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20話

「………………ん……ぁ……?」


 ──眩しい。

 寝起きで不鮮明な思考の中、聡太はぼんやりとそんな事を思った。


「…………眩、しい……?」


 ……ああ、そうだ。俺、迷宮の外に出たんだった。

 のっそりと体を起こし、背伸びをしながら辺りを見回す──


「あ。目が覚めましたか?」

「──ッ?!」


 突如聞こえた声に、聡太は慌ててその場から飛び退()いた。

 左腰に下げていた『桜花』を抜き、声の主に切っ先を向ける。

 声の主は──白髪灰瞳、それに褐色肌の少女だ。

 外見年齢は、14歳程度にしか見えない。

 だが──先の尖った耳を見れば、その考えは一瞬で吹き飛ばされる事だろう。

 ──『森精族(エルフ)』。個体によっては300年以上生きると言われている長寿な種族。

 目の前の外見でも、実年齢は聡太以上の可能性が充分に有り得る──警戒を深め、いつでも魔法を放てるように構えた。


「……それだけ動けるなら、大丈夫そうですね」


 切り株に座っていた少女が、心底安心したそうに笑みを見せた。

 ──敵意は感じない。少女から感じるのは、心からの安堵だ。

 この少女は敵じゃない──そう判断し、聡太は刀を鞘に収めた。


「悪い……敵かと思ってな」

「いえ、大丈夫ですよ。それより、お腹は空いてますか? 簡単ではあるのですが、空腹を満たす物を作ったのですが……」


 ぐつぐつと煮えている鍋を指差し、食べるか? と聞いてくる。


「……いいのか?」

「もちろんです。ここで出会ったのも何かの縁ですし」


 バックパックから木製の皿を取り出し、煮えていた鍋の中身を皿に移し始める。

 目の前の少女と、クソ騎士共を比べ……同じ異世界人でもここまで違うのか、と一人で苦笑を浮かべた。


「……じゃあ、ありがたくいただくわ」

「はい、どうぞ」


 鍋を挟んで、少女と向かい合うように座る。

 そして……差し出される皿を受け取った。


「……いただきます」


 両手を合わせ、スプーンを手に取った。

 何の料理かわからないが……そこまで警戒せずに、聡太は皿の中身を口に入れた。


「……………」

「あはは……すみません。私、そこまで料理が上手じゃないので……お口に合わないかも知れません……」

「いや……美味い」

「も、もう。お世辞は良いですよ。自分の料理の腕は、自分がよくわかっていますから」


 自嘲気味に笑う少女の言葉を無視して、次から次に料理を食べ進める。

 一心不乱に料理を食べる聡太の姿を見て、少女も料理を口に入れ──顔をしかめた。


「うーん……相変わらず、あんまり美味しくないですね……あなたも、無理して食べなくても良いんですよ?」


 少女が聡太に目を向け──驚いたように目を見開いた。

 ──聡太の黒い瞳から、大粒の涙が(こぼ)れ落ちている。


「あの……どうされました?」

「……わからない……なんか、涙が……」


 零れる涙を(ぬぐ)おうとせず、ひたすらスプーンを動かす。

 何やら複雑な事情がありそうだ──そんな事を思いながら、少女は決して美味いとは言えない料理を口に運んだ。


────────────────────


「……すまん、色々と助かった」

「いえ。私の料理をあんなに美味しそうに食べてくれて嬉しいです」


 空になった鍋を挟んで、聡太は少女に頭を下げた。


「自己紹介をしていなかったな。俺は古河 聡太だ。あんたは?」

「ミリア・オルヴェルグです。それで……えっと……あなた、なんでこの森の中に?」

「…………まあ、話すと長くなるんだが──」


 ──目の前の少女に、聡太は今までの出来事を話した。

 自分はこの世界の人間ではなく、別の世界から召喚された異世界人である事。

 『十二魔獣』を討伐してこの世界を平和にしないと、元の世界に帰れない事。

 『ユグルの樹海』にある『大罪迷宮』を攻略している際、共に来ていた騎士隊に迷宮の底へと落とされた事。

 モンスターを食べて何とか生き延び、『大罪人』の隠れ家に辿り着いた事。

 『大罪人』の隠れ家にあった転移の魔法陣に乗って、気がついたらこの森の中にいた事。

 そして、聡太の話を聞いた少女は──


「うっ……うぅ……! ひどいっ、ひどいです……! 大変だったんですね……!」


 ──めっちゃ号泣している。


「……それで、ここはどこなんだ?」

「ぐすっ…………こ、ここは『フォルスト大森林』ですよ……」

「『フォルスト大森林』だと……?」


 涙を流す少女から視線を外し、聡太は辺りを見回した。

 ──『フォルスト大森林』。『ビフルズ大森林』と並ぶ巨大な樹海。

 『森精族(エルフ)の里』が存在するこの森には……『森精族(エルフ)』以外の種族が立ち入る事は滅多に無いらしい。


「……ってか、俺の話を疑ってないのか?」

「はい?」

「いや……異世界から来たって言う奴の話を信じるのか? 自分で言うのも何だが、胡散臭いとは思わないのか?」


 もしも元の世界で『私、異世界から来ました!』とか言う奴がいたら……間違いなく、信じる奴の方が少ないだろう。


「うーん……でも、あなたがフルカワ・ソータって名前なのは真実みたいですし……」

「……ん? 真実……?」

「私の【技能】、【鑑定の魔眼】の力です。視界内の『もの』の名称や、所有している【技能】がわかるんです」

「『もの』って……人とかの『者』か?」

「いえ、人などの『者』や道具の『物』……まあ、目に入る全ての名称がわかる、という能力だと思ってもらえればいいです」


 では試しに──と言って、ミリアが灰瞳を聡太に向けた。


「──【鑑定の魔眼】」


 ミリアの灰瞳に幾何学的な模様が浮かび上がり──消えた。

 何が起きたのか? と首を傾げる聡太を置いて、ミリアが口を開いた。


「フルカワ・ソータ。所有している【技能】は……【言語理解“極致”】に【刀術“極致”】、それに【無限魔力】と【気配感知“広域”】。それと……【条件未達成】……?」


 【条件未達成】という【技能】を初めて見るのか、ミリアが聡太を見つめたまま首を傾げる。

 なるほど……これが【鑑定の魔眼】。

 視界内の『者』や『物』の名称がわかる【技能】。生き物の所有している【技能】を看破する力か。


「スゴい【技能】だな……でも、それだけで俺が異世界人だって信じたのか?」

「いえ……その……もう1つ理由はありますが……」

「……なんだ、その理由って?」


 聡太の問い掛けに、ミリアが表情を暗くした。

 言うかどうか迷うような動作を見せ……意を決したように、震える唇を開く。


「……私、その……『黒森精族(ダークエルフ)』でして……」


 ピコピコと先の尖った耳を動かし、己の正体を明かした。

 ──『黒森精族(ダークエルフ)』。

 『森精族(エルフ)』の変異個体で、個体数が少ない稀少個体である。

 だが、『森精族(エルフ)』の中では忌み子として扱われるらしい。

 何故忌み子として扱われるのか、理由はよくわからない。

 厄災を招くとか、過去に『森精族(エルフ)』を裏切ったとか、不治の病をバラまくとか言われているが……どれも推測の域を出ていない。

 目の前の少女が言うには、自分は先祖返りの『黒森精族(ダークエルフ)』との事らしい。

 そして……現在、『黒森精族(ダークエルフ)』はミリアしかいないとの事。


「この世界の人なら……『黒森精族(ダークエルフ)』と関わりたいなんて思わないでしょうし……」

「……俺が異世界人だから、お前に偏見がない……って言いたいのか?」


 聡太の言葉に、ミリアは暗い表情で頷いた。

 そんなミリアを見て──ふと、聡太は違和感を感じた。

 ……何故この少女は、ここにいる?

 ここは『フォルスト大森林』。『森精族(エルフ)』の里が近くにある。

 コイツが同族(エルフ)に見つかれば、間違いなく攻撃される。俺だったら、すぐにこの森を抜けて他の場所へ逃げるのに。


「……なぁ。お前、なんでここにいるんだ? この森にいたら、他の『森精族(エルフ)』に攻撃されるんじゃないのか?」

「それは……」

「ああいや。話したくないなら、別にいいんだ」

「……いえ。あなたにも関係がある話ですから、お話しします」


 汚れた食器を素早く片付けながら、ミリアがこの森に(とど)まっている理由を話し始めた。


「──この森には、『十二魔獣』がいます」

「なっ……?!」

「モンスターの肉をバラまいているので、すぐにここには来ないと思いますが……こうやってのんびりできるのも、時間の問題です。いずれ奴は、ここに来るでしょう」


 ミリアの告白に、聡太は──何とも言えない感情に支配された。

 ──『十二魔獣』。

 そうだ……ソイツらのせいで、俺は──


「……ミリアは、なんでソイツが『十二魔獣』ってわかるんだ?」

「【鑑定の魔眼】の力です。奴の名前は……《十二魔獣 平等を夢見る魔獣(テリオン)》という鑑定結果が出るんです」

「わざわざ『十二魔獣』って鑑定結果が出るのか……つーか便利だな、その【技能】」


 初対面の相手の【技能】を見抜いたり、偽名を使っているか一発でわかる。

 テキパキと片付けを進めながら、ミリアは森に留まっている理由を続けた。


「私の両親は、その『十二魔獣』に殺されました」

「……そうだったのか」

「はい……亡くなる寸前、両親と約束したんです。奴を殺して、この森を平和にする。それが、私の生まれた意味なんです」

「……『森精族(エルフ)』を守るために、1人で戦ってるのか?」

「……そういう事に、なるんですかね。亡くなった父様と母様も、それを望んで──」

「ァァァ─────ッッッ!!!」


 ──突如、声にならない雄叫びが響き、森が揺れた。

 ただならぬ強者の叫びに、聡太が身を固くさせ……目を細くするミリアが、森の奥へと視線を向けた。


「来ましたね……」

「……今のが、テリオンってやつか」

「はい。奴は特異な力を持っています。正直、私の魔法も、奴の前では無力です」

「魔法を無効化する……って事か?」


 聡太の問い掛けに、ミリアが無言で頷く。


「逃げるのなら、今の内ですよ。私がここにいる間に、できるだけ遠くに──」

「は? 何言ってんの? 戦うに決まってんだろ」

「……え?」

「さっきも言っただろ。俺の目的は、『十二魔獣』を殺して元の世界に帰る事だって。遅かれ早かれ、テリオンは殺すんだ。それが今日になるだけ……それだけだ」


 『桜花』を抜きながら【気配感知“広域”】を発動させ、迫る『十二魔獣』の方を向き──『憤怒のお面』を装着する。


「俺は俺の目的のために戦う。お前はお前の目的のために戦えばいい……来るぞ」

「は、はい!」


 元気な返事をするミリア──と、聡太が左手を森の奥に向けた。


「こっちか──『蒼熱線(そうねっせん)』」


 聡太の手の前に蒼い魔法陣が浮かび上がり──魔法陣から、蒼い熱線が放たれた。

 木々を燃やし、地面を溶かし、空気を焼きながら森の奥へと放たれ──直後、熱線が文字通り()()()


「……なるほど。魔法が無力ってこういう事か……なかなか厄介だな」

「い、今のは……?!」

「俺の魔法だ。まあ……お前の言う通り、無効化されたけどな」


 舌打ちし、目の前に現れた()()()に目を向ける。

 灰色の長い髪に、4つの瞳と4本の腕。服は着ていないが、黒色の体には陰部やら乳房やらは存在していない。

 何よりスゴいのは、極限まで左右対称な所だ。

 一見は女性のように見えなくはないが……4つの幾何学的な瞳を見れば、少なくとも人間とは思えないだろう。

 コイツが《平等を夢見る魔獣(テリオン)》……『十二魔獣』の1匹にして、聡太たちがこの世界に呼ばれる理由となった存在。


「キェェェ──ッッッ!!!」


 世界を平和にするために召喚された勇者と、世界を滅ぼすために破壊を続ける魔獣が。


 ──今、激突した。

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