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71話

 ──深夜。

 滅んだ『吸血族(ヴァンパイア)』の国で、聡太たちは野宿をしていた。


「……………」


 聡太の『フレア・ライト』の灯りだけが、辺りをほんのりと照らしている。

 今この場にいるのは、見張りをしている聡太と、眠っているミリアとハルピュイアと火鈴だけ。

 アルマクスは……何やら、やらなければならない事があると言って、どこかへ行ってしまった。


「……何やってんだろうな……」


 【気配感知】には、モンスターの気配はない。

 ……この場を離れても、モンスターがミリアたちを襲う事はないだろう。

 そう判断し、聡太は立ち上がった。


「“光よ宿れ。(われ)が望むは見通す力”『ライト・インサイト』」


 暗視効果のある魔法を使い、聡太がアルマクスの向かった方へと歩き出した。

 ──何もかもが、ボロボロだ。

 凄まじい台風でも通り過ぎたのかと勘違いしてしまうような凄惨さに、思わず聡太は眉を寄せた。

 ……ここら辺の家は、暴れ回って壊された感じではない。《月に吼える魔獣(パルハーラ)》によって滅ぼされた『獣人族(ワービースト)』の国とは、壊され方が違う。

 まるで……そう、生き残りがいないか念入りに捜索したかのような──


「──あれぇ? 何しに来たんですかぁ?」


 そんな事を考えながら歩いていると、アルマクスの声が聞こえた。

 視線を正面に向け──そこにいた『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』に、軽い感じで手を上げる。


「よう。何やってんだ?」

「……別に、大した事はしてないですよぉ」


 アルマクスの手には、木材のような物が大量に抱えられている。

 一体、何に使うのか──聡太が首を傾げるのと同時、アルマクスが持っていた木材を聡太に差し出した。


「まぁ、来たなら手伝ってもらいますよぉ」

「え──ぅおっと!」

「さてぇ……もう少し拾っていきますかぁ」


 大量の木材を聡太に手渡し、アルマクスが近くの家の残骸から、何やら木製の椅子を引きずり出した。

 それを器用に足と手で割り……割った椅子を、聡太の持つ木材の上に重ねる。


「さてさてぇ……次は──」

「おい」

「はいぃ?」

「とりあえず、説明が欲しいんだが。いや、説明しろ。これはなんだ? 俺はなんで木材を持たされてんだ?」


 山のように積み重なった木材を持つ聡太が、アルマクスに問い掛ける。


「これはなんだって言われましてもぉ……木材、としか言えませんよぉ」

「その木材をなんで俺が持たされてんだ?」

「ボクは力が弱いですから、アナタに持ってもらってるんですよぉ」

「説明になってねぇ……」


 ため息を吐く聡太に、アルマクスがクルリと(きびす)を返した。


「言葉で説明するより、実物を見てもらった方が早いですからねぇ……付いてきてくださいぃ。あ、木材は落としたらダメですよぉ?」


 そう言って笑うアルマクスが、木材を拾いながら先へと進んでいく。

 【気配感知】に反応がない事を確認し、聡太はアルマクスの後を追った。


────────────────────


「着きましたよぉ」


 道中で木材を拾いながら、黙々と先へと進む事──数十分。

 アルマクスの視線を辿ると──そこには、小さな丘があった。


「……ここは……」

「『吸血国』の外にある、小さな丘ですよぉ」


 小さな丘──アルマクスがそう呼ぶその場所には、何万本を超える針のような物が立ち並んでいた。

 いや……よくよく見れば、それらは針ではなく、十字架のような──


「まさか……これ全部──」

「はいぃ。お察しの通り、墓地ですよぉ」


 立ち並ぶ十字型の墓石を見て、聡太は驚愕に固まった。


「さ、その木材を貸してくださいぃ」


 聡太が木材を渡す前に、アルマクスが木材を取り──丘の上に置かれていた縄を使って、器用に十字架を作る。

 それを地面に突き刺し、新たな木材に手を伸ばした。


「……これ、全部お前が作ったのか……?」

「まぁ、そうですねぇ」

「……まさか……お前、ヘルムートに殺された国民全員の墓を作ってるのか……?!」


 聡太の問いを受け、アルマクスは苦笑を浮かべて頷いた。


「う、嘘だろ……?! って事はお前──」

「はいぃ。ボクは『吸血国』に住んでいた『吸血族(ヴァンパイア)』全員の名前を覚えていますよぉ」


 ──言葉が出なかった。

 国民全員の名前を覚えている──その言葉を聞いた瞬間、聡太の体は震えた。

 そして──同時に、理解した。


 なるほど……アルマクスが生かされるわけだ。

 この『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』は──国民の事を愛していたのだろう。

 たった一人で、死んだ『吸血族(ヴァンパイア)』の墓を作る──おそらく、それらと似たような行為を、『吸血族(ヴァンパイア)』の国民がヘルムートに殺される前にも、数多くしていたのだろう。

 そして、国民もまた、アルマクスに敬意を持っていたと考えられる。

 それこそ──自分の命を捨ててまで、アルマクスを逃がそうとするほどに。


 いっそ、狂っているとも言える愛国心──思わず聡太も、アルマクスに対して敬意を持ってしまう。


「……お前……スゴいな……」

「…………ボクにできるのは、これぐらいしかありませんからねぇ」


 民の事を思い、民のために行動し、傲慢な素振りは見せず、狂おしいほどの愛国心を持って行動する。

 その姿は──まさに、理想的とも言える王の姿だ。


「……木材、ここに下ろすぞ」

「あ、どうもありがとうございますぅ」


 アルマクスの横に木材を置き──聡太は、置かれていた縄を手に取った。

 そのままドカッとその場に腰を下ろし、木材を十字架の形に組み合わせる。


「な、何をしているんですぅ?」

「あ? 見てわかんだろ。手伝ってんだよ」


 聡太の返答に、アルマクスがポカンとした表情を見せる。


「……お前らも、理不尽な目に遭ってるんだな……」

「はいぃ?」


 そう……『吸血族(ヴァンパイア)』は、ヘルムートという理不尽な存在を前に、無残にも殺された。

 聡太たちもまた、理不尽にも異世界に召喚され、戦う事を強要された。

 『大罪迷宮』の深下層に落ちた時は考えられなかったが──今の聡太は、他人の境遇にシンパシーを感じる事ができるほど、考えが柔らかくなっている。


「……そういえばぁ……少し聞きたい事があるんですけど、聞いても良いですぅ?」

「ああ。俺に答えられる事ならな」

「では遠慮なく──アナタ、何者なんですぅ?」


 アルマクスの瞳が、剣呑に細められる。


「……何者って?」

「とぼけないでもらえますぅ? ただの『人類族(ウィズダム)』がここまで強くなるなんてあり得ない話しですぅ……あのカリンとかいう『人類族(ウィズダム)』もですよぉ──アナタ、何者なんですぅ?」

「……異世界から召喚された、十二人の勇者。その内の二人だ」


 聡太の返事に、アルマクスが深々とため息を吐いた。


「はぁぁぁ……マジメに答える気はないって事ですぅ?」

「いや、一応マジメに答えてるつもりなんだが……」


 ──沈黙。

 お互いに喋るのを止め、十字架の墓を作る作業に戻る。


「…………これ、あと何個作るんだ?」

「これで残り百個ですぅ」

「百っ……?!」

「ボク一人だったら、今日一日じゃ終わらなかったかも知れませんけどぉ……ソウタが来てくれて助かりましたよぉ」


 この後、アルマクスと十字墓を作る作業は──明け方まで続いた。

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