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70話

「──それで?」


 地面に座る聡太が、向かい合って座るアルマクスに問いかける。


「それで……って、何がですぅ?」

「さっきの吸血だ。何の目的があったんだ? 返答によっちゃ──」

「ああ、アレの事ですぅ?」


 ニヤッと笑みを浮かべ、アルマクスは鋭い牙を剥き出しにする。


「『吸血族(ヴァンパイア)』は、他者から血を吸う事で自身を強化する種族なんですよぉ。血を吸えば吸うほど、強化されるんですぅ」

「なるほどな……」

「ボクの場合は、血を吸えば吸うほど魔法の複重強化ができるようになる、って感じですねぇ」

「……それは、『吸血族(ヴァンパイア)』共通なのか?」

「いえ、『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』にしかない特殊な力ですよぉ」


 ヘラヘラと笑いながら、アルマクスがゆらゆらと体を揺らす。


「……なあ、『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』ってなんだ?」

「あ、そういえば説明してなかったですねぇ……なんて言いましょうかねぇ……簡単に言うなら、次の『吸血族(ヴァンパイア)』の王様になる個体の事ですよぉ。普通の『吸血族(ヴァンパイア)』とは異なる力を持っている事が多いんですぅ」

「王……って事はお前、王様の子どもなのか?」

「あっはぁ。違いますよぉ。『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』として生まれた者が、次の王になるんですぅ。特徴としましては、そうですねぇ……簡単に言うなら、瞳が血の色だって所ですぅ」


 ……なんか、頭がごちゃごちゃする。

 とりあえず、アルマクスの言っている事を整理しよう。

 『吸血族(ヴァンパイア)』という種族は、他者から血を吸う事で己を強化する。

 その『吸血族(ヴァンパイア)』には、次代の王になる個体がいる。

 それが『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』と呼ばれる、血色の瞳を持つ『吸血族(ヴァンパイア)』。

 『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』は血を吸う事で特殊な力を発揮する事ができ、アルマクスの場合は『血を吸えば吸うほど魔法の複重強化ができるようになる』能力……と。


「……なるほどな……」


 何故コイツが生き残っているのか──その理由が、何となくわかった。

 要するに、こういう事だ。


「……お前は生き残ったんじゃなく、()()()()()()()って事か?」

「あはっ……アナタ、よくそんなに踏み込んだ質問ができますねぇ?」

「悪いが、この世界の奴等には遠慮なんてするつもりはないからな。それで、どうなんだ?」

「…………アナタの言う通り、ボクは他の『吸血族(ヴァンパイア)』によって生き残らされたんですぅ」


 先ほどまでは憎悪のみを映していた瞳に、寂寥と怒りが宿った。


「バカですよねぇ。ボクなんかを生かすために、命を捨ててまであのヘルムートと戦うなんてぇ……」

「お前に生きて欲しかったんだろ」

「どうですかねぇ……何にせよ、ボクなんかが生き残っていた所で、できる事は限られてますけどぉ」


 ……しかし、不思議だ。

 いくら次代の王となる個体(アルマクス)だと言っても、他の奴等が命を捨ててまで生き残らせようとするか?

 聡太だったら、多分──王様なんて置いて、真っ先に逃げている。

 コイツが生き残らされたのには、何か理由が──


「──ソータ様、バックパックを見つけました」

「ん……ありがとな、お前ら」


 聡太のバックパックを持ったミリアたちが、こちらに近寄ってくる。

 ──『迷子の浮遊大陸』に置いたままにしていたバックパックは、ハルバルドが浮遊大陸に突進した時に、その衝撃で地面に落下していたらしい。


「……それで、ボクと手を組む気にはなりましたかぁ?」


 四人と向き合い、アルマクスがそう問いかけてくる。


「……正直、まだ悩んでいるが……お前の復讐心は本物だし、手を組んでもいいと思っている」

「へぇ……本当ですぅ?」

「ただし、条件がある」


 ミリアに視線を向け、その肩に手を置いた。


「ミリアの【技能】でお前を見る。それで問題がないか判断する」

「……? よくわからないんですけどぉ?」

「お前は別にわからなくてもいい。ミリア」

「はい──【鑑定の魔眼】」


 ミリアの灰色の瞳に複雑な模様が浮かび上がり、アルマクスを『視』る。

 数秒ほど、アルマクスをジッと見つめ……やがて、ミリアの瞳から模様が消えた。


「……アルマクス・エクスプロード。所有している【技能】は……【操血(そうけつ)】に【結晶魔法適性】。それと【血の契約】と【血の盟約】。そして……【血力(けつりょく)解放】です」

「……へえぇ? その魔眼、名前だけじゃなくて【技能】までわかるんですぅ?」


 ……名前は偽名ではない。

 【結晶魔法適性】は、アルマクスがハルバルドとの戦いの際に使っていた魔法だろう。

 だが……残る【技能】はわからない。


「アルマクス、お前の【技能】について説明してくれるか?」

「いいですけど、教えても理解できない【技能】がありますよぉ?」


 そう前置きし──アルマクスが、自身の所有する【技能】について説明を始める。


「えっと……まず【操血】ですねぇ。これは口で説明するより、実際に見てもらった方が早いですよぉ」


 そう言うと──アルマクスが、自分の右腕に牙を突き立てた。

 ──ポタポタポタッ。

 地面に鮮血が零れ落ち──赤い染みができ上がる。


「お前……何やってんだ?」

「まあ見ててくださいよぉ──【操血】」


 ──ズズッと、地面に染み込んだ血が、聡太に向かって動いた。

 まるで意思を持っているかのような動き──と、アルマクスが手を上に向けた。


「……槍」


 アルマクスの声に従い、血が形を変えた。

 地面から真っ直ぐに伸びる槍……触れてみると、鉄のように固い。


「【操血】は、自分の血を液体から固体に変えて、硬質化させる【技能】なんですぅ。それなりに使える【技能】ですよぉ」


 ──【操血】。

 己の血を液体から固体に変え、任意の形に変化させる【技能】。

 例えば、自分の血を誰かに飲ませ、【操血】で槍を作り出すと──相手の体内に槍が形成され、相手は体の中から殺される。

 使い方によっては、凶悪な武器となる【技能】だ。


「なるほどな……『聖天』」

「おっ……へぇ、【回復魔法】も使えるんですぅ?」

「応急処置程度の治療だがな」


 一瞬で癒えた傷口を見て、アルマクスが面白いものを見たように表情を笑みに変える。


「次ですねぇ。【結晶魔法適性】の説明は必要ないでしょうからぁ……【血の契約】の説明ですかねぇ」

「ああ、頼む」

「はいぃ……【血の契約】は、使用すると特定の相手以外の生き物から吸血を行えなくなる【技能】ですよぉ」

「…………ん?」


 アルマクスの説明に、聡太が首を傾げた。


「特定の相手以外には、吸血ができなくなる……って、デメリットしかなくないか?」

「まあ、それだけ聞けばですけどねぇ。ちゃんと続きがあるので、安心してくださいよぉ」


 頬杖を突き、聡太が無言で続きを待つ。


「特定の相手からしか吸血を行えなくなる代わりに、その人からちょっと血液をいただくだけで、普通の吸血の数倍以上の力を発揮できるようになるんですぅ」

「……つまり?」

「相手が限定されるけど、ちゃんとメリットがあるって話ですよぉ」

「……まあ、メリットがあるんならいいか……んで、お前の相手は?」

「まだいませんよぉ。【血の契約】を持つ『吸血族(ヴァンパイア)』は、基本的に伴侶となる相手を【血の契約】の対象者にするんですぅ」


 ──【血の契約】。

 特定の相手に吸血した際、得られる力が跳ね上がる【技能】。

 しかし、特定の相手以外には吸血しても意味がなくなる。

 故に、特定の相手がいなくなった場合、その者は『吸血族(ヴァンパイア)』の能力を全て失うのと等しい。

 実際『吸血族(ヴァンパイア)』の中には、【血の契約】を使用しない者も多くいた。

 あなたを失えば、私は『吸血族(ヴァンパイア)』としての力を全て失う──そういう意味も込めて、自分の伴侶を【血の契約】の対象者にするのだ。


「なるほど。次は?」

「【血の盟約】。これは、【血の契約】の対象者になった者に影響のある【技能】ですぅ」

「【血の契約】の、対象者に……?」

「はいぃ。例えば、ボクが【血の契約】の対象者をソウタにしたとしますぅ」


 聡太を指差し、アルマクスが続ける。


「その時、ソウタがボクの血を吸うと──『吸血族(ヴァンパイア)』と同様、吸血によって力や魔力が得られるんですぅ」

「……ん? 俺が、お前の血を吸うのか?」

「はいぃ」


 ──【血の盟約】。

 【血の契約】の対象者となった者にのみ使用できる【技能】。

 その者に自分の血を吸わせる事で、力や魔力などを増やす事ができる。

 例えばの話、Aという『吸血族(ヴァンパイア)』とBという『吸血族(ヴァンパイア)』がいたとする。

 このAとBが、お互いに【血の契約】を使い、お互いに【血の盟約】の対象者になれば──それはそれは強力な力を得る事ができる。

 そういう事から、『吸血族(ヴァンパイア)』は『竜人族(ドラゴニュート)』と並んで、この世界最強の種族と呼ばれていた。

 だが、それでも──『吸血族(ヴァンパイア)』は、たった一匹の『十二魔獣』によって滅ぼされたのだが。


「そうか……それで、【血力解放】ってのは?」

「ああすみません。それについては説明できませんよぉ」


 今まで隠す事なく全てを説明したアルマクスが、【血力解放】の説明だけは拒絶した。

 ──スッと、聡太が眉を寄せる。


「ボクの【血力解放】って【技能】は、いわば切り札なんですぅ。今日会ったばかりの人には……教える事はできませんよぉ」

「……そうか。んじゃ、今度はこっちが説明するか」


 思いの(ほか)、すんなりと引き下がった聡太。

 【血力解放】について説明を求められると思っていたアルマクスは、驚いたように目を見開いた。


「……説明しろ、って言わないんですねぇ?」

「別に? 誰にだって、話したくない事は一個か二個はあるだろ。今日会ったばかりの俺たちに、お前の全てを教えてくれ──なんて言って、すんなりと教える奴はいないだろ?」

「……あはっ。では、最後に──」


 立ち上がったアルマクスが、(うやうや)しく一礼した。


「──ボクの名前はアルマクス・エクスプロード。誇り高き『吸血族(ヴァンパイア)』の生き残りにして、次代の王となる『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』……どうぞ、気軽にアルマと呼んでくださいねぇ?」

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