78話
「──ぁああああああああッッ!!」
雄叫びを上げる剣ヶ崎が、聖剣を振りかぶって大きく前へと飛んだ。
目の前の化物を狙って振り下ろされた一撃は──だが簡単に避けられ、剣ヶ崎の背後に化物が現れる。
尋常ならざる速度──背後に回り込まれたと察した剣ヶ崎が、振り返りながら聖剣を振り下ろした。
だが──そこに、化物はいなかった。
「──ッ!」
まるで剣ヶ崎を嘲笑うかのように、化物は何度も剣ヶ崎の背後に現れる。
「クソ──『シルフ・ブレイド』ッ!」
『しゃああああああああっ!』
風の精霊の力が聖剣に宿り──剣ヶ崎が円を描くように聖剣を振り回した。
今度こそ化物を捉えたと思われた一撃は──化物がその場から飛び上がる事で簡単に回避される。
「ガルルァアアアアアア──!」
化物が唸り声を上げ──虚空を蹴った。
勢い付いた化物が剛爪を振り上げ、剣ヶ崎の体が引き裂かれる──寸前。
「ガァアアアアアアアアアアアッッ!!」
「うるああああああああああッッ!!」
金と黒の色違いの瞳を持つ少年と、ガッチリとした筋肉を持つ青年が化物に飛び掛かった。
確実に化物を捉えた──そう思った直後、再び化物が虚空を蹴り、土御門と勇輝の攻撃を簡単に避けた。
「ぴょんぴょん飛び回りやがって……! 正々堂々戦えやオラァッ!」
「てめェコラ剣ヶ崎ィッ! ブンブン剣を振り回すンじゃねェ! オレらまで危ねェだろうがァッ!」
「す、すまない……」
遠くに逃げた化物が、剛爪を掻き鳴らして獰猛な咆哮を上げた。
──大きさは勇輝と同じ程度。全身は黒一色に染まっており、目元を拘束具のような物で隠している。
臀部には尻尾が生えており、まるで意識を持っているかのように動き回っている。
長い両腕が地面すれすれでプランプランと揺れており──その指先から、鋭すぎる剛爪が生えている。
──不気味な獣。そう表すのが一番しっくりくるだろう。
「チッ……! 暗くて見にくい……!」
夜だからか、化物の姿が捉えにくい。
いや……化物の色が黒色という事も原因だろう。
俊敏な上に、姿が捉えにくい──厄介な相手を前に、全員が気持ちを引き締め直す。
「じ、【自動追尾】っ!」
「『ウル・アイス・ランス』っ!」
「『ウル・アクア・ストーム』……!」
【障壁】の中にいる遠藤が弦を引き、魔力矢を放つ。
その後に続いて氷室が氷の槍を、水面が水の渦を放ち──化物が、遠藤たちへ顔を向けた。
「ガッ──アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
化物が大きく息を吸い込み──咆哮を上げた。
瞬間──化物の口から、衝撃波が放たれる。
迫る魔力矢を、氷槍を、水渦を簡単に打ち消し──その先にあった【障壁】へ激突した。
「うっ、く……!」
「小鳥遊さん! 【障壁】!」
「【障壁】……!」
【障壁】に衝撃波が激突し、【障壁】を展開していた小鳥遊にも重い衝撃。
すぐに氷室と水面が【障壁】を発動し、新たな【障壁】が張り直された。
そんな生徒たちを見て、【障壁】の中にいる川上先生は……強く拳を握り締めた。
……何も、できない。
私では、みんなの力になる事も、戦う事もできない。それどころか、確実に足手まといになる。
「ガァ──オオオオオオオオガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
【障壁】が張り直された事に苛立ちを感じたのか、化物が一際大きく吼え──【障壁】へ飛び掛かった。
一瞬で距離を詰め、【障壁】に向けて剛爪を振り下ろす──寸前。
「【瞬歩】、【幻影】ッ!」
化物の背後に現れた破闇が、刀を振り上げた。
「ルァ──ッ!」
「あ──ぐッ?!」
瞬時に目標を変え、振り返りながら破闇へ剛爪を突き出した。
剛爪は破闇の胸部を簡単に突き抜け──次の瞬間、破闇の体が霧のように霧散した。
──【幻影】。
己の分身を作り出す【技能】。
分身は相手へダメージを与える事はできないが──訓練を積めば、何人もの分身を作り出す事ができるようになる。
「しッ──!」
化物の横に素早く移動した本物の破闇が、刀による突きを放った。
──必殺の間合いだ。確実に当たる。
ようやく一撃与える事ができる──全員がそう思う中、化物が雄叫びを上げた。
「ルオッ──ガァアアアアアアッッ!!」
「なっ──」
剛爪を横に振り──破闇に直撃。
骨が折れる嫌な音が響き──破闇がまるでボールのような勢いで吹き飛んだ。
「光?! お前よくも──ッ!」
剣ヶ崎が化物に飛び掛かる──それより、化物が【障壁】へ剛爪を振り下ろす方が早い。
化物の剛爪が【障壁】を叩き割り──その衝撃で、【障壁】の中にいた全員が地面を転がった。
「──【瞬歩】ッ!」
化物の背後に瞬間移動した宵闇が、漆黒の槍を突き出した。
──グルンッ! と化物が背後を振り返り、その口を大きく開いた。
「ガッ──オオオオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
化物の口から衝撃波が放たれ──宵闇が吹っ飛んだ。
木に激突し、口から大量の血を吐き出し──そのままグッタリと動かなくなる。
「ガルルルル──」
「ぜああああああああああああッッ!!」
今度こそ【障壁】の中にいた勇者を殺そうとするが──尋常ならざる大声に、化物は警戒と共に視線を動かした。
──白銀の剣が、化物の胸元に迫っている。
反射的に剛爪を振るい、白銀の剣を弾き返した。
「ぬああああああああああッッ!!」
「ガルッ──ルァアアアアアアアアアアアッッ!!」
セシル隊長が剣を振るい──それに合わせて、化物が剛爪を振り抜いた。
だが──力負けしているのか、少しずつセシル隊長の体勢が崩れていく。
「──オイ! いつまでボケッとしてンだァ?! 早よ立てェッ!」
土御門の鋭い声が響き──水面と遠藤の体が乱暴に持ち上げられた。
剣ヶ崎が小鳥遊と川上先生を、勇輝が氷室と血塗れの宵闇を抱え、破闇が飛んで行った方向へと走っていく。
「──ぐっ……ふっ……!」
「光!」
「光ちゃん!」
少し離れた所に、破闇がいた。
攻撃をモロに食らった左腕はあり得ない方向に曲がっており、肘からは骨が突き出している。
「小鳥遊! コイツらの回復を頼む!」
「うん! “我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”っ! 『ライト・ヒール』っ!」
宵闇と破闇の体が淡い光に包まれ──宵闇が意識を取り戻し、破闇の腕が痛々しい音を立てて元に戻った。
「クソ……! 聡太はまだか?!」
「ンな事言っててもしょうがねェだろうがァッ! とっととセシル隊長の援護に行くぞォッ!」
そんな事を言い合いながら、勇輝と土御門がセシル隊長の元へと走っていく。
──と、何故か剣ヶ崎が動かない。
「オイコラァッ! 行くぞ剣ヶ崎ィッ!」
「っ……あ、ああ! 行こう!」
土御門の鋭い声を聞き、剣ヶ崎がハッとしたように顔を上げた。
聖剣を握り直し、勇輝と土御門の後を追って駆け出す。
「優子……ありがとう」
「ああ……すまない、小鳥遊」
「動いちゃダメ! 光ちゃんも宵闇くんも血がいっぱい出てたから! 私の魔法は、傷は治せても血は戻せないの! 何度も説明したでしょ?!」
そんな会話を聞きながら、三人がセシル隊長の元へと走り続け──
「ガァァ……! ァオオオオオオオオオオオッッ!!」
──地面に倒れるセシル隊長がいた。
セシル隊長の下には血溜まりができており、致命傷を負っている事がわかる。
「てめェ──!」
「コイツ──!」
土御門が【部分獣化】を発動し、化物に飛び掛かった。
勇輝が【増強】を使用し、化物へ突っ込んでいく。
「ガァア──オオオオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアッッ!!」
こちらに顔を向ける化物が、セシル隊長を置いて土御門と勇輝に襲い掛かろうと足に力を入れた──直後。
──キラッと、夜空に紅い光が見えた。
「──『赤竜の光線』ッ!」
超高温の光線が化物に迫り──だが化物は虚空を蹴り、光線を回避する。
突然の攻撃に、呆然とする三人──と、見覚えのある二人の少女が三人の前に降り立った。
「……嘘……セシル隊長……?!」
慌ててセシル隊長に駆け寄る火鈴が、その体を抱き起こした。
──息はある。だが、腹部が深々と斬り裂かれており、致命傷である事は明らかだ。
「……《全てを壊す魔獣》……カリン、『十二魔獣』です」
化物を『視』ていたミリアが、その正体を口にした。
『十二魔獣』──薄々は察していた化物の名を聞き、三人の表情が強張った。
「……土御門くん。セシル隊長を小鳥遊ちゃんの所まで連れて行って」
「あァ?」
「お願い……コイツの相手は、あたしがするから」
【竜人化】状態の火鈴が、鋭い牙を剥き出しにしてレオーニオと向かい合う。
「援護します、カリン」
「うん、お願い」
その隣に並び立つミリアが、手のひらに魔法陣を浮かべて身構えた。




