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80話

 ──なんでなんだ。

 いつもいつも、そう思っていた。


 なんでキミは、いつも気怠げなんだ? なんでキミは、いつも面倒臭そうにしているんだ? なんでキミは、いつも授業中に眠っているんだ? なんでキミは、何かを率先してやろうとしないんだ? なんでキミは、友人を作ろうとしないんだ? なんでキミは、誰とも関わろうとしないんだ?


 彼の姿を見る度に、ボクはそう思っていた。

 いや……もしかしたらボクは、彼が本当はスゴい人間だと見抜いていたのかも知れない。

 だって、異世界に来てからの彼はスゴかった。


 絶望に震えるボクたちに、元の世界に戻れるかも知れない可能性を見せてくれた。

 セシル隊長と共に、ドラゴンと戦った。

 ──みんなを守るために、『大罪迷宮』で木の化物と一人で戦っていた。


 そう……彼は、どこか矛盾していた。

 どこか気怠そうなのに、常に何かを考えている。どこか面倒臭そうなのに、率先して戦おうとする。

 ──誰とも関わろうとしないのに、みんなを守ろうと必死になって戦う。


 鬼龍院は言っていた。それが本当の彼なのだと。

 聞いた話では、彼は中学生の頃にイジメられていたとか。

 それが原因で──今の彼になってしまったのだと。


 『大罪迷宮』を一人で乗り越え、三匹もの『十二魔獣』を討伐して帰ってきた彼は──やっぱり、誰とも関わろうとしなかった。

 だけど……またボクは、彼が本当はどう思っているのかを見抜いてしまった。


 ──お前らには、『大罪迷宮』に落ちてほしくない。お前らには、『十二魔獣』と戦ってほしくない。お前らには、危険な目に遭ってほしくない。

 それが、彼の本当の望みだった。


 ああ……なるほど。

 鬼龍院がボクと彼が似ていると言っていたが……こういう観察眼などが似ているんだろう。

 だって彼も、優れた観察眼を持っているしね。


 戻ってきた彼は……スゴく強かった。

 その強さは……もちろん、肉体的な強さもあるだろうけど、精神的な強さが原因だと思う。

 ボクは、あそこまで機械的に生き物を殺せない。その点で言えば、彼は強く、ボクは弱い。


 彼と手合わせをした獄炎もまた、不思議な力を手にした。

 そして……彼と共に『十二魔獣』を殺すために、ボクたちの元を離れていった。

 別にそれを咎めはしない。獄炎が彼に好意を持っていた事は知っていたし、幼馴染みだという事も聞いていたし。


 でも……それからというもの、みんなが口々に言うんだ。


 ──彼は強い。獄炎も強い。だから、(わたし)たちも頑張らないと。


 強くなるのは構わないさ。

 だけど……その日から、ボクが頼られる事はなかった。

 ボクはそれなりに強かった。獄炎には及ばなかったけど、セシル隊長と並ぶぐらいには強くなった。


 でも……誰もボクを頼らない。

 手伝おうか? と言っても、みんなは大丈夫と言うようになった。


 ああ……うん。簡単な話さ。

 ボクは、みんなに頼って欲しかったんだ。

 だけど……みんなの目は、ボクには向いていない。

 みんな、彼の方を向いている。


 そして──今日、『十二魔獣』と出会った。

 強かった。恐ろしかった。

 でも、それと同時に──コイツを倒せば、またみんなに頼られると思った。

 だけど……『十二魔獣』は、あり得ないくらいに強かった。

 こんな奴らと彼は戦い、しかも勝利したのか──彼の強さに、ボクは驚愕した。


 ──いや、うん。それだけじゃない。


 ボクは…………彼の強さに、嫉妬したんだ。

 それは、今だけじゃない。

 多分ボクは、元の世界にいた頃から、彼に嫉妬していたのだろう。


 ──なんでなんだ。

 キミは、優れた力を持っている。キミは、素晴らしい知能を持っている。

 なのに──なんで、何もしないんだ。


 『十二魔獣』と戦っている時、セシル隊長が彼に助けを求めた。

 その瞬間──ボクの心は、完全に『嫉妬』に支配された。


 ──ボクがいる。ボクがいるじゃないか。なんでボクを頼らない? なんでボクじゃダメなんだ?! セシル隊長も、川上先生も、宵闇も、遠藤も、氷室も、水面も、土御門も、鬼龍院も──幼馴染みの、優子と光も。


 ……妬ましい。


 ああ、妬ましくてしょうがない。

 ボクより強い彼が。ボクより優れている彼が! ボクよりみんなに頼りにされている彼がッ!

 ああ──ああッ! 妬ましくてッ! しょうがないッ!


「…………ははっ……」


 ……ああ……全く、自分で自分がイヤになるよ。

 こんな奴が勇者なんて呼ばれて、調子に乗るから……あの日の『大罪迷宮』のような失敗を犯すんだ。

 ……うん。自分が一番よくわかってる。

 こんなボクは、勇者になんか向いていないって。


『──随分(ずいぶん)と落ち込んでるね』


 ふと、目の前から声が聞こえた。

 剣ヶ崎が顔を上げると──そこには、紫髪紫瞳の男性がいた。


「……ここは……?」


 紫一色の空間に、剣ヶ崎は立っていた。


『初めまして、だね。ボクはアルバトス・ピリアーナ。『嫉妬』の『大罪人』と名乗った方がわかりやすいかな?』

「あ……え、えっと……ボクは剣ヶ崎 討魔と言います」


 差し出される手を反射的に握り、剣ヶ崎が自己紹介を返す。


「それで……ここはどこですか?」

『ここは【技能】の中さ。キミの知り合いにもいるだろう? 正体不明の【技能】を使っている人がさ』


 その言葉を聞き、剣ヶ崎はすぐに理解した。

 ……これが、彼と獄炎が見ていた景色なのか。


「【技能】の中……という事は、今のボクはどこにいるんですか?」

『現実世界にいるさ。何やらスゴい化物と戦っていたけど……この【技能】を使えば、負ける事はないだろう』


 アルバトスの言葉に、剣ヶ崎はホッと胸を撫で下ろした。

 だが──直後のアルバトスの言葉に、表情を引き締める。


『しかし、良い事ばかりではない。今のキミは、【技能】に呑まれているんだ』

「【技能】に……呑まれる……?」

『うん。まあ、簡単に言うなら──暴走してるって事だね』


 ──なるほど。

 『イマゴール王国』の訓練所で彼と獄炎が戦った時、獄炎が急に暴れ出したと思ったが……あれは【技能】に呑まれていた、という事か。


「……暴走を止めるには、どうしたら良いんですか?」

『おや。思ったよりも冷静だね? てっきり、『えぇ、ボクが暴れているなんて?!』とか言うかと思ってたんだけど』


 ゆっくりと立ち上がり、アルバトスが剣ヶ崎と向かい合った。


『まあいいや。それじゃあ、キミを正気に戻そうか』

「お願いします」

『と言っても、キミの頑張り次第なんだけどね? ──キミは、何に嫉妬したんだい?』


 ──ボクが、何に嫉妬したのか?


「……彼の強さに」

『その彼の事が、キミは嫌いなのかい?』

「そ、そういうわけでは……」

『そう──キミは、その彼の事が嫌いなんじゃない。ただ、認めたくないだけなんだ。自分より優れているという事を認めたくないんだ。だから、嫉妬してしまう』


 ポンと、アルバトスが剣ヶ崎の肩に手を置いた。


『キミとその彼は敵同士(どうし)じゃない。大切な仲間だ。そうだろう?』

「…………はい」

『そんな彼は、みんなを守るために行動していた。一方の自分は、そんな彼を認めたくなかったが故に嫉妬した……だろう?』

「……はい」

『ならさ、受け入れてしまおう』


 アルバトスの顔に、爽やかな笑みが浮かんだ。


『それもアリだと受け入れよう。それが無理なら、ライバルとして競い合おう。だって──キミと彼は、敵同士じゃない。大切な仲間だ。そして、その彼を超えよう! キミならできる!』


 なにせ──


『──『大罪人』たちのリーダーである、このボクの【大罪技能】が使えるんだから!』


 ──受け入れる。

 彼の強さを受け入れる。彼の力を受け入れる。彼の知能を受け入れる。彼という人間を受け入れる。

 それができないのなら──ライバルとして競い合う。


「……なんだ……」


 単純な話だ。

 ボクは、彼を受け入れられなかった。だから、彼が注目されているのが気に入らなかった。

 敵同士じゃないのに。味方なのに。数少ない同郷の仲間なのに。


『さあ! キミの決意を聞かせてくれ!』

「……強くなる。彼を超えて、ボクが一番になる。そして──みんなで、元の世界に帰るんだ」


 剣ヶ崎の決意が固まり、瞳に強い意志が宿った──直後、紫色の空間に亀裂が走る。

 亀裂がどんどん広がり、空間がバラバラになって裂ける──寸前。


『行け! そして、キミの力を見せてやれ!』


 その言葉を最後に、紫色の空間は光に呑まれて消えた。

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