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73話

「──ひゃっはははははははははァッ!」

「ブモォォォォォオオオオオオオオオンンッッ!!」


 木から木へと高速で跳ね回る土御門が、ミノタウロスとすれ違う度にその剛爪を振るう。

 剛爪はミノタウロスの筋肉を簡単に斬り裂き、土御門を殺そうとミノタウロスが何度も大剣を振り回す──が。


「おっせェンだよノロマァアアアアアッ!」


 大剣を置き去りにし、土御門が凄まじい早さで大剣を回避する。


「ブォッ──ァアアアアアアアアアッッ!!」

「うォッ──?!」


 ミノタウロスが大剣を地面に突き刺し、力任せに振り抜いた。

 瞬間──地面が(えぐ)れ、土片が飛ばされた。

 ミノタウロスに突っ込んでいた土御門は、突然の反撃に対応できず──体の至る所を、土片が斬り裂いていく。


「チッ──オラアアアアアアアアッ!」


 痛みによる絶叫ではなく、気合を入れるための雄叫びを上げ、土御門が再び駆け出した。

 そのままミノタウロスに突っ込む──かと思うと、何やら慌てた様子で横に飛んだ。

 ──次の瞬間、先ほどまで土御門がいた所に、大剣が振り下ろされた。


「コイツっ、オレの動きに合わせてやがンのかァ……?!」


 さっきまでは土御門の早さに対応できていなかったが──まさか、この短時間で、土御門の早さに対応し始めるとは。

 ペッと唾を吐き、土御門が腰を落として身構えた──瞬間。


「……『アクア・クリエイター』……!」


 ──土御門の頭に、水がぶっかけられた。

 突然の魔法を前にして、ミノタウロスが警戒を深めて身構える。

 怒りからか、ワナワナと肩を震わせていた土御門が、水をかけた少女へ怒号を飛ばした。


「てンめェコラ雫ゥううううううううううううううううううッッ!! これァ何のつもりだァああああああああああッッ?!」

「……虎之介、落ち着いて……!」

「落ち着いてンだろォがァッ! いきなり何しやがンだゴラァ──(いて)ェ?!」

「落ち、着け……!」


 水面が土御門の肌に触れた──瞬間、土御門が痛みに顔を歪めた。

 見ると──土御門の体から、ボタボタと血が漏れ落ちていた。


「なンっ……?!」

「やっぱり……気付いて、なかった……」

「……まさかァ、さっきの土くれが原因かァ……?!」

「ん……相手は、モンスター……相手に、とっては……ちょっとした、攻撃でも……私たちには、充分……致命傷に、なる……!」


 ──あの攻撃で、ここまでの傷を負うだと……?!

 驚愕に固まる土御門──その隣に並び立つ水面が、真っ直ぐに土御門を見上げた。


「……虎之、介……落ち、着いて……」

「チッ……悪かったよォ。ちっと熱くなり過ぎたァ……」

「ん……わかってる、なら……いい……」

「にしてもォ……まさかオレの早さに対応してくるとはなァ……こっからどうやって攻めるかァ……」


 土御門の言葉に、水面が不思議そうに首を傾げた。


「……? 何、言ってるの……?」

「あァ?」

「まだ、早さに……対応、された……()()……でしょ……?」

「だけって言ってもなァ……」

「それ、に……虎之介、は……まだ、早く……なれる……!」

「……あァ、あの【技能】の話かァ」


 水面を警戒したまま動かないミノタウロスから視線を逸らさずに、土御門は続ける。


「けどよォ、おめェも知ってンだろォ? アレ使ったらァ、一時(いっとき)は元に戻れねェってよォ」

「……? 何か、問題……?」

「いやァ……あの姿はァ、何つーかァ……(こえ)ェだろォ?」

「そう……? かっこ、いい……よ……?」


 幼馴染みからのカッコいいという言葉に、土御門がどこか照れたように頬を掻く。


「それに……虎之介が、怖いのは……いつもの、こと……!」

「てめェ後で覚えてろよォ」


 そう言うと──土御門が、両手を地面に付けた。


「──【獣化】ァ」


 ──土御門の体が、一瞬だけ大きくなったような気がした。

 否、気のせいではない。

 土御門の体が、どんどん大きくなっている。


「お、おオっ──」


 土御門の全身が、金色の毛に覆われる。

 頭には獣の耳が、後ろ腰からは獣の尻尾が生え──体の肥大化は止まらない。


「ガ、あ……おオオオおおオオオオオオ……!」


 体の肥大化が終わった時──そこには、一匹の大虎がいた。

 高さは二メートルはあるだろう。ミノタウロスと比べても──全く見劣りしない猛々しさだ。


「ガルルル……! ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 雄叫びを上げる金色の大虎が、ミノタウロスへと飛びかかった。


────────────────────


「──ォォォォォォォォォォンンッッ!!」


 吼えるミノタウロスが、巨大な大剣を勢いよく振り下ろした。


「【増強】ッ!」


 咄嗟に【増強】を発動し、剣ヶ崎が大きく後ろに飛んだ。

 ──ズッンンンッッ!!

 先ほどまで剣ヶ崎が立っていた所に、大剣が振り下ろされた。

 辺りに凄まじい衝撃が響き、地面に蜘蛛の巣状のヒビが走る。


「なんてバカ力……!」

「ブオッ! オオオオオオオオオンンッッ!!」


 避けた剣ヶ崎を追い掛け、ミノタウロスが何度も大剣を振るう。

 だが──剣ヶ崎に当たるどころか、盾で防がれる事もない。完全に、完璧に避けられている。


「他のみんなが心配だし、早めに勝負をつけた方が良さそうだね……!」


 ミノタウロスと距離を取り、剣ヶ崎が──己の(しもべ)である精霊に呼びかけた。


「サラマンダー! シルフ! ウンディーネ!」

『……うむ』

『ああ!』

『はーい♡』

「──『精霊憑依』ッ!」


 剣ヶ崎がミノタウロスを睨み付け、そう叫んだ──瞬間、剣ヶ崎の体に変化が訪れる。

 聖剣に暴風が、聖盾に流水が、聖鎧に炎熱が宿り──豹変する獲物を前に、ミノタウロスが低く唸る。


「……さあ、続けよう」


 ──全身を覆う、赤い灼熱の鱗。炎のように揺らめく尻尾。紅に燃える二本の角。

 左腕には渦巻く暴風が、右腕には綺麗な流水が宿り……まるで、精霊と融合しているかのように見える。


「ブモッ……」


 格の違いを感じたのか、ミノタウロスが怯えとも取れる声を漏らした。


「逃がさない──『シルフ・ブレイド』ッ!」


 剣ヶ崎が聖剣を振るった──瞬間、不可視の風刃が放たれる。

 風刃はミノタウロスの右足を深々と斬り裂き──見えざる攻撃に、ミノタウロスが困惑に固まった。


「まだまだ──『ムーブ・サラマンドラ』ッ!」


 剣ヶ崎の足から炎が噴出され──まるでロケットのような勢いで、ミノタウロスに突っ込んだ。

 対するミノタウロスは大剣を横薙ぎに振るい、近づく剣ヶ崎を迎撃しようとするが──


「『ウルディ・ウィップ』ッ!」

「ブモッ──?!」


 右腕を覆う流水が形を変え──聖盾から、水で作られた鞭が放たれた。

 迫る大剣を水鞭が絡め取り──予想以上の力に、ミノタウロスの大剣はピクリとも動かなくなる。


「はぁ──ッ!」


 大きく飛び上がった剣ヶ崎が、聖剣を高く(かか)げた。

 瞬間──剣ヶ崎の聖剣に、風が集まり始める。

 風は少しずつその規模を大きくしていき──やがて、巨大な風剣が作られた。


「『シルフ・ブレイド』ぉッッ!!」


 背中から炎を噴出し、剣ヶ崎が風剣を振るった。

 ──ズルッと、ミノタウロスの体が真っ二つに斬り落とされる。

 何が起きたのか理解できぬまま絶命したミノタウロス。その前に剣ヶ崎が膝を突き──どこか申し訳なさそうな表情を見せた。


「……ごめんね、ボクたちも生きるのに必死なんだ。悪く思わないでくれ。それに、先に襲ってきたのはキミたちだからね」


 その様子を遠くから見ていた破闇と小鳥遊は、剣ヶ崎が無傷でミノタウロスを討伐できた事にホッと胸を撫で下ろした。

 それとは逆に──川上先生は剣ヶ崎を見て、小さく震えていた。


 ──この子が、あの優しい剣ヶ崎 討魔なのか?

 一切の躊躇(ちゅうちょ)なく敵を殺し、その事に罪悪感を持つ(どころ)か、先に襲ってきた敵に責任があると考える。

 その姿は、まるで──


「川上先生? どうかしましたか?」

「っ……い、いえ。なんでもないですよ」


 いつも通りの表情に戻った剣ヶ崎が、不思議そうな顔で首を傾げる。

 ──剣ヶ崎 討魔と古河 聡太とは違う。

 聡太は『大罪迷宮』に落ちて、命という物に対する考えが軽くなってしまっている。

 だからこそ、古河 聡太は強い。同情も温情も持たず、いっそ機械的に敵を殺すのだから。


 だが──剣ヶ崎 討魔は違う。

 古河 聡太のように、自分が生きるために敵を殺すわけでも。鬼龍院 勇輝のように、聡太に追い付くための糧とするために殺すわけでも。土御門 虎之介のように、命をやり取りを楽しんで殺しているわけでもない。

 これは──


「……剣ヶ崎君」

「はい?」

「あのモンスターを殺して……どう思いましたか?」


 川上先生の質問に、剣ヶ崎は数秒ほど考えるような仕草を見せ……答えた。


「……あのままだとボクが殺されていたので、仕方なく殺しました」


 そう、今の剣ヶ崎は──仕方がなく、モンスターを殺している。

 もちろん、聡太の戦う理由も、究極的には仕方がなく戦っていると言える。

 元の世界に帰るために、俺の前に立つ敵は仕方がなく殺している──聡太はそういう考えだが、剣ヶ崎は違う。

 ──襲われたから、迎撃した。殺されるから、先に殺した。

 そこに、剣ヶ崎の意思はない。


「……ありがとうございます、剣ヶ崎君。おかげで助かりました」

「いえ! それでは、みんなを探しましょう!」


 やはり、剣ヶ崎はまだ──生き物を殺す事になれていない。

 だからこそ、先に襲ってきた相手が悪いと言って、自分を正当化しようとしている。

 ──そうしなければ、自分を保てないのだ。


「川上先生? 討魔が先に行っちゃいますよ?」

「は、はい。今行きます」


 剣ヶ崎 討魔は優しい。常に正しく、そして公平であろうとする。

 だからこそ──生き物を殺すのに抵抗を覚え、自分を正当化し、心が折れないように必死に補強する。

 そう……忘れてはいけない。

 異世界召喚された十二人の勇者──その内の十一人は、まだ高校二年生なのだと。


「……生徒を導くのが、先生の役目……」


 ──私がしっかりしなければ。

 自分の頬を強く叩き、川上先生は決意を新たにする。

 ──絶対に、全員で日本に帰る。

 力強く地面を蹴り、川上先生は剣ヶ崎たちの後を追った。

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