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8話

『──あたし、引っ越す事になったの』


 キイキイと揺れるブランコに乗る幼い少女が、顔をうつむかせながらそう言った。


『引っ越す、って……いつ? どこに?』


 隣のブランコに座っていた少年が、少女の言葉に食いついた。

 身を乗り出し、少女の顔を覗き込む少年……少女の目に一切の嘘がない事を確認して、驚愕に固まった。


『もうすぐ引っ越すと思う……場所はわからないけど、遠い所だと思う……』

『なんで? いやだよ。おれ、まだりんちゃんと遊びたいよ』


 少年の顔が泣きそうに歪む。

 そんな少年を見て、少女もまた表情を沈鬱なものに変えた。


『……あたしも、そうちゃんと遊びたいよ……ずっと一緒にいたんだもん。あたしだって、離れるなんていやだよ……』

『……なんで引っ越すの?』

『あたしにもよくわかんない……』


 幼い少女には、家庭で何が起こっているのかわからなかった。

 そう──家庭から急に父親が姿を消したとしても、少女には何がどうなっているのか難しすぎるのだ。


『……もう、会えないの?』

『会えるよ、きっと』


 希望を与えるような言葉を聞いて、少年が表情を少し明るくした。


『じゃあ、じゃあさ。大人になったら、一緒にいようよ』

『え?』

『おれもりんちゃんも大人になって、また会えたら……一緒に遊ぼうよ』


 少年の言葉に、少女はくすくすと笑った。


『……じゃあ、大人になってまた会えたら……結婚しよう?』

『う、うん! や、約束する!』


 再びくすくす笑い……少女が立ち上がった。


『それじゃ……またね、そうちゃん』

『……うん。またね、りんちゃん』


 ──この日以降、少女が少年の前に現れる事はなくなった。次の日に引っ越したのだ。

 遠い遠い夏の日。蝉の声がうるさかった初夏の思い出──


────────────────────


「──ぁ、ああ……」


 昨夜、カーテンを閉め忘れたのだろう。窓から射し込む太陽光が、室内を明るく照らしている。

 眩しい光に顔をしかめ、のっそりと起き上がる少年……聡太だ。


「……はぁ……」


 最近、同じ夢を見ている──ような気がする。夢の内容までは覚えていないが、目が覚める度にどこか懐かしい気持ちになっている。元の世界の夢でも見ているのだろうか?


「──聡太、起きてるか?」

「……ああ、今起きた」


 部屋の扉を開け、中に入ってくる巨漢──勇輝だ。

 その服装は制服ではなく、コスプレのような服を着ている。


「もうすぐ集合時間だぞ? 大丈夫なのか?」

「集合時間……? ああ、そういや今日は国を出て訓練するとか言ってたな」

「もうみんな広間に集まってるぞ?」

「はっ。もうすっかりここでの生活に慣れてんな」

「遅刻ギリギリまで寝てるお前が言うのか」


 苦笑を浮かべる親友の姿に、自然と聡太も笑みがこぼれる。

 だが、待たせるわけにはいかない。寝る時に着ていた服を脱ぎ、動きやすい服へと着替える。

 着替えを終え、ベッドの近くに置いてある『桜花(おうか)』を手に取った。


「待たせたな。行くか」

「おう!」


 迷う様子もなく、王宮の広間へと向かう2人。

 ──聡太たちが異世界に召喚されて、今日で1週間が経過していた。


────────────────────


「遅いぞ古河! 何をやってたんだ?!」

「何をしてようが俺の勝手だろ……つーかお前らが早すぎんだよ」

「ボクたちはこの世界を救う勇者だ! もっと自覚を持って──」


 何か言い続けている剣ヶ崎を無視して、セシル隊長に話しかけた。


「セシル隊長、今日は国を出て訓練するとか聞いたけど……具体的には何をするんだ?」

「ああ。今日はモンスターと戦ってもらおうと思っている。今までは騎士たちと手合わせしたり【技能】の練習をしてきただけだからな」


 全身を鎧に包んだセシル隊長が、今日の訓練内容を説明し始める。


「だが、モンスターだって生き物だ。斬れば血が出るし、当然死ぬ。今の内に殺しの感覚を身に付けておかないと、いざという時に躊躇(ちゅうちょ)してしまうかも知れない」


 セシル隊長の言葉に、全員の表情が強張る。

 無理もない。

 生き物を殺すのに慣れている者なんて、この場に誰1人いないのだから。


「もちろん、我々騎士もお前たちのサポートはさせてもらうが……できる限りは自分たちで対処してもらおうと思っている。カワカミ殿は戦闘ができないから、今日はここで留守番をしてくれ」

「そ、そんな!」


 戦闘に関係する【技能】を持たない川上先生は、付いてきても邪魔になる。

 もちろんそんな事は川上先生だって理解している。


「大丈夫です、川上先生」

「剣ヶ崎君……」

「ボクたちは勇者です。みんなこの1週間、『大罪迷宮』を攻略するために努力してきたんですから。モンスターなんかに負けませんよ」


 川上先生の説得は剣ヶ崎に任せる事にしたのか、セシル隊長が説明を続けた。


「万が一の事を考えて、2人1組で行動してもらう。カワカミ殿が抜けて11人だから……2人組を4つ、3人組を1つ作るか……?」

「ん? セシル隊長が分けるのか?」

「当たり前だ。戦力を均等に分けるつもりだからな。それでは……ソータとユーキ、それからトウマとトラノスケとヒカル、前に出ろ」


 名前を呼ばれ、聡太たち5人が前に出た。


「お前たち5人は、12人の中でも頭1つ抜けた力を持っている。よって、お前たちが同じ組にならないように、5つの組に分ける事にするぞ」


 勇輝の肩に手を置き、セシル隊長が2人の生徒の名前を呼んだ。


「ユウコとセイヤは、ユーキと同じ組だ。肉体的に一番頑丈なユーキを壁役として、セイヤが後方から弓で攻撃。傷付いたユーキをユウコが癒す。この戦い方を主軸としていけ」

「おう!」

「わ、わかりました……」

「よ、よろしくね! 鬼龍院くん、遠藤くん!」


 次に破闇へ視線を向け、近くにいた氷室に声を掛けた。


「ユキノはヒカルと共に行動だ。ヒカルの動きはかなり素早いが、お前の魔法も負けてはいない。早さで勝負する事を意識すれば、モンスター程度に負ける事はないだろう」

「わかった。よろしくね、破闇さん」

「えぇ、こちらこそよろしくね、氷室さん」


 残るは6人。


「カゲトはトウマと一緒だ。何でもそつなくこなすカゲトと、基本的には何でもできるトウマが一緒なら、並大抵の事には対処できるはずだ」

「わかりました! よろしくな、宵闇!」

「ああ……俺だって、1週間頑張ってきたんだ」


 残るは──4人。


「シズクはトラノスケの援護だ。トラノスケは戦いとなると熱が入りやすいからな、お前の冷静さでカバーしてやってくれ」

「ん…………わか、った……虎之介の、事は……任、せて…………」

「はン。オレが雫を守ってやりゃァいいって話だろォ?」


 セシル隊長の言っている事がわかっているのか、わかっていないのか。

 胸を張る土御門の姿を見て、水面がどこか嬉しそうに目を細めた。


「そして……カリンはソータと行動してくれ。お前の【部分竜化】はまだ不完全だが……ソータがいれば問題はないだろう」

「りょうか~い。よろしくね~、古河くん」

「ああ」


 5組に分かれた生徒たちを見て、セシル隊長が表情を引き締めて声を上げた。


「よし、分かれたな? それではこれより、モンスターの討滅に向かう! モンスターは躊躇なくお前らの命を取りに来るぞ! 一瞬の油断が死に繋がると思え! いいな?!」


 生徒全員が頷くのを確認し、セシル隊長は剣を抜いて続けた。


「目的地は『ユグルの樹海』周辺! 道中に遭遇したモンスターも討伐する! 向かうのは勇者11名に騎士3名、合計14名だ! では──出発するッ!」

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