41話
「──着いたな」
目の前にそびえ立つ壁を見上げ、五日ほど歩いてようやく着いたという実感と共に、聡太はそんな独り言を漏らした。
──『地精族』の暮らす国、『アーダンディルグ』。
高さ数十メートルはあるであろう石の壁に囲まれたその姿は、まるで要塞のようだ。
「……ミリアの存在がバレる前に、どうにか刀を探さなとな」
ミリアはここから見えない程度に離れた所で待機している。
ハルピュイアはその護衛……というより、付いて来るとうるさいから置いてきた。
「む……そこで止まれ。身分証明ができる物を」
「『ステータスプレート』でもいいか?」
『ステータスプレート』を見張りの男に手渡し──何やら男が首を傾げた。
「フルカワ・ソータ……? 奇妙な名前だな」
「失礼だな」
「この『勇者』というのはなんだ?」
「高難易度なモンスターの討伐を中心に活動してる奴の事だよ。最近『人類族』で新しく作られた職業だから、こっちには伝わってないのかもな」
さらっと頭の悪い嘘を言うが、『地精族』の男は納得したように聡太へ『ステータスプレート』を返した。
「では、入国料を払ってもらおうか」
「ん。いくらだ」
「銀貨五枚だ」
バックパックから銀貨を取り出し、見張りの男に手渡した。
現在の聡太は、二つのバックパックを担いでいる。
片方は聡太のバックパック。この中にはお金とフェキサーの甲殻が入っている。
もう片方はミリアのバックパック。こっちにはミリアの採った高く売れそうな草と、聡太のバックパックと同じくフェキサーの甲殻が入っている。
「なあ。この国で一番腕の良い鍛冶師ってどこにいる?」
「鍛冶師……? 何を作って欲しいんだ?」
「武器と防具を作って欲しいんだが」
「武器だったら『武器職人 エルレッド』だな。防具は……正直、製作者によって防具の着心地が違うからな。人による、と言っておこう」
「わかった。ありがとう」
門番の横を通り過ぎ、聡太は『地精国』に足を踏み入れた。
「へぇ……なんかゴチャゴチャしてんな」
『地精国 アーダンディルグ』……不規則に建ち並ぶ建物が雑に入り乱れており、ほとんどの建物には煙突のような物が付いている。
建物の大きさが様々なのは理解できるが……形にも一切の規則性がない。三角形やら四角形やら、さらには円形の建物も存在している。
「意味わからん……何がどうなってんだ……?」
何より意味がわからないのは、浮いている建物があるのだ。
もう理解する事を放棄した聡太は──とりあえずバックパックの中身を売るために、近くの店に足を踏み入れた。
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「──全部で、魔金貨五十枚になります」
ミリアのバックパックの中身は、魔金貨五十枚になった。
フェキサーの甲殻が予想以上に高く売れたようだ。
「……なあ、この国で一番腕のいい武器職人って誰だ?」
「武器職人ですか? そうですね……エルレッドさんじゃないですかね。この店の正面の通りを南に進めば見つかりますよ」
「そうか……ありがとな」
「またのご来店をお待ちしております」
『地精族』の女性に礼を言い、今度はエルレッドという武器職人の店を目指して歩き始める。
門番の男と今の女性が勧めるのだ。よほど腕の良い職人なのだろう。
「『武器職人 エルレッド』の店か……」
──案外、すぐに見つかった。
他の建物に比べて、一回りも二回りも大きな建物……看板にも、エルレッドという名前が書いている。
真っ直ぐに建物へ向かい、石造りの扉に手を掛け、聡太は一気に扉を開けた──
「誰もいないな……留守か……?」
扉を開けた先には──誰もいなかった。
店の中に足を踏み入れ、辺りを見回す。
無造作に置かれているタルの中に、様々な武器が突っ込まれている。
一応、武器の種類ごとに分けられているようだが……どうも雑に見えてしょうがない。
「それに……」
近くにあったタルから刀を手に取り、柄を握って刀を抜いた。
……確かに、素晴らしい刀だ。おそらく、かなりの業物だろう。
だが……『桜花』に比べれば、どうしても見劣りしてしまう。
「………………ほう。ここに『人類族』が来るとは珍しい」
店の奥から、声が聞こえた。
手に取った刀をタルに戻し、聡太は声の主に視線を向けた。
「あんたがエルレッドか?」
「おう。ワシがエルレッドだ」
そう言って聡太たちの前に現れたのは──茶髪の男だった。
身長は聡太よりも低い。おそらく、ハルピュイアよりも低いんじゃないだろうか。
だが、茶色の髭を伸ばした老け顔は、勇輝と同じくらい厳つい。
立て潰れしている体には、その小柄な体に似合わぬ筋肉が付いている。
この男がエルレッド……この国一番の武器職人か。
「お前さんみたいな若造がここに来るとは珍しいな。何の用だ?」
「武器を作ってほしい。刀だ」
「刀……? 刀ならそこに突っ込んであるだろう。そこから好きに選べ」
刀の入ったタルを指差し、エルレッドが再び店の奥に行こうとする。
「刀を作ってくれ」
「……あのな、ワシも暇じゃないんだ。お前さんみたいな若造なら、そこにある刀で充分だろう」
「刀を、作ってくれ」
「…………しつこい奴だな。そこまで言うのなら、金はあるんだろうな?」
バックパックを下ろし、中から革袋を取り出す。
「この中の金なら、全部貰ってくれても構わない」
《百の眼を持つ魔獣》の甲殻とミリアの採った草を売って得た金──の半分、魔金貨二十五枚を差し出す。
革袋の中を見たエルレッドは──フンと鼻を鳴らし、革袋を手に取った。
「……まあ、いいだろう」
「作ってくれるのか?」
「お前さんが頼んで来たんだろうが……まあ、予約が埋まっているから、お前の刀を作るのは後回しだがな」
「後回しって……どのくらい後なんだ?」
「そうだな……半年は後だな」
──え?
「は、半年? そんなに後なのか? もうちょっと早くなったりは──」
「なるわけないだろう。自分でいうのも何だが、ワシはそれなりに腕利きの武器職人だからな」
再びフンと鼻を鳴らし、空となった革袋を返してくる。
「半年……半年って……」
「どのような長さが良いとか、何か要求はあるか?」
「……ああ。ちょっと待ってくれ」
バックパックの中から折れた刀身を取り出し、腰に差しているだけとなっていた『桜花』の柄と一緒に手渡した。
「形や長さはそれと同じで。できれば、その刀以上の強度をお願いしたい。できそうか?」
「……………」
返事がない。
どうしたんだ? と聡太が首を傾げ……エルレッドの目が、大きく見開かれている事に気づく。
「……若造、これはどこで手に入れた?」
「手に入れたっつーか……『イマゴール王国』で貰った」
「『イマゴール王国』か……おい若造、ここに書いてある文字が読めるか」
そう言ってエルレッドが指差したのは──『桜花』の刀身に刻まれている、薄くて細い文字だった。
「そんな所に文字とかあったのか……えっと……バルトナ・ローガルド……?」
「知らないか。まあ無理もない」
どこか興奮したような様子で、エルレッドが続けた。
「バルトナというのは、伝説の武器職人の名前だ。『大罪人』と呼ばれた七人の『人類族』にも武器を作ったと言われている」
「へぇ……あ」
後ろ腰に差していた『黒曜石の短刀』を抜き──その真っ黒な刀身に、『桜花』と同じ文字が刻まれているのを見つけた。
これもバルトナって奴が作ったのか……そんな事を考えていると、エルレッドが予想外の事を口にした。
「……良いだろう。お前さんの武器、ワシが今から作ってやろう」
「い、いいのか? 半年の予約は?」
「滅多に見られないバルトナ様の武器を見せてもらった礼だ。それに……」
折れた刀身と『桜花』の柄を見て、エルレッドが優しく微笑んだ。
「……武器が叫んでいる。離れたくないと、まだ戦えると」
「─────」
「かなりの死線を共にくぐり抜けたんだろう。お前さんはコイツを頼りにしていたんだな」
優しい微笑から一変、キッと表情を引き締める。
「コイツはミスリルで作られている。ミスリルは世界で最も固い鉱石だ。ワシもミスリルより固い鉱石は知らん」
「……って事は、新しい刀もミスリルで作るって事か?」
「違う。ミスリルは最も固い天然の鉱石だ」
近くにあった棚へと近づき、何やら美しい金属を持って来た。
「……それは?」
「ミスリルを加工し、より固さを追求した超特殊合金──オリハルコンだ」
緋色に輝く金属の存在感に、思わず聡太の視線が釘付けになる。
「お前さんの刀を作るのに……そうだな……一週間は掛かるだろう」
「一週間……まあそんなもんか」
「……一つ聞きたいんだが、どうやったらミスリルで作られた刀が折れるんだ? よっぽど無理な使い方をしたのか?」
「んや。『十二魔獣』と戦ってたら折れた」
一瞬だけ沈黙し──エルレッドがバカ笑いを始めた。
「はっははは! お前さんのような若造が『十二魔獣』と戦った、しかも生きてるなんて誰が信じると思った? 嘘を言うなら、もう少しマシな嘘を言え」
「……まあ、信じないなら信じなくて良いけどよ。とりあえず、刀の製作は任せるぞ」
「おうよ、久しぶりに面白そうな依頼だ。エルレッド・ローガルドの名に懸けて、最高の仕事を約束するぜ」
「期待しとく。じゃあ、失礼する」
聡太がエルレッドの店を後にしようと──して、振り返った。
「そうだ。防具を作る事はできるか?」
「防具か? ……いや、ワシは武器以外は専門外でな」
「そうか……」
「だが、最高の防具職人なら知ってるぜ」
ニッと、エルレッドが悪ガキのような笑みを見せた。
「……ソイツは、どこにいる?」
「この国の東端──そこに、エルグボルグという鍛治職人がいる」
「エルグボルグ……」
「ああ。アイツは金さえあればどんな仕事でもこなす天才だ。まあ、武器製作の腕はワシに劣るがな」
「東端のエルグボルグ……わかった。ありがとう」
「おう」
エルレッドに礼を言って、聡太はエルグボルグの店を目指した。