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76話

「── “我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”『ライト・ヒール』」


 小鳥遊の手に淡い光が宿り──宵闇の両腕が、優しい光に包まれた。


「……すまない、助かった」

「ず、随分と無茶したね……動かせる? もう痛みはない?」

「ああ、問題ない。ありがとう」


 元に戻った両腕を動かし、宵闇が小鳥遊に頭を下げる。

 宵闇の感謝の言葉を受け、小鳥遊が嬉しそうに笑みを浮かべた。


「……虎之介、は……いい、の……?」

「あァ? ……あァ、土くれの傷の事かァ。あの程度の傷ならァ、【獣化】した時にくっついたってのォ」

「土御門くんもケガしたの? 大丈夫? 魔法使う?」

「必要ねェ……オレの事よりィ、他の奴等を心配してやンなァ」


 ヒラヒラと手を振り、土御門がその場に寝転がる。


(わり)ィけどォ、少し休憩させてもらうぜェ。【獣化】で思ったより体力持ってかれてるみてェだァ……出発する時になったら起こしてくれェ」


 そう言って、土御門が瞳を閉じる。

 その様子を見ていたセシル隊長が、持っていた荷物を地面に置いた。


「そうだな……トラノスケも疲れているようだし、今日はここで野宿をするぞ。ユウコの【回復魔法】が必要な者は、今の内に頼んでおけ」


 言いながら、セシル隊長が野宿の用意を始める。

 それに合わせて、全員が背負っていたバックパックを地面に下ろした。


「では、それぞれの役割をもう一度確認しておくぞ?」


 全員が頷くのを確認し、セシル隊長は紙切れを取り出した。


「トウマとヒカル、そしてカゲトは、主に肉の調達だ。何も取れなかったら、先ほどのミノタウロスを食う事になるからな」

「……あれ、どう見ても美味しくなさそうに思うんだけど……」

「えぇ、そうね。私もそう思うわ」

「ああ……気合いを入れて、食料を調達しなければな」


 それぞれの武器を持ち、三人が森の奥へと消えていく。


「ユーキとセイヤは木材を拾ってきてくれ。『フレア・ライト』で火を点けた時のためだ」

「おう!」

「は、はい」


 聡太だったら【無限魔力】があるため、永続的に魔法を維持できるのだが……他の者はそうはいかない。

 ので、木材に炎を移す必要がある。


「さて……カワカミ殿とユキノ、そしてユウコは、俺と一緒に食べられる草を探すぞ」

「わかりました」

「えぇ」

「はい!」


 準備を始める三人から視線を外し、セシル隊長は水面へ視線を向けた。


「シズク、トラノスケを任せる。どうやら……思ったよりも疲弊しているようだからな」

「……ん……わか、った……」

「我々はそう遠くまでは行かないから、何かあったら大声で呼ぶように。いいな?」

「ん……」


 全員がいなくなり──この場に残ったのは、水面と土御門のみ。

 地面に眠る土御門に近づき、慣れた様子で膝枕をしようとするが……


「……そう、だった……しちゃ、ダメ……だった……」


 しゅんと肩を落とし、土御門の隣に腰を下ろす。


「…………ん……?」


 土御門の顔を見ていた水面が、いつもの無表情を崩して眉を寄せた。


「……この、髪……?」


 土御門は、髪の毛を金色に染めている。

 なので当然、根元までは金色ではない。

 それに、異世界に来て数ヶ月も経っている。根元が黒い髪は目立って当然だ。

 だが──


「……()()()()……()()()()……?」


 根元から金色の髪がある。

 それも、一本や二本だけではない。

 ──何本も、金髪がある。


「──ァ……あァ……? ……寝てたのかァ……?」

「……あ……」


 僅かな時間で目を覚ました土御門が、頭を振りながら体を起こした。

 ──その瞳は黒色ではなく、右目が黒色で左目が金色の、()()()()()だった。


────────────────────


 ──同時刻。『フェアリーフォレスト』への道中。

 聡太もまた、野宿の準備をしていた。


「もう一回!」


 聡太の正面に座る火鈴が、珍しく真剣な表情を見せる。


「……り、りんちゃん……」

「もう一回!」

「りんちゃん……」

「もう一回!」

「ああくそ! 何回言わせんだよ!」


 苛立ったように声を荒らげ、聡太がガリガリと乱暴に頭を掻く。


「だ、だって! 『大罪迷宮』で言ってたじゃん! いくらでも呼んでやるって言ってたじゃん!」

「言ったけど! 限度があるだろ!」


 喧嘩には相応しくない内容に、ミリアが思わずため息を吐いた。


「……ソウタとカリンは、仲が良いんですぅ?」

「まあ、何つーか……幼馴染みだ」

「へぇ……そうなんですねぇ」


 自分から聞いておいて、アルマクスが特に興味がなさそうな返事をする。


「ねぇ聡ちゃん! もう一回だけ、もう一回だけお願い!」

「お前しつこいぞ?! これで最後だからな?! りんちゃん! おら、終わりだ終わり! とっとと野宿の準備をするぞ!」


 バックパックの中から寝袋を取り出し、地面に放り投げる。


「ミリア、今日は俺とお前で見張りをするぞ」

「…………いえ。今日は私とカリンで見張りをします。ソータ様はゆっくり休んでください」

「……そりゃまた、何でだ?」

「ソータ様、珍しく疲れてますよね? いつもより余裕がないですし、顔が疲れてます」


 ジッと顔を見つめてくるミリアに、思わず聡太の背筋が伸びる。


「……そう見えるか?」

「はい。いつもソータ様なら、もっと覇気のある顔をしています」

「……そうか。なら、もしかしたら疲れてるのかも知れないな」


 フッと、聡太の体から力が抜けた。


「……聡ちゃん?」

「…………ああ、クソ……もう無理だ……」


 聡太が諦めたような苦笑を浮かべた──瞬間、聡太がその場に倒れた。


「えっ──」

「ソーター?!」


 ハルピュイアが聡太に近づき、体を抱き起こした。

 ──顔が赤く、呼吸が荒々しい。(あき)らかに様子が変だ。


「おっとぉ……? これはまた、急にどうしたんですぅ?」

「わ、わかりません! ソータ様、大丈夫ですか?!」

「うわ、スゴい熱……! 何か冷やす物を用意しないと……!」


 バックパックを開き、火鈴が何かないかと(あさ)るが──何もない。

 軽くパニックになる火鈴──と、弱々しい聡太の声が、火鈴をパニックから引き戻した。


「火、鈴……俺の、バックパックに……赤い布がある……悪いが、地面に置いてくれないか……」

「う、うん!」

「ふ、ぅ…………“現れろ水。(われ)が望むは渇きを潤す癒し”……『アクア・クリエイター』……!」


 虚空に浮かぶ青色の魔法陣から水が漏れ落ち、地面に置かれた布切れを濡らしていく。

 だが──その水の量は、布切れを濡らすには多すぎるような気がする。

 ──魔力の制御ができない。

 クラクラする思考の中、聡太は鋭く舌打ちした。


「ハピィ……少し離れろ……」

「で、でも──」

「いい、から……! 今の俺だと、魔法の制御ができない……! 巻き込むぞ……!」

「う……うー!」


 近くから全員が離れた事を確認し──聡太は、赤い布切れに手を向けた。


「──『凍絶(とうぜつ)』……!」


 瞬間──聡太の体から、凄まじい冷気が放たれる。

 冷気は氷へと変化し──地面が凍り、草が凍り、空気が凍り、置かれていた布切れが凍った。


「──す、スゴい……!」


 一瞬にして辺りが氷漬けになった──幻想的な光景を前に、思わずミリアが声を漏らした。


「クソ……!」


 ここまで凍らせるつもりはなかった。やはり、魔力の制御が上手くいかない。

 魔法を使用した聡太が布切れを睨み付け──うつ伏せに倒れ込んだ。


「聡ちゃん! 【部分竜化】!」


 右腕を竜腕に変身させ、凍り付いた布切れを力任せに地面から剥ぎ取った。

 聡太を抱き寄せ、冷た過ぎるそれを(ひたい)に押し当てる。


「……悪い、火鈴……」

「もう! キツいならキツいってなんで言わなかったの?!」

「……耐えられると、思ったんだが……参ったな……こりゃ、本気で参った……」


 グッタリとしたまま動かない聡太が、力なく笑う。


「とにかく、野宿の準備をしましょう。ソータ様は絶対安静ですので、寝ててください」

「……悪い」

「これからは、体調が悪いって感じたらすぐに言ってください。もしも次に同じような事があったら……私、本気で怒りますので」


 言葉こそ冷静だが──ミリアの顔は、これまでにないほど怒っている。

 本気で自分の心配をしている少女の姿に、聡太は珍しく申し訳ないと感じた。


「カリン、食事の用意を。私のバックパックの中に、栄養価の高い草が入っています。それを使ってください」

「うん、わかったよ〜」

「ハピィ、アルマ。辺りの警戒を任せます。モンスターが近づいて来たら、すぐに教えてください」

「おー!」

「……はぁ……仕方がないですね、わかりましたよぉ」


 火鈴が食事の用意を、ハルピュイアとアルマクスが少し離れた所で辺りの警戒をする中──ミリアが、倒れる聡太に言った。


「おそらく、無理をし過ぎて体調を崩してしまったのでしょう。見た感じ、何かの病気という感じではないので安心してください。それより……絶対安静ですからね?」

「……わかってる……」


 やれやれ、といわんばかりにミリアがため息を吐き──聡太の頭を持ち上げた。

 そして──聡太の頭を、自分の太ももの上に乗せる。


「寝心地については文句を言わないでください。ほら、早く眠ってください。少しでも早く体調を戻さないと」

「……そうだな……」


 特に抵抗する様子もなく、聡太が瞳を閉じる。

 やはり、予想以上に体は疲れていたのか──聡太の意識は、簡単に夢の世界へと引き込まれていった。

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