑人と呼ばれていた。
──そんなある日の事だった。
とある用事があって、ウチは『妖精国』に足を運んだ。
そこでウチは、幼い『妖精族』に持ち物を盗まれた。
盗人を追い詰め、その首に大剣を突きつけ、ウチはその『妖精族』に問い掛けた。
──何故、盗みをするのか。何故、悪事に手を染めるのか。何故、悪い事をしたのか。
ウチの問い掛けに、『妖精族』は何の迷いもなく答えた。
──盗まないと、自分が死ぬから。盗んだ物を売って金にしないと、ご飯が食べられないから。親もいない自分は、こうするしか生きる方法がないから。
その言葉を聞いて、ウチは気づいた。
ああ……悪いのは、人ではない。
悪いのは──この世界なのだと。
聞けば、今の『妖精族』は、突如現れた『十二魔獣』が原因で、他国との売買ができていないとか。
このままでは目の前の『妖精族』だけでなく、世界までもが終わってしまうだろう。
だからウチは、『十二魔獣』と戦う事を決意した。
そして──とある日、たまたま国外に出たウチは、一匹の『十二魔獣』と出会った。
上半身は人間、下半身は馬。手には大きな弓を持った、不気味な男だった。
ソイツは《太陽を射る魔獣》と名乗り、ウチに攻撃を仕掛けて来た。
今まで負けた事なかったウチは、大剣を片手にソイツと戦った。
結果は──ボロ負け。
両腕と右足、そして左腹部を弓で射抜かれたウチは、どうにかしてソイツから逃げ出した。
【回復魔法】により傷は癒え、傷痕すらも残っていない。
だが──『褐女種』としての心には、深い傷が残ったままだった。
──負けっぱなしではいられない。リベンジしないと気が済まない。
だけど……正面から戦っても、勝てるわけがない。それほどにまで、実力差があった。
このまま、世界が滅びるのを待つしかないのか──そう思っていたウチの前に、一人の少年が現れた。
黒髪に黒目。そこまで強そうに見えないのに、ウチを簡単に相手にする実力を持っている。
聞けばソイツは、『十二魔獣』を討伐するために旅をしているのだとか。
──コイツと一緒に行動すれば、この世界を変えられる。
それに加えて、ウチの『褐女種』としての本能が、少年に性的魅力を感じていた。
──欲しい。この少年が欲しい。
『十二魔獣』を討伐して、伴侶にして欲しい。
種族としての本能なのだから、抗えない。
だからウチは──少年に頼んだ。
──ウチを伴侶にしなさい。
我ながら、バカな理由だと思う。命が危ない旅なのだ。そんな理由で付いて来たがる奴なんて、連れて行かないだろう。
だけど……『十二魔獣』が許せないから、ウチも同行させなさいという方が、よっぽど信じないと思う。
『十二魔獣』とは破壊の象徴。そんな化物を討伐する旅に自分から同行しようとする奴は、普通はいないだろう。
色々と話し合った結果、ウチは少年の旅に同行する事になった。
──これはチャンスだ。
世界を倒し、さらには伴侶を得られるチャンスなのだ。
だから──
「絶対に、ウチの物にしてみせる」