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77話

 ──深夜。


「……………」

「ソータ様……目を覚ましませんね……」

「そうだね〜……料理の残りは、明日の朝に(あった)めよっかな〜」


 ミリアの太ももを枕にして眠る聡太──気絶するように眠ってから、ずっと起きていない。


「……ね、ミリアちゃん」

「はい?」

「聡ちゃんの様子がおかしいって、いつ気づいたの〜?」


 火鈴の問い掛けに、ミリアはさも当然のように答えた。


「今日の朝、ですかね」

「朝……?」

「はい……いつものソータ様なら、他人に同調なんて求めないはずです。なのに、今朝のソータ様は……アルマとカリン、そして私に、行く先を確認しました。いつもなら……『リーン大海』に行く途中で『妖精国』に寄るぞ、ってしか言わないので」

「あ〜……なんであたしに聞いてきたのかな〜って思ってたけど、その時から様子が変だったんだね〜」

「病気になった時、人は精神的に弱ってしまうと聞きます。あの時のソータ様は……ずっと、弱音を吐きたいのを我慢していたのでしょう」


 眠る聡太の髪を弄り、ミリアが優しい笑みを浮かべる。


「……ソータ様は、まだまだ子どもなんです。私なんかよりもずっと若い……ただの子どもなんです。それなのに、辛い事を我慢して、苦しい事に必死に耐えて、どんな状況でも絶対に諦めないで……こんな小さな子どもが、この世界の平和を背中に背負って生きているなんて──」


 ポツリと、まるで呟くように──言った。


「……可哀想、です……」


 ただの一般人──だった。

 ただの高校生──だった。

 ただの少年──だった。

 その運命を身勝手に掻き回され──若い少年には重すぎる運命を背負わされた。

 心が折れてしまうような出来事に直面し、命からがら生き延びた。

 そして──少年が持つには相応しくない、冷酷な心を手に入れてしまった。


「……それでも、聡ちゃんは戦うって決めたの〜。ただ震えて『死』に怯える弱者とは違う──意思を持って、()()をどうにかしようと足掻く強者なんだよ〜」

「……そうですね。ソータ様は、とても強いです。肉体も、精神も」

「うん……だから、誰かが支えてあげないといけないの〜。今の聡ちゃんは……どこか危なっかしいからね〜」

「全くですっ。ギリギリのカウンターを狙ったり、傷付いても攻撃を仕掛けたり……本当に、危なっかしいです」


 聡太の頬を指で突き、火鈴がふにゃっと表情を崩し──すぐに表情を引き締めた。


「……あたしは、聡ちゃんを守る。もう二度と……絶対に、一人にしない。だから──邪魔をするなら、誰だろうと容赦はしない」

「……『大罪迷宮』だろうと、『十二魔獣』だろうと、モンスターだろうと、何であろうと──()()()()()を傷付ける事は許しません」


 互いの決意を口にして──プッと、二人が吹き出した。


「あははっ……あたしたち、なんだか似てるね〜?」

「うふふ……そうですね。()()()()()も……似てますしね?」

「……うん、そうだね〜」


 起きない少年を見て、二人の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。


「……ね、ミリアちゃん。そろそろ足が疲れてきたでしょ〜? 代わってあげるよ〜?」

「いえ、大丈夫です。ソータ様の事は私に任せて、カリンは見張りをお願いします」

「遠慮しなくていいよ〜。ほら、代わって代わって〜」

「大丈夫ですよ。お気になさらず」


 笑顔を浮かべる二人──だが、目が全く笑っていない。

 静かに闘志を燃やし合う中──突如聞こえた第三者の声が、沈黙を破った。


「──うるさいですねぇ……もう少し静かにできないんですぅ?」


 座った状態で眠っていたアルマクスが、血色の瞳をゆっくりと開いた。


「あ、ごめんね〜……起こしちゃった〜?」

「ずっと起きてましたよぉ……夜は『吸血族(ヴァンパイア)』の時間ですよぉ? 見張りもボクに任せておけばよかったんですぅ」


 どうやら、ずっと起きていたらしい。

 こちらに視線を向けるアルマクスを見て──二人は、顔を見合わせた。


「お、起きてたって……いつからです?」

「ずっと、ですよぉ……何やら恥ずかしい話をしてましたねぇ? 絶対に一人にしないだの、ソウタを傷付ける事は許さないだのぉ……そう言えば、好みの男性が似てるとも言ってましたねぇ?」


 ニヤッと笑うアルマクスの言葉に、二人の顔が羞恥からか真っ赤に染まる。


「……そんなにその『人類族(ウィズダム)』が良いんですぅ?」

「……会ったばかりのアルマさんには、わかりませんよ」

「うんうん。聡ちゃんがどれだけ優しくて、どれだけカッコいいのか……ね〜」

「あっはぁ。言ってて恥ずかしくないんですぅ?」

「ん〜。恥ずかしいね〜」


 頬を掻き、火鈴がにへら〜と表情を緩める。


「……そういえば……アルマさん、ずっと聞きたかった事があるんですけど、よろしいですか?」

「はいぃ。ボクが答えられる事なら、ですけどぉ」

「えっと、ではお聞きしますけど──あなた、男ですか? 女ですか?」


 ミリアの質問に──火鈴とアルマクスが首を傾げた。


「……へぇ……なるほどぉ。アナタの魔眼は、性別まで見抜けるんですねぇ?」

「え? アルマくんじゃないの〜?」

「あはっ、違いますよぉ。ボクは女ですぅ」

「え……そうなの〜……?」

「はいぃ。説明した通り、ボクは次の『吸血族(ヴァンパイア)』の王となる個体だったんですぅ……けど、まあ、なんて言いますかねぇ……簡単に言うなら、王となった後、女だからって舐められないようにするために、男っぽく振る舞ってたんですよぉ」

「ちょ、ちょっと触るね〜?」


 疑う火鈴が、アルマクスの胸へと手を伸ばした。

 ──ふにっ。

 柔らかな感触に、火鈴が大きく目を見開いた。


「ほ、ほんとだ〜……じゃあ、アルマちゃんって呼んだ方がいいかな〜?」

「いえ、男扱いで良いですよぉ。そっちの方が慣れてますからぁ……というか、いつまで触ってるんですぅ?」


 ダボッとした青色のローブに身を包んでいるため、アルマクスの体型はわからない。

 それも、アルマクスの性別がわかりにくい原因だろう。


「聡ちゃんとハピィちゃんに言っといた方が良いかもね〜。アルマくんは女の子だって〜」

「……いや、あの二人は気づいてるんじゃないんですぅ? 全種族の中でもずば抜けた感覚(センス)を持つ『獣人族(ワービースト)』に、あのソウタですよぉ? ボクを男だって思ってたのは、多分カリンだけですよぉ」

「ん〜……言われてみれば、そうかもね〜……ハピィちゃんはともかく、聡ちゃんは気づいてそうだよね〜」


 ゆらゆらと体を揺らし、聡太の顔を見つめる火鈴──と。


 ──ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 突如、甲高い警報のような音が響き渡った。

 何の警報かわからず、反射的に身構える三人……と、警報の出所(でどころ)が聡太のバックパックだと気づき、ミリアが聡太のバックパックを開いた。


「……これは……?」


 ミリアが取り出したのは──何やら、幾何学的な球体だ。


「あ。これ、セシル隊長がくれた『魔道具(アーティファクト)』だよ〜」

「『魔道具(アーティファクト)』ぉ……? この人、そんな物まで持ってるんですぅ?」

「ちょっと待ってね〜……ここのボタンを押したら──」


 ザザッという雑音の後、聞き覚えのある男の声が球体から聞こえた。


『あっ?! 繋がったか?!』

『貸せユーキ! ソータ、聞こえるか?!』

「セシル隊長〜? 聡ちゃんなら寝てるけど、どうしたの〜?」


 のらりくらりとした火鈴──そんな火鈴の頭を、セシル隊長の言葉が撃ち抜いた。


『わからない! 何かわからないが、化物に襲われている! もしかしたら、『十二魔獣』かも知れない!』

「『十二魔獣』……?! セシル隊長、今どこにいますか」

『『フェアリーフォレスト』だ! 今は誰も怪我していないが──』

『屈めセシル隊長ッ!』

『ぬお──?!』


 セシル隊長の言葉が途切れた──直後、何かがへし折れるような音が聞こえた。


『クソ……! ただ腕振るだけで木を折るとか、どうなってんだ?!』

『落ち着けユーキ! 陣形を乱すな!』

「セシル隊長! すぐに行きます! 待っててください!」

『すまない! 頼む!』


 プツンッと、球体からの音声が止まった。


「……ごめん、ちょっと行ってくるね」

「待ってください。私も行きます」

「ボクはどうしますぅ?」

「聡ちゃんをお願い。もし起きても、『フェアリーフォレスト』には行かせないで。まだ熱が下がってない可能性もあるし、下がってたとしても様子を見た方がいいから」

「わかりましたよぉ……ハピィはどうするんですぅ?」

「……起きたら、援護に来させて」

「了解ですぅ」


 火鈴とミリアが立ち上がり──火鈴がミリアの手を握った。


「──【竜人化】」


 火鈴が竜人へと変身し──大きく飛び上がった。

 竜の翼を打って加速を付け、夜空を駆けていく。

 二つの人影は、真っ直ぐに『フェアリーフォレスト』へと飛んで行った。

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