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15話

「嘘、だろ……」


 目の前から姿を消した親友に、思わず勇輝の口から掠れた空気が漏れ落ちる。


「聡太……聡太ぁッ!」

「待てユーキ! 行くなッ!」


 反射的に大穴へと飛び込もうとする勇輝を抑え、セシル隊長は事の原因となった者たちに怒声を上げた。


「──貴様らぁああぁああああああああッ! これは何のつもりだぁッ?!」

「放せセシル隊長! 聡太っ、聡太ぁッ!」


 暴れる勇輝を地面に組み伏せ、セシル隊長が騎士たちに詰め寄る。


「……あのモンスターから助かるためには、【爆発魔法】で下の層に落とすべきだと考えました」

「お前たちをッ! 我々をッ! 命に代えても守ろうと戦っていたソータごと落とすべきだったとッ?! 貴様ふざけているのかッ?!」

「……あの少年は、他の勇者に比べてそこまで強いとは思えません。ですので、最小限の犠牲だと判断しました」


 騎士の中でも特に若い男が、表情を変える事なくそう言った。

 勇輝とセシル隊長の表情が憤怒に染まり、セシル隊長が勇輝を放して男へと詰め寄る──と。

 ──ドゴッと、鈍い音。

 何の音か、理解するのに数秒を必要とした。


「づッ……?! いきなり何を──」

「最小限の、犠牲だと……? ボクたちを必死に守ってくれた古河に対して、なんて事を言うんだッ!」


 男の顔面を殴った剣ヶ崎が、拳を握ったまま怒りを叫ぶ。

 ──後衛組を襲っていたモンスターの姿が消えている。おそらく、剣ヶ崎や土御門が頑張って倒したのだろう。

 ズンズンと男に詰め寄り、剣ヶ崎が握った拳を再び放つ──寸前。


「……いや……」


 ──その場にいた全員が、思わず声の主の方を向いた。

 そこにいたのは──力なく座り込む火鈴だ。


「いや……いや、いや、いや……」

「火鈴……?」


 耳を塞ぎ、どこを見ているのかわからない虚ろな目でイヤイヤと首を振る。

 その仕草はまるで──幼い子どもが大きな泣き声を上げる前のようで。


「いやぁああぁああああああああぁああああああああああああああああああッッ!!」

「ダメっ! 待って火鈴っ!」


 バッと立ち上がり、火鈴が穴に向かって駆け出した。

 聡太を追い掛けて穴に飛び込む──寸前、セシル隊長が火鈴を地面に押さえつけた。


「落ち着けカリンッ!」

「いやぁっ! 放してっ、放してよぉっ! 聡ちゃんっ、聡ちゃんっ!」


 火鈴の泣き声が、十五層に響き渡る。

 ──その声が聡太に届く事はなかった。


────────────────────


「……ぁ……? あ……あー……」


 声を出し、生きている事を確認する。

 手を何度も開閉させ、体が動く事を確認した聡太は、ゆっくりと体を起こした。


「あー……ああ……頭痛い……」


 いや、頭だけじゃない。全身が痛い。特に背中だ。まるで強く地面に叩きつけられたような──と、そこまで考えて、ようやく自分の状況に気がついた。

 植物のモンスターを下敷きにしている。この植物モンスターがいなければ、聡太は全身の骨が折れて絶命していただろう。事実、聡太の下敷きとなった植物モンスターは死んでいるのだから。


「……そうだ、俺……」


 ──騎士共が放った魔法が地面を粉砕し、『大罪迷宮』の下へと落下した。

 その事を思い出し、聡太は上を見上げた。

 ……一体、どれだけの距離を落下したのだろうか。発光石(はっこうせき)のおかげで迷宮内はそれなりに明るいが、上の様子は全く見えない。

 とりあえず現状をどうにかしようと、聡太が植物モンスターの上から飛び降り──

 ──ガクッと膝を落とした。


「……なんだ……?」


 体が重たい。まるで重りを背負っているかのようだ。

 何かのマンガで、重力は地球の中心に近づくほど強くなると聞いた事がある。

 この世界も同じなのだろうか……そう思いながら、聡太は重たくなった体を動かし、迷宮内を探索し始めた。


「さて……どうするかな……」


 現状打破のために、聡太は頭を回転させる。

 ──さあ。どうやって地上に戻る?

 普通に考えて、ひたすら上の層に続く階段を上っていけば、地上には帰れるだろう。

 だが……上を見上げる限り、かなりの階段を探さなければならないだろう。


 回せ、回せ。脳みそを回せ。


 ……そうだ。グローリアは確か、『大罪迷宮』は『大罪人』の隠れ家だったと言っていた。

 もし俺が『大罪人』だったら? 多くの人間から命を狙われているとしたら?

 俺だったら──地上へと繋がる隠し通路を作る。

 先ほどのように、上の層を爆発させて『大罪人』を生き埋めにしようと考える奴がいるかも知れない。

 だとしたら──


「もしかしたら、地上への隠し通路があるかも知れない……!」


 その結論に辿り着き──聡太は気づいた。

 4つしかない聡太の【技能】──その内の1つ、【気配感知】に何かが引っかかった。


「……まあ何をするにしても、まずはこの状況をどうにかしないとな」


 刀を抜き、己を取り囲むモンスターに殺気を向ける。

 姿を現したのは、黒い狼だ。

 普通の狼と違う所と言えば、瞳が6つも付いている事だろうか。


「グルルル……! ガァアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアッッ!!」

「ふぅ──!」


 飛び掛かってくる狼の頭を斬り裂き──狼の体から鮮血が飛び散る。

 ──クソ、体が重いっ。


「ルァアアアアアアアアアッッ!!」

「ルルォオオオオオオオオオオッッ!!」


 1匹が()られたのを合図に、他の狼たちが聡太へと襲い掛かる。


「くッッッ──そォおオオおおおおおオオォオぉオオオオオッッッ!!!」


 【気配感知】をフル発動させ、近づく気配を斬り続ける。


「ふぅッ! しぃッ!」

「ギャインッ」


 数えきれないほどの狼の群れを前に、だが1歩も退かず、聡太は刀を振り続ける。


「ぅ、ぐっ……!」


 聡太の右腕が狼の爪により斬り裂かれ、迷宮内の床を真っ赤な血が染め上げる。

 ──なんで。


「くそ……ッ! くそぉッ!」


 力が入らない右腕に舌打ちし、左腕1本で迎撃を続ける。

 ──どうして。


「近寄ん、なぁッ!」


 ──なんで。どうして。何故俺がこんな思いをしなければならない。

 痛い。痛い。

 俺が何をした? こんな思いをしなければならないようか事をしたか?

 熱い熱い、アツイ。

 俺が悪いのか? 俺が何をしたって言うんだ?

 嫌だ。死にたくない。

 勇輝たちは無事だろうか?

 怖い怖いこわいコワいコワイ。

 数が多いな。殺しきれるか?

 ダメだ逃げろ殺される。


 様々な考えが頭を駆け巡り──ふと、1つの疑問に辿り着いた。


 なんで、俺はここにいる?

 暗くて辛くて死にそうなのは、何故だ?

 俺が何かしたか? 俺が悪いのか? いや、俺は悪くない。なら──


 ──悪いのは誰だ?


 俺たちをこの世界に呼んだグローリアか? それとも、そのグローリアに神託を授けた女神か? 俺たちに戦い方を教えたセシル隊長か? 俺を落とした騎士共か?

 いや違う。

 悪いのは──この世界だ。


 そう思った──直後、聡太の心に、殺意の炎が宿った。

 ──殺す。

 何を、ではない。全てを、だ。

 何かを思う度に、殺意の炎が勢いを増していく。

 そして──ドクンッと、聡太の体が大きく脈打った。

 大きく脈を打つ度に、聡太の体に赤黒い模様が刻まれる。

 顔に、腕に、足に……やがて、聡太の全身を赤黒い模様が覆った。

 そして……聡太の背中の紋様が強く輝き、辺りを赤い光が照らし出す。


「……殺す……全て……! 1人も、残さず……!」


 だが、怒りに支配された聡太は紋様が輝いている事に気づいていないのか、()()()()()()()()()()で目の前のモンスターの群れを睨み付けた。


「グルル──ガァアアァアアアアアアッ!」


 異変を感じた1匹が聡太に飛び掛かるが──突然、力なく地面に滑り込んだ。

 生き絶えた狼をよく見れば、頭と胴体が斬り離されている。

 今の一瞬で頭部と胴体を斬り離した──見えない早業に、狼の群れが怖気付(おじけづ)いたように低く唸った。


「……殺す……殺す、殺す、殺す、殺す、ころす、ころす、ころす、ころス、コろス、コロス、コロス、コロス、コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス──」


 ギラギラと赤い瞳を輝かせ、左手1本で刀を構える聡太。

 その瞳には──ただ『憤怒』だけが映っていた。

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[一言] 某眼帯白髪の人を思い出した
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