表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/117

49話

 『イマゴール王国』へ出発し──数日後。

 ある日の深夜、聡太たちは──『ユグルの樹海』の近くで野宿していた。


「──『付属獄炎』、『雷斬』」


 緋色の刀身が黒い炎に包まれ──さらに、バチバチと放電を始める。

 黒い炎と白い雷が混ざり合い──やがて、黒い雷へと変化した。


「……どういう事だ、これ……」


 見張りをしていた聡太が、混ざり合った魔法を見て首を傾げる。

 この斬撃がポーフィの右腕を斬り離した──瞬間、斬り口から獄炎が燃え上がっていた。

 『付属獄炎』の効果を持った『雷斬』……という事になるのだろうか。


「スゴいんだけどなぁ……」


 触れたら消えない炎を斬撃にして放つ──かなり強力な魔法だと言える。

 だが……この魔法を使うのに、二重詠唱しなければならないと考えると……あまり使う機会はないかも知れない。


「──んぅ……? ……ソーター……?」

「ん……悪いハピィ。起こしたか?」


 荷馬車の中で眠っていたハルピュイアが、眠たそうに目を(こす)りながら荷馬車の外に出てくる。

 魔法の灯りで起こしてしまったか──すぐに魔法を解除して『紅桜』を鞘に収めた。


「まだ寝てていいんだぞ? 今日の見張りは俺だけで充分だし」

「んー……」


 まだ寝惚けているのか、ぼんやりとした返事しか返ってこない。

 まだまだ子どもだな──そんな事を思いながら、聡太の隣に座るハルピュイアの頭を撫でた。


「おー……ソータの手、気持ちいいー……」

「……そうか」

「んー……パパと似てるー……」

「俺に羽毛は生えてないんだが……」

「そうだねー……でも、似てるー……」


 『人類族(ウィズダム)』の聡太と、『獣人族(ワービースト)』のハーピー種であるハルピュイアの父親の手が似ているってどういう事だ。


「……不安か?」

「んー……? 何がー……?」

「お前の家族の事だ」

「……うん。心配だよー……」


 聡太の肩に頭を乗せるハルピュイアが、眠たさが混じる声で続ける。


「でも……絶対に生きてるよー……だって、ハピィの家族だもん……」

「……ああ、そうだな」


 ──沈黙。

 そもそもハルピュイアと二人きりで話す機会が少なかったし、本能で生きているハルピュイアとは何を話せば良いのかわからない。

 何となく、気まずい空気が二人の間で流れ……聡太が口を開く──と。


「すー……すー……」


 ──コイツ、寝てやがる。


「……ったく……そんなに眠たいんなら、大人しく荷馬車で二度寝してろよ……」


 言いながら、聡太がハルピュイアの頭を掴んだ。

 起こさないように注意しながら、そのままハルピュイアの頭を自分の太ももの上に乗せる。


「……結局、俺は甘いんだな……」


 一人で苦笑しながら、ハルピュイアの頭を起こさないように注意して撫でる。

 ──『大罪迷宮』の底に落とされた時は、異世界人なんて全員死ねばいいのに、と思っていたが……今となっては、こうやって異世界人の少女の頭を撫でている。

 なんで聡太がここまで甘くなったか──理由は明確だ。


「……ミリア」


 そう。あの『黒森精族(ダークエルフ)』のおかげだ。

 ミリアが聡太に優しくしてくれたから、【大罪技能】に呑まれた聡太を必死に正気に戻そうとしてくれたから、聡太の事を真っ直ぐに信じてくれるから。

 今の聡太は──ミリアとハルピュイアの事を、大切に思えるのだろう。


「……異世界人が嫌いだ。関わる気も敬う気もないし、邪魔をするのなら……殺す」


 そうだ。聡太は──ミリアとハルピュイア以外の異世界人が嫌いだ。

 もちろん、異世界人の中には優しい奴がいるのはわかっている。実際、セシル隊長やグローリア、エルレッドとエルグボルグは優しかった。

 だけど……聡太が心の底から信じられる異世界人は、ミリアとハルピュイアだけだ。


「……本当は優しい人……だったか」


 先日、ミリアにこう言われた。

 ──はい。私、わかってます。ソータ様、本当は優しいですよね?


「本当は優しいって……普段は優しくねぇみたいな言い方だな……」


 その後に、こう言われた。

 ──連れて行って邪魔になる、なんて言ってますけど……本当は、他の勇者を危険な目に遭わせないためですよね?


「……ほんと、ミリアは察しが良いな」


 ……その通りと言えば、その通りだ。

 優しい人かどうかはわからないが……他の勇者を危険な目に遭わせたくないというのは、正解だ。

 勇輝には危険な目に遭ってほしくない。火鈴には『大罪迷宮』の深下層に落ちてほしくない。


「だから──」


 ──『十二魔獣』は、俺が殺す。

 アイツらが危険な目に遭わなくていいように、アイツらが俺と同じ目に遭わなくていいように──俺が、『十二魔獣』を殺す。


「……ま、勇輝と火鈴がなんて言うかな……」


 あの二人は……もしかしたら、一人で戦おうとする聡太を止めるかも知れない

 まあ、でも──今の聡太は一人じゃない。


「──ソータ様。見張りを替わります」


 荷馬車から聞こえた声に、聡太が首だけで振り返った。

 そこには──荷馬車から降りる『黒森精族(ダークエルフ)』が。


「……ミリア……起きたのか」

「はい。そういえば、ハピィの姿が見えないんですけど……」

「ん。ここにいるぞ」


 聡太の言葉に、ミリアが視線を下に向け──

 聡太の太ももを枕にして眠るハルピュイアを見て、灰色の瞳をスッと細めた。


「……………」

「……ミリア?」

「はぁ……またソータ様の足で…………というか、ハピィはいつもソータ様にベッタリですね……」

「十七の俺が言うのも何だけど、コイツはまだ十四の子どもだからな」


 どこか不機嫌そうなミリアが、聡太の右隣に腰を下ろす。


「……ソータ様」

「どうした?」

「……色々、ありがとうございます」


 突然の感謝に、聡太が珍しくポカンとした表情でミリアを見下ろした。


「……急にどうしたんだ?」

「こういう時じゃないと、言えませんので」


 聡太と目を合わせ、美しい微笑を浮かべる。


「ソータ様がいなかったら、私は…………テリオンを倒す事も、お父様とお母様との約束を果たす事も……自分の居場所すら、なかったままです」


 言いながら、そっと聡太の右手を握る。

 そして──見る者を魅了するような美しい笑みを見せた。


「ありがとうございます、ソータ様。私と出会ってくれて」

「……何言ってんだよ」


 ミリアの頭を、グリグリと乱暴に撫でる。

 本当に──優しい少女だ。

 感謝をしなきゃならないのは──聡太なのに。


「……俺の方こそ──」


 ピタッと、聡太が動きを止めた。

 頭を撫でる体勢のまま止まった聡太を見て、ミリアが不思議そうに首を傾げる。


「どうされました?」

「いや……なんか、変な感じがしないか?」

「変な感じ……ですか?」

「ああ……【気配感知】になんか反応がある」


 ハルピュイアを太ももの上から降ろし──『憤怒のお面』を付け、ゆっくりと立ち上がる。


「ミリア、ハピィを任せる」

「わかりました。何かあったら呼んでくださいね」

「ああ──“光よ宿れ。(われ)が望むは見通す力”『ライト・インサイト』……『剛力』」


 暗視効果のある魔法を使い、森に向かって駆け出し──少し離れた所で、大きく飛び上がった。

 ハルピュイアを起こさないように気を使ったつもりだが……今の衝撃で起きたら仕方がない。

 それにしても──


「……なんだ、この感じ……?」


 誰かと誰かが戦っている……のだろうか。

 二つある内、一つは『人類族(ウィズダム)』──に似た気配だ。

 だが、もう一つの方……『人類族(ウィズダム)』らしき者と戦っている奴の気配は、どこか禍々しさを感じる。

 この感じ……まさか──


「『十二魔獣』……!」


 気配の正体を確かめるために、聡太は森の奥へと走った。


────────────────────


 時は少々(さかのぼ)り──同じ日の夜。

 獄炎 火鈴は──眠れずに、窓の外に目を向けていた。


「……聡ちゃん……」


 ズキンと、胸が痛む。

 今、こうして自分が平和な夜を迎えている間にも、聡太は危険な目に遭っているかも知れない──そう考えると、眠るに眠れない。


「……みんなに合わせて聡ちゃんを探してたら、時間がいくらあっても足りないよ〜……」


 火鈴は強くなった。

 それこそ──勇者の中で一番になり、セシル隊長すらも上回るほどに。

 だから──他の勇者の弱さに、苛立ちの感情を抱いていた。


 ──これなら、あたし一人で聡ちゃんを探した方がいい。

 それなら、『大罪迷宮』へ持って行く食料も少なくて良いし、何より──もっと深くの層に進む事ができる。

 今みたいに、勇者の実力を付けながら聡太を探すなんて──何日掛かるかわからない。


「……いっそ──」


 ──今から『大罪迷宮』に向かってしまおうか。

 そう思ってからは早かった。

 食料も持たずに、部屋の窓を開け──


「【部分竜化】」


 ──ビキビキッ、ミシミシッ。

 そんな音を立てながら、火鈴の(ひたい)と背中から──竜のような角と翼が生えた。

 火鈴が窓から飛び降り──背中から生えた翼を大きく打って、夜の空を飛ぶ。


「……みんな、ごめんね〜……」


 誰にも届かない謝罪を呟き──翼を打って飛行速度を上げた。

 『イマゴール王国』を囲っている外壁を越え、そのまま真っ直ぐに『ユグルの樹海』へ向かう。


 ──いつも『大罪迷宮』に行く時は馬車だった。

 だから──『ユグルの樹海』のどこに『大罪迷宮』があるかわからない。

 まあ、上から探せばすぐに見つかるだろう──そんな事を考えながら飛んでいると、あっという間に『ユグルの樹海』が見えてきた。


「さ〜て……どこにある──っ?!」


 『ユグルの樹海』の上から『大罪迷宮』を探す火鈴は──ビリッと肌を刺すような気配を感じて、動きを止めた。

 ──【気配感知】に、今までに感じた事のないような気配が引っ掛かった。

 『大罪迷宮』にいるモンスターなんかよりもずっと強敵──と、何故か火鈴が笑みを浮かべた。

 ──ようやく、訓練相手になりそうな奴を見つけた。


「鬼龍院くんには悪いけど、全く相手にならなかったからな〜」


 『大罪迷宮』に潜る前に、この気配の主で準備運動するのも悪くない──そう思い、火鈴が気配の出所へと飛行。

 やがて──色違いの瞳(オッドアイ)を細め、動きを止めた。

 ──この真下にいる。


「……【部分竜化】」


 火鈴の両腕がドラゴンの腕のように肥大化し──火鈴が地面に向かって急降下。

 翼を打って無理矢理着地し、正面に視線を向けた。


「んー……? きみ、だれー?」

「……あなたは……」


 火鈴の目の前にいたのは──幼女だった。

 足元まで伸びる長い銀髪を揺らしながら、自分と同じくらいの大きさの壺をズルズルと引き()っている。

 ──この幼女が、あんな気配を出していたのか?


「ちょうどよかったー。ねー、『大罪迷宮』への行き方って知ってるー?」


 首を傾げながら問い掛けてくる幼女に──だが火鈴は、より一層警戒を深めた。

 幼女の目に、底知れぬ覇気が宿っている。あの気配を出していたのは、間違いなくこの幼女だ。


「……『大罪迷宮』〜? それなら、あたしも探してた所なの〜。一緒に探そ〜?」

「あなたも…………探してるー……? ……あはっ」


 ──ゾワッ。

 幼女がどこかバカにしたように笑った──瞬間、覇気が殺気となって辺りに充満した。


「それはダメだよー。何が目的で『大罪迷宮』に行くのか知らないけど──『大罪人』の残した『力』を貰うのは、わたしたちだからさー」

「えっ、と……?」

「だからさー……死んでー?」


 そう言うと幼女は──壺を、火鈴に向けた。


「──水よ渦巻け。ぐんぐん渦巻け。その身を破裂させるほどの回転を続け、目の前の敵を討ち滅ぼせ」

「え──」


 壺の中にあった水がグルグルと渦巻き──強烈な水の渦が放たれる。

 咄嗟に身を転がして、水の渦を避けた──直後、火鈴の背後にあった木々が粉々に砕け散った。


「もー、避けないでよー」


 瞳に殺気を乗せたまま、口元には無邪気な笑みを浮かべる幼女。

 ──速い。それに、強力だ。

 幼女の攻撃を見た火鈴は──自分はヤバい相手に出会ってしまったのかも知れない、と心で冷や汗を流す。


「んー……ん? あなた、そのお腹の模様──」


 今の火鈴の服装は──上半身は胸部をサラシでグルグル巻きにしているだけ。下半身は太ももの半分までしかない短パン。

 露出されている火鈴の腹部を見て、幼女が何かを言おうと口を開け──


「──動くなッ!」

「っ?!」


 背後から聞こえた鋭い声に、火鈴は慌てて振り返った。

 そこには──顔を奇妙な模様の入ったお面で隠した、白いローブに身を包む何者かがいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ