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61話

 ──翌日の昼過ぎ。


「火鈴、ここで降りるぞ」

『ん、わかったよ~』


 ドラゴン状態の火鈴が大きく翼を打ち──地面へと急降下。

 慣れた様子で地面に着地し、聡太たちは火鈴の背中から飛び降りた。


『聡ちゃん。ちょっと後ろ向いてくれる~?』

「……ああ」


 火鈴に背を向け、一応瞳を閉じる。


『【竜化】解除~』


 ──ミシミシッ……!

 骨が軋むような音が響き──背後の気配が、物理的に収縮していく。


「カリン」

「ん、ありがと~」


 おそらく、服を渡しているのだろう。

 無言で火鈴が服を着るのを待ち……やがて、火鈴が聡太に声を掛けた。


「聡ちゃん、いいよ〜」


 火鈴の声を聞き、聡太は火鈴たちの方に体を向けた。

 ──何故か、ミリアがスゴく悔しそうな表情だ。


「……どうしたんだ、ミリア?」

「べ、別に何でもないですっ」


 自分の胸に手を当てていたミリアが、フイッと火鈴──の胸から目を外した。

 ……コイツ、胸の大きさを比べてたのか?


「聡ちゃん、ここで降りてよかったの〜?」

「ああ。これ以上近づいたら……さすがに大騒ぎになるだろ」

「まあそうだね~」


 相変わらず(きわ)どい格好の火鈴が、聡太の隣でうーんと大きく背伸びをする。


「んじゃ、出発するぞ」


 ローブの裾を(ひるがえ)し、『ギアドバース』へと向かい始める。

 ──『ギアドバース』。

 『竜人族(ドラゴニュート)』の暮らすこの国は、辺り一面が山に囲われている。

 この山々の正体は、『フリード噴火山』という活火山だ。

 ユグルの話では、『フリード噴火山』に『色欲』の『大罪人』と呼ばれていた者の『大罪迷宮』があるらしい。

 そして……その『大罪迷宮』には、ユグルの『大罪迷宮』と同じく【特殊魔法】が残されているのだとか。


「……『大罪迷宮』か……」


 《魔物を従える魔獣(ポーフィ)》や《激流を司る魔獣(ディティ)》は、自分の事を『上位魔獣』と言っていた。

 そして……《平等を夢見る魔獣(テリオン)》たちの事を『下位魔獣』と言っていた。

 自分たちの事を『上位魔獣』と呼ぶだけあって、ポーフィとディティの実力は、確かにテリオンたちを大きく上回っていた。

 ……今後の事を考えると、『フリード噴火山』にある『大罪迷宮』を攻略して【特殊魔法】を習得しておいた方が良いのかも知れない。


「──む……そこで止まれ」


 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか『ギアドバース』の前まで来ていた。

 聡太たち四人に気づいたのか、『竜人族(ドラゴニュート)』の男が両手槍を向けてくる。

 だが……どこか様子が変だ。


「中に入りたいんだが、入国料はいくらだ?」

「悪いが、『竜人族(ドラゴニュート)』以外の種族をこの国に入れるわけにはいかない。お引き取り願おうか」


 男の言葉に、聡太が怪訝そうに眉を寄せた。


「どういう事だ?」

「先日、国内に『十二魔獣』が現れてな……以来、他種族の入国を禁止しているのだ」

「国内に……『十二魔獣』……?」

「ああ。外見は『人類族(ウィズダム)』のように見えなくはなかったから、入国を許可したのだが……まんまと騙された」


 悔しそうにギリッと歯を食い縛り、槍の先を向けたまま続ける。


「我々は今、『竜人族(ドラゴニュート)』以外の種族を信じられない。悪いが、お前たちの入国を許可する事はできない」

「……じゃあ、せめて情報だけでも教えてくれないか?」

「情報だと?」

「ああ。その『十二魔獣』は、どんな外見だった?」


 聡太の質問に、『竜人族(ドラゴニュート)』が鋭い瞳をさらに細めた。

 だが──情報を渡す程度なら良いと思ったのか、聡太たちに向けていた槍を下ろす。


「……外見は、双子のようだった。それに、言葉を話していたな」

「双子だと……? 名前はわかるか?」

「『十二魔獣』の《共に生ける魔獣(ルナマナ)》と名乗っていたな」

「《共に生ける魔獣(ルナマナ)》……そうか。貴重な情報を教えてくれてありがとう」


 感謝の言葉を残し、聡太は男に背を向けて歩き始める。

 ──『竜人族(ドラゴニュート)』の国は、『十二魔獣』に襲われた後だった。

 だが──そのおかげで、確信した。

 『十二魔獣』は、何らかの目的を持って行動している。テリオンが『森精族(エルフ)の里』に向かっていたのも、パルハーラが『獣人族(ワービースト)』の国を破壊したのも、ヘルムートが『吸血族(ヴァンパイア)』を滅ぼしたのも──偶然ではない。


「聡ちゃん。これからどうするの~?」

「ん。『フリード噴火山』に向かうぞ」

「『フリード噴火山』……ですか?」

「ああ。そこにある『大罪迷宮』を攻略する」


 前に読んだ本には、『大罪迷宮』への入口は『フリード噴火山』の噴火口にあると書かれていた。


「ん~……『大罪迷宮』か~」


 『大罪迷宮』と聞き、火鈴が複雑そうに眉を寄せた。

 おそらく、聡太が『大罪迷宮』の深下層に落ちた時の事を思い出しているのだろう。

 どこか心配そうな視線を聡太に向け……視線に込められた感情を察し、聡太が苦笑を浮かべた。


「安心しろ、もうあんな事は起きない。あの頃より俺は強くなってるし……ミリアもハピィも、お前だっているんだ。頼りにしてるぞ?」

「……ん。任せて~」


 いつもの調子を戻した火鈴に背を向け、聡太たちは『フリード噴火山』にある『大罪迷宮』へ向かった。


────────────────────


「──全員、集まったな?」


 いつもの大広間。

 そこに、セシル隊長と十人の勇者が集まっていた。


「セシルさん。急にどうしたんですか?」


 生徒の前に立つ川上先生が、セシル隊長に問いかける。

 その表情は、前に比べて随分(ずいぶん)明るい。聡太が無事だとわかって、ホッとしているようだ。


「うむ……全員の意見を聞こうと思い、集まってもらった」

「全員の意見……ですか?」

「ああ──近々、『十二魔獣』を探そうかと思っている」


 勇輝と土御門以外の勇者が、セシル隊長の言葉を聞いて(ざわ)めき立つ──事はなかった。


「『十二魔獣』……やっと戦う事ができるんですね?」


 剣ヶ崎の言葉に、川上先生を除く勇者全員が力強く頷き合った。


「まあ、仕方がないわね。今までは、古河君の捜索をしていたわけだし」

「そうだね……その古河くんが、一番『十二魔獣』を討伐してるしっ」


 美しい微笑を浮かべる破闇と、気合充分と言わんばかりに鼻息を荒くする小鳥遊の言葉に、宵闇たちが続いた。


「その通り、だな……古河だけじゃない。俺たちだって勇者だ」

「う、うん。そうだよね……強くなるには、実戦を積んだ方が早いって言うし……」

「ん……私たち、も……頑、張る……!」

「火鈴と古河君だけに頼ってちゃ、カッコ悪いしね」


 腕を組む宵闇が、珍しくやる気を見せる遠藤が、力強く両拳を握る水面が、やれやれと肩を(すく)める氷室が。

 ──自分たちも戦えると、戦闘参加の意思を見せる。


「み、皆さん?! いきなりどうしたんですか?! そんな簡単な話ではありませんよ?!」

「川上先生……ボクたちは、この世界を平和にするために召喚されたんです。それに、古河も言ってました。この世界が平和になって、ボクたちが用済みになれば……元の世界に帰れるかも知れないって。今のボクたちにできるのは、『十二魔獣』を倒す事。それだけなんです」

「そ、そんなの……あなたたちじゃなくたって──」

「先生」


 ──あなたたち以外の存在でも良いじゃないか。あなたたちが危険な目に遭う必要はない。なんでわざわざ危険な方へと進もうとするのか。

 そう言おうとする川上先生の言葉を、剣ヶ崎の声が(さえぎ)った。


「ボクは戦いたいんです。別に、生き物を殺したいとか、そういう理由じゃありません。本当です」

「な、なら、どうして──」

「古河は戦ってるんです。『大罪迷宮』の底に落ちて、死ぬほど辛い思いをしたはずなのに……折れずに、戦ってるんです。そんな古河に全てを任せるなんて、ボクはできません」


 グッと、川上先生が言葉を詰まらせ……大きくため息を吐き、諦めたような表情を見せた。


「……わかりました……ですが、一つだけ条件があります」

「条件……?」

「はい──私も、一緒に連れて行く事。必ずです」


 川上先生の提示した条件に、勇者とセシル隊長が固まった。


「か、カワカミ殿。正気か?」

「ええ正気ですっ。私だって勇者なんですよ? それなのに、生徒だけに危険な思いをさせて、私だけは王宮で安全に過ごして……もう耐えられません! まさか私一人も守れないのに、『十二魔獣』を討伐するなんて言いませんよね?」

「……もちろんです、先生。共に戦いましょう!」


 今の川上先生に、何を言ってもムダだろう。

 仕方がないとため息を吐き──セシル隊長が声を張り上げた。


「全員、聞けッ!」


 セシル隊長の鋭い声に、全員の視線が集中する。


「我々はこれより、『十二魔獣』の討伐に向かう! だが、『十二魔獣』がどこに現れるか知る方法はない! よって、色んな場所を回り、『十二魔獣』を探すぞッ!」


 全員の顔に闘志が宿るのを確認し──セシル隊長が大声で続けた。


「明日の朝、王宮を出発する! 今日中に準備を済ませておけッ!」

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