40話
「──うわ……」
扉を開けた先は──ぐちゃぐちゃだった。
よく見れば、床の上には骨が転がっている。
おそらく、ここにいた『大罪人』の骨だろう。
「……誰がこんな事を……」
この『大罪迷宮』は、たった二層しか存在しない。
つまり──最初の階段を下りた所が、この『大罪迷宮』の試練の場所だったのだろう。
だが……何者かによって『大罪迷宮』が壊され、試練もめちゃくちゃにされている。
「……まあ、どうでもいいか」
考えるだけ無駄だと判断し、聡太は何か落ちていないか探索を始めた。
「チッ……『剛力』」
『剛力』を発動させ、落ちている瓦礫を力任せに退かす。
しかし……何もない。
それもそうか。聡太だって『大罪迷宮』にあった手記を持ち出しているし……聡太より前にこの『大罪迷宮』を攻略した者が、ここに残されていた何かを持ち出している可能性も高い。
「無駄足だったか……?」
ガシガシと頭を搔き──もう一度、室内を見回した。
……何も残っていない。間違い無く、先を越された。
仕方がない。次の目的地を決めるか。
刀を直すために近くの国に行くか、先に勇輝たちの元に帰るか……ミリアたちと話して決めないと。
「……戻るか」
折れた『桜花』の刀身を片手に、聡太はミリアたちの元へと引き返した。
────────────────────
「もうっ、一人でどこに行ってたんですか?!」
起きていたミリアが、戻って来た聡太に怒ったような言葉を飛ばす。
「悪い。少し気になる事があってな」
「それなら、私を起こしてください! ソータ様はケガをしてるんですよ?! 何かあったらどうする気ですか?!」
お前は俺の親かよ──そう言いたくなったが、言ったら間違いなくまた怒らせてしまうので黙っておく。
「まったく……確かにソータ様は強いです。『十二魔獣』も単独で討伐できるほどの力を持っているのは事実です。ですけど、だから心配しないって話ではないんですよ? ソータ様だって生き物なんです。痛いのは痛いし、死ぬ時は死ぬんです。もっと自分を大切にしてくださいっ」
「……ああ。これからは気を付ける」
「そうしてください……それで、何をしに行ってたんですか?」
言いたい事を言って満足したのか、ミリアは聡太がどこに行っていたのかを問い掛ける。
「ん。フェキサーは空から降ってきただろ? でも、空を飛ぶような魔獣じゃなかった……だから、どこから襲ってきたのか考えてたんだよ」
「なるほど……何かわかりましたか?」
「フェキサーが隠れていた洞窟があってな……その中に『大罪迷宮』があって──」
「まさか、一人で潜ったんですか?!」
声を荒らげるミリアに、聡太は無言で頷いた。
「はぁ……そこについては、後でゆっくり話し合いましょう。それで、どうでしたか?」
「先を越されていた。俺らより前に、誰かがここの『大罪迷宮』を攻略してたみたいだ」
「そうだったんですか……」
「……なぁミリア、何か違和感を感じないか?」
「違和感……ですか?」
聡太の問いに、ミリアが首を傾げる。
「『大罪人』ってのは、この世界では悪人なんだろ? そんな奴が眠る隠れ家を、自分の命を懸けてまで攻略しようとするか?」
「確かに……という事は、ソータ様と同じ、勇者の方が……?」
「俺もそう考えたんだが……そしたら、別の謎が出てくる」
「別の謎……ですか?」
「ああ──俺たちは『十二魔獣』を討伐するためにこの世界に召喚された。だったら、ここにいたフェキサーは、勇者の奴らに討伐されてないとおかしいんだよ」
聡太たち十二人は、『十二魔獣』を討伐するために召喚された。
ここにいたフェキサーは……あの洞窟に棲み着いていると考えられる。
つまり──勇者がフェキサーを討伐しているか、逆にフェキサーが勇者を殺しているか……どちらかじゃないとおかしい。
だが、フェキサーは討伐されていない──のに、『大罪迷宮』は攻略されていた。
という事は、つまり──
「……勇者ではない誰かが、フェキサーがここに来る前に『大罪迷宮』を攻略した……って事ですか?」
「その可能性が高いと思ってる……そして、この『大罪迷宮』を攻略して得る事ができた『力』は──」
あくまで、聡太の推測でしかないが──
「──『十二魔獣』のような化物を造る『力』だったと思ってる」
「化物を、作る……?!」
「まあ、俺の推測でしかないけど……理由を聞くか?」
ぶんぶんと首を縦に振るミリア。
「まず、なんで『十二魔獣』は『魔族』を半数だけ殺した? アイツらは獲物を殺すまで戦う化物だ。なら、『魔族』は『吸血族』みたいに絶滅してるか、逆に『十二魔獣』が返り討ちにあってないとおかしい」
「……言われてみれば、確かに……だとしたら何故『魔族』は半数だけ殺されたんですかね?」
聡太が考える限り、『魔族』が半数だけ殺された理由は二つ。
聡太たちがこの世界に召喚されたように、『十二魔獣』も別の世界から召喚され、そのための生贄になった。
もしくは──
「……生き物と生き物が合体して生まれたのが『十二魔獣』だったら?」
「なっ……?!」
「『魔族』と『魔族』を融合させて、強力な化物が生まれるまでそれを続ける……とかな」
「でも……それだと、残された半数の『魔族』が、どういう理由で生かされたのか……」
「ああ、それがわからない。まあ、全部俺の推測だから、当たってない可能性の方が高いけどな」
バックパックを担いで、フェキサーの死骸に近づく。
「ミリア、とりあえずフェキサーの甲殻を拾うぞ。売れば高くなりそうだし、俺の防具にもなりそうだ」
「……はい」
──頭の回転が速すぎる。
様々な推測を口にした聡太に、ミリアは密かに驚愕していた。
もしも聡太の推測が当たっていたら。あの化物が造り出された生物だったら。
──倒すべき相手は、別にいる?
「……そう言えば……ソータ様、体の調子はどうですか?」
「正直しんどい。やっぱり『十二魔獣』は化物だな」
「動いて大丈夫なんですか?」
「軽くなら、な。けど……今の状態で『十二魔獣』と戦えって言われたら、無理だ」
聡太の言葉に、ミリアが悩むように眉を寄せる。
数秒ほど二人の間に沈黙が流れ──意を決したように、ミリアが口を開いた。
「ソータ様。今日中に近くの国を目指して出発しましょう」
「ああ、俺もそれが良いと思ってる。だが……」
甲殻を拾いながら、聡太が言葉を止めた。
「一番近くの国が『地精族』の国だから、躊躇してるんですか?」
「……ああ」
ミリアの言葉に、聡太は素直に頷いた。
──『森精族』と『地精族』は仲が悪い。
何が原因かはわからないが、昔から不倶戴天の敵同士なのだとか。
そんな所に『黒森精族』のミリアを連れて行けば……どうなるかわからない。
『地精族』の国の近くを『森精族』が通るだけで攻撃される事だってあるらしいのだ。
「はぁ……私の事は気にしないでください。今は、ソータ様のケガを治す事が最優先です。ソータ様が治療している間、私は国外にいても──」
「ダメだ」
「……なんでですか?」
「お前を一人にはできない。もしかしたら、『十二魔獣』が現れるかも知れない。他種族に襲われるかも知れない……だから、ダメだ」
拾えるだけ拾ってパンパンになったバックパックを背負い、聡太がミリアを正面から見据えた。
「俺の武器と防具を作ってもらうために『地精族』の国に行く。今から向かえば……五日くらいで着くだろ。んで、武器と防具を作ってもらう間に国外で体を休める。それぐらい時間があれば、俺の体も治るだろ」
「……そうですね。では、そうしましょう」
言葉はいつも通りを装っているが、ミリアの顔には笑みが見られる。聡太から一人にできないと言われて嬉しいのだろう。
「よし。甲殻も拾えるだけ拾ったし、行くか」
「はい!」
眠っているハルピュイアを起こし、聡太たちは『地精族』の暮らす国を目指して歩み始めた。




