82話
──『聖天』を継続して発動し続ける事で、体調不良を少し和らげる事ができている。どうやら、傷を癒す以外にも使えるようだ。
戦いの場に現れた聡太が、苦しそうに呼吸をするが──その口元に、獰猛な笑みを浮かべた。
油断すれば倒れそうになるが──これなら、どうにか戦える。
『聖天』を継続して発動し続けるため、使える残りは──二重詠唱。
吹き飛んだ剣ヶ崎と、木の陰に隠れたレオーニオに意識を向け、聡太が刀を握り直した。
「──バカーッ!」
「おうっ?!」
火鈴の手のひらが、聡太の後頭部を撃ち抜いた。
ぐわぁんと衝撃が頭に響き、思わず倒れそうになってしまう。
何とかギリギリで堪え、聡太が火鈴に怒号を上げた。
「てめぇ火鈴! いきなり何しやがるッ?!」
「それはこっちのセリフ! なんで来たの?! 加勢には来させないでってアルマくんに頼んでたのに!」
本気で聡太の事を心配しているのだろう。火鈴の瞳には涙が浮かんでいる。
「……心配すんな。もう大丈夫──」
「大丈夫ではないでしょう!」
大声を上げるミリアが、聡太に詰め寄った。
「何を考えてるんですか?! 先ほど倒れたのを忘れたのですか?!」
「だ、だから大丈夫だって。ほら、問題ないだろ?」
「あります! わからないとでも思っているのですか?! 一日二日の付き合いじゃないんです、バカにしないでくださいっ!」
魔力を感じ取る事のできる『森精族』のミリアは、聡太の周りを覆っている魔力に気づいたのだろう。
『聖天』を継続して発動する事で、体調をどうにか整えている──その事に気づいたのか、ミリアがさらに顔を真っ赤に染めた。
「はっははははははッ! 珍しいなぁ、聡太が困ってるなんてよ!」
ミリアと火鈴に責められる聡太を見て、勇輝が爆笑しながら近づいてくる。
「……うるさいぞ勇輝。お前の大声は頭にくる」
「それってどっちの意味だ? 頭が痛くなるって意味か? それともイラッとくるって意味か? お? 言ってみろ」
「どっちもだって気づかないのか? ただでさえ見た目が暑苦しいんだ。これ以上はやめてくれ。頼むから」
「お前本っ当に口悪いよな?! オレ以外にはそんな喋り方すんなよ?! マジで!」
勇輝が聡太の肩に手を置き──小さく低い声で、聡太に問い掛けた。
「……無理してんのはわかってる。それを承知で聞くぞ──お前なら、やれるよな?」
「……はっ。誰に言ってんだお前。中学一年の頃、インフルなのに部活に行った俺だぞ?」
「それは休め。いや頼むから」
不敵な笑みを浮かべる聡太から視線を逸らし、勇輝がミリアを見た。
「つーわけだ。こうなった聡太は何を言っても止まらねぇぞ?」
「……いや何言ってるんですか、止めてくださいよ。というか、止める所かバッチリ煽ってたじゃないですかあなた」
「安心しな。オレが聡太の援護をする。それでいいだろ?」
「お前が俺の援護だと……? ……俺に合わせられるのか?」
「バカ野郎。この場にいる中で、お前の事を一番知ってんのは……間違いなくオレだろ?」
「「むっ」」
勇輝の言葉に、ミリアと火鈴が何か言いたそうに口を開くが──それよりも前に、聡太が勇輝に拳を出した。
「足引っ張んなよ、親友」
「お前こそ気合入れろよ、親友」
拳をぶつけ合い、年相応の笑みを浮かべる聡太と勇輝。
──と、吹き飛ばされた剣ヶ崎が戻って来た。
それと同時、隠れていたレオーニオが姿を現す。
「……もう、わかったよ〜。聡ちゃんと鬼龍院くんは、剣ヶ崎くんの相手を任せるね〜」
「なら、『十二魔獣』は任せるぞ」
「うん──アイツにはリベンジしないと、あたしの気が収まらないからね〜……!」
「ミリア、火鈴の援護を頼んだ」
「……この戦いが終わったら、一度じっくりとお話しをしましょうね」
有無を言わせぬミリアの覇気に、思わず聡太が頷く。
「小鳥遊!」
「な、なに?!」
「悪いが、剣ヶ崎がケガしたら治してやってくれ!」
「う、うん! 古河くんも気を付けてね!」
そう言った──直後、レオーニオが聡太に飛びかかった。
その剛爪が聡太を引き裂く──寸前、火鈴がレオーニオの首元を掴んだ。
「──あたしが相手なんだから、無視しないでほしいな〜……!」
いつの間に【暴食に囚われし飢える者】を発動したのか、レオーニオの首を掴んだ火鈴が森の奥へと駆けていく。
その後をミリアが追いかけ──聡太が勇輝に声を掛けた。
「勇輝。俺が王宮にいた頃に練習してたあれ、覚えてるか?」
「……あー……一応覚えてるけどよ、ここでやんのか?」
「ちょっと内容は変えるが……お前は押し倒すんじゃなくて、タックルをすればいい」
「了解っと。しっかり合わせろよ?」
「お前こそ、失敗すんなよ」
勇輝が腰を落として身構え、聡太が左手を大きく掲げた。
「──『水弾』」
辺りに青色の魔法陣が浮かび上がり──魔法陣から、水で作られた弾丸が射出される。
それと同時、勇輝が剣ヶ崎に向かって駆け出した。
「あアああああアアアアアッッ!!」
迫る『水弾』を聖剣で斬り裂き、聖盾で防ぎ、聖鎧で受け止める。
──固い。複重強化していないとはいえ、傷一つ付かないとは。
「──まあでも、避けずに受け止めてくれて助かったぜ」
勇輝の陰に隠れて、聡太も剣ヶ崎に向かって走り──詠唱した。
「『凍絶』ッ!」
辺りの気温が一気に下がり──剣ヶ崎の体が凍り付いた。
聡太や勇輝は凍っていない……なのに、剣ヶ崎だけが凍っている。
──『水弾』の影響だ。
避ければ良いのに、わざわざ盾や鎧で受けたため──体に水が付着した。
それが凍り、剣ヶ崎の体の自由を奪ったのだ。
「るあアッ──!」
無理矢理氷を引き剥がし、迫る勇輝に向かって聖剣を振り上げ──バッと、何かが上へと飛んだ。
聡太だ。勇輝の背中を踏み台にし、上へ飛び上がったのだ。
勇輝から注意が逸れ、聡太に視線を向けた──瞬間。
「【増強】ッ!」
勇輝が全身の筋力を底上げし──剣ヶ崎に肩からタックルした。
注意が逸れていた上に、急な速度上昇。剣ヶ崎が反応できずに、勇輝のタックルをモロに食らった。
「『二重詠唱・黒重』ッ!」
「お、ォおおオお……?!」
吹き飛んだ剣ヶ崎が立ち上がる──前に、聡太が二重強化の『黒重』を発動。
不可視の重力を受け、剣ヶ崎が地面に沈んだ。
「よし……ナイスタックル、勇輝」
「おう。思ったより上手くいったな」
剣ヶ崎が必死にもがくが──二重強化された『黒重』の影響で、思うように体を動かせていない。
「……大丈夫か、聡太?」
「……ああ……」
ドカッと、聡太がその場に座り込んだ。
……額には汗が浮かんでおり、呼吸が荒い。
間違いなく、無理をしている。
「……あ……?」
「どうした聡太?」
聡太が眉を寄せ──フッと、『黒重』と『聖天』が解除された。
そして──聡太が倒れた。どうやら、『聖天』が解除された事で、無理をしていた体に熱が戻ってきたらしい。
──もう『黒重』を維持する体力も、『聖天』を継続する体力も残っていない、という事だ。
「そ、聡太?! オイ、しっかりしろ!」
「うるせぇ……」
──ザッザッと、こちらに歩み寄ってくる足音。
勇輝が顔を上げると──そこに、紫色の瞳を輝かせる剣ヶ崎がいた。
聡太を守るために、剣ヶ崎の前に立つ勇輝。
そんな勇輝をスルーして──聡太が剣ヶ崎に声を掛けた。
「……あっちに『十二魔獣』がいる……悪いが、今回の俺は戦力外だ……火鈴とミリアを頼む、剣ヶ崎……」
「──任せてくれ」
剣ヶ崎の言葉を聞き、勇者たちが目を見開いた。
「……ごめん、みんな。謝罪は後でさせてもらうよ。今は……あの『十二魔獣』を倒してくる」
脚力を爆発させ、聡太が指差した方向へと走っていく剣ヶ崎。
その後ろ姿を見つめ──聡太の声を聞いて我に返る。
「ふ、はは……初めての使用で、もう【大罪技能】を自分の力にするとか……アイツ、やっぱスゴいな……」
「あ? なんて?」
「……悪い、勇輝……少し休む……」
聡太の体から力が抜け、瞳を閉じた。
それと同時──聡太の体に浮かんでいた赤黒い紋様が消えた。【憤怒に燃えし愚か者】が解除されたという事だ。
「た、小鳥遊!」
「うん! “我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”『ライト・ヒール』っ!」
淡い光が聡太を包み込む──が、聡太の体から熱が下がらない。
荒々しい呼吸を繰り返す聡太を見て、勇輝の顔から血の気が引いていった。
「や、べぇ……! 小鳥遊で無理なら──」
「先生の出番ですね」
小鳥遊の後ろから、川上先生が姿を見せた。
そのまま聡太に近づき──手を握って、【技能】を発動する。
「──【地質浄化】【水質浄化】【空気浄化】」
──【地質浄化】。
本来ならば大地に使う【技能】だが──人間にも使う事ができる。
これを人間に使用すると──人間が大地の判定になり、その者の体に存在する悪い物質を浄化する事ができるのだ。
──【水質浄化】。
本来ならば水に使う【技能】だが──人間にも使う事ができる。
これを人間に使用すると──人間の血液が水の判定になり、その者の血液中に存在する悪い物質を浄化する事ができるのだ。
──【空気浄化】。
本来ならば空気に使う【技能】だが──人間にも使う事ができる。
これを人間に使用すると──人間の体内にある空気に反応し、その空気を浄化する事ができるのだ。
「──ふぅ……こ、これでどうですかね……?」
一気に【技能】を使用した影響か、川上先生が疲れを含んだ笑みを見せる。
──聡太の呼吸が落ち着いている。熱も引いており、体調が回復しているのは明らかだ。
「す、げぇ……先生、何をしたんだ?」
「古河君の体を浄化したんです。何が原因かわかりませんけど……これで少しは良くなったはずです」
パンパンと膝元を払い──川上先生が、その視線を森の奥へ向けた。
「皆さん、獄炎さんと剣ヶ崎君を追いましょう。行きますよ」
先生の言葉に全員が頷き、森の奥へと消えた『十二魔獣』の元へと向かった。




