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12話

「グローリア様、ただいま帰還しました」

「うむ……全員無事そうだな?」


 王宮の中。

 セシル隊長がグローリアに報告を(おこな)う──と、生徒たちに気づいたのか、川上先生が駆け出した。


「大丈夫でしたか?! ケガしてませんか?!」

「もちろんです川上先生! ボクたちはこの世界を救う勇者です! モンスターごときに負けるはずがありません!」


 相変わらず元気な剣ヶ崎から目を逸らし、聡太は全身を返り血に染める男に声を掛けた。


「……土御門は……まあ、何となくわかってたけど……」

「あァ……なンかスッキリしたぜェ」


 満足そうな笑みを浮かべる土御門……その背後には、水面が立っている。

 と、聡太の視線に気づいたのか、水面が口を開いた。


「……ん……めちゃ、くちゃ……だっ、た……」

「だろうな」

「笑い、ながら……モンスター、狩ってた……」


 ──なんでだろうか。想像ができる。

 金髪を振り乱しながら、拳だけでモンスターを殴殺する最強の不良──うん。何の違和感もない。


「ふ、古河くん!」

「ん……小鳥遊か。体調はもう大丈夫か?」

「うん、もう大丈夫だよ。あの……ありがとね、助けに来てくれて」

「……感謝なら、俺じゃなくて氷室とセシル隊長にしてやってくれ。俺は別に何もしてねぇよ」


 ヒラヒラと手を振り、小鳥遊の感謝を雑に受け流す。


「それで……グローリア様、少し提案がございます」

「なんだ?」

「明日からの訓練、勇者たちを『大罪迷宮』に連れて行こうかと思っています」

「正気か? この者たちはまだ1週間しか訓練しておらんのだぞ?」

「大丈夫でございます。この者たちは今日、ドラゴンを討伐しました。『大罪迷宮』の上層程度ならば、何も問題ないかと」

「ドラゴンを……そうか……いや、しかし……」


 どうやらグローリアは、聡太たちが『大罪迷宮』に行くのに反対らしい。

 この短期間で情が移ったのか、それとも単純に力不足と思っているのか……聡太にはわからないが。


「大丈夫ですよグローリアさん。今のボクたちなら、『大罪迷宮』だって攻略できます」

「ふ、むぅ……」

「念のため騎士たちも10名ほど連れて行きますし、迷宮内では私が指揮を()ります。そうすれば、この者たちが命を落とす危険も激減すると思われるのですが……」

「……セシル隊長がそう判断するのなら、私は何も言うまい」

「ありがとうございます。お前ら、聞いていたな? 明日は『大罪迷宮』にて訓練を行う。場所は『ユグルの樹海』の中にある『大罪迷宮』! そこまでは馬車で移動する! いいな!」


 セシル隊長の言葉に、全員が無言で頷く。


「今日の訓練はこれで終わりとする、各々、明日に向けて英気を養っておけ! では──解散ッ!」


────────────────────


「む……ソータか。どうかしたのか?」


 『女神 クラリオン』の絵画が置いてある部屋。

 深夜、なかなか寝付けなかった聡太は……グローリアの姿を探し始めた。

 というのも、聡太たちが『大罪迷宮』に行くと言った際、グローリアは反対していた。その理由を聞きに来たのだ。


「んや。昼間セシル隊長が『大罪迷宮』に行くって言った時、反対っぽい顔してただろ? なんでかなーって思って」

「それは……」

「あんたとしては──いや。この世界の住人としては、一刻も早く『十二魔獣』を討伐して欲しいだろ? そのための力があるって言われてる『大罪迷宮』に行くって言えば、反対する理由なんてないんじゃないか?」


 真っ直ぐにグローリアを見据え──やがて、グローリアの口から、観念したかのようなため息が溢れた。


「ソータになら話しても良いだろう……実はな。明日、国王様が『地精族(ドワーフ)』の国から帰って来られるのだ」

「国王様……?」

「この『イマゴール王国』の国王だ。勉学に勤しんでいるソータならば知っているだろう?」

「まあ一応は……」


 聡太たちが召喚された、この国の名前は『イマゴール王国』という。

 王国なので当然王様がいる。

 聡太たちが異世界に召喚される前に他国へ同盟を結びに行ったため、今は王宮にはいないらしいが。


「つまり、明日王様が帰ってくるからどこにも行かないでほしいって事か?」

「……そういう事だ」

「だったら、セシル隊長にそう言えば良かったんじゃないのか?」

「国王様の行動は、全て最高機密として扱われる。外に漏れれば、暗殺を企む者がいるかも知れんからな」


 用心深すぎるんじゃないか? と、喉まで出かかった言葉をギリギリで飲み込む。


「異世界から勇者を召喚したのは、私の独断でな。国王様は何も知らんのだ」

「それは……なんで勝手に召喚したんだよってなるだろ」

「うむ……国王様と王女様がこの国を出発された後に神託を授かったのでな……」


 ……というか。

 グローリアは王宮の召使いや執事のような人に命令をしていた。

 つまり、国王がいない今、王宮の中での地位が最も高いのは……グローリアなのだろうか?


「……なんか、あんたも色々と大変そうだな」

「……何故そんな目で私を見る?」

「んや別に……」

「時々、ソータが本当に17歳か疑う時があるのだが……まさか人生2度目の転生者ではないだろうな?」

「なわけねぇだろ。人生なんざ…………本当に、この1回きりで充分だ」


 この1週間で、グローリアはフルカワ・ソータという人間を理解した──つもりだった。

 冷静沈着。優れた観察眼とよく回る頭脳を持った、感情をあまり外に出さない少年──と思っていた。

 だから……今のように顔をうつむかせ、声を震わせている聡太の姿は、あまりに予想外で。


「……なんだ、ちゃんと子どもではないか……」

「んあ? なんて?」

「いや、何でもない。それより、早く寝た方が良いのではないか?」

「……そうだな。もう少しで新しい魔法も覚えられそうだし、それを使えるようになったら寝るか……」

「うむ。それではな」


 大きくため息を吐きながら、聡太は部屋を後にした。

 聡太が寝れない理由は、他にもある。

 眠ってしまったら──ゴブリンの群れを殺した時の光景が夢に出てきそうで怖いのだ。

 さらに、明日は『大罪迷宮』に向かう。

 悪夢への恐怖心と、明日への不安……寝ように寝れないのも無理はない。


「……外の空気でも吸うかな……」


 この王宮にはバルコニーがある。

 そこで魔法の勉強をするのが、最近の聡太の趣味だ。

 魔法書は持っていないが……たまにはボーッと星を眺めるのも悪くないだろう。

 そう思い、聡太は近くのバルコニーに向かい──


「ん……先客がいるのか……?」


 バルコニーに人影がある。背の高さから考えて、多分男だ。

 俺以外にバルコニーに誰かいるなんて珍しい──と心の中で思いながら、聡太はバルコニーにいた人物に声を掛け……後悔した。


「こんな夜中に何やってるんだ?」

「ん? ……古河か?」

「げっ……剣ヶ崎か……」


 完全に地雷を踏み抜いた。

 だが声を掛けたのは聡太で、先にバルコニーにいたのは剣ヶ崎だ。よって、全ての責任は聡太にある。


「げっ、とは何だ。友人に対する反応じゃないだろう?」

「おう、友人とは思ってねぇから正常な反応だろうが」

「なんだと?!」


 鼻息を荒くし、憤慨したように剣ヶ崎が聡太に詰め寄る。


「……で、何やってるんだ? お前の事はよく知らないが、この時間まで起きてるような性格じゃないだろ?」

「まあ、そうだな。ボクはいつも早寝早起きを心がけている。この時間まで起きているなんて、普通のボクじゃあり得ない事だ」

「……つまり、今のお前は普通じゃないと?」

「……そういう事になる」


 意味がわからん。なんなんだコイツ。


「……今日、モンスターを討伐しただろう?」

「ああ。そうだな」

「古河は……何も感じなかったか?」

「回りくどい。ハッキリ言え」

「……生き物を殺して、平常を保っていられないんだ。ベッドに入って目を閉じると……あの時の光景が浮かび上がってくる。こうやって起きておかないと、ボクは……罪悪感に押し潰されそうなんだ」


 声の調子を落として、今にも消えてしまいそうな声でそう言った。

 どうやらコイツも聡太と同じ理由で眠れなかったらしい。

 ボクたちは勇者だ! モンスターは悪だ! だから死んで当然だ! とか言ってそうだが……どうやら違ったようだ。


「……古河は……どう思った? モンスターを……生き物を殺して」

「知らん。殺さなきゃ殺される状況じゃ、そんなの考える暇なんてねぇよ」


 迫るゴブリンを刀で斬り、残るゴブリンを炎の槍で殺した。

 あの時は生きるのに必死で何も思わなかったが……後になって、殺したという実感が湧いてきた。


「モンスターも生きるのに必死だ。俺たちだって生きるのに必死だ。そこに罪悪感を感じる必要なんて……何もない」

「……本当に、そうだろうか」

「あ?」

「たくさんのモンスターを殺して、『十二魔獣』を殺して……ボクは、元の世界の常識に追い付けるだろうか」


 何となくだが、剣ヶ崎の言いたい事がわかった。

 要するにアレだ。この世界で殺しを日常として、日本の平和な日常に戻れるか? という事だ。

 一度身に付いた殺しの感覚は、簡単には消えてくれない。永遠に聡太や剣ヶ崎の脳裏に焼き付いている事だろう。

 この世界では『命』が軽い。この世界のどこかには、自分の意見を通すために相手を殺す人間だっているだろう。

 その感覚が身に付いたまま日本に戻ったら──と、そんな事を剣ヶ崎は心配しているのだ。


「……古河、キミはどう思う──」

「知るか」

「……え?」

「この世界はよく知らんけど、日本には法律があるだろうが。人を殺したら捕まるだろうが。捕まるってわかってたら人殺さないだろうが。んな事もわかんねぇのか?」

「いや、まあ……それはそうだが……」

「殺しの感覚を覚えちまったのはお前だけじゃねぇ。俺だって生き物を殺した。勇輝だって土御門だって、殺される恐怖と殺す罪悪感を知った。別にお前だけが生き物を殺したわけじゃねぇ。他の奴らは割り切ったんだ。殺さなきゃ殺されるってな。今のお前が殺す恐怖に怯えて眠れないのは──相手に同情する余裕があるからだ」


 一切の反論も許さない言葉のマシンガンが、剣ヶ崎の心に撃ち込まれる。


「……わ、悪い。説教するつもりは無かったんだが……」

「なるほど……そうか……そういう事だったのか!」

「うおっ?! い、いきなりどうした?!」


 バッと顔を上げ、剣ヶ崎が力強く続ける。


「相手の分までしっかり生きろと、相手の命を背負って生きろと、つまりはそう言いたいんだな?!」

「いや、それは違う──」

「ああ何も言わなくていい! そうか、そうだったんだな! ありがとう古河! キミのおかげでスッキリした!」


 そう言うと、剣ヶ崎はバルコニーを後にした。あの表情を見るに、部屋に戻って寝るのだろう。


「……相変わらず、わけわからん奴……」


 星を見る気も失せ、聡太も自室へと引き返す。

 足早に廊下を歩く最中──ふと、1つの考えが聡太の脳裏をよぎった。

 ──先ほど剣ヶ崎に言った事。それはそのまま、俺自身にも当てはまるのでは? 現にこうして、眠れずに起きているのだから。

 つまりそれは──俺が他人に、他の生き物に同情していると?


「はっ……」


 そんな考えを、聡太は鼻で一蹴した。

 ──俺が? 同情? それも、人間ですらない生き物に?

 そんなバカな話があるか。俺の道を阻む者は敵だ。それがモンスターであろうと、人間であろうと、目の前に現れた敵は──


 ──殺す。

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