表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/117

23話

 ──見た事のある場所だ。

 どこまでも続く真っ赤な空間──そこに、聡太は立っていた。


「……? ……俺は……」

『よぉ。また会ったな』


 真っ赤な床に座る赤髪赤瞳の男が、聡太に向けてニイッと笑みを見せた。

 ああ、またこの空間か──そう思い、聡太は赤い男と向かい合うようにして床に座る。


『ったく。またここに来るなんてお前も物好きだな……何しに来たんだ?』

「……知らねぇよ。気が付いたらここにいたんだからよ」


 そう言って、若干(じゃっかん)不機嫌そうに顔を歪める。


「つーか早く元の場所に戻してくれよ。こんな所で呑気に話してる暇なんてないんだって」

『……………』

「……おい、聞いてんのか? ここは【技能】の中とか言ってただろ? なら、早く帰してくれよ」

『……さあ? 帰る方法とかは知らねぇよ?』

「なっ──はぁ?!」


 思わず立ち上がり、赤い男の襟元を掴む。


「俺は今『十二魔獣』と戦ってんの! モタモタしてたら殺されんの! わかるか?!」

『その『十二魔獣』ってのはよくわからんけど……無理だ。この【技能】を使いこなせないのなら……な』


 無理という言葉に、聡太は力なく地面に座り込んだ。


『この【技能】は、感情に大きく作用される。怒りが大きければ大きいほど、発動時間が長い。お前は……どんな怒りを抱いて、ここにやって来た?』

「そんなの知らねぇよ……」


 キョロキョロと辺りを見回す聡太。どうにか元の場所に戻れないかと考えているようだ。


『……おい、とりあえず話を聞けよ』

「だから……! んな暇ねぇって言ってん──」

『──黙れ。いいから話を聞け』


 ──ゾクッと、聡太の背中が凍りついたように冷たくなった。

 本能が危険だと訴えている。今すぐ逃げないと、間違いなく殺される。

 目の前の赤い男から放たれている殺気に、聡太の心臓がうるさいほど鼓動を打ち鳴らし──


『ようやく、聞く気になったか?』


 再びニイッと笑みを浮かべる男。

 ──その瞬間、空間を覆っていた冷たい殺気が、嘘のように霧散した。

 恐怖に震えている手を隠しながら、男と話をするために床に座る。


『さて……この【技能】は、近くにいる全てを攻撃する【技能】だ』

「近くにいる全てを……?」

『ああ。ちなみにこの【技能】を使っている時は、身体能力や動体視力、筋力等が底上げされる。今頃その『十二魔獣』ってのも、【技能】に呑まれたお前からボコボコに殺られているんじゃないか?』


 へらへらと笑う赤い男の言葉に、聡太は難しい表情を見せた。

 てっきり喜ぶかと思ったが──と赤い男は首を傾げる。


「……全てを攻撃する、って……全てか?」

『質問の意味がわからねぇけど……まあ、近くにいる生き物全て、って思えば良い』

「それは──」


 ──ミリアも、なのか?


『……おい、どうした?』

「ダメだ……アイツは、ダメなんだよ……」

『……は?』

「なあ。本当に……元の場所に戻る方法はないのか?」


 必死そうな聡太の表情に、男は少し考えるような仕草を見せる。

 そして──何かを思い出したのか、ゆっくりと口を開いた。


『まあ、どうしてもっていうなら……外からの接触が必要だな』

「……どういう事だ?」

『だから、外の奴がお前の怒りを紛らすような事をすれば、【技能】が解けるはずだ』

「怒りを紛らす……?」


 そう言って首を傾げた──直後、赤い空間がグラッと揺れた。

 その影響か、赤い空間に亀裂が走っていく。


『おっと……早速、外からの接触があったみたいだな』


 亀裂はどんどん広がり、赤い空間が粉々に砕け散る──寸前。


『次に来る時は、ちゃんと【技能】を使いこなせるようになっとけよ?』


 ニイッと笑う赤い男の言葉を最後に、聡太の意識は──


────────────────────


「──かっ、は……?!」


 視界に飛び込んできたのは──木々の間から覗く青空だった。

 ……よくわからないが、何だか苦しい。

 ああ……そうだ。俺、テリオンに腹を殴られて内臓が……


「止まって……! 止まってください……!」


 必死そうな女の子の声に、聡太は視線を下に向けた。

 そこには──聡太の腹部にしがみつくミリアの姿があった。


「お、前……(いて)ぇよミリア……」

「…………!」


 呻くような聡太の声に、ミリアがバッと顔を上げた。

 土まみれの泥まみれ。身体中に擦り傷がある。

 何が原因か──そんなの、考えなくてもわかる。

 ──怒りに呑まれた聡太が、ミリアにも襲い掛かったのだ。


「……悪い、ミリア。俺、お前にも……」

「良いんですよ。結果として……テリオンを討伐する事ができたんですから」


 聡太の体から降り、血溜まりを指差す。

 ──全身がぐちゃぐちゃになったテリオンの死体が、そこに転がっていた。


「……俺が、殺したのか……」

「はい」

「そうか……」


 痛む体を無理に動かし、地面に転がっていた『桜花』と『憤怒のお面』を拾い上げた。


「……フルカワ・ソータ……様」

「ん?」


 『桜花』と『黒曜石の短刀』に付着した血を拭き取りながら、ミリアの声に振り向く。

 真っ直ぐ聡太を見つめてくる灰瞳に、思わず聡太は背筋を伸ばした。


「感謝を」

「……感謝?」

「はい。あなたのおかげで、私は復讐を……家族との約束を果たす事ができました。だから……あなた様に、感謝を」


 頭を下げるミリアの姿に、聡太は気まずそうに頬を掻いた。

 聡太は、他人から感謝される事が苦手だ。

 そもそも感謝される機会が少なかったため、感謝に慣れていないというのが正しいだろう。


「……気にするな。俺は俺の目的のために戦っただけだからな」

「はい……本当に、ありがとうございます」


 顔を上げたミリアの灰瞳が、涙で潤んでいる。

 女の人に泣かれると、どう接して良いのかわからない──空気を誤魔化すように、聡太が話題を変えた。


「……なぁ、ここの近くには川とかないか?」

「え?」

「いや……このローブの血を洗いたくてな」


 尋ねながら、返り血で所々が赤く染まっているローブを脱ぐ。

 露骨に話題を変えたがっている聡太の様子に……何やらくすくすと笑い始めた。


「何だよ……何か面白いか?」

「ふふっ……いえ、何でもありません。川でしたら、すぐ近くにありますよ。ご案内します」

「……ああ、頼む」


 小さく笑うミリアの姿を不思議に思いながら、聡太はローブを洗うために川を目指した。


────────────────────


「はぁ……! やっと落ちたか……!」


 聡太がローブの血を落とすために川へ移動してから……丸1日が経過した。

 全く血が落ちなかったため、ミリアから洗浄効果のある草を取ってきてもらい……ようやく汚れが落ちた。


「あはは……お疲れ様でした、ソータ様」

「……あのさ、その聡太様ってのやめないか?」

「何故ですか?」

「何故って……別にいいや」


 バサッとローブを羽織り、ゆっくりと立ち上がる。

 ──今日、『フォルスト大森林』から出発する。と言っても、まだ1日しか経っていないのだが。


「……行ってしまわれるんですね」


 寂しそうに笑いながら、地面に座るミリアが聡太を見上げた。


「まあな。いつまでもここにいたら、『森精族(エルフ)』に攻撃されるかも知れないし、他の『十二魔獣』も討伐しなきゃいけねぇからな」


 ──だが、今回の《平等を夢見る魔獣(テリオン)》でよくわかった。

 1対1の戦いだと、『十二魔獣』には勝てない。実際、聡太の動きはテリオンに対応され、二度も拳撃を食らったのだから。

 怒りにより発動した【条件未達成】という【技能】があったから、何とかなっただけであって……聡太の実力で勝てたわけではない。


「……お別れ、なんですね」


 笑顔を暗くさせるミリアに、聡太は悩むような表情を見せた。

 やがて、決心したようにミリアと向き合い──


「……え?」


 ──手を差し出した。


「……どうしても独りが嫌で嫌でしょうがなくて、暇で暇でしょうがないって言うのなら……俺に付いて来い。俺がこの世界にいる間は、俺がお前の居場所になってやる」

「──っ」


 ──ミリアに居場所はない。

 同族からも見放され、家族も失っている。

 今までこの森に(とど)まっていたのは……テリオンから『森精族(エルフ)』を守るという目的があったからだ。

 だが……テリオンがいなくなった今、この森に留まる理由はない。

 しかし……今のミリアには、頼れる仲間も友人もいない。

 だから──聡太が、ミリアの居場所になる。


「……私、『黒森精族(ダークエルフ)』だから……あなたに迷惑を掛ける事があるかも知れません」


 ああ──やはり、この少女は優しい。根本的に、あの騎士共とは違う。

 この少女ならば──信頼できる。


「んな事聞きたいんじゃねぇよ。付いて来るのか、付いて来ないのか、どっちだ? 先に言っとくが、俺は口が悪いし、他人の事なんて後回しにする人間だからな。それが嫌なら付いて来なくて──」


 聡太が何かを言っている──途中で、差し出した手に柔らかな感触。

 見れば、ミリアの小さな両手が、聡太の手を優しく包み込んでいた。


「はい! 私を、一緒に連れて行ってください!」


 そう言ったミリアの笑顔は──太陽よりも眩しい輝きを持っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ