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43話

「……おかしい」


 ──深夜。

 ミリアと見張りを交替した聡太は──違和感を感じたのか、立ち上がって辺りを見回した。


「なんで、何もいない……?」


 いつもなら、一回の見張りの間に二回はモンスターの気配を感じるはずだ。

 だが──何も感じない。


「──はぁぁぁぁ…………!」


 ──ドクン、ドクンッ、ドクンッ! ドグンッ! ドッグンッ!

 【憤怒に燃えし愚か者】の発動──それにより、聡太の【気配感知“広域”】が一時的に【気配感知“神域(しんいき)”】へと昇華する。


「ふぅ………………大丈夫……もう呑まれない」


 パルハーラを討伐してから、怒りを確実にコントロールできるようになった。

 集中を深め、【気配感知“神域”】で近くの気配を探るが──何もいない。


「……そういえば……」


 『シャイタン大峡谷』から『地精国(ちせいこく) アーダンディルグ』に向かう途中も、モンスターに遭遇する回数が少なかった。

 その事を思い出し、聡太が怪訝そうに眉を寄せた。


「……モンスターの数が少ないのか……?」

「ぅ…………ふぁ……?」

「ん。起きたのか、ハピィ」


 『アーダンディルグ』で買った寝袋から出てくるハルピュイアが、眠たそうに目元を(こす)る。


「んー……? あれ、ソータ。赤い模様があるよー? どうしたのー?」

「ああいや……何でもない」


 不思議そうなハルピュイアの言葉を聞き、聡太が【憤怒に燃えし愚か者】を解除しようと──して。

 スッと、赤い瞳を細めた。


「これは……」

「ソーター? どうしたのー?」


 【気配感知“広域”】の効果範囲は、半径五百メートル。直径にして約一キロ。

 それに対し、【気配感知“神域”】の効果範囲は──半径一キロ。直径にして二キロ。

 その【気配感知“神域”】──の端っこ。

 効果範囲のギリギリに──モンスターの気配を感じた。


「なん、だ……これ……?!」


 驚愕したように目を見開き、唇を震わせる。

 【気配感知“神域”】の効果範囲ギリギリに引っ掛かったモンスターの気配──およそ数千。

 だが──全く動く気配はない。

 例えるのなら、まるで──誰かの指示を待っているかのような……?


「そ、ソーター? どうしたのー?」

「……モンスターだ」

「モンスター? ……えー? どこにもいないよー?」


 きょろきょろと辺りを見回し、不思議そうに首を傾げる。


「……妙だな……」

「ねーソーター。ハピィにも教えてよー」

「モンスターがいる。それも、何千って規模だ。今の所、こっちに向かってくる様子はないが……いつ襲ってくるかもわからない。今日は一緒に見張りをするぞ」

「おー。わかったー!」


────────────────────


 ──結局、モンスターが襲ってくる事はなく、一週間が過ぎた。


「……何だったんだ……?」


 エルレッドの店を目指しながら、聡太は一人そんな事を呟いた。

 とりあえず、ミリアたちにはモンスターに気を付けるように言ってから『地精国』に来た。

 何かあったら【蒼炎魔法】の蒼龍を飛ばせと言っているから、大丈夫とは思うが……


「とりあえず急ぐか」


 足早にエルレッドの店を目指し──ふと、国内が騒がしい事に気づいた。

 いや……騒がしいというより、怯えていると言う方が正しいだろう。

 少しだけ歩くスピードを落とし、近くにいる『地精族(ドワーフ)』の話に耳を澄ませた。


「──国の近くに、モンスターの大群がいたんだってな」

「らしいな……しかも、騎士団が近づいても襲って来なかったんだろ?」

「ああ……まあ、近づき過ぎるとさすがに襲ってきたらしいけど」


 ──『アーダンディルグ』の住人も、近くにモンスターの軍勢が来ている事に気づいているようだ。

 そうこうしている内に──エルレッドの店に着いた。

 石造りの扉を開け──そこにいた予想外の人物の姿に、聡太が驚いたような表情を見せた。


「おっ……ようやく来たな、若造」

「ひっひひひひひひっ……久しぶりだなぁ、ボウズぅ……」

「エルレッド……と、エルグボルグ……?」


 何故か、エルグボルグの姿があった。

 不思議そうにエルグボルグを見つめる聡太……と、そんな聡太を見て、エルレッドが口を開いた。


「若造、ワシの名前は覚えているか?」

「……? エルレッドだろ?」

「ひっひひ……ボウズぅ、おれの名前はぁ?」

「エルグボルグ……」

「うむ……家名は覚えているか?」

「家名? …………あ」


 エルレッド・ローガルド。

 エルグボルグ・ローガルド。

 まさか、この二人は──


「ようやく気づいたか……」

「おれらぁ兄弟なんだよぉ。ひひひっ」

「何つーか……全く似てないよな」

「よく言われる」

「あぁ。言われるなぁ」


 茶髪のエルレッドが苦笑を浮かべ、白髪のエルグボルグが不気味に笑う。


「いや。別にあんたらの兄弟事情はどうでもいいんだよ。それより、頼んでた物はできてるか?」

「もちろんだ。少し待ってろ」


 そう言って、エルレッドが店の奥へと消えて行った。

 隣に立っていたエルグボルグも、不気味に笑いながらフラフラと歩き──近くに置いてあった大きな袋を手に取った。


「ひっひひひひっ! 自分で言うのも何だけどよぉ、これぁ過去最高傑作だぜぇ?! やっぱおれぁ、武器製作より防具作る方が得意だなぁ! ひひひひひひっ!」

「そ、そうか……」

「加工するのぉ大変だったんだぜぇ?! わけわかんねぇ物質だったからよぉ!」

「……なら、どうやって加工したんだ?」

「ひひひひひひっ! それぁ企業秘密ってやつだぁ」


 見た事のない物質を、それでも防具に加工するその実力。

 なるほど、エルレッドの言う通り──天才だ。


「相変わらず、自分の仕事内容は教えないんだな。まさか、人には言えないような事をしてるんじゃないだろうな、エルグ?」

「ひひひっ。冗談きちぃぜアニキぃ」


 エルレッドが店の奥から、真っ黒な鞘に収められた刀を持ってくる。


「受け取れ。お前さんの要望には応えたつもりだ」

「ありがとう」


 エルレッドから刀を受け取り、柄を握ってゆっくりと引き抜いた。

 ──朝焼けのように綺麗な緋色の刀身。鍔は真っ赤な桜の形。

 『桜花』と同じ質量、同じ長さ、同じ感触だ。


「……完璧すぎる」


 無意識の内に、そう漏らしていた。


「ソイツの名前は……そうだな──『紅桜(べにざくら)』なんてどうだ?」

「『紅桜』……」


 見る者を惹き付ける不思議な刀に、聡太は完全に釘付けにされている。

 そんな聡太の意識を現実に引き戻したのは──不気味な笑い声だった。


「ひっひひひひ。オリハルコンの刀かぁ……腕は衰えてねぇようだなぁ、アニキぃ?」

「お前と一緒にされては困る」

「ひでぇ言いぐさだなぁ──これを見ても同じ事が言えっかぁ?」


 そう言って、エルグボルグが大きな袋をひっくり返した。

 ──ガラァン! と独特的な音を立て、中身が床に転がった。

 中から出てきたのは、青色の──いや、(あお)色の防具だ。


「加工したら甲殻の色が変わってよぉ……ひひっ。おもしれぇよなぁ」

「……おいエルグ、これは何の甲殻なんだ?」

「あぁ? このボウズから聞いてねぇのかぁ? 『十二魔獣』の甲殻だぜぇ。とりあえずよぉボウズぅ、装備してみなぁ」

「お、おう」


 緋色の刀を片手に、聡太は床に散乱した防具を手に取った。

 ──軽い。

 白いローブを脱ぎ、試しに腕当てを両腕に付け、刀を振ってみる。

 違和感は全くない。むしろ──不自然なほど、しっくりくる。


「ひひひひひっ……その様子だとぉ、サイズは大丈夫そうだなぁ」

「ああ……」


 付けていた鉄製の防具を外し、碧色の防具を身に付ける。

 ……鉄製の防具よりも軽い。体に吸い付くようなフィット感がある。まるで、体の一部になったようだ。


「ソイツの名前ぁ……『碧鎧(へきがい)』なんて名前ぁどうだぁ?」

「『碧鎧』か……」


 ベルトで防具を固定し、その場で飛んだり跳ねたりして外れない事を確認する。


「スゴいな……本当に、天才だな」

「ひひひひひひっ。喜んでくれたならぁ良かったぁ」


 にいっと笑うエルグボルグと、どこか満足気なエルレッドに礼を言おうと──して。


『────────ッッ!!』


 ──耳を裂くような警報が鳴り響いた。

 突然の警報に身を固める聡太──と、そんな警報を聞いて、エルレッドとエルグボルグが眉を寄せた。


「避難警報だと……?!」

「オイオイオイ……何があったんだぁ……?」

『緊急連絡っ、緊急連絡! 現在、『アーダンディルグ』にモンスターの大群が進行中! 戦える方は武器を取り、近くにある国の入口に集まってください! 繰り返します! 現在、『アーダンディルグ』にモンスターの大群が──』


 モンスターの……大群……?!


「モンスターの大群だと……?! どういう事だ?!」

「大声出すなよアニキぃ……ちっ……めんどくせぇなぁ……」


 避難に慣れているのか、素早く避難の準備を始めるエルレッドとエルグボルグ。

 ……正直な話、あのモンスターの数は──この国にいる住人が戦ってどうにかなる数ではない。

 モンスターの大群の目的が、この国を攻撃する事ならば──間違いなく、この国は滅ぼされる。


「若造、お前も来い。避難するぞ」

「……………」


 エルレッドの言葉に──聡太は、沈黙を返した。

 ……どうする? 逃げるか?

 聡太の『剛力』を使えば、ミリアとハルピュイアを抱えて逃げられるだろう。

 だが──エルレッドとエルグボルグは?

 コイツらは悪い異世界人じゃない。

 ──見捨てるのか?

 見捨てて良いわけ──ない。


「……ひひひっ。いい顔してるぜぇ、ボウズぅ」

「どういう事だよ……」


 エルグボルグの言葉に苦笑を漏らし──床に置いていた白いローブを羽織った。

 左腰に『紅桜』を下げ、右腰に付けていた『憤怒のお面』を被る。


「俺の事はいいから、あんたらは避難してろ」

「若造……どうするつもりだ」

「モンスターの大群は俺が──俺たちがどうにかしてやる」


 そんな言葉を言い残し、聡太はエルレッドの店を後にした。


「あの若造、正気か……?」

「ひっひひひひひ! 心配ならぁ見に行こうぜぇ? おれもアニキもぉ、誰かに守られるほどヤワな『地精族(ドワーフ)』じゃぁねぇ……だろぉ?」

「……ああ。あの若造を追うぞ、エルグ」

「あぁ。『十二魔獣』を討伐した英雄の力ぁ、見させてもらおうじゃねぇかぁ」


 二本の片手鎚を持つエルレッドと、三ツ又の両手槍を手に取るエルグボルグが、聡太の後を追って駆け出した。

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