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60話

「──美味い……」


 シチューのような料理を食べた聡太が、驚いたように言葉を漏らした。


「おかわりもあるから、たくさん食べてね~」


 鍋の中身を混ぜながら、火鈴が嬉しそうな笑顔を見せる。


「おー! これスゴくおいしー!」

「とても美味しいです……カリンは料理が得意なんですか?」

「そうだね~……色んな習い事をしてたから、ある程度は何でもできるよ~」


 楽しそうに話す三人を無視して、聡太が火鈴の料理を食べ進める。


「……ほんとに美味いな、これ……」

「ん~。聡ちゃんにそう言ってもらえると、嬉しいね~」


 珍しく美味しそうに料理を食べる聡太の姿に、ミリアは少し驚いたような表情を見せる。

 昨日、王宮で夕食を食べた時でも、こんな美味しそうに食べていなかったのに……今の聡太は、心から美味しそうに食べている。

 今までの冒険の中で、聡太が心の底から美味しそうに料理を食べている所を見たのは──聡太と初めて会った『フォルスト大森林』で、ミリアの作った美味しくない料理を泣きながら食べている時ぐらいだ。


「聡ちゃん、おかわりは~?」

「……食う」

「ハピィもー!」

「あ、私も欲しいです」

「まさか、こんなに好評なんてね~。念のために多く作っててよかったよ~」


 ──日が暮れたため、今日はここで野宿する事にした。

 火鈴が料理をしたいと言うので、いつもはミリアに任せている料理を火鈴に任せ──今に至る、という感じだ。

 ちなみに、辺りはかなり真っ暗だ。

 聡太の『フレア・ライト』で何とかお互いの顔が見えている状態である。


「この感じだと、明日の昼には『ギアドバース』に着きそうだな……火鈴、無理はしてないか?」

「うん。元気元気~」

「……ミリア。今日は俺とお前で見張りをするぞ」

「わかりました」

「火鈴、お前はしっかり休め。明日も飛んでもらうからな」

「ん~……あたし、まだまだ元気だよ~?」

「嘘を()くな」


 視線はシチューのような料理に向けたまま、火鈴に鋭い声を放つ。


「出会って日の浅いミリアやハピィは騙せるかも知れないが、俺は騙せないぞ? 二度は言わない、お前はしっかり休め」

「……わかったよ~」


 諦めたようにため息を吐き、火鈴が困ったように頬を掻く。


「そんなに、疲れてるように見える~?」

「当たり前だ。俺を騙すつもりなら……もっとうまくやれ」


 聡太と火鈴は、一日や二日の付き合いではない。

 さらに言えば、聡太は人の感情や考えに敏感だ。

 理由は──他人と関わりたくなくて、他人に対して敏感になってしまった、と言えばいいのだろうか。

 ついでに言うなら──【暴食に囚われし飢える者】という【大罪技能】を初めて使ってから、まだ一日も経過していない。

 その上、今日は一日【竜化】して空を飛んでいた──疲れていない方がおかしいのだ。


「ん……それじゃ、ちょっと横になろっかな~?」

「お前、寝袋を持ってないだろ。俺の寝袋を使え」

「……いいの~?」

「ああ。見張りぐらい、寝袋なしでやれる……“現れろ水。(われ)が望むは渇きを潤す癒し”『アクア・クリエイター』」


 空となった木製のお椀に水を入れながら、聡太がバックパックの中から寝袋を取り出した。

 差し出される寝袋を受け取り……火鈴が、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「聡ちゃんの、寝袋……」


 ……渡しておいてなんだが、コイツ何もしないよな?

 聡太はバカではない。火鈴が聡太の事をどう思っているのか、薄々は察している。

 聡太に対してそういう感情を持っていなければ……わざわざ同じ部屋で寝ようとなんてしなかっただろうし。


「ミリア、最初は俺が見張りをするから、先に休んでていいぞ」

「わかりました。何かあったら起こしてください」


 モゾモゾと寝袋を取り出し、ミリアがいつでも寝れるように準備を始める。


「……“現れろ水。我が望むは渇きを潤す癒し”『アクア・クリエイター』」


 再び水を出現させ、ミリアたちの食器を素早く洗う。

 慣れた様子で布切れを出し、水気を取って火鈴のバックパックに食器を入れた。

 ……随分(ずいぶん)、こっちの生活にも慣れたな。

 手際よく片付けしながら、聡太はそんな事を思った。

 今の俺なら、元の世界に戻ってもある程度の事は乗り越えられるような気がする──そんなよくわからない事を思いながら、聡太は苦笑を浮かべた。


「ハピィ、お前も寝てていいぞ」

「んー……ハピィも、ソータと一緒に起きてるー!」

「そうか……んじゃ、一緒に見張りするか」

「おー!」


────────────────────


「──こんな所にいたのか」

「お、セシル隊長」


 訓練所に入ってきたセシル隊長を見て、勇輝が軽く手を上げて声を掛けた。


「ユーキ、他の勇者を見なかったか? 広間にいなくてな……」

「それなら、みんな訓練所の中にいるぞ」

「何? 珍しいな」

「おう。聡太と獄炎の姿を見て、みんな変わったんだよな」


 訓練所に散らばったクラスメイトの姿を思い出したのか、勇輝の表情が引き締まる。


「特に宵闇と遠藤が気合い入っててよ……見たら驚くぜ?」

「そんなにか?」

「ああ……水面と氷室も頑張ってるぜ。ずっと訓練してる」

「そうか……なあユーキ、聞きたい事があるんだが、いいか?」

「どうしたんだよ、改まって」


 首を傾げる勇輝と正面から向き合い、セシル隊長が口を開いた。


「お前たちは……『十二魔獣』と戦いたいか?」

「ああ」


 ──即答。

 悩む間もなく、一瞬で返事された事に驚いたのか、セシル隊長が大きく目を見開いた。


「オレたちは、聡太を探すために『大罪迷宮』へ潜ってた。でも、聡太は自力で脱出して、三匹の『十二魔獣』を討伐して帰ってきた……アイツは、辛い思いしかしてねぇんだよ」


 ギリッと、勇輝が悔しそうに奥歯を噛み締める。


「アイツは昔からああなんだ。自分が傷付いても悲しむ奴なんかいないって思ってるから、あそこまで割り切った考えができんだよ……」


 だから──


「オレが、アイツを支えてやらなきゃなんねぇ。放っといたら、アイツは──すぐに、壊れちまうからな」


 ──セシル隊長でも恐怖を覚えるほどの、濃密な闘志。

 ゴツい体から放たれる闘志に、セシル隊長が思わず表情を引き()らせた。


「──よォ鬼龍院、暇かァ?」

「土御門か……どした?」

「暇ならァ模擬戦でもしねェかァ? 剣ヶ崎の奴が相手してくれなくてよォ……ンァ? セシル隊長もいたのかァ」


 だらしない金髪を弄りながら、土御門が勇輝に近付く。


「そういやァ……なァセシル隊長」

「なんだ?」

「オレらァ、これからどうすンだァ?」


 睨み付けるようにセシル隊長を見上げ、土御門が問い掛ける。


「どうする……とは?」

「古河の奴ァ一人で『大罪迷宮』を脱出してただろォ? つー事はよォ、オレらはもう『大罪迷宮』に潜る理由はねェって事だァ……ンじゃァ、次ァどうすンだよォ?」

「……それは──」

「『十二魔獣』と戦うんだってよ」


 バッと、土御門とセシル隊長の視線が勇輝に向けられる。


「へェ……やっとかァ」

「ま、待て。まだ決まったわけでは──」

「セシル隊長」


 勇輝の声が、セシル隊長の言葉を(さえぎ)った。


「オレと土御門は、いつでも『十二魔獣』と戦える。剣ヶ崎だって戦える。剣ヶ崎が行くなら、破闇と小鳥遊も付いてくる。土御門が行くなら、遠藤と宵闇、水面だって一緒に来る。水面が来るなら、氷室だって嫌な顔しながら来てくれる──オレたち勇者は、腹括ってんだ。たった一人のクラスメイトに全てを任せるなんざ、ここの誰も許容できねぇ」


 古河 聡太は、人間として強い。

 それは──自分を大切にしていないからだ。

 どうせアイツの事だから、苦しい思いをするのは俺だけでいい、とか思ってるんだろう。

 ふざけるんじゃねぇ。調子に乗んな。

 聡太だって人間だ。辛い事は辛いし、苦しい事は苦しい。何より、死ぬ時は簡単に死ぬんだ。

 そんな聡太だけを戦わせて、オレたちは安全な所に隠れているだけ──そんなの、許せない。


「行こうぜ、セシル隊長。オレらはアンタが考えてるより──ずっと強くなってるぜ」

「……お前は……」


 大きくため息を吐き──セシル隊長が、吹っ切れたような笑みを見せた。


「……勇者全員に言っておけ、いつでも国外に出れる用意をしておけとな」

「おう!」

「あァ」

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