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55話

 寸止めされた木刀と、自分を見下ろす彼を見て……少女は、例えようのない悔しさを噛み締めていた。


 ──少女は、強さに飢えていた。

 彼が『大罪迷宮』の深下層に落ちてから、少女は毎日強さに飢えていた。

 食べ物を貪るように訓練に没頭した。この欲求を満たすためにひたすら経験を食らい続けた。

 飢えて、食らって。足りないから、また食らって。まだ足りないから、さらに食らって。それでも満たされないから、もっと食らう。

 そう──元の世界でも、少女は飢えていた。


 ──少女と彼は、幼馴染みであった。

 彼との出会いは、少女が三歳の時だった。

 彼の父親と少女の母親が知り合いで、昔の友人に会いに行くと言った母に付いて行き──彼と出会った。

 彼を初めて見た時の衝撃は、今でも忘れられない。

 ──要するに、一目惚れだった。

 彼は何でもできた。勉強も、運動も、人付き合いも。

 小さな少女にとって、彼はヒーローだった。


 だが──現実は、非情だ。

 少女の父と母が離婚し、少女は母の実家に行く事になった。

 その時の彼の顔は、悲しみ一色に染まっていた。

 少女は冗談のつもりで、彼に大きくなったら結婚しようと言った。

 彼は──約束すると、言ってくれた。

 それから少女は転校した学校で、ひたすら努力を続けた。

 彼に釣り合う女に成るために、少女は経験を貪った。己の糧になる物は全て食らい、全てを己の物にした。

 彼は運動ができた。なら、自分も運動ができるようにならないと。

 彼は勉強ができた。だから、自分も勉強ができるようにならないと。

 彼は天才だった。だったら、努力で彼に追いつかないと。


 嫌いだった習い事も、自分から進んでやりたいと言った。

 彼はもっとすごい。もっともっとすごい。ならば、自分はもっともっともっと努力しなければならない。


 そうして──少女は、高校生になった。

 同じ中学の雫と雪乃が進学する高校に、少女も何となく入学した。

 ──その高校の生徒の中に、彼を見た。

 けど──昔の彼とは、全然違う。

 明るい笑顔は消え、誰にも関わりたくないという雰囲気を放っている。

 それでも少女は……目の前の彼が、結婚を約束した彼だと直感で理解した。

 高校一年の時は、彼の様子を見ていた。

 鬼龍院と話している時の彼は──昔と同じ笑みを浮かべていた。

 少女は、目の前の彼が、約束を交わした彼だと確信した。


 高校二年になり、少女は彼と同じクラスになった。

 本当は話しかけたかったけれど……彼が昔の約束を覚えていなかったらどうしようという不安と、彼の放つ話しかけるなという雰囲気を前に、とうとう話しかける事ができなかった。


 ──そして、少女と彼を含んだ十二人は異世界へと召喚された。

 混乱する十一人に希望を見せ、戦う勇気を与えてくれたのは──彼だった。

 迫るゴブリンから少女を守り、昔の約束を思い出してくれたのは──やっぱり、彼だった。

 少女たちを守るために、たった一人で木の化物と戦ってくれたのは──少女のヒーローだった。


 ──少女は、強さに飢えていた。

 どんな経験でも好き嫌いせずに喰らって糧にし、普通なら必要ないという技術も好んで喰らって体の一部にし、喰らって喰らって──暴食し続けた。


 今度こそ彼の役に立つ。そのために、どんな事でも喰らって己の力にしてきた。

 なのに──まだ、届かない。追い付けない。

 やはり自分は、この程度なのか。彼には届かないのか。彼には追い付けないのか。自分は──彼の隣に立つのに、相応しくないのか。


『──あたしは、そうは思わないけどな〜』

「ぇ……」


 走馬灯のように、自分の人生を振り返っていた少女は──不意に聞こえた女性の声に、顔を上げた。

 ──どこまでも続く茶色の空間。

 先ほどまで訓練所で彼と戦っていた火鈴は──気がつくと、知らない所にいた。


「……ここ、は……?」

『ま〜ったく。【大罪技能】を持つ相手に、普通の人間が太刀打ちできるはずないでしょうが〜……随分とボコボコにやられてたけど、大丈夫〜?』

「あなたは……?」

『あは~。そういえば、自己紹介をしてなかったね~』


 火鈴の目の前に座る茶髪茶瞳の女性が、床から立ち上がって人懐っこい笑みを見せる。


『あたしはルーシャって言うの。そうだね~……『大罪人』って言えば、わかるかな~?』

「…………?」

『ん~。わかんないかな~……あ、そうだ。あなた今、【大罪技能】を使ってる人と戦っていたよね~?』

「た、【大罪技能】~……?」

『……あ。こう言えばわかるかな~? 全身に赤黒い模様が入った、赤い瞳の人と戦ってた~?』

「あ………………うん……」


 弱々しい火鈴の返事に、ルーシャと名乗った女性はどこか嬉しそうに笑みを深めた。


『は~。この感じ、やっぱりユグルの【大罪技能】か~……あいつのは、他の【大罪技能】より突出していたからな~。普通の人間じゃ、絶対に勝てないよ~』

「あ、あのっ。ここは……」

『そっかそっか~。きみ、【技能】に呑まれるのは初めてなんだね~。それじゃあ、一つずつ説明しよっか~』


 うんうんと頷くような仕草を見せ、女性が火鈴の肩にポンと手を置いた。


『ここは【技能】の中。きみは今、【技能】に呑まれてるの~』

「【技能】に……呑まれる……?」

『うん。今のきみには、【暴食に囚われし飢える者】っていう特殊な【技能】が発動しているの~』

「……なる、ほど~……?」

『ま、今はわからなくてもいいよ~。多分、【憤怒に燃えし愚か者】を使ってる人は、ユグルに何か聞いてるはずだしね~。だから、重要な事を伝えるね~』


 先ほどまでニコニコと柔らかな雰囲気を(まと)っていた女性が──表情を引き締める。


『きみは今、暴走しているの~。まあ、しょうがないよね~。あたしも最初は、【大罪技能】に呑まれちゃったし~』

「暴走って……どういう事~?」

『スゴく簡単に説明すると、今のきみは……近くにいる者を、見境なく襲ってるの~。まあユグルの【大罪技能】を使える人がいるみたいだし、暴走状態のきみが誰かを殺すって事はないと思うけど~』

「だ、誰かを殺す?!」


 ルーシャの言葉に、思わず声を上げる。


『落ち着きなよ~。だから、一刻でも早く、この【大罪技能】を使いこなせるようにならないといけないの~』

「使いこなす……あたしが~……?」

『うん──きみは、何に飢えていたの~?』


 ……何に……飢えていた……?


「強さに……」

『なんで、強さに飢えていたの~?』


 なんで……飢えていた……?


「……彼を、一人にさせたくないから……彼の力になりたいから……」

『なんで、その人の力になりたいの~?』


 そんなの、決まっている──


「……彼の事が…………好き、だから……」


 そうだ。あたしは……


「あたしは……!」


 彼を一人にしたくなかった……!


『もっと強く思って! 暴食に呑まれた正気を取り戻すの!』


 そうだ……! あたしは……ッ!

 もう! 彼をっ! 一人にしないッ!

 そう強く思った──瞬間、茶色の空間に、亀裂が走った。

 亀裂が瞬く間に空間全体へ広がり……茶色の空間が粉々に砕け散る──寸前。


『さあ! 恋する乙女は強いんだって事を教えてあげよう!』


 ──ルーシャがそう言うのを最後に、茶色の空間が粉々に砕け散った。

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