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111話

「よし……準備はいいな?」


 聡太の問い掛けに、五人は無言で頷いた。

 ──『十二魔獣』を討伐した時は、それを自分の実力証明とし、この国を去る。

 小鳥遊に回復してもらった聡太たちは、『人王』に宣言した通り、『イマゴール王国』を出発しようとしていた。


「まさか、今回の戦いで二人も【大罪技能】に目覚めるとはな……」


 聞いた話によると、土御門が【傲慢に溺れし卑怯者】という【大罪技能】に、破闇が【怠惰に嵌まり嘆く者】という【大罪技能】に目覚め、その力で《激流を司る魔獣(ディティ)》を討伐したとか。

 《魔物を従える魔獣(ポーフィ)》と戦った火鈴と剣ヶ崎は、何やら奇妙な化物と戦う事になったらしい。

 ちなみに、今回『十二魔獣』と戦った者の中で、最も死にそうだったのは聡太だ。

 出血量も多かったが……それよりも、肉体の損傷が酷かった。

 特に左手だ。小鳥遊が言うには、完全に使えなくなった体のパーツは、癒す事ができないらしい。

 もう少し左手を酷使していたら、二度と左手が使えなくなっていた。


『──もう! 土御門くんも酷かったけど、古河くんも酷いよ?!』


 傷だらけのアルマクスを連れて小鳥遊の所を訪れた際、開口一番にそう言われた。


『もうっ……確かに古河くんは強いよ? 私なんて足元にも及ばないくらい、とても強いよ。だけどね、強いから心配しないってわけじゃないんだよ? 古河くんが世界で一番強くなったとしても、みんな古河くんの事を心配するんだよ? だから……お願い、無理はしないで』


 【治癒術士】である小鳥遊は、これまでに何度も何度も傷を癒してきた。

 そう──心優しい彼女が、痛々しい傷を見て、心を痛めないはずがないのだ。

 その時初めて、聡太は小鳥遊に対して申し訳ないと言う感情を覚えた。


「──聡太」

「ん……」


 ふと、背後から声を掛けられた。

 振り返ると──勇者一行がいた。どうやら、聡太たちを見送りに来たらしい。


「もうちっとゆっくりしていったらどうだ? あれだけの戦闘をした後なんだしよ」

「そうしたいのは山々だが……ここにいると、『人王』がうるさそうだからな」

「そうだけどよ……」

「悪い、勇輝。もう行くから」


 寂しそうな親友に向け、聡太は小さく笑った。

 そんな聡太を見て、勇輝はやれやれと言わんばかりにため息を吐き、強面の顔に苦笑を浮かべる。


「死ぬなよ?」

「おう。お前こそ、脳みそまで筋肉にならないよう気を付けろよ?」

「余計なお世話だっつーの」


 拳を突き出してくる勇輝に、聡太もまた拳を差し出す。

 拳と拳をぶつけ合い──聡太は勇輝に背を向けた。

 そのまま『イマゴール王国』を出ようと──した所で、再び呼び止められる。


「──ふ、古河くん!」


 声の主はすぐに誰かわかった。小鳥遊だ。

 ゆっくりとした動作で振り返る聡太に向け、小鳥遊は顔を真っ赤にして大声を上げる。


「私が言った事、忘れちゃダメだからね! もしまた無理してケガなんてしたら、もう治してあげないから!」

「それは困るな」

「だったら、無理はしないで! 困ったら、私たちを頼ってね! 絶対、一人で悩んじゃダメだからね! 約束だよ?!」

「……ああ。ケガの治療に関しては、本気でお前を頼りにしてるからな。何かあった時は、遠慮なく頼らせてもらう」


 柔らかく笑う聡太の姿を見て安心したのか、小鳥遊がようやく肩から力を抜いた。


「それじゃ──行ってらっしゃい!」

「ああ──じゃあな」


 ひらひらと手を振り、聡太たちは『イマゴール王国』を後にした。


───────────────────


「さて……んじゃ、王宮に引き返すか」


 勇輝の言葉を聞き、全員が王宮に向けて歩き始める。

 破闇も勇輝たちに続こうと──して、門の方を向いたままの幼馴染みの姿を見て動きを止めた。


「…………ふぅ……」


 古河の姿を見届けた小鳥遊が、誰にも気づかれないような小さいため息を吐いた。


「……?」


 そんな小鳥遊を姿を見て、破闇は不思議そうに目を細める。

 どこか物憂げに遠くを見つめる小鳥遊に近づき、背後から声を掛けた。


「どうしたの、優子?」

「うわっはぁ?! ひ、光ちゃん?! お、驚かせないでよぉ!」

「そこまで驚くかしら?」


 オーバー気味に驚愕する小鳥遊に、破闇が苦笑を見せる。


「それで……急にどうしたの?」

「え?」

「優子が古河君に──ううん。私と討魔以外の人にあんな事を言うなんて、珍しいなと思って。古河君と何かあったのかしら?」


 不思議そうに問い掛けてくる光に対し──小鳥遊は首を傾げた。


「……う、うーん……なんでだろ……?」


 別に深い理由なんてない。

 多分──聡太に頼られて嬉しかったのと、無理のし過ぎによる傷を見て悲しくなったのが原因だ。

 圧倒的な力を持つ聡太──その傷を癒せるのは、自分しかいない。聡太に回復を頼まれると、まるで自分の存在を肯定されているみたいで、小鳥遊は嬉しかったのだ。

 そして──当然のように無理をして、ボロボロになって小鳥遊の元へ現れた聡太を見て、悲しくなった。


 ──彼は優しい。

 彼が小鳥遊たちを連れて『十二魔獣』を討伐したがらないのは、小鳥遊たちを危険な目に遭わせないためだ。

 そう──彼は、小鳥遊たちのためにボロボロになっても戦うのだ。


「……………」


 ──ああ、わかった。

 この胸のモヤモヤの理由が、ようやくわかった。

 私──不安なんだ。

 古河くんが死んじゃうかも知れない──だからこんなに不安なんだ。

 古河くんは強い。私たち『勇者』の中でも、一番強い。

 だけど──今回は、そんな古河くんがボロボロになっていた。

 ──怖い。

 十二人の『勇者』──その内の一人でも欠けてしまう事が、恐ろしく怖い。


「……光ちゃん」

「何かしら?」

「私……古河くんに付いて行っても、いいかな?」


 理由はわからない。

 だけど──古河くんの事が心配で仕方ない。

 古河くんはすぐに無理をする。無理する事を前提に作戦を立てたりする。絶対的な強者を前にしても、決して背中を見せる事なく、前を向いて最後まで戦い抜く。

 そんな古河くんは、恐怖という感情を知らない──否、違う。

 古河くんは人一倍怖がりだ。死という恐怖に怯え、死にたくないから必死にもがいている。

 古河くんは、恐怖という感情を知らないのではない──恐怖に怯えていたら、何もできない事がわかっているのだ。だから古河くんは、恐怖を押し殺して前を向いている。

 そんな彼の姿を──いつからだろうか。小鳥遊は目で追うようになっていた。


「優子……」

「ふ、古河くんってさ、危なっかしいんだよ。いつも平気そうにしているけど、本当は誰よりも怖がりなんだよ。『イマゴール王国』には、私以外の【治癒術士】がいるけど……彼らには、回復の魔法を使える人がいないの。古河くんの『聖天』って魔法も、私の【治癒術士】よりは劣ってるし……だから、その──」

「いいわよ、何も言わなくて。行きたいんでしょう? なら、早く追い掛けなさい」


 小さく微笑む破闇の言葉に、小鳥遊は力強く頷いた。

 一刻も早く聡太に追い付くため、破闇に背を向けて駆け出し──


「──どこに行かれますの?」


 ──背後から聞こえた声に、小鳥遊はピタッと固まった。

 否──小鳥遊だけではない。

 破闇もその声を聞いて、驚愕したように目を見開いた。

 小鳥遊が振り返ると──破闇の背後に、金髪碧眼の少女が立っていた。


「しゃ、シャルロット様? ど、どうしてこんな所に?」


 そう──小鳥遊に声を掛けたのは、『人王』の一人娘であるシャルロット=ゼナ・アポワードだった。


「いえ、『十二魔獣殺し』がこの国を出発すると聞いたので、お見送りに来たんですの。でも……どうやら、間に合わなかったみたいですわね」

「はい、古河君は先ほど出発されました。それより……シャルロット様お一人ですか? 護衛は?」

「いませんよ──今ごろ王宮で死体となって見つかってるでしょうから」

「はっ──?」


 シャルロットの言葉に、破闇が眉を寄せた──直後。

 ──ゴギッという、骨が折れるような歪な音。

 その音が小鳥遊の耳に届いた──瞬間、破闇の体が吹き飛ばされた。

 地面をゴロゴロと転がり、民家の壁にぶつかってようやく勢いが止まる。


「がッ、はぁ……?!」

「光ちゃん?!」


 ──破闇の左腕が、歪に折れ曲がっている。

 激痛に顔を歪める破闇──その視線が、シャルロットを捉えた。


「いきなり、何のつもりですか……シャルロット様……!」


 ──シャルロットの両手に、銀色に輝く扇が握られている。鉄扇(てっせん)と呼ばれる武器だ。

 あの鉄扇で、破闇を殴り飛ばした──予想外の展開に、小鳥遊は固まったまま動けなかった。


「シャルロット? ……うふふ、そんな名前もありましたね」


 鉄扇をバッと開き──聞く者を震え上がらせる冷たい声で、王女の姿をした()()()は名乗りを上げた。


「ワタクシは『十二魔獣』の《愛を願う魔獣(アリア)》。あなたたちが『人類族(ウィズダム)』の王女だと思い込んでいた、シャルロットの正体ですわ」

「『十二魔獣』……?!」


 驚愕する小鳥遊と破闇──そんな二人の反応を見て、アリアは深々とため息を吐いた。


「全く……『上位魔獣』を三匹、試作魔獣を二匹も使ったのに、まさか全員返り討ちにされるとは思いませんでしたわ。それに……《死を運ぶ魔獣(ヘルムート)》が()られたのは、本当に予想外でしたわ。ツルギガサキ・トウマと手合わせをしている時は、そこまで脅威に感じませんでしたが……どうやら、認識を改める必要がありそうですわね」


 言いながら、アリアが小鳥遊に近づいた。


「ポーフィとディティが『人国』を攻め、ヘルムートが『大罪迷宮』を探す。その間に、ワタクシが『人国』を内部から切り崩すという作戦でしたのに……成果は『人王』の首だけ。このままでは、魔王様に怒られてしまいます……ですが──」


 小鳥遊を正面から見据え、アリアが美しく微笑んだ。


「『大罪人』の模様を持つ者を連れて帰国すれば、魔王様も少しは満足されるでしょう。本当はツルギガサキ・トウマを連れて行きたかったんですけど……贅沢は言ってられませんわね」

「──させるとでもッ、思っているの?!」


 ──ドッグンッッ!!

 破闇の体から脈打つ音が聞こえ──身体中に漆黒の模様が浮かび上がる。

 右太腿に刻まれる『大罪人』の模様が黒く輝き始め、瞳が邪悪に濁ったドス黒い色へと変化。

 一跳びでアリアとの距離をゼロにし──腰に下げていた『黒刀』を片手で振り抜いた。


「あらあら──」


 アリアがバカにしたように笑った──直後。

 ──ボウッ! とアリアの手の甲から炎が噴出された。

 それを認識した──瞬間、破闇の顔面に重々しい衝撃。

 鉄扇で顔面を殴打された──意識が吹き飛ばされそうになるのをグッと堪え、神速で刀を振るう。


「うふふ──無駄ですわよ?」


 手の甲から、肘から、背中から──様々な所から炎を噴出し、アリアが鉄扇を閃かせる。

 ──噴出される炎により、攻撃に勢いを付けている。

 例えるならば、そう──ロケットのような感じだ。

 神速で迫る刀撃を鉄扇で弾き返し──再び、破闇の顔面を鉄扇が打ち抜いた。


「うぐぅ──ッ?!」


 今度は堪えられず、破闇がよろめいた──直後、アリアが(かかと)から炎を噴射し、勢いを付けて蹴りを放った。

 蹴撃は破闇の脇腹を穿ち──回転しながら破闇が吹っ飛んでいく。


「う、そ……光、ちゃん……」

「……たかが上位魔獣最弱(ディティ)を倒したくらいで、ワタクシに勝てると思わない事ですわね。ワタクシはこう見えても、上位魔獣最強(ヘルムート)と同じくらい強いんですの」


 壁にもたれ掛かったまま、ぐったりとして動かない破闇──意識はあるが、激痛で動けないようだ。


「ゆ、うこ……ッ!」

「うふふ……まだ()る気満々ですわね」


 戦意喪失していない破闇の姿に、アリアは楽しそうに笑った。


「ですが、今回はここまでですわ。魔王様の楽しみを奪うわけにはいきませんから」

「光ちゃ──うっ?!」


 破闇に駆け寄ろうとする小鳥遊──その鳩尾に、アリアの拳が突き刺さる。

 小鳥遊の体から力が抜け──気絶した小鳥遊を持ち上げ、アリアは破闇を見下ろした。


「『十二魔獣殺し』にこう伝えてください──タカナシ・ユーコは預かった。返して欲しければ、一人で『魔国 オルドヴァーン』に来い、と」

「待、て……ッ!」

「待ちませんわ。それでは──」


 優雅にお辞儀し、アリアが小鳥遊を連れて『イマゴール王国』で出て行く。

 残された破闇は──ズルズルと体を這いずって、王宮へと向かい始めた。

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