35話
「あの、古河が……」
「虐められてたァ……だとォ?」
勇輝の言葉に、二人が驚愕に声を漏らした。
「何て言うかな……小学生の頃、聡太は天才って呼ばれてたんだよ」
「天才ねェ……」
「何をやらせてもすぐに上手くなる。テストは毎回満点。なんかに応募したら、絶対に賞を貰ってたし……性格も、今と違って明るくて社交的だったからな」
当時の事を思い出しているのか、勇輝が遠くを見ながら目を細める。
「小学生の頃は、何の問題もなかったんだ。常にリーダー的な存在で、先生からの信頼も厚くて……正直、あの頃のオレは、聡太にずっと嫉妬してた」
神に愛された人間というのは、聡太の事を言うのだろう。
そう思えるほど、あの頃の聡太は完璧超人だったのだ。
「けど……中学になって、少しずつおかしくなっていった」
聡太と勇輝が通っていた小学校の生徒と、それとは別の小学校の生徒が同じ中学校に入学し──聡太を知らない他校の奴らが、妬みや羨みから聡太を虐め始めた。
「オレが柔道をやってて、武道に憧れた聡太が剣道部に入部して──たった半年で、先輩を追い抜いた」
「半年で……」
「ああ……そんな聡太を嫌う奴は、剣道部にも同学年にも多くいたよ。まあ……剣道部に関しては、初心者に半年で抜かされるんだから、気持ちはわからないでもないけどな」
そんな、ある日の事だった。
「……聡太の母さんが、亡くなったんだ」
交通事故で即死だったらしい。
葬式などで一週間ほど中学校に来なかった聡太。
次に登校した時から──虐めが始まった。
「最初は、教科書を隠されたり、靴を隠されたり……その次は机、体操服、剣道の道具。虐めは日に日にエスカレートしていったよ」
虐めの現場を見る度に、勇輝が止めようとするが──それを聡太が許さなかった。
好きにやらせておけ。面倒臭い。
その頃からだろうか。
──今の聡太に変わってしまったのは。
「殴られたり蹴られたり……同学年の奴らも、そろそろ止めた方がいい──そう思い始めたぐらいの時かな」
中学三年の四月の事だった。
──聡太がキレた。
聞いた話によると、中学に入学してきた聡太の妹に手を出したらしい。
虐めのグループと殴り合いの喧嘩になった聡太は──竹刀を取り出して何十人という男をボコボコにした。
その結果……完全に中学生活から孤立した。
「そこからは……まあ、今の聡太と同じだ。俺は誰にも関わらない。俺は誰にも話したくない。だからお前らも俺に関わるな、話しかけるな──ってな」
剣道部でも孤立し、練習にも全く参加しなくなった。
だが──それでも神に愛された存在は、全国大会二位という称号を獲得した。
まさに天才の中の天才。人生の勝ち組。
──全国大会に出場した選手の中で、応援してくれる人がいなかったのは、あの場において聡太だけだっただろう。
「そう考えると、昔の聡太と剣ヶ崎って似てるな」
「似てるのか?」
「ああ、よく似てる……アイツがお前に強く当たるのは、昔の自分を見てるみたいでムカつくからだろうな」
「……それは、ボクが悪いのか?」
だが──少しだけわかった。
他人と関わろうとしないのは、虐めのせいで他人を信じられないから。
だけど──自分の命を懸けて、植物型のモンスターと戦ったあの姿。
あれが虐められる前の──本当の、聡太なのだろう。
「……古河に会ったら、色々と話をしないとな。今なら、もっと仲良くなれそうな気がする」
「ははっ……オレが言うのも変だけど、聡太と仲良くしてやってくれ。アイツは……本当は、めちゃくちゃ良い奴だから」
そんな事を話していると──勇輝たちの歩いてきた通路から、話し声が聞こえた。
おそらく、火鈴がセシル隊長たちを呼んできたのだろう。
「……今の話、他の奴らには内緒だぞ?」
「もちろんだ」
「あァ」
とりあえず今の目的は──古河 聡太を見つける事。
決意を固め、勇輝たちは──まだ見ぬ三十一層へと足を踏み入れた。
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「──『蒼龍の咆哮』っ!」
地面に蒼い魔法陣が浮かび──そこから蒼炎の龍が現れ、グルリとその身を回転させて近くにいたモンスター全てを焼き払った。
「ミリア! トレントの処理は任せるぞ!」
「はい!」
「ハピィ、ミリアが遠くにいるモンスターを──」
「うりゃりゃー!」
聡太が何かを言う前に、ハルピュイアが飛び出した。
脚力を爆発させ、三メートルほどある太ったモンスター──トロールに襲い掛かり、その鳥脚を振るう。
顔面を蹴り飛ばされたトロールはバランスを崩し、仰向けに地面に倒れ──
「【硬質化】、【豪脚】っ!」
「プギッ──」
トロールの顔面を踏み潰し──トロールの頭部が爆発四散する。
ビクンッと大きく痙攣したかと思うと……トロールの体からグッタリと力が抜けた。
──パルハーラと戦って、他のモンスターにそこまで恐怖を感じないのはわかるが……殺し方がグロすぎる。
「あのアホ……! 勝手に行きやがって……!」
『桜花』を抜き、先走ったハルピュイアを追い掛ける。
パッと見た感じ、この場にいるモンスターは──トレントにトロール、それにオークの三種類。
トレントの相手はミリアに任せていいだろう。というか、大体のモンスターはミリアの蒼炎でどうにかなる。
だが……任せっぱなしにはできない。
「『剛力』──!」
全身の筋力を底上げし──思いきり地面を蹴って、加速。
一瞬で多くのモンスターの横を通り抜け──すれ違う度に刀を振るった。
──ゴロッと、首が地面を転がった。
「カッ──?!」
「ォ、ア……」
「……まあ……こんな感じか」
今の一瞬で多くのモンスターの首を斬り離した聡太が、刀に付着した血を振るって飛ばす。
そして──冷えきった瞳を、モンスターの群れに向けた。
──まだ戦るか?
鋭利な刃物で肌を撫で回されているかのような感覚──聡太の身から放たれる、刃物のように鋭い殺気が原因だ。
「──ブモォォォオオオオオンンッッ!!」
殺気に反応したのか、トロールを掻き分けて一匹のモンスターが姿を現した。
パルハーラに似た雄叫びに、頭から生えた二本の湾曲した角。身長はトロールより低いが、それでも二メートルは軽く超えている。
その両手には……旅人か冒険者から盗ったのか、巨大な大剣が握られている。手入れが全くされていないため、鉄塊と呼ぶ方が正しいだろう。
──ミノタウロス。地上にいるモンスターの中では、上位に位置するモンスターだろう。
「……少しは、骨のありそうなモンスターだな」
「何言ってるのソーター? モンスターはみんな骨あるよー?」
「おう、お前は黙ってろ」
「ええー?!」
だが──地上にいるモンスターの中で上位に位置するからどうした?
あの『大罪迷宮』のモンスターに比べれば。あの『十二魔獣』に比べれば。
──ザコにも等しい。
「……『剛力』解除」
筋力強化の魔法を解き──刀の切っ先をミノタウロスに向けた。
「来いよ。小細工なしで──殺してやる」
「ォォォ──ブモォォォオオオオオオオオオオッッ!!」
突っ込んでくるミノタウロス。迫る鉄塊とも言える大剣。
対する聡太は──『桜花』の先を、振り下ろされる大剣に合わせた。
瞬間──大剣の軌道が逸れ、聡太の隣に振り下ろされる。
「ブ、モォ──?!」
「お前も結局、力でごり押すタイプのモンスターか──とりあえず死ね」
足、腰、腹、胸──順番に斬り裂き、最後に首を斬った。
斬り落とすまではいっていないが──動脈を斬ったため、すぐに死ぬだろう。
「弱いな……いや、こんなもんか……比べる相手が強すぎるだけだな」
出血多量で絶命したミノタウロスが、俯せに倒れ込んだ。
「ピギッ……」
「プゴッ……」
リーダー格のモンスターが殺られたからか、他のモンスターが聡太を見て怯えたように後退る。
「今さら逃がすと思ってんのか──『水弾』」
虚空に青色の魔法陣が浮かび上がり──そこから、水で作られた弾丸が放たれる。
モンスターを狙って放たれた弾丸は──モンスターの体を簡単に貫き、辺りに血が飛び散った。
「こ、こわー?! ソータ、今のスッゴく怖かったー!」
「当てないようにしてるから安心しろ。にしても……」
一瞬で全滅したモンスターの群れを見て、聡太が何かを考え込むように顎に手を当てた。
「……無駄撃ちが多いな……もう少し、狙いを絞るべきだったか……?」
とりあえず数撃ちゃ当たるだろ──今回は弱いモンスターが相手だったため、ミリアとハルピュイアに当てないよう意識する事ができた。
だが……もし強力なモンスターが群れで襲ってきたら、今回のような余裕はないだろう。
なら、今の内から精密に『水弾』を撃てるようにしておいた方がいいか?
「ソータ様、お見事です」
「はー……怖かったー……もー、絶対に当てないでよー?!」
離れた所から魔法を使っていたミリアと、聡太の『水弾』の威力に恐怖を覚えたハルピュイアが、刀を収める聡太に近づく。
「にしても、種類の違うモンスターが群れを作ってるとはな……あのミノタウルスが作ったのか?」
「おそらく、そうだと思います」
「知恵を持つモンスターか……いつか人の言葉を話すモンスターとかも現れるかもな」
「それは……あり得なくはないですけど……」
顎に手を当て、ミリアが考え込むように表情を固くする。
「まあ、でも──今の俺らには、勝てないだろうけどな」
真面目に考え始めるミリアの頭を撫で、不敵な笑みを浮かべた。
「さて……もう少し歩いたら、野宿の用意を始めるか」
「そうですね」
「お? おー! モンスター狩るのは任せろー!」
背負っていたバックパックを下ろし、聡太たちは野宿の準備を始めた。




