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22話

「キャァァァ──ッッッ!!!」

「うわ──?!」


 テリオンの拳が地面を穿ち──まるで地面が爆発したかのように弾け飛んだ。

 爆風の余波に、体の小さなミリアは簡単に吹き飛ばされ──だがすぐに受け身を取り、木の陰に隠れる。


「キャォォ……! ォォォォォ……!」


 幾何学的な瞳を爛々と輝かせ、隠れた獲物を探すテリオン。

 息を殺して、テリオンに見つからないよう身を隠し──


「アあァあ──ッッッ!!!」


 ──テリオンとは異なる者の咆哮に、ミリアは体を硬直させた。


「ォォォォォ……ァァァ……?」

「……今、のは……?!」


 体の芯まで響くような咆哮を聞いたミリアは──これまでの人生で感じた事がないほどの、恐怖を感じた。

 ──木々が、怯えている?

 『フォルスト大森林』の大木がここまでざわめくなんて……《平等を夢見る魔獣(テリオン)》がこの森に来た時でさえ、こんなに怯えてはいなかったのに……

 それに……この声。

 何だかよくわからないが……底知れぬ『怒り』が含まれているように感じる。


「─────」

「コ、ァ……カァァァ──ッッッ!!!」


 四つの幾何学的な瞳を森の奥に向け、テリオンが威嚇とも取れる雄叫びを上げた。

 森の奥からこちらに近づいてくる黒い影──外見だけは、聡太にそっくりだ。

 だが……瞳が違う。表情が違う。その体から放たれている覇気が違う。

 これが『人類族(ウィズダム)』……? どの種族よりも軟弱で、どの種族よりも脆弱で、どの種族よりも才能がない、最弱種族なの──?


「あ、武器が──」


 少年が使っていた刀を持っていた事に気づき、少年に渡そうとするが──少年の手には、別の武器が握られていた。

 日の光を反射する黒い短刀──まさか、黒曜石で作られた武器なのだろうか?


「キャァァァ──ッッッ!!!」


 脚力を爆発させ、テリオンが聡太に飛び掛かった。

 迫る魔獣に、聡太は『黒曜石の短刀』を逆手に構える。

 四本の腕を鞭のようにしならせ、聡太を惨殺せんと拳を放ち──


「ぁ……え…………?」


 ──何かが、クルクルと宙を舞った。

 驚きにミリアが目を見開き……テリオンも、何が起きたのか理解できていない様子だ。

 ドサッと地面に落ちた2つの手首を見て、ようやく二人は理解する。

 ──今の一瞬で、テリオンの手を斬り離したのだ、と。


「キィ、ァ…………!」


 怯えたように後退(あとずさ)るテリオンを見て、ミリアは聡太に近づいた。

 聡太に刀を渡そう。そうすれば、もっと楽に戦えるだろう。

 そう思って、ミリアは聡太に近づき──


「へっ──?」


 ──刀の柄の方を聡太に渡そうと思い、ミリアが刀を持ち直したのは偶然だった。

 クルリと刀の向きを変える──直後、キィンッ! という甲高い音を立て、ミリアの持っていた『桜花』の刃と聡太の構えていた『黒曜石の短刀』の刃がぶつかり合った。

 尋常ならざる衝撃に、ミリアが吹き飛ばされて地面を転がり──次に瞳を開いた時、目の前には聡太がいた。

 ──黒い短刀を逆手に持ち、ミリアの胸部に振り下ろそうとする聡太が。


「ちょ、ちょっと待っ──」

「キェェェ──ッッッ!!!」


 聡太が短刀を振り下ろす──寸前、テリオンが聡太に飛び掛かった。

 だが──遅い。


「──ッッ!!」

「キィ──ッッ?!」


 一瞬でテリオンの懐に潜り込み、二本ある左腕を肩口から斬り離した。

 左腕が斬り離される痛みに、テリオンは絶叫する──事なく、残る二本の右腕で聡太を殺そうと、拳を構えた。

 片方は手首から先が存在しないが──そんな事も関係なしに、二本の右腕を放つ。

 懐に潜り込んだ聡太に、テリオンの拳撃が迫るが──遅い。


「カフッ──ヒュッ、ヒューッッ!!」


 その場で高速回転し──テリオンの体がズタズタに斬り裂かれる。

 右腕、腹、胸と順番に斬り裂かれ──喉元も斬り裂き、テリオンの喉からおかしな音が漏れ始めた。


 そんな聡太とテリオンの戦いを見ていたミリアは──聡太の瞳を見てからというもの、ずっと座り込んでいた。

 ──あの瞳は知っている。

 『怒り』に支配された聡太の瞳に、ミリアは見覚えがあったのだ。

 だってあの瞳は──過去のミリアの瞳にそっくりなのだから。

 世の中の理不尽全てに怒り、憤り、憤怒している……あの瞳だ。

 ミリアもそうだった。

 理不尽な差別を受け、理不尽に里を追放され、理不尽に家族を奪われた──その怒りは、目の前の少年よりは小さいとしても、今もミリアの中で燃え続けている。


「──ッッ!!」

「カヒュッ……ッッ?!」


 最後の最後まで戦おうとするテリオンの胸元に、聡太は躊躇(ためら)いなく短刀を突き刺した。

 間違いなく致命傷。並の生き物なら即死だろう。


「ヒュッ、ヒュッ、ヒュゥゥゥ──ッッッ!!!」


 だが──相手は『十二魔獣』のテリオン。理不尽で常識外れの化物。

 心臓部分を突き刺された──のに一切怯まず、距離を取って唯一残った武器である足を振るう。

 テリオンが距離を取った際、大量の血で滑ったのか、聡太の手から短刀がすっぽ抜けた。


「ダメ──!」


 先ほどまでとは違う、全身全霊の蹴撃。

 あんなの食らえば──間違いなく、死ぬ。

 避ける手段を持たない聡太は、()(すべ)なく蹴撃を食らい──


 ──ドッゴォオオンンンッッ!!


「─────」

「…………ぇ……」


 次の瞬間──テリオンが、仰向けの状態で地面に寝転がっていた。

 一拍遅れて轟音が響き渡り、強烈な暴風が木々を揺らす。

 何が起こったのか──何とか目で捉える事ができたミリアは、驚愕に震えた。

 ──テリオンの蹴撃が聡太に届く寸前、聡太が殴ったのだ。テリオンの顔面を。

 その拳にどんな力が宿っていたのか──殴られたテリオンの顔面が陥没し、動かなくなってしまっている。


「あ、あのっ……」


 ミリアが聡太に声を掛けるが……返事がない。

 ふらりふらりと体を揺らしながら、ゆっくりとテリオンの胸元に刺さっている短刀を抜いた。

 ──もうテリオンはピクリとも動かない。その幾何学的な瞳からは光が失われており、死んでいるのは(あき)らかだ。

 胸元の黒い短刀を引き抜いた聡太は──無造作に、短刀を振り下ろした。


「え……?」


 ──ドスッ。

 返り血が白いローブを赤く染めるが……気にした様子もなく、再び短刀を振り下ろす。

 何度も何度も短刀を振り下ろし……満足したのか、聡太がクルリと振り返る。

 ──来る。


「──『第二重(ツヴァイ・)魔障(マジック)結界(・バリア)』っ!」


 ミリアの詠唱に従い、ミリアの目の前に緑色の結界が現れる。

 ──次の瞬間、聡太が緑色の結界に激突した。

 だが、怯んだのも一瞬の話。

 赤い瞳で結界を睨み、聡太が黒い短刀を振り下ろした。

 ──パリィィィン!

 ガラスが割れるような音と共に、緑色の結界が粉々に砕け散った。


「──ぁアあッッ!!」

「くっ──『第四重(フィーア・)絶対(アブソリュート)結界(・シルド)』っ!」


 緑色の結界が消えた──瞬間、新たに黄色の結界が張り直される。

 ──今の聡太の瞳には、ミリアの姿が映っていない。

 その瞳にあるのは──いっそ純粋なほどの『憤怒』だけだ。


「正気に戻ってください! ちょっと! 聞こえないんですか?!」


 必死に訴えるミリアの声は、今の聡太の耳には届かない──

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