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109話

「──おるぁッッ!!」

「はっはぁ!」


 縦横無尽に迫る二本の短剣を、一本の刀で迎撃する。

 刀で間に合わなければ体で躱す。回避が間に合わなければアルマクスの援護を頼る。

 息をする間もない攻防に、聡太の体が悲鳴を上げ始めた。


「まだッ──まだぁッッ!!」


 全身の骨が軋み、筋肉が絶叫を上げる。

 だが──聡太は止まらない。

 己の限界を超え──さらに加速していく。


「ふッ──ぅううううううううううああああああああああああッッッ!!!」

「『血結晶技巧(ブラッディ・アーツ)』、『八重・舞剣(アハト・グラディウス)』ッッ!!」


 辺りに紅色の結晶剣が現れ、ヘルムートに向けて一斉に射出される。

 不規則に回転しながら、ヘルムートを惨殺せんと迫る紅剣──その内の二本を手に取り、アルマクスが駆け出した。


「はああああッッ!!」


 ──先ほどまでよりも、桁違いに速い。

 自分の背後に回り込むアルマクスを見て、ヘルムートはそんな事を考えた。

 先ほどまでは、ワンパターンで退屈な相手だったが……今のアルマクスは──


「面白くなったッスねぇッ!」


 背後を振り向きながら、ヘルムートは短剣を振り抜いた。

 ヘルムートの一撃は、アルマクスの持つ結晶の剣によって受け流され──間髪入れずに、ヘルムートの蹴りが放たれる。

 その場を飛び退いて蹴りを回避し──グルンッと、ヘルムートがその場で高速回転。

 近くに迫る結晶剣を打ち落とし──それらに紛れるようにして放たれた聡太の刀撃を弾き返した。

 あまりの衝撃に、聡太が『紅桜』を手放し──その隙を、ヘルムートは見逃さない。聡太の心臓を貫かんと、銀色の短剣を構えた。

 ──『黒曜石の短刀』と『白桜』を抜く暇はない。

 つまり──今の聡太に、武器はない。


「チッ──舐めッ、んなぁッッ!!」

「おっ──」


 ヘルムートを斬り裂かんと迫る結晶剣を両手でそれぞれ掴み取り、雄叫びと共に振り抜いた。

 一発目──避けられる。

 二発目──短剣で弾かれる。

 三発目──届いた。ヘルムートの皮膚を撫で斬る。

 四発目──ヘルムートの右腕を斬った。鮮血が飛び散る。


「がぁ──ッッッ!!!」


 五発目──ギリギリで避けられる。

 六発目──ヘルムートの髪の毛を斬り落とす。ヘルムートにダメージはない。

 七発目──剣を振るうフリをして、右手の結晶剣を投げ付けた。ヘルムートの右足に結晶剣が深々と突き刺さる。

 八発目──ヘルムートの短剣とぶつかり合い、重々しい衝撃と共に左手の結晶剣が粉々に砕け散った。


「まだッ──まだぁッッッ!!!」


 ヘルムートに打ち落とされ、足元に転がる結晶剣──それを足先で器用に蹴り上げ、左手で掴み取る。

 勢いそのままに、結晶剣を振り抜いた。

 九発目──余裕そうに避けられる。だが、今の一撃は攻撃が目的ではない。ヘルムートが聡太の攻撃を避けている間に、先ほどと同じく結晶剣を蹴り上げ、右手で掴み取った。

 十発目──ヘルムートの背後から結晶剣を突き出すアルマクス。それを避けるヘルムート。回避した際に、ヘルムートの体勢が崩れる。その隙を見て、結晶剣を振り下ろした。浅い。ヘルムートの頬を斬るだけに終わる。


「はははッ──!」


 十一発目──簡単に避けられ、カウンターに短剣が迫る。

 十二発目──迫る短剣を避ける。僅かに間に合わない。頬から血が流れ出る。痛みに顔を歪めながら結晶剣を横薙ぎに振るう。届かない。

 十三発目──ヘルムートが短剣を振り抜く。それを結晶剣で受け止めるアルマクスが吹き飛ばされた。その隙に、足元の結晶剣を蹴り上げる。腰を捻り、宙に浮かぶ結晶剣を蹴り飛ばした。弾丸のような勢いで射出された結晶剣は、だがヘルムートの胸部を覆う外骨格に軌道を逸らされて森の奥へと消えていく。

 十四発目──右手の結晶剣を再び投げ付ける。二回目は通用しない。ヘルムートが後ろへ飛び退き、投擲された結晶剣が地面に突き刺さる。

 十五発目──地面に突き刺さった結晶剣を蹴り飛ばす。高速回転しながら、ヘルムートの腹部を貫いた。


「がふッ──?! ──ひゃはッッ!!」


 ──全身が悲鳴を上げている。何箇所か骨が折れている。それに、どこかの筋を痛めている。今の聡太は、立っている事すら不思議な状態だ。

 もう限界だと本能が叫ぶ。これ以上は体が持たないと理性が訴える。

 ──黙れ、知った事か。感情(いかり)が本能と理性を押し潰す。

 ここまで来たんだ。ヘルムートに届いたんだ。ようやく渡り合えるようになったんだ。

 負けられない。負けたくない──死にたくない。

 だから──絶対にッ、負けないッッ!!


「があ──ッッッ!!!」


 十六発目──骨が軋む。無視して左手の結晶剣を振り抜く。ヘルムートの短剣とぶつかり、結晶剣が砕け散った。衝撃で聡太の左手首が痛みを訴える。

 十七発目──後ろ腰の『黒曜石の短刀』と『白桜』を逆手で抜く。引き抜く勢いのままに、右手の『黒曜石の短刀』を振り抜いた。ヘルムートの皮膚を掠める。

 十八発目──『黒曜石の短刀』を引き戻すと同時、左手の『白桜』を振り抜く。ヘルムートが短剣を合わせた。聡太の左手に激痛が走る。

 十九発目──歯を食い縛って痛みを我慢し、『黒曜石の短刀』を順手に持ち替える。血走った赤い瞳を見開き、振り下ろした。避けられる。お返しと言わんばかりに、短剣が突き出される。

 二十発目──『黒曜石の短刀(みぎて)』では防御が間に合わない。やむを得ず、『白桜(ひだりて)』で軌道を逸らす。脳を焼くような激痛。左手は完全に使い物にならなくなった。痛みによる絶叫を裂帛の雄叫びに変え、振り下ろした状態の『黒曜石の短刀』を力任せに振り上げ、ヘルムートの体を深々と斬り裂いた。


「がッ──はッ……! ──ああッッッ!!!」


 間違いなく致命傷──だが、ヘルムートはまだ倒れない。

 それどころか──ますます楽しそうに笑みを深め、吐血しながら両手の短剣を同時に振り下ろした。

 咄嗟に『黒曜石の短刀』と『白桜』で受け止め──『白桜』を握る左手首に、尋常ならざる激痛。

 痛みに絶叫を上げるが──力だけは緩めない。ここで力を抜けば、殺される。

 残る力を振り絞って、ヘルムートの短剣を受け止め続ける聡太──と。

 ──ヒュオッという風を斬る音。

 その音を認識した──瞬間、聡太は前蹴りを放った。

 ヘルムートの腹部に突き刺さる結晶剣に、全力で前蹴りを叩き込み──背中から結晶剣の切っ先が突き出し、ヘルムートが蹴り飛ばされる。

 直後──聡太の眼前に、ヘルムートの尻尾が振り下ろされた。


「はッ──はぁッ! はぁッ! ……はぁぁぁぁぁ……ッッ!!」


 気が抜けたのか、聡太の手から『白桜』が抜け落ちる。

 そして──ボタボタボタッと。

 ヘルムートとの攻防で増えた傷口から、大量の血が流れ落ちた。

 ──これ以上は、まずい。

 既に限界を超えている。このままだと、毒死する前に死んでしまう。

 ならば──どうするか?

 答えは最初から決まっている。


「殺される前にッ、殺す……ッ!」

「──ソウタ」


 ようやく戦場に戻ってきたアルマクスが、聡太の体を見て目を細めた。


「……その体……」

「大丈夫だ。左手は使えないが、まだ戦える」

「だが──」

「アルマ」


 心配そうに声の調子を落とすアルマクスの言葉を(さえぎ)り、聡太が凶悪に笑った。


「ちょっと試してみたい事がある。協力してくれるか?」

「……わかった。聞かせてくれ」

「ああ──」


 地面に落ちている『白桜』をそのままに、聡太は考え付いた作戦を口にした。

 話を聞き終えたアルマクスは──やれやれと言わんばかりにため息を吐き、自分の右腕を聡太に差し出した。


「……傷口は、さっきの所でいいだろう」

「わかった」


 先ほど吸血した箇所に唇を当て、アルマクスの血を吸う。

 ほんの数秒だけ吸血を(おこな)い、すぐに顔を離した。


「……いけそうか、ソウタ?」


 アルマクスの問い掛けに、聡太は無言で頷いた。

 そして──足に力を込め、『黒曜石の短刀』を片手にヘルムートへと突っ込んでいく。

 アルマクスもその後を追い──直後、こちらに突っ込んで来ていたヘルムートと、聡太が正面衝突。

 短剣と短刀がぶつかり合い、辺りに凄まじい衝撃波が響き渡り──


「んっ──ぶはッッ!!」


 聡太の口から、鮮血が飛び出した。

 凄まじい攻防の連続に、聡太の体がとうとう限界を迎えた──そう判断したヘルムートは、聡太の口から吐き出された血を避けなかった。

 ヘルムートの体が、聡太の吐き出した血で真っ赤に染まった──直後。


「──【操血】ッッ!!」


 ──ピタッと、ヘルムートの体が硬直した。

 一体何が──驚愕に固まるヘルムートは、自身の体が動かない理由にようやく気づいた。

 ──体に掛かった血液が固まっている。それも、強度が尋常ではない。


「はぁ──ッッ!!」

「マジッスか……ッ!」


 短刀を強く握り直す聡太を見て、ヘルムートは尻尾を振り下ろした。

 血液は体の前面に掛かっている。故に、体の後面にある尻尾は固まっていない。

 だが──ヘルムートの尻尾が突き刺さるよりも、聡太がヘルムートを斬り刻む方が早い。

 赤い瞳を輝かせる聡太の姿に、ヘルムートは自身の死を幻視し──


「──ああああああああッッッ!!!」

「んなっ──?!」


 ヘルムートの尻尾を、聡太が短刀で受け止めた。

 ──何故だ? 何故、攻撃しない?

 困惑するヘルムート──その体を、聡太の咆哮が撃ち抜いた。


「やれッ──アルマぁあああああああああああああああああッッ!!」

「『血結晶技巧(ブラッディ・アーツ)』ッ! 『九重・紅槍(ノイン・ランス)』ぅうううううううううううううううッッッ!!!」


 聡太の声を掻き消すほどの、大きな雄叫び。

 その声を聞いた──直後、ヘルムートの後頭部を何かが貫いた。

 頭蓋(ずがい)を割り、脳を貫き──勢い余って、ヘルムートの(ひたい)から槍の先端が突き出す。


「──は……は、は……これは……やられた、ッスね……」


 ヘルムートの尻尾から、フッと力が抜ける。

 【操血】の影響で、ヘルムートが倒れる事はないが──間違いなく、その体からは力が失われていた。


「……ああ……楽し、かったッス……アンタたちに、会えて……マジ、良かったッス……」


 その笑顔はまるで、幼い子どもが遊び終わった後に浮かべるような笑顔だった。

 楽しかった。だけど──まだ、遊んでいたかった。

 最後の最後まで、この戦いを楽しんでいたヘルムート──その瞳から、完全に光が消える。


 《死を運ぶ魔獣(ヘルムート)》──討伐。

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