36話
──深夜。
交代で見張りをしており、今起きているのは……聡太だけだ。
「……チッ……コイツ……」
聡太の太ももを枕にして眠っているハルピュイアを見て、聡太が小さく舌打ちする。
「……“光よ宿れ。我が望むは見通す力”『ライト・インサイト』」
暗視効果のある魔法を使い、バックパックから本を取り出して読み始める。
次の目的地である『シャイタン大峡谷』。
本で読む限り、かなり大きな峡谷らしい。
しかし……『シャイタン大峡谷』のどこに『大罪迷宮』があるのかは書かれていない。
「参ったな……どこに『大罪迷宮』があるか探す所からスタートなのか」
ガシガシと頭を掻き、ため息を漏らす。
……『シャイタン大峡谷』に行った後は、『イマゴール王国』へ真っ直ぐ向かう。
口で言うのは簡単だが……『大罪迷宮』の攻略が何日必要になるかわからない。
「……コイツらは、耐えられるかな……」
『大罪迷宮』の攻略は、ミリアとハルピュイアにはキツいかも知れない。
迷宮内には食べられるモンスターが少ない。ミリアが持っている食料にも限界があるだろうし……正直、聡太一人で潜った方が生存確率も攻略効率も良いだろう。
だが──
「……お前は、許してくれないよな」
聡太の右肩に寄り掛かって眠る『黒森精族』の少女から返事はない。
そう──コイツは許さないだろう。何がなんでも聡太に付いて来ようとするだろう。
「…………ぁ……ふ………………?」
「ん……起きたのかミリア。見張りを代わるにはちょっと早いぞ」
目を覚ましたミリアが、目元を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
うーんと大きく背伸びし──聡太の太ももで眠っているハルピュイアを見て、灰色の瞳を鋭く細めた。
「……ハピィは、なんでそこで寝てるんですか?」
「んな事俺に聞くんじゃねぇよ。コイツが勝手に俺の足を枕にしてんだから」
「別にいいですけどっ」
言いながら、ミリアが聡太の袖を握った。
よくわからないが……まあ、好きにさせて良いだろう。
「……あの……ソータ様」
「なんだ?」
「その…………聞きたい事があるんですけど……よろしいですか?」
ちらっと聡太を見上げるミリアに、無言で頷く。
「……ソータ様は……『十二魔獣』を討伐したら、元の世界に帰られるんですか?」
「当たり前だ。つっても……本当に帰れるかどうかはわからないけどな」
「そうなんですか……」
落ち込んだように声を小さくするミリア。
何とも言えない気持ちになった聡太は……ミリアの頭を撫でた。
「ったく……そんな顔すんな」
「でも……もし『十二魔獣』を討伐して、この世界が平和になったら……私は……」
──また、一人になる。
ギュウッと、袖を握る力が強くなる。
「そんな事言ってもな……」
「……ソータ様」
「ん?」
「私を…………私を、ソータ様の世界に連れて行ってくれませんか?」
予想外の提案に、聡太が驚愕したように目を見開いた。
「……いや、無理だろ」
「な、なんでですか?」
「俺らの世界には人間しか……『人類族』しかいねぇんだ。そこにミリアみたいな『黒森精族』が来たら……間違いなく、何かの実験の材料にされるぞ」
聡太の言葉に恐怖を覚えたのか、ミリアがブルッと体を震わせる。
「それに、俺らの世界には魔法なんて存在しないんだ。こっちの世界に慣れてるお前らにとっては、かなり生きにくいだろうよ」
「それぐらい我慢できますっ」
「……『森精族』ってのは、俺らの世界では想像上の生き物なんだ。もしかしたら、拐われたりするかも知れないんだぞ?」
「ソータ様が守ってくれます」
「いやだから、俺らの世界では物事を暴力で解決できないように法律があってな……」
そこまで言って──はぁ、と聡太がため息を吐いた。
「……お前が一緒に元の世界に帰れたら、連れて行ってやるよ」
「本当ですか?!」
「ああ……じゃあ、見張りを任せるぞ。俺は寝る」
「はい!」
────────────────────
──数日後。
「──よっと……ありがとな、ハピィ」
「どういたしましてー! 次はミリアを降ろして来るから、ちょっと待っててねー!」
「ああ、頼む」
ハルピュイアが大きく羽ばたき、谷の上で待つミリアの元へと向かう。
縦の深さ一キロ以上、谷底平野の広さ大体五百メートルほどの巨大な峡谷。
数日掛けて、ようやく『シャイタン大峡谷』にやって来た。
「……何だこりゃ……」
この峡谷は、自然現象で作られたのだろうか。
めっちゃスゴい剣士が地面を真っ二つにしたら峡谷ができた──そう言われた方がよっぽど納得できる。
隣に着地したミリアに、峡谷のできた理由を問い掛けてみた。
「……なあ。何がどうなったらこんなデタラメな地形になるんだ?」
「ここには昔、とても大きな川が流れていたそうです。その川は流れが激しく、全てを沈めてしまうほどだったとか」
「……いや、その川はどこ行ったんだよ?」
「魔王が消し飛ばしたとか、『大罪人』が蒸発させたとか……色んな憶測がありますけど、どれも確信には至っていないようです」
物知りなミリアが、聡太の質問に素早く答えてくれる。
「さて……こっから『大罪迷宮』の入口を探さないといけないのか」
「そうですね……でも、『シャイタン大峡谷』は全長五キロはありますよ? どうやって探すんです?」
「ま、そこが問題だよな」
さあ、ここからどうするか──と。
──カサカサカサッ。
「……?」
「え、と……今の音は……?」
三人の鼓膜を、不愉快な音が揺さぶった。
辺りを見回すが……何の姿も見えない。
気のせいだろうか? だが、不愉快な音は確かに聞こえたはずだが──
──カサ、カサカサッ。
「……ミリア、ハピィ」
「はい」
「うー……この音きらーい!」
名前を呼ぶだけで聡太の言いたい事がわかったのか、ミリアもハルピュイアも戦闘体勢に入った。
聡太も集中を深め、【気配感知“広域”】を発動させ──音の出所を見つけ、声を上げた。
「……上──!」
聡太が上を見上げる──それと同時。
──ズッウンンッッ!!
何かが、空から降ってきた。
砂ぼこりが視界を覆い隠し──やっと視界が回復した時、そこには化物がいた。
──カサカサカサ。キチキチキチ。
不愉快な音を出しながら、ソイツは聡太たちに眼を向けた。
「……ミリア」
「はい──【鑑定の魔眼】」
ミリアの灰瞳に幾何学的な模様が浮かび上がり──化物の正体を口にした。
「《百の眼を持つ魔獣》……『十二魔獣』です……!」
一見すれば、蟹のように見える。
二つの巨大なハサミを大きく掲げ、こちらを威嚇するその姿だけは、間違いなく蟹だ。
だが……普通の蟹は、三メートルほどの巨体は持っていない。掲げているハサミは、さながら巨人が使うハサミのようだ。
全身という全身に付いた眼がキロキロと動き回り、カサカサカサという足音と合わさって、物凄い嫌悪感に襲われる。
コイツが《百の眼を持つ魔獣》……テリオンとパルハーラに続く、聡太たちが出会った三匹目の『十二魔獣』。
「────ッッ!!」
声帯が無いからか、フェキサーが声にならない雄叫びを上げた。
二つの巨大なハサミを打ち鳴らし、こちらを威嚇するように構える。
「チッ……ここにも『十二魔獣』がいるのかよ……?! ミリア、ハピィ! 戦るぞ!」
「はい!」
「おー!」