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17話

 ──聡太が『大罪迷宮』の深下層に落ちて……1週間ほど経過した。

 明確な時間は、太陽や時計がないこの場所ではわからない。


「ギャギャァァァアアアアアアアアアッッ!!」

「──しィッッ!!」

「ギャオッ──?!」


 振り下ろされる小さな棍棒を避け、聡太が化物の喉元に刀を振るい──喉元を斬り裂かれ、最後の1匹が地面に沈んだ。


「まさか迷宮の中にもゴブリンがいるなんてな……」


 赤色の布切れを(ふところ)から取り出し、刀に付着した血を慣れた様子で拭き取った。

 『大罪迷宮』の深下層に落ちた日から……さらに5層ほど下に降りている。

 下に続く階段は見つけられるのだが……上に続く階段だけは1回も見つけていない。

 何か特殊な方法を使わないと、深下層には来れないのだろうか?


「さて……そんじゃ──“燃えろ炎。(われ)が望むは暗闇を照らす灯り”『フレア・ライト』」


 迷宮の床の上に転がるゴブリンの死体を1ヶ所に集め──『炎魔法』を発動。

 死体の山が炎に包まれ──辺りに異臭が充満する。

 そんな異臭が気にならないのか、表情1つ変える事なく『桜花』で死体を斬り刻んだ。


「……いただきます」


 その場に座り込み──斬り刻んだゴブリンを口に放り込んだ。

 筋っぽく固い肉を噛み千切り……口の中に広がる生臭い匂いと味に吐き気を感じながら、飲み込んだ。


「──はぁっ! ……ああクソ……何度食ってもクソマズイな……!」


 涙目になりながら、さらにゴブリンを食らう。

 ──さすがに1週間近くも経過すれば、人間誰でも腹が減る。

 そう思い、何日か前からモンスターを食らい始め……こんな感じになりながら、どうにか空腹を満たして生き延びている。


「……ん」


 一心不乱に肉を食らっていた聡太が、ゆっくりと視線を上げた。

 ──【気配感知“広域”】に反応があった。

 口の中の肉を一気に飲み込み、『桜花』を手に取って立ち上がった。


「……20……? いや、30以上か……?」


 『大罪迷宮』の中で群れを成すモンスターは……聡太が出会っただけで、3種類いる。

 まず、深下層に落ちて最初に出会った黒い狼、ダークウルフ。奇妙な隊列を組んで襲ってきたカブトムシのようなモンスター、キラービートル。

 そして、たった今殺したゴブリン。

 だが、30を越えるモンスターの群れなど……今まで見た事がない。


「……新種のモンスターか……?」


 集中を深め、【気配感知“広域”】の範囲をさらに広げた。

 ──どんどん増える。それも、真っ直ぐこちらへと向かって来ている。


「……“燃えろ炎。我が望むは炎の槍”」


 いつでも炎の槍を放てるように詠唱を済ませ、聡太は迷宮の奥へと進んだ。

 ──バタバタバタ。

 何やら、慌ただしい足音が聞こえ始めた。


「キャァァァアアアアアッッ!!」

「ギャオオオオオオオオオオッッ!!」

「──『ファイア・ランス』」


 モンスターの姿を見つけた瞬間、聡太は魔法名を呟いた。

 その瞬間、虚空に赤い魔法陣がいくつも浮かび上がり──炎槍が放たれる。

 暴力的とも言える無数の炎槍は、近づいてくる気配全てを焼き殺した。


「……なんだ。新種のモンスターかと思えば……」


 聡太を襲ってきたのは、ゴブリンだった。

 しかし、よくよく見れば普通のゴブリンよりもゴツい。

 ──ホブゴブリン。人間と同等程度の頭脳を持つ、ゴブリンの上位個体。

 まさか、【気配感知“広域”】に反応がある気配全てがゴブリンなのだろうか。


「…………ゴブリン程度が、この『大罪迷宮』の中に……?」


 何故だろうか、違和感を感じる。

 ゴブリンは……正直1対1の戦いならば、一般人でも充分に戦える。武器の心得を持つ者なら、負ける事は滅多にないだろう。

 そんなゴブリンが、ダークウルフやキラービートル、オーガなどの狂暴なモンスターが徘徊する深下層に棲息するだろうか?


「……ま、行ってみればわかるか」


 『桜花』を鞘へと収め、【気配感知“広域”】を発動させたまま『大罪迷宮』の奥へと進んだ。


────────────────────


 ──時は少々(さかのぼ)り、聡太が『大罪迷宮』の深下層へと落ちた日の午後。


「──グローリア様……ただいま、帰還しました」


 王宮の謁見(えっけん)の間。

 勇輝たちは……何とか『イマゴール王国』へ帰ってくる事ができた。


「む。帰ってきたかセシル隊長。早速で悪いが──」

「ちょっと待ってください」


 グローリアの言葉を(さえぎ)り、生徒に歩み寄る女性──川上先生だ。


「……古河君は、どこですか?」

「なっ……?! セシル隊長、どういう事だ?」


 川上先生の言葉でようやく気づいたのか、グローリアが表情を変えた。

 ……拳を強く握るセシル隊長から、返事はない。


「答えろセシル隊長。ソータはどこだ」

「……申し訳、ございません……フルカワ・ソータは…………」

「……殺されたのか?」


 声を震わせて問い掛けるグローリアに──セシル隊長は、ただ顔を(うつむ)かせた。

 無言でセシル隊長の言葉を待つグローリア……と、セシル隊長とは別の人物が問い掛けに答えた。


「殺されました。迷宮攻略に付いて来た騎士たちの手によって」

「剣ヶ崎ィ……! てめェ、何言ってやがンだァ?!」


 剣ヶ崎の言葉を聞いた土御門が、表情を怒りに染めて怒声を上げた。


「何勝手に古河を殺してやがンだてめェコラァッ! アイツがそう簡単に死ぬわけねェだろうがァッ! あンまりふざけた事言ってっとぶン殴るぞォッ?!」

「現実を見るんだ土御門。キミもわかってるはずだ。あの状況で、古河が生きているなんて──」

「オイ……マジでいい加減にしとけよてめェ……ぶっ殺されてェのかァ……!」

「ボクを殴る事でキミの怒りが収まるのなら、いくらでも殴ればいい。ボクは間違った事を言っていない」

「討魔ッ! なんて事を言ってるのッ!」


 さすがに我慢の限界が来たのか、破闇が鋭い声を飛ばした。

 だが──止めるには少々遅すぎた。

 ──ビキビキ……ミシミシッ……

 土御門の両腕が、大虎の腕に変化し始める。

 瞳に怒りを乗せ、土御門が大股で剣ヶ崎に詰め寄る。どうやら、本気の一撃を剣ヶ崎に叩き込むつもりらしい。


「悪かったわ土御門君。討魔も悪気(わるぎ)があって言ったんじゃないの。だから落ち着いて。今私たちが喧嘩したって、何の解決にもならないわ」

「ボクは間違っていない。考えを改めるべきは土御門だ」

「上等じゃねェかてめェ……! そンなに喧嘩してェならぶっ飛ばしてやるよォ……!」


 破闇の制止を無視して、土御門がどんどん剣ヶ崎に近づく。

 残り数歩で完全にゼロ距離になる──直前、土御門の前に少女が立ちはだかった。


「……虎之介……落ち、着いて……冷静、に……なっ、て……」

「……………」


 無言で水面を見下ろし──再び、ビキビキという音が聞こえ始める。

 土御門の両腕が少しずつ収縮し──元の土御門の腕に戻った。


「……討魔。あなたも少し落ち着きなさい」

「……だけど、ボクは──」

「聡ちゃんは、生きてるよ~……」


 全員の視線が、一人の少女に向けられる。


「生きてるの……絶対に」


 深い絶望を宿した瞳が、ゆっくりと正面に向けられた。

 いつもの火鈴からは考えられない表情に、その場にいた全員が思わず息を呑んだ。


「聡ちゃんはあたしが絶対に見つける……セシル隊長、明日も『大罪迷宮』に行こ~……?」

「だ、だが……しかし……」

「オレも行くぜ、獄炎」


 今まで黙っていた勇輝が、火鈴の隣に並んだ。


「聡太はオレの親友だ。アイツが諦めの悪い人間だって知ってる。それに、アイツは強いからな。絶対に生きてる」

「ユーキ……」

「オレも行くぜェ。オレがもっと強けりゃァ、あの木の化物を古河に任せっきりにする事ァなかったンだァ……もっと強くなってェ、古河を連れ戻してやらァ」

「虎之介と同じく、だな。あの木のモンスターも古河の戦いを見て……次元が違うと感じてしまった。古河は、俺たちになくてはならない存在だ」

「と、虎之介と影人が行くなら、僕も行くよ」

「……へェ……星矢がそう言うたァ予想外だったなァ……怖くねェのかよォ」

「ふっ、ふふ古河君には、命を助けてもらったんだ。だから……ちゃんと生きて、お礼を言いたい」


 土御門が勇輝の肩に手を置き、不敵で獰猛な笑みを浮かべた。


「……虎之介、が……行く、なら……私、も……行く……!」

「私も行くわ。彼がいないと……火鈴が悲しむからね」

「……本当、は……火鈴、が……心配、なんでしょ……?」

「う、うるさいわね。別に理由は何でもいいでしょ」

「な、何を言ってるんですか皆さん! そんなの先生絶対に許しませんよ!」


 熱の入った生徒を、先生として止めるべき──そう川上先生が思うのも無理はない。

 だが、その前に剣ヶ崎が立ち塞がった。


「……諦めましょう、川上先生。みんな、もう止まりません」

「だからって……! だからって、これ以上の犠牲は──」

「まだ古河が死んだとは決まってません……そうだろう、土御門っ!」

「あァ。ンなの古河の死体見てから言えってンだよォ」

「……やっと冷静になったわね、討魔」

「ああ……ごめんみんな。不安になるような事ばかり言って」


 瞳に強い力を宿し、腰に下げていた聖剣を抜いて掲げた。


「ボクは自惚(うぬぼ)れていた。大した力も持っていないのに、勇者と呼ばれて調子に乗って……その結果、あの出来事を招いてしまった。ボクは必ず古河を見つけ出して、みんなで元の世界に帰る! 手伝ってくれるか、光、優子!」

「えぇ。もちろんよ」

「ま、任せて!」


 ここまで来たら止まらない。止まれない。

 全員、死ぬという恐怖を理解した上での覚悟だ。川上先生が何を言っても『大罪迷宮』に行くだろう。


「カワカミ殿」

「せ、セシルさんからも何か言ってください! このままだと──」

「頼む。もう一度だけ彼らを俺に任せてくれないか。もう二度と犠牲者は出さないと約束する」


 セシル隊長の言葉に、川上先生は言葉を詰まらせ──諦めたように肩を落とした。


「………………わかりました……ただし、次はないですからね」

「この剣に誓って」


 川上先生の前に(ひざまず)き、剣を抜いて敬礼する。


「セシル隊長、指示をお願いします。ボクらを……導いてください」

「……ああ。聞けお前らッ! 今回の出来事は我々騎士団の失態だ! よって明日からは、お前たち10人と俺だけで『大罪迷宮』に向かうッ! いいなッ!」


 セシル隊長の言葉に、全員が無言で頷く。


「しばらくの目的はソータの捜索だ! 必ず見つけて、連れ戻すぞッ!」

「「「おおッ!」」」

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