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91話

 ──あなたが好きだと、言えなかった。

 だって、彼は……私なんかとは、到底釣り合わない。

 強くて、優しくて、頭が良くて、カッコいい──対する私は、醜い『黒森精族(ダークエルフ)』。


 ……それに、彼の周りには、彼の事を想う少女がいる。

 可愛くて、優しくて、胸も大きくて……何より、私よりも長い時間を彼と過ごしている。


 ……わかっている。

 私は、彼の隣にいる事はできても──永遠に(そば)に居続ける事はできない。

 そもそも、『人類族(ウィズダム)』と『森精族(エルフ)』では寿命に雲泥の差がある。

 もしも彼と結ばれたとしても──間違いなく、彼の方が先に逝くだろう。

 ──また大切な人に、先に逝かれる。

 両親を失った時の悲しみを、また味合わなければならないのだ。


 ああ……でも……それでも。

 やっぱり私は、彼の(そば)にいたい。

 それが、叶わないワガママだとわかっている。

 けど……そう願うのも、仕方がないだろう。

 だって私は──彼の事が、好きなんだから。


「……ソータ様、起きてますか?」


 隣のベッドで眠る彼に、小声で問いかける。

 ……返事はない。しっかりと眠っているようだ。

 これは、ミリアしか知らないが……一度眠った彼は、なかなか目を覚まさない。もちろん、敵意を向けられたり、殺気を感じ取ったりした時は別だが。

 独りで『大罪迷宮』にいた時は、モンスターに襲われないよう【気配感知】を発動したまま眠っていたのだろうが──独りではなくなってから、彼は見張りを信じてグッスリと眠るようになった。

 いや……ミリアたちを信じているからこそ、安心して眠れるのだろう。


「……ごめんなさい、ソータ様」


 誰にも聞こえない謝罪を口にし、ミリアが立ち上がった。

 そして──彼の横に、体を潜り込ませる。

 ああ……これは、裏切りだ。

 ミリアなら、何もしないだろう──そう信じて眠っている彼への、裏切りだ。


「……あなたの伴侶にして、なんて贅沢な事は言いません。だから──」


 彼の肩に顔を()り寄せ──愛おしい者の名を呼ぶような甘い声で、呟いた。


「──あなたの事を、こっそり(かげ)から好きだと想うのは……許してくださいね……?」


────────────────────


「──ん……ああ……」


 ──早朝。

 目を覚ました聡太が、ゆっくりと体を起こそうと──して。


「……ん……?」


 ふと、左腕に違和感を感じた。

 そちらに顔を向けると──隣のベッドで眠っていたはずのミリアの姿が。


「は……?」


 ──なんでミリアがここに?

 昨夜の出来事を思い出すが──ミリアが隣にいたという覚えはない。

 なら……聡太が眠っている間に、聡太の隣に来たのだろう。


「はぁ……ったく……」


 横を向き、ミリアの体を自分の胸に抱き寄せる。

 ……暖かい……それに、とても細くて柔らかい。強く抱き締めたら、簡単に折れてしまいそうなほどに。


「……暖かいな、ミリアは……」


 小さな体の暖かな温もりに、聡太の表情が柔らかくなる。

 ……ミリアは暖かい。体も、心も。


「……寝てる、よな……?」


 念のため、もう一度ミリアが眠っているかを確認する。

 穏やかな寝息を立てている事を確認し──聡太がポツリと呟いた。


「……本当にありがとう。ミリア」


 昨日言った感謝の言葉を、再び口にする。

 聡太にとって、ミリアは──凍り付いた冷たい心を優しく溶かしてくれた、太陽のような存在だ。

 だから──


「……お前は、俺みたいな奴と一緒にいちゃダメだ」


 自分の性格は、自分が一番良くわかっている。

 聡太は冷たい。それに、人間として大切な感情を失っている。

 その感情とは──命に対する考えが、軽くなってしまっている事だ。

 優しくて暖かいミリアと、残酷で冷たい聡太。

 正反対の二人が、これ以上一緒にいれば……ミリアに悪影響が出るだろう。


「……でも……」


 ──離れたくない。離れられない。

 この少女がいたからこそ、今の聡太が在る。

 そう……こうして誰かを信じる事ができているのは、全てミリアのおかげなのだ。


「……はっ」


 ミリアもかなり聡太の事を特別扱いしているが、自分も大概だな──そんな事を思いながら、聡太が鼻で笑った。

 聡太は他人の考えや感情に敏感だ。

 だから……ミリアが自分の事をどう思っているか、何となくは察している。

 だが──聡太を好きになるなんて、間違いだ。


「……お前には、もっと相応しい男がいる」


 そう──ミリアが聡太に好意を持っているのは、ミリアの居場所となったのがたまたま聡太だったからだ。

 あの時、ミリアに出会っていたのが聡太じゃなかったら、テリオンを討伐したのが聡太以外の誰かだったとしたら──聡太とミリアは、出会う事もなかっただろう。


「──ん、ぅ……」


 腕の中のミリアが、モゾリと動いた。

 ふるふるとまつ毛が震え、ゆっくりと灰色の瞳が開かれる。


「……ソータ……様……?」

「おう、起きたか……調子はどうだ?」

「あ…………はい。とても良いです」


 まだ頭がボンヤリとしているのか、眠たそうにアクビを溢し──


「──え?」


 ようやく現状に気づいたのか、ミリアが間の抜けた声を漏らした。


「そ、ソータ様? その……これは……?」

「お前が勝手に俺のベッドに入って来てたんだろうが……」

「あ……そ、そうでした……すみません……」


 ミリアが聡太から離れ、申し訳なさそうに何度も頭を下げる。


「……んじゃ、外に出る準備を始めるか。次の目的地は『リーン大海』だし、早めに出発するぞ」

「は、はい!」


────────────────────


「──はいぃ? もう一回言ってくれますぅ?」


 『妖精国』の外へと向かう途中。

 聡太の言葉を聞いたアルマクスが、不機嫌そうに顔を歪めた。


「……だから、悪かったって」

「ちゃんと誠意を込めて謝ってもらえますぅ?」

「チッ……裸を見て申し訳ありませんでした」

「めちゃくちゃ舌打ちしましたよねぇ?」


 ギロッと、アルマクスが聡太を睨み付け──どこか諦めたようにため息を吐いた。


「はぁ……もういいですぅ。次からは注意してくださいねぇ?」

「ああ」


 そんな感じの話をしながら、聡太たちは国の外を目指して歩き続け──


「──待ってたわ……!」


 国の出入り門まで来た聡太たちの前に、一人の女性が立ち塞がった。

 金髪に金瞳。凸凹の少ない体には最低限の服を着ており、褐色の肌を惜し気もなく晒している。

 一見(いっけん)は美しい女性だが──その手には、聡太ほどの大きさの歪な大剣が握られている。


「……お前は……」

「ふ、ふふふっ……門の前にいれば会えると思って、門の前にいたのは良いものの……まさか、丸一日ここで待ち続ける事になるとはね……!」


 よくわからない事を言いながら、女はゆらりゆらりと近づいてくる。


「ソータ様。彼女は……?」

「……昨日話した『褐女種(アマゾネス)』だ。気をつけろ。強いぞ」


 警戒心を剥き出しにする聡太を見て、ミリアたちが素早く身構えた。


「ちょ、ちょっと! 別にウチはアンタたちと戦うつもりはないわよ?!」

「……なら、何しに来た?」


 てっきり復讐目的かと思ったが、どうやら違ったらしい。

 本気で違うと訴える姿に、聡太はほんの少しだけ警戒を解いた。


「それじゃ、改めて──ウチの名前はフォルテ・ホープ。見ての通り、『褐女種(アマゾネス)』よ」

「……んで? その『褐女種(アマゾネス)』が、俺に何の用だ?」


 瞳を細める聡太が、鋭い声で問い掛ける。

 一般人ならば、怯えて声が出なくなるであろう威圧──だがフォルテは瞳を逸らさず、真っ直ぐに聡太を見据えた。


「アンタ、名前は?」

「……古河 聡太。聡太が名前で、古河が家名な」

「ソータ・フルカワね……」


 ズカズカと聡太に近づき──フォルテが、聡太の肩に手を置いた。

 いつでも刀を抜けるように身構える聡太──その頭を、予想外の言葉が撃ち抜いた。


「──アンタ、ウチの伴侶になりなさい」

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