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90話

 ──風呂場を静寂が包み込む。

 ……なんでミリアが? 何しに来たんだ?

 つーか顔真っ赤じゃねぇか。マジで何やってんだよ。


「……ミリア」

「はいっ」

「風呂のお湯、お前が入れてくれたんだろ? ありがとな」

「あ……はい。どういたしまして」


 違う。そうじゃない。

 くそ、わけがわからない。なんでこうなった。俺、さっき風呂に入るって言ったよな?

 あれ? って事は──コイツ、わざと入ってきたのか?

 それもそうか。わざわざ風呂に入るのに、タオルで体を隠す奴はいないだろうし。


「……お前、何しに来たんだ?」

「その……お背中を、流そうかと思いまして……」


 相当恥ずかしいのだろう。ミリアは聡太と目を合わせようとしない。

 そんなに恥ずかしいのなら、入って来なければいいのに。


「……いや、別にいい。つーか出て行け。今すぐに」

「……いえ……そういうわけには……」


 そう言って──ミリアが表情を暗くさせる。

 いつもは見せないような表情に、聡太が不思議そうに問い掛けた。


「……何かあったのか?」

「……私は…………私は、ソータ様よりも弱いです。カリンよりも、ハピィよりも、アルマよりも……誰よりも、弱いです」


 急な告白に、思わず聡太が首を傾げた。


「急にどうしたんだ?」

「……先日、『大罪迷宮』を攻略している際に、自分の偽者に言われたのです。あなたでは、ソータ様の邪魔にしかならないと。私は……その言葉を聞いて、納得してしまいました」


 悔しそうに声を震わせ、ゆっくりと続ける。


「私は、戦闘でお役に立てません……『十二魔獣』という強力な化物と戦うのなら、私よりもハピィの方が役に立つでしょう」

「そんな事──」

「そんな事ないと、ソータ様ならおっしゃるのでしょうね……でも、自分の事は自分がよくわかっています──私では、ソータ様のお役に立つ事ができません。それ(どころ)か、足を引っ張るだけの邪魔な存在でしょう」


 美しい灰色の瞳が、泣きそうに揺れる。


「あの森の中で、ソータ様は言ってくれましたよね。この世界にいる間は、俺がお前の居場所になってやる、と」

「……ああ」

「その言葉を聞いて、私がどれだけ救われたのか。私がどれだけ嬉しかったのか──私がどれだけあなたの力になりたいと強く思ったのか。私がどれだけあなたに尽くしたいと強く思ったのか。それは多分……私以外の誰にも、()()る事はできないでしょう」


 どこか儚げに笑って──キッと、瞳を鋭くする。


「この身、この命──ソータ様が私の居場所となってくれたあの日から、ソータ様に捧げると決めました。面倒臭いと思うかも知れませんが……それが、居場所となってくれたソータ様へ私ができる、精一杯の恩返しなんです」


 ですので──


「あなたの(そば)にいたい。あなたに必要とされたい。あなたの頼れる存在でありたい……戦闘で役に立てないのなら、戦闘以外で役に立ちたいのです」


 懇願するように、あるいは願うように──ミリアが深々と頭を下げた。


「お願いです、ソータ様……どうか、私を助けると思って──」


 顔を上げ──ミリアの灰色の瞳が、聡太を真っ直ぐに捉えた。


「──背中を流させてください……!」


 ……ふむ……なんだろう。

 先ほどまでのカッコいい言葉が、聡太の背中を流すための言葉だと思うと……なんだか、とても残念に思える。

 だが──ミリアの表情は真剣そのもの。決してふざけているようには見えないし、聡太を困らせようとしているようにも見えない。


「はぁ……あのなぁ……」


 ガシガシと乱暴に頭を掻き──聡太がミリアを正面から見据えた。


「……覚えてるか? テリオンを討伐して、パルハーラを討伐して、フェキサーを討伐して、ポーフィを退(しりぞ)けて……『イマゴール王国』に向かってる途中の話だ」


 少し前の話──『イマゴール王国』へと向かっている道中、聡太たちは『ユグルの樹海』の近くで野宿をしていた。


「あの時は、《激流を司る魔獣(ディティ)》が現れて言う事ができなかったからな……今言っておく」


 そう……あの時、ミリアから急に感謝の言葉を言われた。

 そして、聡太が何かを言おうと──して、中断してしまった。

 本来ならばあの日に言うべきだった言葉を──今、ミリアに伝えるとしよう。


「……ミリア」

「はい」

「もし、お前と出会っていなかったら……俺はこの世界の人間を、絶対に信用してなかっただろう」


 あの『大罪迷宮』を出て、初めて出会ったのがミリアだったから、今の聡太はミリアたちの事を信用できている。

 もしも、ミリアと出会っていなかったら。もしも、『大罪迷宮』を出て最初に出会ったのがミリア以外の人間だったら──聡太は、異世界人の事を嫌ったままだっただろう。


「お前だから良かったんだ。お前は、俺と出会えて良かったとか言ってるけど……俺も、お前と出会えて良かったと思っている。嘘じゃない、本当だ」

「……………」


 照れたように頬を掻き──聡太が、柔らかな笑みを浮かべて言った。


「だから、まあ……こう言うのも変だが……ありがとな、ミリア。俺と出会ってくれて」


 そこまで言って──聡太はようやく気づいた。

 ──ミリアの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちている。


「お、おい? なんで泣いてるんだよ?」


 思わずミリアに近づこうとするが──今の格好を思い出したのか、立ち上がる寸前で動きを止める。


「う、ひっ……うわああああああああんっ!」

「うおっ?!」


 泣き出したミリアが、浴槽の中の聡太に飛び付いた。

 ──バッシャーン!

 勢いよく風呂のお湯が飛び散り──お湯の少なくなった浴槽の中で、ミリアが聡太を強く抱き締める。


「お、お前?! ちょっと落ち着け!」

「あ、うぁ……! うわぁぁぁぁぁぁ……!」


 タオル越しに感じる柔らかな感触に、聡太が顔を真っ赤に染める。

 ……聡太は、この先ずっと()()らないだろう。

 家族以外の誰にも必要とされなかった少女(ミリア)が、()()()に出会ってくれてありがとうと感謝されるのは──これ以上にないほど強い存在肯定であるという事を。


「……ったく……」


 顔を真っ赤に染めたまま、聡太がミリアを抱き寄せた。

 ──ミリアは強い。

 力が強いとか、魔法が強いとかではなく──心が強い。

 里を追い出されて、何度も心が折れそうになっただろう。両親が死んで、何度も死にたいと思った事だろう。

 それでも──こうして、生きている。

 泣いて、泣き喚いて、悲しんで、哀しんで、寂しくて、苦しんで──全てを受け入れ、乗り越えて、それでも折れずに生きている。


「……泣いとけ泣いとけ。こういう機会じゃないと、お前は感情を表に出さないからな」


 どうしてこうなったのか──そんな事を思いながら、聡太はミリアの頭を撫でた。


────────────────────


「……………」

「あー……ミリア?」


 布団に(くる)まって出て来ないミリアに、聡太が困ったようにため息を吐いた。

 ──あの後、しばらくして泣き止んだミリアは……いきなり聡太に抱き付いた事を、今になって恥ずかしがっているのだ。


「……ふ、ふふ……ソータ様の背中を流す予定だったのに……どうしてあんな展開になったんですかね……?」

「本当にな」

「……ソータ様」

「ん?」

「その……嫌ではありませんでしたか……?」


 ひょっこりと顔を覗かせ、恐る恐るといった様子で問い掛けてくる。


「それは何の話だ? お前が俺に泣いて抱き付いた事か? 俺の背中を流したがっていた事か? それとも、風呂場に入ってきた事か? どれだ?」

「うっ……ぜ、全部……です……」

「……なら、なんで入ってきたんだよ……」


 思わずため息を吐き、聡太がベッドに横たわった。


「……あのな、そういうのは好きな人にしてやれ。あんまり()()に肌は見せない方がいいぞ」


 そう言って、ミリアに背を向けて目を閉じる。


「……好きな……人……」

「俺は寝る。明日の朝になったら出発するから、お前も早めに休んどけよ」


 明日からは、『十二魔獣』を探す旅になる。

 少しでも体を休めるために、聡太が早々と眠ろうと──して。

 ズシッと、体の上に何かが乗った。

 なんだ? と思いながら、聡太が目を開けると──そこには、聡太の体の上に乗るミリアの姿が。


「……ソータ様」

「なんだ?」


 何かを言うかどうか迷うように口を開閉させ……にへっと、ミリアが苦笑を浮かべた。


「すみません。何でもないです」

「そうか……なら降りろ。重たい」

「重たっ……私、そこまで重くないと思いますけど……」

「腹の上に乗られたら、どんな奴だって重いっての」


 ミリアが上から降りるのを確認して、再び聡太は瞳を閉じた。

 ──そこから聡太の寝息が聞こえ始めるまで、そこまで時間は掛からなかった。

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