59話
「ね~聡ちゃん。このまま歩いて『竜人族』の国に行くの~?」
王宮を後にした聡太たちは──ギルドに寄ってハルピュイアの『ステータスプレート』を作ってもらい、『イマゴール王国』を出た。
ちなみに、ハルピュイアの『ステータスプレート』の内容は以下の通りである。
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名前 ハルピュイア・イリス
年齢 14歳
職業 冒険者
技能 【蹴術“極”】【豪脚】【硬質化】【瞬歩】
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「まあ、そうだな……俺が『剛力』を使って、お前らを抱えて走るのが一番早いんだが……」
「あれはちょっと……」
「ってミリアが言うから、こうして歩いてるわけだ」
本当は、馬車に乗せてもらえたら一番良かったのだが……『十二魔獣』が動き回る世界で、馬車を出してくれる人の方が少ない。
仕方がない。『十二魔獣』は破壊の象徴で、恐怖の権化だ。
特に予定もないのに、他種族の国に馬車を出してくれるようなお人好しはいないだろう。
「ん~……ねぇ聡ちゃん」
「なんだ? まさか、疲れたとか言わないよな?」
「違うよ~。あたしが【竜化】して運んだ方が早くないかな~って思ったんだけど~」
聡太の後ろを歩く火鈴が、のらりくらりとした口調でそんな事を言う。
「【竜化】……って、竜に変身する【技能】だったか?」
「うん。地上にいるモンスターも、地形も無視できるから、かなり早く進めると思うよ~」
「……じゃあ、頼む」
「おっけ~。じゃ、聡ちゃん。ちょっと後ろ向いてて~?」
火鈴の言葉に、聡太が首を傾げた。
「何でだ?」
「あたしがこのまま【竜化】しちゃったら、着ている服が破けちゃうの~。だから、一回服を脱がないといけないから……ね?」
「……わかった」
「ミリアちゃん。あたしの服を預けてもいいかな~?」
「はい、わかりました」
聡太が火鈴に背を向け、念のために瞳を閉じた。
「それじゃ──【竜化】」
──ボゴッ、ビキッ、ミシミシッ……
骨が軋むような音と、肉が肥大化するような音が響く。
……後ろで何が起きているのか、スゴく気になる。
もちろん、振り向きはしない。
火鈴から変態扱いされるのもキツいし……何より、ミリアとハルピュイアに幻滅されるのが一番精神的にしんどい。
「うッ、ォ…………! かハァぁぁ…………!」
「か、カリン? 大丈夫なんですか?」
「わー……! すっごーい!」
……うん。メチャクチャ気になる。
火鈴の気配が物理的に大きくなっているのが、振り返らなくてもわかる。
『……いいよ、聡ちゃん』
野太い声を聞き、聡太が火鈴の方を振り返った。
そこには──黒と赤の竜鱗を纏う、黒瞳と赤瞳のドラゴンがいた。
「お前……何がどうなってそうなったんだよ……」
『ん~……さぁ?』
火鈴は口を開いて話していない。念波のような何かで話している。
【竜化】の【技能】を使うと、念波が使えるようになるのだろうか──この世界にある【技能】は、まだまだわからない事が多い。
『とりあえず、背中に乗ったら~?』
「ああ……乗るぞ」
「は、はい」
「ハピィ、ミリアを火鈴の背中に乗せてやってくれ」
「おー!」
ハルピュイアの鳥足がミリアをガッシリと掴み、そのまま火鈴の背中へと飛び上がる。
「方角は東南だ。真っ直ぐ進めば『ギアドバース』に着くはずだから、頼んだぞ」
『任せて~』
「『剛力』」
筋力を底上げし、火鈴の背中へと跳躍。
火鈴の首辺りに着地し、赤と黒の鱗を撫でた。
「いいぞ、火鈴」
「ゆ、ゆっくりお願いしますね……?」
「おっしゃー! 行こ行こー!」
『よ〜し……しっかり掴まっててね──!』
火鈴が大きく翼を打った──瞬間、聡太の全身に凄まじい風圧。
思わず瞳を閉じ──風圧が弱くなったのを確認して、聡太が瞳を開いた。
「……すっげ……」
──高い。
何もかもが下にある。まるで、飛行機に乗っているかのようだ。
『それじゃあ、行くよ〜』
再び火鈴が翼を打ち──加速。
聡太たちが落ちないような速度を考えているのだろう。風圧に飛ばされないように踏ん張る必要はあるが、落ちる心配はない。
「……ほんと、俺以外の奴らの【技能】はチートだな……」
火鈴の鱗を撫でながら、聡太は無意識の内にそんな事を呟いていた。
──勇輝は、近接格闘に特化した【技能】を。
小鳥遊は【治癒術士】という特殊な【技能】を。
破闇は、瞬間的に距離を詰める【技能】や幻を作り出す【技能】を。
土御門は獣の力を得るという特異な【技能】を。
遠藤は、自身が放った矢が相手を自動追尾する【技能】を。
宵闇は、自身の影を操る【技能】と瞬間的に距離を詰める【技能】を。
水面と氷室は、壁を召喚する【技能】と魔力回復の【技能】を。
川上先生は……まあ、微妙な所だが。
剣ヶ崎? アイツは論外だ。
『チートね~……あたしからすれば、聡ちゃんが一番チートだと思うけどな~?』
聡太の呟きが聞こえていたのか、火鈴が念波で話し掛けてくる。
「……なんでそう思うんだ?」
『ん~? 近接戦闘の【技能】を使っての勝負だったら、聡ちゃんが一番強かったし~。【無限魔力】もあったから、魔法も撃ち放題だったでしょ~? 正直、剣ヶ崎くんより聡ちゃんの方が強かったよ~』
一定の速度を保ったまま飛ぶ火鈴の言葉に、聡太は過去を思い出すように瞳を細めた。
──いや、【技能】を使っての勝負だったら、宵闇にも負けていたような覚えがあるのだが。
「……まあ、もうそんな事はどうでもいい。とっとと『ギアドバース』に行って、今度の行動を考えるぞ」
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「──教皇、グローリア・フィリアーナ。王国騎士団隊長、セシル・ソルドリア。ここに呼ばれた理由はわかるな?」
豪華な椅子に深く腰掛ける金髪の男が、頬杖を突きながらグローリアとセシルに問い掛ける。
「……申し訳ございません、エクステリオン様。我々程度には、あなた様の考えがわかりません」
──エクステリオン=ゼナ・アポワード。
『イマゴール王国』を治める国王だ。
グローリアの返答を聞いたエクステリオンは、心底呆れたようなため息を吐き……冷たい碧眼を鋭く細めた。
「お前は、私が『アーダンディルグ』に行っている間に、勝手に勇者を召喚した……その内の一人が、『大罪迷宮』を攻略している最中に迷宮の深層へ落ちた……そうだったな?」
「はい。以前にお話しした通りでございます」
「……ソイツは、生きていたのだろう?」
「はい。自力で『大罪迷宮』を抜け出し……『十二魔獣』を三匹も討伐して、ここに戻ってきました」
「──何故、私の所に挨拶させに来ない?」
なるほど──聡太が挨拶しに来なかったのが不満なのだろう。
だが、もう聡太はいない。
セシルが渡した『魔道具』で聡太を呼び戻したとしても──戻ってこないだろう。
「……勇者と言っても、所詮は子どもという事か……今回は見逃すが、次からは気を付けろ」
「はっ」
「次の話だ──この国の近くに『十二魔獣』がいたという情報は、本当か?」
エクステリオンの言葉に、グローリアが頷いた。
「はい。その『十二魔獣』も、ソータによって撃退されましたが……」
「そういう問題ではないだろう」
玉座から立ち上がり、グローリアに向かって歩みを進める。
「聞いた話だと、そのソータという勇者は『十二魔獣』を何度も討伐しているが……他の勇者は、特に成果を挙げていないそうではないか」
「……はい」
「勇者たちの暮らしていた世界には、働かざる者食うべからずという言葉があるそうだ。ならば──成果を挙げない勇者を、ここで養う必要はないだろう?」
グローリアと正面から向かい合い、冷たい碧眼で見下ろす。
「教皇、グローリア・フィリアーナ。王国騎士団隊長、セシル・ソルドリア。お前ら二人に命令だ」
バッと、グローリアとセシルがその場に跪いた。
「勇者一行を鍛えろ。今までのような生半可な鍛え方では足りん。そして、成果を挙げさせろ。このままだと、飯を食わせて寝る場所を提供しているだけになるからな」
「「はっ」」
恭しく頭を下げ、グローリアとセシルが玉座の間を後にした。
「……はぁ……」
「そう肩を落とすな、セシル隊長」
「……自分は、勇者たちとの接し方を改めるべきなんでしょうか」
落ち込んだ様子で歩くセシルが、珍しく弱音とも取れる言葉を漏らす。
そんなセシルの肩に、グローリアがポンと手を置いた。
「大丈夫だ、お前は間違っていない」
「……そうでしょうか」
「ああ。ソータが異常なだけだ」
しかし──エクステリオンから命令された以上、現状をどうにかする必要があるだろう。
一度、勇者一行で『十二魔獣』を探すのも悪くないのかも知れない──そんな事を考えながら、グローリアとセシルはいつもの大広間に向かった。




