58話
「……スゴいな……」
部屋の中を見回して、聡太がそんな事を呟いた。
「グローリアも、なかなか良い部屋を貸してくれるじゃねぇか」
正直、かなり広い。
三人ほどが横になっても余裕がある大きなベッドに、部屋を明るく照らしている魔力ライト。窓の外はバルコニーと繋がっており、どこかの国の偉い人が泊まるような部屋のようだ。
特に文句はないし、問題もない。
ただ──
「うわぁ……スゴく広いですね」
「おー! すごいすごーい!」
なんでコイツらが一緒なんだよ、とは思うけれど。
──夕食を終えた聡太は、勇輝と共に風呂場へと向かった。
そこでハルピュイアが男風呂に入って来ようとして一騒動あったが……まあ、ミリアと火鈴がどうにか止めてくれたようだ。
風呂を上がって、グローリアが用意してくれた部屋に向かい──今に至る、という感じだ。
「……つーか、なんでお前も一緒にいるんだよ?」
「ん~? ダメなの~?」
「いや、どう見ても三人部屋だろ。なんで四人目が来てんだよ」
一番意味がわからないのは、何故か火鈴まで一緒にいる事だ。
お前には自分の部屋があるだろ──そう言いたいが、ハルピュイアと楽しそうに話している火鈴を見ると、そこまで強く拒絶はできない。
「そうだ……火鈴がこの部屋で寝て、俺が火鈴の部屋で寝れば──」
「ダメ」
「……なんで?」
「なんでって……言わなくてもわかるでしょ~? ね~、ミリアちゃん?」
「……ソータ様。女性のベッドで眠るのは、少し問題があるかと……」
「俺とお前らが一緒に寝る方が問題だろうが」
はぁ、とため息を吐き、聡太が部屋の端に置かれていた椅子に腰掛けた。
「俺はここでいい。お前らでベッド使え」
「えー?! ソータも一緒に寝ようよー!」
「文句があるなら、勇輝の部屋に行って一緒に寝かせてもらう。つーかそれが一番いい案じゃないか?」
「ダメ」
「ダメです」
真顔で拒絶する火鈴とミリアに、聡太が諦めたように瞳を閉じた。
「……じゃあ、とっとと寝ろ。こうやってゆっくり休める機会は、滅多にないからな」
「本当に座った状態で眠られるんですか? 多少狭いですが、ベッドで寝られた方が……」
「ソータと一緒に寝たーい!」
「ん~。さすがにベッドで寝ないと、風邪を引くと思うよ~?」
「お前がこっちの部屋に来たから人数が多いって話になってんだぞ? わかってるか?」
そう言って──ふと、聡太は違和感を感じた。
──ミリアやハルピュイアと一緒に寝る。
それに文句を言うのは──今さらではないか?
だって、ここに来るまでは見張りを交替しながら一緒に眠っていたし、ミリアとは『人国 エルミーナ』の宿で一緒に寝た。
今まで一緒に寝ていたのに、なんで今さら拒絶するのか? と、ハルピュイアが疑問そうに聡太を見つめてくる。
「……わかった。一緒に寝よう」
聡太の言葉に、三人の表情がパアッと明るくなる。
今の時間は──元の世界の感覚で言えば、午後の十時くらいだろうか。
いつもならまだ起きている時間だが……さすがの聡太でも、疲れが溜まっている。
ベッドで寝る事にした聡太は、椅子から立ち上がって──ふと、視線を部屋の扉に向けた。
「……………」
「ソータ様? どうされましたか?」
ミリアに返事する事なく、聡太は真っ直ぐ扉に歩み寄り──勢いよく扉を開けた。
「……何やってんだ、お前ら?」
扉を開けた先には──宵闇と遠藤がいた。
「悪いな古河。星矢がお前に話があるらしい」
「ごごご、ごめんね古河君。ちょ、ちょっといいかな……?」
遠藤が聡太に話があるとは珍しい。
ゆっくりと扉を閉め、聡太が遠藤と向かい合った。
「おう。どうした?」
「そ、その……古河君と獄炎さんには、変な【技能】が発現してたよね……?」
変な【技能】……おそらく、【憤怒に燃えし愚か者】と【暴食に囚われし飢える者】の事だろう。
「ああ。それがどうかしたか?」
「え、えっと……あの『黒森精族』の子は、獄炎さんを見て【暴食に囚われし飢える者】って言ってたよね……?」
「……そういや、言ってたな」
「そそその……これ、覚えてる……?」
遠藤が懐に手を入れ──何やら、紙束を取り出した。
それは、確か──
「『ロール・カード』……だったか?」
聡太が『大罪迷宮』に落ちた──あの日。
遠藤が退屈しのぎに持ってきたカードゲームだ。
「う、ううううん。そ、それで、ええっと……」
「シャキッとしろ、星矢」
「……うん」
宵闇の叱咤を受け、遠藤が大きく深呼吸をする。
コイツ、土御門と話すのは大丈夫なのに、なんで聡太と話すのはこんなにモタモタするのだろうか。
いや……宵闇と土御門以外の人と話す時の遠藤は、大体こんな感じだったか。
「こ、これ……」
「……これは?」
「『ロール・カード』で使われる役の一覧だよ……」
受け取った紙に素早く目を通し──何かに気づいたのか、聡太が瞳を細めた。
「……【憤怒に燃えし愚か者】と……【暴食に囚われし飢える者】……」
カードの役の中に、聡太と火鈴が使う【大罪技能】の名前があった。
いや、それだけじゃない。
人間のカードと、強欲というカードを合わせると──【強欲に魅入られし未熟者】という役に。
人間と色欲を合わせると──【色欲に染まりし癒す者】という役に。
他にも、嫉妬と人間で【嫉妬に狂う猛き者】に。怠惰と人間で【怠惰に嵌まり嘆く者】に。傲慢と人間で【傲慢に溺れし卑怯者】に。
そして──憤怒と人間で【憤怒に燃えし愚か者】、暴食と人間で【暴食に囚われし飢える者】の役になる。
「……これをわざわざ教えに来てくれたのか?」
「あ、うん……えっと……それと……」
パクパクと何度も口を開閉させ……意を決して、遠藤が聡太を正面から見据えた。
「た、助けてくれてっ、ありがとう……」
「……は?」
「そ、そのっ、ええっと……」
「はぁ……『大罪迷宮』での事なら気にすんな」
遠藤の言いたい事を察したのか、聡太が苦笑混じりにヒラヒラと手を振る。
「あ、違っ……いや、それも違わないんだけど……」
「……?」
「あのっ、あの時! セシル隊長と一緒に、僕らをドラゴンから助けてくれて……本当に、ありがとう」
──ああ、あの日か。
聡太たちが初めて外に出て訓練をした日──ドラゴンが勇輝たちを襲った。
その場には確か、小鳥遊と破闇、そして勇輝と遠藤がいたはずだ。
忘れていない。忘れるはずがない。
だってその日は──聡太が火鈴の事を思い出した日なのだから。
「俺からも礼を言いたい。そして……ずっと謝りたかった。すまなかった、古河。あの木の化物とお前を、一対一で戦わせて……」
「……ったく、らしくねぇから謝罪なんかすんじゃねぇよ宵闇。お前らは悪くない。悪いのは……あの騎士共だけだ」
聡太の言葉に、宵闇がフッとキザに笑う。
「そ、それじゃあね、古河君……」
「ああ──っと、待て遠藤。これ忘れてるぞ」
遠藤に『ロール・カード』を返そうとするが──遠藤はふるふると首を横に振った。
「ふ、古河君にあげるよ」
「……いいのか?」
「うん。こんなゲームで遊んでいる暇はないって自覚したよ……僕も、古河君みたいに強くなるために、もっと頑張るって決めたんだ」
「俺も、だな……獄炎が抜けた穴を早く埋めるために、俺と星矢で頑張るさ」
「そうか……頑張れよ」
「うん」
「ああ」
遠藤と宵闇が踵を返し、長い廊下を真っ直ぐに歩いていく。
その後ろ姿を見送り──手に持ったままだった『ロール・カード』の束を見下ろした。
──あの気弱な遠藤が、強くなるために頑張ると言うとは。
「……人間、何が原因で決意をするかわからないな……」
思わず苦笑を浮かべ、そんな事を呟く。
まさか、聡太の姿を見て、強くなりたいと思うとは。
廊下を曲がって、遠藤たちが完全に姿を消した事を確認し──聡太は部屋の扉を開けた。
「ソータ様……誰が来てたんです?」
「ん。俺の同級生……つってもわからないか。遠藤と宵闇って奴らだ。まあ、俺の友達って思っとけばいい」
ベッドの端に腰掛けていた火鈴が、聡太の言葉を聞いて驚いたように目を見開いた。
──あれ? 聡ちゃんって、あたしと鬼龍院くん以外に友達いたの?
火鈴の色違いの瞳が、そんな事を言っているような気がする。
「……おい、なんか言いたそうだな?」
「う、ううん、別に〜?」
聡太の低い声に、火鈴が慌てて視線を外す。
「……まあ、別にいいか……寝るぞ。明日からまた、『十二魔獣』を探して旅に出るからな」
「はい」
「おー!」
「は~い」
────────────────────
「──準備はいいな?」
白いローブを身に纏う聡太が、持ち物を確認しながら三人に問い掛けた。
──左腰に『紅桜』。右腰に『憤怒のお面』。後ろ腰には『黒曜石の短刀』と『白桜』をクロスして付けており、ローブの下には『碧鎧』を装備している。
「いつでも行けます」
「おっしゃー! 頑張ろー!」
「うん。いつでもいいよ~」
三人の頼もしい返事を聞き、聡太は地面に置いていたバックパックを背負った。
そして──後ろを振り返った。
「……行くんだな、聡太」
「ああ」
「……気を付けろよ」
「言われなくても」
拳を向けてくる勇輝に、聡太が自分の拳を当てた。
「火鈴……気を付けてね」
「ん……無理、は……絶対……ダメ、だから……」
「わかってるよ~……二人も、元気でね~?」
一通り挨拶を済ませたのを確認し、聡太が勇輝たちに背を向けた。
──次の目的地は、『竜人族』が暮らす『ギアドバース』だ。
今の所、遭遇した『十二魔獣』は──全て、国を滅ぼすために行動しているか、『大罪迷宮』に関係していた。
つまり……今後、他種族の国を攻撃するために動く可能性が高い。
現在、聡太が訪れた他種族の国は──『森精族』『地精族』『獣人族』の三種族。
まだ訪れていない他種族の国は──『竜人族』『水鱗族』『妖精族』、そして『魔族』の四種族だ。
「ソータ」
「ん……どうした、セシル隊長」
聡太を呼び止めたセシル隊長が、何やら幾何学的な球体を差し出してきた。
「……なんだ、これ?」
「遠くにいても会話ができる『魔道具』だ。この先、我々の力が必要になれば……いつでも呼んでくれ」
「へぇ……ありがとな」
機械仕掛けの球体をバックパックに入れ──聡太たちが、王宮に背を向けて歩き始める。
「……次の目的地は『ギアドバース』だ。『十二魔獣』がいなければ、近くにある『フリード噴火山』の『大罪迷宮』に向かうぞ」
三人が頷くのを確認し──聡太が不敵な笑みを見せた。
「んじゃ──出発だ」




