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9話

「着いたな……ん? アイツらはどうしたんだ?」


 セシル隊長が眉を寄せ、遠くに目を向けた。

 セシル隊長の視線を追って、聡太が後ろを向き──小鳥遊と遠藤が、バテバテの状態で歩いている事に気づく。


「あ、ひっ……も、無理っ、無理です……」


 泣きそうな声でそう言う小鳥遊と、一言も喋らない遠藤の姿に、セシル隊長が苦笑を浮かべた。

 そんな小鳥遊たちから目を逸らし──後ろを歩いていた金髪の少年を見て、聡太が驚いたように問い掛ける。


「……つーか、お前らはどういう状況?」

「あァ? 雫ァアホみてェに体力ねェからよォ、オレが背負ってやってンだよォ」


 水面を背負う土御門が、不愉快そうに凶悪な顔を歪ませる。


「前も思ったんだけど、土御門と水面って仲良いのか?」

「ンァ? なわけねェだろォ?」

「ん……仲、良し……」

「……ん?」


 当然と言わんばかりの顔で、だがまったく真逆な発言をする。


「……雫ゥ、そりゃ何の冗談だァ?」

「冗談……じゃ、ない……本、気……」

「はっ、おめェとオレが仲良しだァ? 寝言は寝て言えよォ」

「……虎之介と、私……幼馴染み……小さい頃、よく遊んでた……」

「ああ、そうなのか」


 よくわからない距離感だと思っていたが、この2人なりの心地良い距離感という事だろう。

 幼馴染みだと言う2人の姿を見て──ふと、聡太の脳裏に、幼い時の光景が浮かび上がった。


 ──揺れるブランコ。耳を突く蝉の声。泣きそうな少年と、虚勢を張る少女──


「……?」

「どうしたンだよ古河ァ」

「ああいや……何でも、ない……?」


 今の光景は、何だったのだろうか。

 よくわからないが、かなり大切な思い出だったような……?


「よし、これで全員揃ったな。それでは、先ほど分けた5人組に分かれてくれ」


 セシル隊長の声に、聡太は頭を振って意識を現実に引き戻した。

 覚えてもいない思い出より、今を生きる方が大切だ。そう判断し、脳裏に焼き付く光景を無理矢理意識から切り離した。


「ここら辺にいるモンスターは、それほど強くはない。だが、モンスターだって生きるのに必死だ。油断して殺されないように気をつけろ。俺は基本的にここにいるから、何かあったらここに来い。では解散ッ!」


 ──『ユグルの樹海』周辺。現在聡太たちがいるのは、爽やかな風が吹き抜ける平原だ。

 そもそも、『ユグルの樹海』とは何か。

 大きさ的に言うならば、『森精族(エルフ)の里』がある『フォルスト大森林』や、『獣人族(ワービースト)』の暮らす国の近くにある『ビフルズ大森林』よりは小さい。

 だが……『ユグルの樹海』一番の特徴は、樹海の中に『大罪迷宮』が存在する事だろう。


「じゃあな聡太! 死ぬなよ!」

「縁起でもねぇ事言うんじゃねぇよ。勇輝こそ、気をつけろよ」

「ああ!」


 勇輝と小鳥遊、そして遠藤が、平原を離れて遠くの高原に向かっていく。


「……それじゃあ、あたしたちも行く?」

「そうだな……適当にその辺をウロウロして、モンスターを見つけたら戦う、って感じでいくぞ」

「りょうか〜い」


 セシル隊長の元を離れ、聡太と獄炎はモンスターを探し始めた。


────────────────────


「……ん……?」

「どうしたの~?」

「いや……なんか動いたような……?」


 『ユグルの樹海』の目の前。

 モンスターを探している内に樹海の目の前まで来てしまった聡太は……茂みが動いたのを見て、動きを止めた。


「……獄炎、来るぞ」

「え──?」


 聡太が『桜花』を抜き、警戒心を深める──それと同時、何かが茂みから飛び出した。

 ──緑色の肌に、頭から生えている短い2本の角。手には旅人から盗んだのか、ボロボロの片手剣を持っている。


「ギャギャォォォォォッッ!!」

「ひっ……!」


 読み(あさ)った本の中に、モンスターの情報があった事を思い出す。

 ──ゴブリン。幼い子どものような容姿をしているモンスターで、単体ではそこまでの脅威ではない。多少武器の心得を持つ冒険者なら、苦戦するかも知れないが負ける事はないだろう……と、書いてあった。

 だが……それは、1対1の話。

 ゴブリンの恐るべき習性は、群れを成すという所だ。

 決して1匹で行動する事はない。つまり──


「マジか……!」


 いつの間にか、聡太と獄炎をゴブリンの群れが囲っていた。

 ──セシル隊長のいる場所から『ユグルの樹海』の目の前に来るまでの道中、1度もモンスターに遭遇しなかった。

 そもそも、それがおかしかったのだ。おそらくこのゴブリンどもは、聡太たちがセシル隊長から離れるのを待っていたのだろう。

 モンスターだから知性がないと侮っていたが……どうやら違ったようだ。


「とか考えてる場合じゃねぇよな……!」


 だが、この1週間、聡太だって元の世界に帰るために努力していたのだ。

 たかだかゴブリンごとき──【技能】を使いこなす事ができるようになった今の聡太にとっては、傷1つ負う事すら難しい。


「ギャアァアアアァアアアアアアッッ!!」


 1匹のゴブリンが、聡太に向かって飛び掛かった。

 それを合図に、他のゴブリンたちも一斉に襲い掛かる。


「しィ──ッ!」


 聡太に向かって飛び掛かったゴブリンは──聡太の横を通り抜け、そのまま地面を滑るように転がった。

 よく見れば、ゴブリンの頭部と胴体が斬り離されている。

 今の一瞬で刀を振るい、ゴブリンの頭部を斬り離したのだ。


「獄炎ッ!」

「う、うん! 『ウル・ファイア・ランス』!」


 魔法名のみの詠唱──獄炎には【炎魔法適性】がある。故に、長い詠唱が必要ない。

 さらに言うならば、魔法名の頭に『ウル』と付く魔法は、中級魔法に分類される。

 普通ならば中級魔法を使うには長い魔法練習が必要なのだが──獄炎はたった1週間で、中級魔法を身に付けているのだ。


「グギャッ──」

「アォッ──」


 何もない場所に赤い魔法陣が浮かび上がり──そこから、炎の槍が現れる。

 高速で放たれる炎の槍が、ゴブリンの体を次々に貫き──悲鳴を上げながら、ゴブリンが地面に沈んでいく。


「うっ……!」


 肉が焼ける臭いと動かなくなったゴブリンの死体を見て、獄炎が口元を手で押さえながらその場に膝を突いた。

 さすがの聡太でも、思わず顔をしかめてしまう光景……と、標的を変えたのか、ゴブリンの群れが獄炎に目を向けた。


「チッ──“燃えろ炎。(われ)が望むは炎の槍”『ファイア・ランス』ッ!」


 聡太の周りに赤い魔法陣が浮かび上がり、そこから無数の炎槍が放たれる。

 魔法陣の大きさや炎槍の大きさは獄炎のそれよりは小さいが……浮かび上がる魔法陣の数は、獄炎の魔法陣の量を大きく上回っている。

 これが【無限魔力】の真髄──無限に魔力を有するため、無数の魔法陣を召喚する事ができるのだ。


「獄炎、こっちだッ!」


 座り込む獄炎の手を取り、怯んでいるゴブリンの脇を走り抜ける。

 幸いな事に、ゴブリンの群れが聡太たちを追い掛けてくる事はなかった。


────────────────────


「──大丈夫か?」


 かなり遠くまで来た。

 一心不乱に走っていたため、現在の居場所がどこかわからないが……近くにモンスターの気配はない。


「うっ、うえっ……うぇぇぇ……!」


 先ほどの光景が忘れられないのか、お腹を押さえて嘔吐を続ける獄炎。

 その背中を何度も(さす)りながら、できる限りその醜態を見ないように獄炎から目を逸らす。

 ……いや、獄炎がこうなるのも無理はない。聡太だって、かなり精神的にしんどいのだから。

 襲ってきたゴブリンを斬り捨て、残るゴブリンに炎の槍を放った、あの感覚。

 ……ダメだ。思い出すのはやめよう。


「まさか、ここまでキツいなんてな……」


 他の生徒は、どうなっているだろうか。

 土御門は躊躇(ちゅうちょ)なくモンスターを狩ってそうだが……気の弱い小鳥遊や大人しい遠藤は、今の獄炎と同じ感じになっている可能性が高い。


「ぅ、ぶっ……!」


 びちゃびちゃと嘔吐物を溢す獄炎に、聡太は背中を擦る事しかできない。

 今まで戦いとは無縁だったんだ。そんな人間にいきなり生き物を殺させれば……当然、こうなる。


「クソ……せめて誰か近くにいればいいんだが……」


 こんな場所にいつまでもいたら、別のモンスターが寄ってくるかも知れない。

 そう考えると気が気でないのだが……獄炎をこの場に置いていくわけにもいかない。

 だったら背負うか? だが、無理に動かせばさらに気分が悪くなるかも知れない。

 結局(けっきょく)の所、獄炎の気分が戻るまでは動けないのだ。


「……ふるっ、かわ……くん……」

「どうした?」

「ごめっ、ね~…………迷惑、でしょ~……?」


 げほげほと咳き込みながら、涙声で問い掛けてくる。


「気にすんな。ちょっと状況が違えば……吐いてたのは俺だったかも知れないからな」

「んっ……ありが──うっぷ」

「もうちょっとゆっくりしとけ。なんかあっても……まあ、できる限りは守ってやるよ」


 必ず守ってやる、と言わない辺り、やはり先ほどの光景が脳裏に焼き付いているのだろう。

 できるならこれ以上モンスターを殺したくはない……というより、殺す感覚を味わいたくないといった感じだ。


「あ、ははっ……古河くんは、相変わらずだね~……」

「そりゃそうだろ。そう簡単に人の性格は変わらねぇよ」

「うん……ほんとに、変わらないね~……」


 ようやく顔を上げた獄炎が、どこか懐かしむような瞳で聡太を見つめた。


「……ね、最近あたしたちって、よく話すようになったよね~?」

「ああ……確かにそうだな」

「それなのにまだ名字で呼び合ってるって、変じゃな~い?」

「変か?」

「変だよ~」


 先ほどよりは顔色も良くなって、口調もいつも通りに戻ってきた。

 内心ホッとする聡太に気づいていないのか、獄炎が表情を笑顔に変えて続ける。


「ね、これからは下の名前で呼び合おうよ~」

「……別にいいけど、今話すような内容か?」

「じゃあ、あたしの事は火鈴って呼んでよ~。古河くんの事は……そうだな~……うん──(そう)ちゃんって呼ぼっかな~?」


 ──ふっ、と。脳内にいつかの光景がフラッシュバックする。

 誰だ? 誰か、俺の事をその名で呼んでいたような……?


「──ぁ……ぁ、ああ……?」

「どうしたの~?」


 聡太の顔を覗き込む獄炎……その仕草が、過去に出会った誰かの姿と重なって──


「ちょっと、ちょっと待ってくれ……」


 ──じゃあ、大人になってまた会えたら……結婚しよう?

 ブランコに乗る少女が、どこか恥ずかしそうにそう言った。


 ──う、うん! や、約束する!

 ほぼ反射で返事をする少年が、絶対に会えると信じて笑みを浮かべた。


 ──それじゃ……またね、そうちゃん。

 そうだ、この子が聡ちゃんと呼んでいた。


 ──うん。またね──


「りん……ちゃん……?」


 呟くような聡太の声を聞き、獄炎は──


「……覚えてたんだね、聡ちゃん」


 ──りんちゃんは、心底嬉しそうに笑みを浮かべた。

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