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56話

「──ミリア?! どうしたのー?!」


 黒色の結界を召喚した──瞬間、ミリアがその場に座り込んだ。

 唇は青ざめており、呼吸が整っていない。明らかに様子が変だ。


「はぁ……! はぁぁぁ……! 大、丈夫です……少し、魔力切れを起こしただけですから……ソータ様っ! 『第五重(フュンフ・)禁匣(パンドラ)結界(・ボックス)』は五分間しか維持できません! それと──その方には今、ソータ様と同じ“神域”の【技能】が発動しています! 気を付けてください!」

「ああ!」


 ミリアに返事を返す──と、火鈴が聡太に飛び掛かった。

 【竜人化】状態の火鈴が拳を握り、茶色の竜鱗に覆われた拳撃を放ち──咄嗟に『紅桜』を振り抜き、拳を受け止める。


 【憤怒に燃えし愚か者】──ほとんど完全に使いこなせるようになって、少しずつこの【技能】についてわかってきた。

 まず、動体視力や反射神経が跳ね上がる。正直、先ほどまでの火鈴の攻撃なら、何が起きても絶対に食らわないという自信があった。

 次に、腕力や脚力といった、筋力も底上げされる。常に火事場のバカ力状態、と言えば良いのだろうか。

 だから、今の火鈴の攻撃も受け止められるだろうと──そう思っていた。


「チッ……!」

「あアッ──カぁああアああァあああアアああああああああああッッ!!」


 火鈴が力を入れ直した──と思ったら、聡太が吹き飛ばされた。

 空中で刀を振って体を回転させ、黒色の結界に着地して勢いを殺す。

 グッと足に力を込め──今度は聡太が火鈴に飛び掛かった。


 ──ミリアに聞いた話だと、【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれている時の聡太は、魔法を使わなかったのだとか。

 それはもしかして──【技能】に呑まれている間は、他の【技能】や魔法を使う事ができないのだろうか。

 否。感情に呑まれているから、他の【技能】を使うとか魔法を使うとかいう考えが出てこないのだろう。

 という事は……【暴食に囚われし飢える者】に呑まれている火鈴は、他の【技能】を発動する事ができない。

 その証拠に、今の火鈴は【暴食に囚われし飢える者】が発動する前の状態──【竜人化】の状態から変わっていない。

 聡太の考え通り、呑まれている間は──魔法を使ったり、他の【技能】を発動する事ができないようだ。


「かア──ッッ!!」

「しぃッ! うらぁッ!」


 聡太の『紅桜』と、火鈴の茶鱗の竜拳が何度も交差し──その度に、甲高い金属音を立てて火花が散る。

 通常状態なら、聡太が火鈴に力負けする事はないが──【竜人化】と【暴食に囚われし飢える者】という【技能】が発動しているため、どうしても力劣りしてしまう。


「チッ──ああクソめんどくせぇッッ!!」


 刀と拳がぶつかる度に、聡太の体勢が崩れていく。力負けしている証拠だ。

 苛立ったように声を荒らげ──聡太が火鈴から距離を取り、手を上に向けた。


「『黒重』ッッ!!」

「がァ──あァああアあああああああッッ!!」

「嘘だろおい……?!」


 火鈴に不可視の重力が襲い掛かるが──火鈴は少しも体勢を崩さない。

 火鈴が死なないように手加減はしているが、火鈴にケガをさせる事に躊躇(ちゅうちょ)しているつもりはない。

 一瞬ではあるが、パルハーラやフェキサーの動きすら止める『黒重』──それを受けているのに、火鈴は少しも体勢を崩さないだと……?!


「ハああああアアああァッッ!!」

「ああッッ!! 『剛力』ッッ!!」


 雄叫びを上げながら迫る火鈴に対し、聡太は『剛力』を発動。

 火鈴の拳撃を刀で弾き返し、無防備になった腹を蹴り飛ばそうとするが──

 その前に、火鈴の尻尾が聡太の横腹を撃ち抜いた。

 骨が軋み、内臓が悲鳴を上げ──聡太の体は受け身を取れずに地面を転がり、黒色の結界に激突。

 肺の中の空気が無理矢理吐き出され──体勢を立て直す暇もなく、火鈴が迫る。


「かっ、ふぅ……! ……『嵐壁』……!」


 掠れる声で詠唱──聡太の目の前に緑色の魔法陣が浮かび上がり、黒色の結界内に暴嵐が吹き荒れた。

 『黒重』に耐えられる足腰はあっても、『嵐壁』に耐えられる重さは存在しないだろう──聡太の考え通り、火鈴の体は簡単に吹き飛ばされた。


「カあアァ──」


 ──上に飛ばされた火鈴の口から、紅蓮の炎が漏れ出している。

 炎はどんどん収縮、集束されていき──やがて、真っ赤な光球に変化。

 ──よくわからないが、あれはヤバイ。

 反射的に、あるいは本能的に、聡太は火鈴に手を向けた。


「──『蒼熱線』ッッ!!」

「あアああああアアああああぁあああアァああああァあああッッ!!」


 聡太が蒼炎の熱線を放つのと、火鈴が灼熱の光線を放ったのは同時だった。

 蒼い熱線と紅い光線がぶつかり合い──爆発。

 目を焼くような光と、鼻の奥を焼くような熱を前に、聡太は咄嗟に顔を覆う事しかできなかった。


「さ、さっきから何が起きてンだァ……?!」

「聡太! 大丈夫か?!」


 驚愕する土御門や、心配してくれる勇輝に返事する──事なく、聡太は別の友人の名を呼んだ。


「小鳥遊ッ!」

「な、なに?! どうしたの?!」

「火鈴には悪いが、もう手加減できねぇ! アイツがケガをしたら、すぐに回復してやってくれ!」

「わ、わかった! 古河くんも、気を付けてね!」


 小鳥遊の返事を聞き、聡太は『紅桜』を正面に構えた。


「──つーわけだ火鈴。こっから先は、お前を仕留めるつもりで()るから、覚悟しろよ」


 難なく地面に着地する火鈴に、聡太は殺意を向けた。

 それに反応するように、火鈴の体からさらに濃い殺気が放たれる。

 聡太が刃のように鋭く冷たい殺気ならば、火鈴はさながら燃える炎ように熱い殺気だ。

 対照的な殺気が向かい合い──肌を刺すような雰囲気に、結界外にいるはずの全員が息を呑んだ。


「──『雷斬』ッッ!!」

「しャあッ──があァあアああああああッッ!!」


 緋色の刀がバチバチと放電を始め──雷の斬撃が放たれる。

 火鈴を真っ二つにせんと迫るそれは──火鈴の爪撃を食らい、霧散した。

 ──お前、いくら【竜人化】しているって言っても、手で『雷斬』を掻き消すってどういう事?

 これが【暴食に囚われし飢える者】と【竜人化】の力なのか。なかなか厄介だな──とか思いながら、聡太は火鈴に飛び掛かった。


「はぁ──ッッ!!」

「ァあああアアッッ!!」


 一撃でも火鈴の攻撃を食らえば、間違いなくヤバイ。

 先ほどの尻尾の攻撃は、聡太が衝撃を受け流すように飛んだからダメージを軽減できた。

 だが……二度も三度も上手く受け流せる保証はない。


「いい加減に──しろッッ!!」

「がフッッ?!」

「おらぁッッ!!」

「ぎガッ──」


 火鈴の拳撃を捌き──右足を軸にしてその場で回転。

 勢いを利用して火鈴の腹部に肘を入れ、動きが止まった所に蹴撃を放つ。

 風を切りながら放たれた蹴りは、火鈴の頭部を的確に撃ち抜き──土煙を上げながら、火鈴がぶっ飛んだ。


「古河くん!」

「ああ、頼むッ!」

「“我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”っ! 『ライト・ヒール』!」


 小鳥遊の詠唱に従い、火鈴の体が淡い光に包まれた。

 木刀によるアザが消えていき──火鈴のケガがみるみる内に治っていく。

 ──【暴食に囚われし飢える者】が発動してから、初めてまともな攻撃を入れる事ができた。

 聡太が【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれている時は、ミリアのタックルを食らったり、ハルピュイアに蹴り飛ばされる事によって正気に戻っていたが……火鈴はどうだ……?


「…………かッ──あアアあああァああッッ!!」


 くそ──ダメか。

 考えてみれば、初めて聡太が【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれた時は、『大罪迷宮』の中だった。

 あの時は……近くにいる黒狼を全て殺して、正気に戻る事ができた。

 もし、火鈴が聡太と同じ条件で正気に戻るのだとしたら──聡太を仕留めるまで、正気に戻らないという事だろう。


「ガあッ!」

「チッ──!」


 絶対の威力を持った拳撃。命を狩り取らんと迫る爪撃。茶色の竜鱗に覆われた蹴撃。風を切りながら鞭のように放たれる尻尾。

 それらを一本の刀で捌き、受け流し、撃ち落とし、刀を合わせて相殺する。

 刀で間に合わないなら体で。それでも間に合わないのなら魔法で。

 食らえば致命傷になる事間違いなしの攻撃を前に、だが致命傷を与える事は許されない。

 ドMじゃねぇとこんな縛りプレイしないぞ──と、よくわからない事を思いながら、聡太は火鈴の腹部を蹴り飛ばした。


「が、ハァ……!」

「しぃ──ッッ!!」


 腹部を押さえて動きを止める火鈴。

 そんな火鈴の頭部に向け、聡太が凄まじい威力の蹴撃を放ち──


「かッ──がァああアあああああッッ!!」

「んなッ──ごふッッ?!」


 思い切り頭を下げて聡太の蹴撃を躱し──火鈴が拳を放った。

 聡太の右腹部を的確に撃ち抜いた拳は──【竜人化】と【暴食に囚われし飢える者】によって、凶悪な威力へと昇華している。

 軽々と吹き飛ばされた聡太の体は──黒色の結界にぶつかって、ようやく勢いが止まった。


「ぐ、ふぅ……!」


 これまで感じた事のないダメージに、内臓がキリキリと痛みを主張している。

 【憤怒に燃えし愚か者】と『剛力』を発動していなかったら、今頃どうなっていたか──脳裏を(よぎ)った考えを無理矢理頭の片隅に追いやり、歯を食い縛って顔を上げた。

 ──目の前に、火鈴がいた。


「ガあッッ!!」

「クソ──ッッ!!」


 火鈴が剛爪を構え──聡太の顔面に放つ。

 咄嗟に『紅桜』で防ぎ、剛爪を回避する──が。


「グるぁッッ!!」

「がっ──あああああああああああッッ?!」


 火鈴が鋭い牙を剥き出しにし、聡太の肩口に噛み付いた。

 右肩を襲う痛みに、思わず聡太が絶叫を上げ、無理矢理引き離そうとするが──火鈴の両腕が聡太の両腕を抑え込み、動かないように固定する。


「ふ、古河くん! “我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”っ! 『ライト・ヒール』!」


 小鳥遊の【回復魔法】により、聡太の傷口が癒えるが──火鈴がさらに牙を突き立て、聡太の肩肉を(えぐ)ろうとする。

 ──このままでは殺される。

 そう判断し、聡太が魔法で火鈴を吹き飛ばそうと──して。

 ──ポタッと、肩に冷たい感覚。

 なんだ? と聡太が肩口に視線を向け──


「ガ、ぁ……ッッ!!」


 ──泣いてる。

 火鈴が、泣いてる。

 聡太の腹部を殴り飛ばし、肩口に噛み付いている火鈴が。

 攻撃しながら──泣いてる。


「なにッ、泣いてんだよてめぇ……!」


 火鈴の攻撃に、先ほどより力が入っていない。

 噛み付く力も、聡太の両腕を抑える竜腕にも、全く力が入っていない。

 おそらく──正気に戻ろうと必死にもがいているのだろう。


「くっ、はぁ……! クソ、バカが……!」


 苦痛に歪んだ苦笑を浮かべ、抑えられる両腕を力任せに引き抜き──聡太が、火鈴の体を抱き寄せた。


「我慢しててやるからッ、とっとと正気に戻れバカ野郎……!」

「ふウー! ふうー!」


 ──ヤバイ。クラクラする。

 血が出過ぎている。限界が近い。

 頼む、早く正気に戻れ。

 じゃないと、俺が殺られる──


 ──と、火鈴が動きを止めた。

 聡太の肩から牙を抜き、涙で潤んだ瞳を聡太に向ける。

 その瞳は、茶色ではなく──赤と黒の()()()()()だ。


「ぁ……ごめ、ね…………聡、ちゃ……」


 フッと、火鈴の体から力が抜けた。

 それと同時──辺りを覆っていた殺気が霧散する。

 火鈴の体は──【暴食に囚われし飢える者】と【竜人化】が解除され、元の火鈴の姿に戻っている。


「……はぁ……正気に戻って、気絶したか……」

「──ソータ様!」

「ソータっ!」

「聡太!」


 駆け寄ってくる仲間と、動かなくなった火鈴を見て──ふと、聡太は思い出した。

 最初に始めた、聡太と火鈴の戦い。

 ルールは確か──【技能】は使用して良いが、魔法の使用は禁止。火鈴が聡太に一撃でも入れれば、火鈴の勝ち。火鈴が降参すれば、聡太の勝ち。


 【暴食に囚われし飢える者】は魔法ではなく【技能】だ。ルール違反ではない。

 だが──聡太は魔法を使った。さらに言えば、途中から木刀ではなく『紅桜』を使っていた。

 しかも──何発も火鈴の攻撃を食らった。


「……あれ?」


 気絶する前に火鈴が言った言葉は、降参の言葉ではない。

 という事は、つまり──


 ……この勝負、俺の負け……なのか……?

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