32話
『──また来たんだな』
一面が真っ赤な、不気味な部屋。
そこに、聡太と赤髪の大人が向かい合って立っていた。
「……悪いな。あの化物を殺すには、この力を使うしかないって思ってな」
『この前も言っただろ? 今のお前じゃ、この【技能】を使いこなす事はできない、呑まれるだけだって』
ドカッとその場に座り込み、聡太が目の前の男に視線を向けた。
……中肉中背の……男だ。特徴と言えば、鮮やかな赤い髪と、炎のような熱を宿す瞳だろうか。
『まあ、切っ掛けがあればわからないけどな』
「切っ掛け……?」
『この前、いきなりこの【技能】が途切れただろう? あれは、外界からお前に対して接触があったからだ』
そういえば……と、前回怒りに支配された時の事を思い出す。
あの時は、唐突に怒りが消えた。と言うのも、ミリアがいきなりタックルして、怒りが途切れたからだ。
つまり……あの時のように、怒りを紛らわせる切っ掛けがあれば、現実に引き戻されるという事。
「……この【技能】は、怒りに支配されていないと使えないのか?」
『まあそうだな。怒りを糧にして力とする……特殊な【技能】だ』
「だったら、どうやって使いこなすんだ?」
純粋な疑問に、赤髪の男が困ったように頬を掻いた。
『んー……それは人によって違うな』
「人によって……?」
『ああ。ルーシャは『守るべき仲間を思い浮かべる』……だったような。ディアボロは『オレサマが感情なンざに呑まれるわけねェ』とか言ってたな』
「ルーシャとディアボロって誰だよ……」
ため息を吐き──赤色の空間が大きく揺れた。
『おっと……外界からの接触があったみたいだな。誰かがお前を起こそうと……ってか、正気に戻そうとしているみたいだ』
「……なあ」
『ん、なんだ?』
「使いこなす事は……できないのか?」
『さあな』
聡太の問い掛けに即答し、ニイッと赤髪の男が悪ガキっぽく笑った。
『ルーシャのマネして、大切な仲間を思い浮かべてみたらどうだ?』
「だからルーシャって誰だよ……つーか、お前も誰だよ──」
あっという間に亀裂が広がり、赤色の空間が粉々に砕け散る──直前に、聡太は脳裏に大切な仲間の事を思い浮かべた。
マジメでロリで、誰も信じられなくなった俺が、唯一信じられる大切な仲間。
俺がこうして怒りに呑まれている間も、俺を信じてたった一人で『獣人族』を守っている、大切な仲間を。
そうだ。俺は約束したんだ。この世界にいる間は、お前の居場所になってやると。
だから──こんな怒りに呑まれている場合じゃない。
それに、いつまでも感情に支配されているなんて──カッコ悪いからな!
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──テレビのチャンネルが切り替わるように、眼前の光景が切り替わる。
「ふ、ぅ……!」
「ソータ……! 大丈夫ー?」
「ハルピュイア……か……?」
未だに怒りが残る思考の中、青鳥の少女の名を呼んだ。
──コロセ。
「──ッ?!」
「ソータ?」
不意に聞こえた、何者かの声。
いや……誰の声か、聡太にはわかっている。
今の声は──聡太の声だ。
この世界の全てを憎んでいる、聡太の声だ。
「そうだ……ミリアは? パルハーラはどこだ?」
「向こうにいるよー。ミリアが『ソータ様を助けて!』って必死だったからねー。どうすればいいかわかんなかったから、とりあえず牛さんと戦ってたソータを強めに蹴ったのー」
赤い部屋がかなり大きく揺れたと思ったが、そういう事か。
「でもソータ、まだ目が赤いよー? それに、腕にも変な模様があるしー……」
ハルピュイアに言われて、聡太は自身の体に目を向けた。
身体中に赤黒い線のような何かが入っており……まるで血管のように脈打っている。
油断すれば怒りに呑まれそうな状況……聡太は『ステータスプレート』を取り出した。
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名前 古河 聡太
年齢 17歳
職業 勇者
技能 【言語理解“極致”】【刀術“神域”】【無限魔力】【気配感知“神域”】【憤怒に燃えし愚か者】
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【刀術】と【気配感知】の横に書かれている文字が変わっている。
【神域】──おそらく、【極致】よりも上のレベルだろう。
だが、それより目を引くのは──【憤怒に燃えし愚か者】という【技能】だ。
この前見た時、ここには【条件未達成】と書かれていたはずだが……
「【憤怒に燃えし愚か者】ってのが発動している間は、【刀術】と【気配感知】のレベルが上がるのか……って、考えてる場合じゃない。ミリアの所に行くぞ!」
「おー! 【豪脚】!」
「『剛力』ッ!」
聡太とハルピュイアが腰を落とし──脚力を爆発させて、森の奥へと突っ込んだ。
そこまで探さなくても、パルハーラの姿はすぐに見つかった。
苛立ったように吼えながら、何度も何度も障壁に拳を振り下ろている。
障壁の内側にいるのは、ミリアと『獣人族』。
かなりの魔力を消費しているのだろう。ミリアの顔色が青く、額には汗が滲んでいた。
「──ミリアッ!」
「ソータ様……!」
「ハルピュイア、ミリアたちを任せるぞ!」
「任せといてー!」
『剛力』を継続したまま、パルハーラに突っ込む。
「てめぇこの野郎、ミリアに手ぇ出そうとしてんじゃねぇぇえッ!」
「ォォォォォオオオオンンンッッッ!!!」
数メートルあったはずの距離を1歩でゼロにし、聡太は──
「ぁ、え……?」
──風が吹き抜けた。
眼前の光景に、思わずミリアの口から間の抜けた声が漏れてしまう。
パルハーラに突っ込んだ聡太と、そんな聡太を迎撃するべく構えたパルハーラ。そこまでは視認できた──が。
気がつけば聡太の姿が消え、刀を振り抜いた状態で遠くに立っていた。
そして……ボトッと、パルハーラの腕全てが地面に転がった。
これだけの情報があれば、例え見えなかったとしても理解できる。
──今の一瞬で、聡太がパルハーラの腕を全て斬り落としたのだ、と。
「ォォォ……ブモォォォォォォォォォッッ!!」
斬り落とされた四本の腕が瞬く間に再生し、パルハーラがこれまでに無いほど大きく吼えた。やはり炎ダメージ以外は無効化するようだ。
その姿を見ると同時、聡太が『桜花』を右手一本で握り、左手で後ろ腰に付けていた『黒曜石の短刀』を抜いて逆手に構えた。
今まで試した事のない戦い方──二刀流だ。
「──『付属獄炎』ッ!」
「ソータ様……」
今なお赤い目の聡太を見て、だがミリアは安心したように名前を呼んだ。
──姿は前と同じだけど……中身はソータ様だ。
それなら、心配はいらない。
理由はわからないけど……今のソータ様なら、きっと──
「うるァああああああああッッ!!」
「ブモォォォンンッッ?!」
縦横無尽に駆け、すれ違いざまに何度も斬りつける。
黒い炎が傷口から燃え上がり、体の再生を食い止めていた。
「は、はやー……?!」
あまりの速さに、ハルピュイアが驚愕に目を剥いた。
だが──決定打になっていない。
斬り傷、掠り傷が増えるが──それだけだ。
「ハルピュイアッ! 離れてろッ!」
「わ、わかったー!」
ハルピュイアが遠くに離れるのを確認し、聡太は──一気に距離を詰め、勝負を仕掛けた。
「ぁあああああぁああああああああああああああぁああああああああああああッッ!!」
「ブモォォォォォォォォォンンンッッ!!」
雄叫びを上げ、両者が突っ込んだ。
聡太の刀と、パルハーラの蹄が交差する──寸前。
「飛べ──『嵐壁』ッ!」
突如、地面に緑色の魔法陣が浮かび上がり──暴風が吹き荒れた。
舞い上がる砂ぼこりに、パルハーラが一瞬だけ瞳を閉じた。
次に瞳を開いた時……そこに聡太はいなかった。
理性や頭脳などないパルハーラ。その瞳を上空に向けたのは、たまたまだった。
──そこには、空を飛ぶ聡太がいた。
「『嵐壁』解除ッ!」
吹き荒れる暴風が止み──聡太の体が重力に従って急降下。
落ちてくる敵に対し、パルハーラは四本の腕全てを構えた。
防御など一切しない攻撃の構え──どうやらパルハーラは、ここで勝負を決めるつもりのようだ。
「はぁ──『剛力』ッ!」
『付属獄炎』を発動したまま、聡太は『剛力』を発動。
──次の一瞬で勝負が決まる。
異様なほどの静寂に包まれる『ビフルズ大森林』──と、鋭い声が静寂を破った。
「『黒重』ッッ!!」
「ブモッ──ッッ?!」
不可視の重力を受け、聡太の落下速度が勢いを増した。
聡太は全く気づいていないが──その姿を遠くから見ているミリアは、ハッキリと気づいた。
『付属獄炎』と『剛力』を維持したまま『黒重』を発動──二重詠唱を越えた三重詠唱だ。
不可視の重力の影響を受けているのは、聡太だけではない。
『黒重』の影響で、パルハーラがほんの少しだけ体勢を崩した。
──その一瞬を、聡太は見逃さない。
「おッ──らぁあああああああああああッッ!!」
両腕を振り、落下する体に回転を加える。
そして──右手の『桜花』がパルハーラの首を斬り離し、左手の『黒曜石の短刀』がパルハーラの左胸部を深々と斬り裂いた。
「ブ、モ……ォォ………………」
「はぁっ! ……『黒重』、『剛力』……解除……!」
辺りを覆っていた不可視の重力が消え、重力に押し潰されていた聡太がゆっくりと立ち上がった。
──地面に転がっているパルハーラの首から、黒い炎が燃え上がっている。瞳には生気が宿っておらず、死んでいるのは一目瞭然だ。
「……は、ぁ……!」
静寂に包まれたままの森……その静寂を斬り裂くように、聡太が刀を空に突き上げ、叫んだ。
「──ぁあああああああああぁぁあああああああああああああああッッ!!」
「ソータ様っ!」
勝利の雄叫びを上げる聡太に、ミリアが飛び付いた。
近くにいたモンスターの群れは──自分よりも圧倒的に強い存在に恐怖したのか、どこかへ逃げ去っていた。
そんな聡太とミリアの姿を見て、パルハーラが死んだという実感が湧いたのか──『獣人族』が歓喜の叫びを上げる。
第二の魔獣、《月に吼える魔獣》──討伐。




