39話
『──使いこなせるようになったんだな』
聡太の目の前に座る赤髪赤瞳の男が、どこか感心したような感情を含む笑みを見せた。
──どこまでも続く赤い空間。
聡太は、そんな空間に立っていた。
「……まあ、ギリギリだけどな」
特に驚いた様子もなく、男と向かい合うように座り、聡太が苦笑を浮かべる。
『しっかし、まさかこんなに早く使いこなせるようになるとはなぁ……正直、もっと掛かると思ってたぜ』
「……………」
『にしても、あんまりこの【技能】は連続使用しない方がいいぞ? 使った後の倦怠感がヤバイだろ? 最初は少しずつ──』
「なぁ」
ペラペラと話を続ける男の言葉を遮り──聡太が問い掛けた。
「──お前の名前、ユグル・オルテールか?」
聡太の言葉に、男が驚いたように目を見開き──ニイッと笑みを深めた。
『……よくわかったな』
「まあ……何となく、だけどな」
初めて【憤怒に燃えし愚か者】に呑まれた時、この赤い男と──ユグル・オルテールと出会った。
この【技能】は、怒りに反応して発動する【技能】──つまりは『憤怒』だ。
『大罪迷宮』の一番下の層にあった手記に、ユグル・オルテールは『憤怒』の『大罪人』と書かれていた。
『憤怒』に支配されている状態で出会える人物──そんなの、ユグル・オルテール以外に考えられない。
……まあ、実際はほとんど勘だったのだが。
『んじゃ、改めて自己紹介するか』
スッと赤い瞳を鋭く細めて、男が自己紹介を始めた。
『俺の名前はユグル・オルテール。『憤怒』の『大罪人』だ』
コイツがユグル・オルテール。
魔王に致命傷を与えた英雄で──その後、妬みや羨みから『大罪人』へと成り下がった者。
『俺の【大罪技能】を使う者よ。お前の名は?』
「古河 聡太。高校生だ」
…………?
『フ、フルカワ・ソータ……? 変な名前だな……ってか、コウコウセイって何だ?』
「こっちのセリフだっての。【大罪技能】ってなんだよ」
互いに言っている事に首を傾げ──聡太から説明を始めた。
「俺は……何て言うかな……別の世界からこの世界に召喚された勇者だ。『十二魔獣』っていうヤバイ魔獣を討伐する事を目標に行動している」
『はー……別の世界からねぇ……』
「ん。ちなみに、お前の残した【特殊魔法】を使わせてもらってる」
『おっ。って事は、俺の隠れ家に辿り着いたのか』
興奮した様子のユグルに、聡太は無言で頷く。
『はー! あの魔法スゴいだろ?! あれ、リーシアと一緒に考えて作ったんだよ!』
「お、おう……」
『でよー、俺とリーシアが必死になって【特殊魔法】を作ってたら、ディアボロがいっつも暇とか言って暴れ始めてさー。ほんと、フィオナとルーシャが止めてくれなきゃどうなってた事か──』
楽しそうに話すユグルの姿に、聡太は相槌を打つ事しかできない。
『──おっと、話が逸れたな。んじゃあ【大罪技能】の説明をしようか』
「ああ、頼む」
『おうよ……って言っても、そこまで教える事はないけどな』
ようやく興奮が冷めたのか、先ほどよりも落ち着いた様子で話し始める。
『【大罪技能】ってのは、俺たち『大罪人』が使えた【技能】の事だ。俺の場合は【憤怒に燃えし愚か者】が使えたから『憤怒』の『大罪人』って呼ばれてた』
「なるほどな……ああ、聞きたい事があるんだけど、いいか?」
『んあ。俺に答えられる事だったらな』
「んじゃ遠慮なく聞くけど──他の『大罪迷宮』はどこにある?」
聡太の問いに、男は形の良い眉を寄せた。
『……『大罪迷宮』ってのは、俺たち『大罪人』の隠れ家って認識でいいんだよな?』
「ああ」
『そうか……思い出すから、ちょっと待て』
顎に手を当て、考え込むように瞳を閉じる。
数秒ほど沈黙が赤い空間を包み──ユグルがゆっくりと瞳を開いた。
『……『色欲』のリーシアは『フリード噴火山』に。『強欲』のガルドールは『シャイタン大峡谷』に。『嫉妬』のアルバトスは『フォルスト大森林』に。『怠惰』のフィオナは『オルフォルド大神殿』に。『暴食』のルーシャは『迷子の浮遊大陸』に。そして、『傲慢』のディアボロは『リーン海底神殿』だ』
「『フォルスト大森林』に……『リーン海底神殿』……?」
『行っとくが、『リーン海底神殿』に行くのは無理だぜ? 生身の人間じゃ、辿り着く事すらできねぇ』
『フォルスト大森林』に『大罪迷宮』があるのでは? という話は本で読んだ。
だが……『リーン海底神殿』というのは初めて聞いた。
他の『大罪迷宮』は、本に書いてあった場所の通りと思っていいだろう。
「その……『フォルスト大森林』の『大罪迷宮』はどこにあるんだ?」
『さあな。具体的な場所はわからねぇけど……多分『森精族』に匿ってもらってただろうから、『森精族の里』の中じゃないか?』
「『森精族』に?」
『ああ。アルバトスは『森精族』と仲が良かったからな』
ユグルの言葉に、聡太は首を傾げた。
──グローリアの話だと、『大罪人』には居場所が無かったらしい。
なのに──『嫉妬』のアルバトスは、『森精族』と仲が良い?
……謎が深まるばかりだ。
『ま、次に行くんなら『フリード噴火山』がいいかもな。リーシアが援護系の【特殊魔法】を残してるはずだ』
「……なら、今ここでお前が教えてくれりゃいいんじゃねぇのか?」
『ダメだ。ちゃんとリーシアの所に行って【特殊魔法】を習得してくれ』
一瞬で拒否され、聡太が言葉に詰まる。
『『大罪迷宮』ってのは試練だ。俺らの残した【特殊魔法】を使うに相応しいか、俺らの残した情報を得るに相応しいか……それを見極めるための試練だ』
「……不正はするな、って事か」
『ま、そういう事だ。悪いな、ちゃんと『大罪迷宮』を攻略してくれ』
そう言って──パチンッ! とユグルが指を鳴らした。
瞬間、赤い空間が音を立てて崩れ始めた。
『やっと【大罪技能】を使いこなせるようになったみたいだからな……ようやく強制退出ができるようになったぜ』
「なっ──」
ボロボロに崩れ落ちていく空間。
現実世界に戻る前、聡太が見たのは──ユグルの笑みだった。
『──願わくば、汝がこの力に頼らない事を』
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「──ぁ………………ああ……」
──全身が痛みの合唱を始める。
内臓が激痛の絶叫を上げ、右胸部にも鋭い痛みが走った。
貧血のような症状と、強烈な吐き気が聡太を襲い……起き上がるまでに、多くの時間を必要としてしまった。
痛みに我慢して無理矢理体を起こし──聡太の両隣で眠る二人の少女を見つけた。
「ミリア……ハピィ……?」
眠る少女たちから返事はない。
……早朝だろうか。朝日が射しているが、少し肌寒い。
少し遠くに視線を向けると──フェキサーの死体が放置されている。
中の肉体はなく、頑丈な甲殻しか残っていない。
「そうだ……フェキサーを殺して……」
また気絶したのだろうか。
震える足でどうにか立ち上がり、フェキサーの死体──の近くにある銀色の破片に近づいた。
「……悪いな。俺が乱暴に使ってたから……」
折れた『桜花』の刀身を拾い上げ、思わず謝罪を口にする。
ミリアに『桜花』の柄と鞘を渡したが、ちゃんと持っているだろうか。
そんな事を思いながら、聡太はフェキサーの甲殻を拾い上げた。
「……軽い……のに、あの強度か……」
まるで羽のような軽さだ。これだけ軽いなら、フェキサーがあれだけ俊敏に動けていたのも納得だ。
「売ったら高そうだし、持って行けるだけ持って行くか」
加工してもらって、聡太の新しい防具にするのもいいかも知れない。
今付けている鉄製の胸当てや膝当て、肘当てや脛当てだけでは……『十二魔獣』が相手だと、正直防御性能はゼロに等しい。
バックパックを取りに戻り──ふと聡太は、疑問に気づいた。
──《百の眼を持つ魔獣》は、どこから襲ってきた?
「…………上……?」
そう。フェキサーは上空から降ってきた。
だが、空を飛べるとは思えない。
フェキサーの降ってきた場所を探し──何やら、地上から数百メートル離れた所に、洞窟のような穴があるのを見つけた。
「あそこから降ってきたのか……『剛力』」
筋力を底上げし──跳ぶ。
その際に生じた衝撃で、聡太の全身が激痛を訴えるが──歯を食い縛って我慢し、フェキサーの降ってきた穴に着地する。
「“光よ宿れ。我が望むは見通す力”『ライト・インサイト』」
暗視効果のある魔法を使い、洞窟の中を見回す。
……かなり広い。フェキサーの巨体でも、余裕で入れるほどに。
「……ん…………階段……?」
洞窟の奥──そこに、下へと続く階段があった。
──『大罪迷宮』への入口だと、直感で理解した。
ミリアたちを起こすか考えるが……とりあえず様子だけ見て判断しようと思い、聡太は下への階段を歩き始める。
「……これは……」
階段を下り終えた先の光景を見て、聡太は固まった。
──ボロボロだ。
壁も、床も、天井も──何もかもが、ボロボロに壊されている。
フェキサーがやったのだろうか。いや、フェキサーの巨体では階段を下る事はできないだろう。
という事は──
「誰かがここに来た……」
『大罪迷宮』を好んで攻略しようとする奴なんて……そうそういないだろう。
『大罪人』は、異世界人にとっては悪人だ。
そんな奴らが眠る『大罪迷宮』なんて、攻略しようと思わないのが普通だ。
だとしたら──勇輝たちか?
可能性としてはあり得ない話ではない……だが、ここまで迷宮をボロボロにする必要はあるだろうか?
「……勇輝たちじゃない、別の誰か……」
──そもそも、フェキサーはなんでここにいた?
テリオンは『森精族』を殺すため、パルハーラは『獣人族』を殺すために行動していた。『吸血族』を滅ぼしたヘルムートもだ。
だが──フェキサーはここにいた。それも、近くの国へ移動している最中ではなく、この洞窟の中にいた。
そう、まるで──『大罪迷宮』を攻略しに来た者を殺すための門番のように。
「……『大罪迷宮』を攻略させないために、ここにいた……?」
聡太がユグルの『大罪迷宮』で得た【特殊魔法】は、『十二魔獣』すらも討伐する事ができる強力な魔法だ。
その力を渡さないために──門番として立っていたのか?
否、『十二魔獣』に知性なんてない。奴らにあるのは、獲物を殺すという本能だけだ。
「……また、下への階段」
考えれば考えるほどわからなくなる状況……だが、一つ言える事がある。
『魔族』と『十二魔獣』は──裏で繋がっている。
『吸血族』はヘルムートによって滅ぼされた。『獣人族』だって、滅ぼされる寸前だったと言えるだろう。
なのに──『魔族』は半数だけ殺された。
アイツらは獲物の命を狩り取るまで戦う、殺戮の魔物だ。
そんな化物が、半数だけ殺して残りは見逃した──なんて、あり得るだろうか?
「ん──」
下への階段を下ると──扉があった。
だが──迷宮の内部と同様、ボロボロだ。
「……………」
後ろ腰に『黒曜石の短刀』がある事を確認し、聡太は目の前の扉を開けた──




