37話
「はぁ──『蒼熱線』ッ!」
聡太の手に蒼い魔法陣が浮かび上がり、そこから蒼い熱線が放たれる──恒例になりつつある、先手必勝『蒼熱線』だ。
渦巻く熱線が空気を裂き、フェキサーを焼き殺さんと迫るが──素早く横に移動し、フェキサーが熱線を回避する。
聡太の『蒼熱線』は避けられた──はずだった。
「おっ──ぉおおおおおおおおおおッッ!!」
手を水平に動かし、蒼い熱線がフェキサーの後を追い掛ける。
それはまるで、蒼い熱線の剣だ。
「そ、ソータ様!」
「あ? ──あ」
放たれた熱線は谷底の土壁を深々と抉り取り──ほんの僅かだが、『シャイタン大峡谷』が傾いた。
そう、忘れてはいけない。ここは谷底。聡太の超火力魔法を使えば──簡単に生き埋めになってしまう。
「チッ……それなら──『水弾』ッ!」
虚空にいくつもの魔法陣が浮かび上がり──そこから水で作られた弾丸が勢いよく射出される。
フェキサーの体に向かって水の弾が放たれるが──キィン! と、音を立てて弾き返された。
「んなっ……?! そんな簡単に弾かれるのかよ……!」
──『蒼熱線』は避けたのに、『水弾』は避けなかった。
威力の問題か? それともパルハーラと同じく炎が苦手なのか? というか、何故コイツは攻撃してこない?
いつでも魔法を発動できるように構えたまま、聡太は思考を加速させ──
──キィィィィィ……
──聡太の意識を現実に引き戻したのは、そんな甲高い音だった。
見れば、フェキサーの眼に……何やら熱い光球が浮かんでいる。
あれはなんだ? そう思う前に──フェキサーが光球から熱線を放った。
光球は、フェキサーの眼一つにつき一球ずつ浮かんでいる。
そんなフェキサーの体には……百個ほどの眼が付いている。
迫るレーザーの数──およそ百。
全身に付いた眼からレーザーを放つフェキサー。その内のいくつかのレーザーが聡太たちに迫り──
「『第三重反射結界』っ!」
聡太たち三人を囲うように、赤黒い結界が現れた。
一発二発は簡単に屈折させるが……何十発という数の暴力を前に、少しずつ押され始める。
「くっ──『第四重絶対結界』っ!」
フッと赤黒い結界が消え──すぐさま緑色の結界が張り直される。
何十発というレーザーが結界に激突するが──ビクともしない。
──『第四重』は『第三重』のように『跳ね返す』という特殊な力こそ持っていないが……単純な耐久力ならば、『第三重』を大きく上回る。
「チッ……! 眼からビームとかマジかよ……!」
「そ、ソーター……」
「クソっ……! ミリア、まだ大丈夫か?!」
「もちろんっ、ですっ!」
額に汗が浮かんでいるが、まだミリアの顔には余裕が見られる。
──と、フェキサーがレーザーを放つのを止めた。
それと同時にミリアが結界を消し──聡太が『桜花』を抜き、背負っていたバックパックを下ろして叫んだ。
「ハピィ!」
「おー!」
「『剛力』ッ!」
「【豪脚】、【硬質化】──【瞬歩】っ!」
聡太が足に力を込め──脚力を爆発させてフェキサーとの距離を詰める。
ハルピュイアが自身の足を銀色の装甲で覆い──【技能】を使ってフェキサーとの距離をゼロにした。
「とりゃー!」
「はぁ──ッ!」
ハルピュイアの蹴撃がフェキサーを襲い──鈍い音を響かせ、フェキサーが吹き飛んだ。
砂煙を上げながら転がるフェキサー──『剛力』を使う聡太が一気に距離を潰し、勢いのまま刀を振るう。
──キィン! という甲高い音を立てて、『桜花』が弾き返された。
「硬い──!」
距離を取り、刀を正面に構えてフェキサーと向かい合う。
──『剛力』で筋力を底上げした一撃は、フェキサーの甲殻に傷付ける事すらできていない。
あのハルピュイアの蹴りでも、フェキサーの甲殻は傷一つ付いていない。
「いったーい?! カニさん硬ー?!」
【硬質化】しているはずのハルピュイアが、ぴょんぴょんと跳び跳ねて激痛を訴える。
「だったら──!」
左手を上空に向け──詠唱。
「『黒重』ッ!」
不可視の重力が辺りを覆い──グシャッと、フェキサーが地面に沈んだ。
だが──すぐに立ち上がり、凶悪なハサミを聡太に向けてくる。
「チッ……! 『十二魔獣』ってのはドイツもコイツも【特殊魔法】に耐性がありすぎだろ……!」
フェキサーは『黒重』に対抗できるほどの脚力を持っており、パルハーラは『蒼熱線』や『嵐壁』に耐える肉体を持っていた。テリオンはそもそも魔法を無効化していた。
聡太の強みは──【特殊魔法】を乱発できる【無限魔力】だ。
だが……倒さなければならない相手に、この強みが通用しないとなると──頭を使って戦わなければならない。
「────ッッ!!」
「クソ──おらぁッ!」
声にならない雄叫びを上げ、フェキサーが聡太に飛び掛かった。
ゴツい巨体に似合わぬ速度。反射的に刀を振り抜き、フェキサーのハサミを受け止めようと──して。
──パキィンッ!
「ぇ──」
「────ッッ!!」
──『桜花』が折れた。
そう認識した──次の瞬間、フェキサーのハサミが聡太の体を撃ち抜いた。
咄嗟に両腕をXにして防御するが──衝撃に耐えられず、聡太が吹き飛ばされる。
そして──『シャイタン大峡谷』の岩壁に聡太がめり込んだ。
「がふッ──?!」
聡太の口から鮮血が飛び出し──そのままぐったりと力が抜け、動かなくなる。
「ソータ様っ?!」
「【瞬歩】っ!」
「────ッッ?!」
再び距離をゼロにし、フェキサーの巨体を蹴り飛ばした。
だが──フェキサーにダメージは入っておらず、【硬質化】しているはずのハルピュイアが苦痛に顔を歪める。
「もー! 硬ーい!」
──キィィィィィ……
不意に聞こえた甲高い音に、ハルピュイアが表情を引き攣らせた。
フェキサーの全身に付いた百個の眼に、高熱の光球が浮かび上がる。
ミリアが【守護魔法】を使おうとするが──遅い。
百個の眼に浮かぶ光球から、レーザーが放たれる──寸前。
──ドッグンッッ!!
「──ああああああああああああああああッッ!! 『蒼熱線』ッッ!!」
何かが脈打つような音が聞こえた──そう思った瞬間、蒼い熱線が放たれた。
螺旋状に渦巻きながら放たれた蒼い熱線は、レーザーを放つ準備をしていたフェキサーに真っ直ぐ迫る。
直撃すれば死ぬ──そう本能で感じたのか、レーザーを放つ準備を止めてフェキサーがその場から勢いよく飛び退いた。
だが──間に合わない。
「────ッッ?! ────ッッ!!」
左のハサミを焼き飛ばされたフェキサーが、声にならない絶叫を上げる。
放心状態のミリアとハルピュイアが、熱線の飛んできた方へ視線を向け──そこに、赤い男を見た。
「あぁ……! クソが……! 本気で死ぬかと思ったぜ……!」
「ソータ様っ!」
「ソータ!」
最後の最後まで『剛力』を解除しなかった事が功を奏したのか、頭部から血を流しながらも力強く立っている。
そんな聡太の瞳は──赤色に染まっていた。
全身には赤黒い紋様が刻まれており、体から放たれている覇気は先ほどまでとは比べ物にならない。
──【憤怒に燃えし愚か者】。感情で発動する特殊な【技能】を使用している状態だ。
「ソータ様……武器が……」
「わかってる」
右手に握られたままの『桜花』──の柄の部分を見下ろした。
──ありがとう。
折れた刀に、自然と感謝の気持ちが出てくる。
……考えてみれば、この世界に来てから一番長く苦楽を共にした相棒だ。
そんな事を思いながら、聡太は左腰に付けていた『桜花』の鞘を取り外した。
「ミリア、ちょっとこれを持っといてくれ」
「わ、わかりました」
ミリアに『桜花』の柄と鞘を渡し──後ろ腰から、『黒曜石の短刀』を抜いた。
「────ッッ?! ──────ッッ!!」
片方だけとなったハサミを高く掲げ、フェキサーが威嚇の体勢に入る。
着ていた白色のローブを脱ぎ捨て、右腰にぶら下げていた『憤怒のお面』を地面に投げ置き──身を低くして、身構えた。
「ソータ……どうやって戦うのー?」
「……なんでそれを俺に聞くんだよ」
「えー。だってソータ、あの牛さんの弱点がすぐにわかったじゃーん」
「そう言えば……テリオンの能力もすぐに見抜いてましたね」
「そんな事言ってもな……」
油断すれば『怒り』に呑まれそうな状態の中──聡太は、頭を回転させた。
だが……すぐに良い考えは浮かんでこない。
「……とりあえず、眼を狙うぞ」
「めー?」
「ああ。甲殻は硬すぎて狙えない。眼ならどうにか攻撃が入るだろ」
「おー? おー!」
「ミリアは【守護魔法】の準備だ。アイツがレーザーを撃とうとしたら、結界を頼む」
「はい!」
聡太の隣で、ミリアとハルピュイアが身構えた。
「さあ──反撃するぞッッ!!」