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86話

「──聡ちゃん、どこに行ってるの〜?」

「食料調達……って言いたい所だが、先に宿の確保だな」


 『妖精国』内を歩く聡太が、辺りを見回して宿を探す。

 基本は野宿だから、詳しい事はよくわからないが……とりあえず宿を確保してから、必要な物を買いに行く方が良いだろう。


「うっはぁ……『妖精国』って初めて来ましたけど、なかなか賑わっていますねぇ」

「ねー! あの(おっ)きな木とか、すっごいよねー!」


 蝙蝠(こうもり)のような黒翼を青色のローブで隠すアルマクスが、珍しいものを見るような瞳で国内を見回している。

 『妖精国』の中央──そこに、巨大な樹木が生えていた。

 ──世界樹 ユグドラシル。

 その葉から出る液は傷を癒し、その枝で作られた武器は決して燃えず、その木で作られた道具は絶対に壊れない──などと言われている、とても神聖な樹だ。

 これはあくまで噂だが……『フェアリーフォレスト』にある木は、あの世界樹の一部だと言われている。


「……ん……」

「ソータ様」

「ああ……宿だな」


 宿らしき建物を見つけ、聡太たちが建物へと近づく。

 そのまま扉を開け、宿の中へと足を踏み入れた。


「──いらっしゃいませ! 何名様でございますか?」

「五人だ。三人部屋を一つと、二人部屋を一つ頼む」

「かしこまりました。合計、銀貨十五枚になります」

「銀貨十五枚……ほらよ」

「銀貨十五枚、確かに受け取りました。こちらが部屋の鍵になります。ごゆっくりどうぞ」


 無言で鍵を受け取り、近くにあった階段へと向かう聡太。

 顔を見合わせるミリアたちが、慌てて問い掛けた。


「そ、ソータ様?」

「なんだ?」

「その……誰が三人部屋で、誰が二人部屋なんですか?」


 そう聞いてくるミリアに、聡太はさも当然のように答えた。


「俺とアルマで一部屋。ミリアとハピィと火鈴で一部屋だ。当然だろ?」

「と、当然……ですか……?」

「なんですかぁ? ボク、まだそんなに信用されてないんですぅ?」


 心外だとでも言わんばかりに、アルマクスが血色の瞳を細める。


「まあ、それもあるが……お、着いたぞ。ほら、お前らの部屋の鍵だ」

「あ、ありがとうございます……」

「アルマはこっちだぞ」

「はいはい、わかってますよぉ」


 鍵を開け、部屋の中に足を踏み入れ──ベッドの上に、バックパックを放り投げた。


「んじゃ、俺は風呂に入ってくる。勝手にバックパックに触るなよ?」

「わかってますよぉ……本当に信用されてないんですね、ボクぅ……」

「当たり前だ。お前みたいなキレ者は味方だと心強いが、今はただ手を組んでいるだけだからな。いつ裏切るかわからない奴を、心の底から信用するのは無理だろ?」

「……それは、アナタにも言えると思うんですけどぉ?」

「はん……お前だって、俺の事を本気で信じてはないだろうが」

「あっはぁ……お互い様ですねぇ」

「そういう事だ」


 念のために釘を刺し、聡太は風呂場へと向かった。

 脱衣所で服を脱ぎ、洗濯機のような『地精道具(ドワーフ・ツール)』に服を入れる。

 そのまま魔力を流し──『地精道具(ドワーフ・ツール)』が動き始めたのを確認して、聡太は風呂場に入った。


「……はぁ……」


 シャワーを手に取り、魔力を流す。

 それに反応して、シャワーから温水が出始めた。

 手際良く体を洗い、数秒ほどぼんやりと天井を眺める。

 ……元の世界にいる、聡太の家族はどうしているのだろうか。

 元の世界では、聡太たちはどういう扱いになっているのだろうか。

 元の世界に帰ったら、何月の何日になっているのだろうか。

 ……ダメだ。元の世界の事しか頭に浮かばない。


「……『十二魔獣』を殺して、この世界が平和になったら──」


 ──本当に、元の世界に帰れるのだろうか?

 帰り方はわからない。女神がこの世界に聡太たちを召喚したため、女神を満足させれば元の世界に帰れる──そう言ったのは聡太だ。

 だが──根拠はない。あくまで可能性の一つだ。

 ──もしかしたら、一生この世界で生きる事になるかも知れない。


「……はっ」


 自分の考えに嘲笑し、聡太が自分の両手で思い切り頬を叩いた。

 バチィンッ! という快音が響き──両頬が赤くなった聡太が、不敵な笑みを浮かべた。

 ……元の世界に帰るためだったら、何だってする。

 『十二魔獣』を殺してでも、『大罪迷宮』を攻略してでも、この世界の住民を殺してでも──聡太たちをこの世界に呼んだ女神を殺してでも。


「──絶対に、元の世界に帰るんだ」


 決意を新たにし、聡太が風呂を出た。

 脱衣所にある洗濯機に目を向け──まだ洗濯が終わっていない事を確認。

 ……もう少し時間がかかりそうだ。仕方がない。


「アルマ!」

「──はいぃ?」

「悪い、バックパックを持って来てくれないか?」

「えぇ……さっきボクに触るなって言ったクセに、今度は持って来いって言うんですぅ……?」

「チッ……ならいい。取りに行く」


 近くにあったタオルを腰に巻き、バックパックの置いてあるベッドへ向かう。


「まったく……最初からそうしてくださ──」


 何かを言い掛けるアルマクスが、聡太の姿を見て固まった。

 数秒ほど、固まったまま聡太を見つめ……やがて、顔面を真っ赤に染める。


「なっ……何をしてるんですかアナタはぁ?!」

「何って……バックパックの中に予備の下着が入ってるから取りに来たんだが……」

「違いますぅ! 違いますよぉ! ボクが言いたいのはそこじゃなくて──」


 アルマクスの声を遮るように、脱衣所から音が聞こえた。

 どうやら、洗濯が完了したらしい。


「今終わったのか。タイミング悪いな……アルマ、お前も風呂入っとけ」


 何か言いたげなアルマクスを無視して、洗濯機の中から服を取り出す。


「はぁぁ……もういいですぅ。ボクもお風呂に入りますから、出て行ってくださいぃ」

「はいはい」


 取り出した服を抱えて、ベッドへと引き返す。

 下着を付け、黒色のインナーと黒色のズボンを履き、聡太はベッドに寝転がった。


「……アルマのやつ、なんであんなに取り乱してたんだ……?」


 ()()()の裸を見るぐらい、どうって事はないはずだ。

 そういう意味もあって、聡太はアルマクスと同室にしたのに。


「……荷物の整理でもするか」


 バックパックの中をベッドの上にぶちまけ、一つ一つ丁寧にバックパックへ入れていく。

 ……本当に、必要最低限の物しか持ち歩いていない。

 元の世界に戻って、流行とかに付いていけるだろうか──そんな事を考えながら、聡太がバックパックの整理を続ける。

 ──と、聡太が動きを止めた。

 ……風呂に入る前まで履いていた靴下が、片方だけない。


「……洗濯機に忘れたか……」


 面倒臭そうに頭を掻き、聡太がベッドから立ち上がった。

 珍しく眠たそうにアクビを漏らし、脱衣所の扉を開け──


「──ぇ?」

「おっ──」


 ──まだ風呂に入っていなかったのか、脱衣所には全裸のアルマクスがいた。

 そのアルマクスの姿に──聡太は、驚愕のあまり動けなかった。

 ──膨らみかけの胸部。細い腰回り。

 極め付けは──男ならば誰でも持っている、あれが存在しなかった。


「うっ──ぎゃああああああああああああああああああああああああっっ?!」


 悲鳴を上げ、アルマクスが風呂場へと駆け込んで行く。

 驚愕に震える聡太の唇が、ようやく言葉を漏らした。


「お、まえ……女だったのか……?!」

「めちゃくちゃ失礼ですねアナタぁ?! というか、謝罪はないんですかぁ?!」


 ──ようやく、脳の理解が追い付いた。

 聡太の上裸を見て、なんで恥ずかしがっていたのかと思ったが──コイツ、女だったのか。


「──ソータ様! どうしましたか?!」


 アルマクスの悲鳴を聞いたのか、ミリアたちが部屋に駆け込んで来る音が聞こえた。

 そういや、部屋の鍵を閉めていなかった──そんな事を考えていると、脱衣所の扉が乱暴に開けられた。


「聡ちゃん! アルマくんの悲鳴が聞こえたけど──」


 脱衣所の中を見て──ミリアと火鈴の瞳から、温度が消えた。

 アルマクスの悲鳴。浴室の中にはアルマクス。脱衣所には聡太。

 この状況で考え付く答えなど……一つしかない。


「……聡ちゃん……」

「ソータ様……」


 唯一、状況がよくわかっていないハルピュイアだけが、この場に似合わぬ笑みを浮かべている。


「……そういえば、無理して加勢に来た事、まだゆっくりとお話ししてませんでしたね」

「うん、そうだね~……聡ちゃん、ちょっとお話ししようよ~……」


 ──ミリアと火鈴に引き()られるようにして、聡太は寝室へと戻って行った。

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