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108話

 ──時を同じくして。


「──げふッ……ああ、クソ……ッ!」

「ぐっ、はッ……!」


 木にもたれ掛かって座る聡太が、悔しそうに歯を食い縛る。

 地面に倒れ伏すアルマクスが、顔を真っ赤にしてヘルムートを睨み付けた。

 ──どちらも、大量に流血している。

 特に、聡太の方が酷い。『碧鎧』の隙間を縫って、何箇所も斬り裂かれている。


「はっははははははははッ! 本当に面白いッス! こんなにワクワクするのは、魔王様と手合わせした時以来ッス!」


 心底楽しそうに笑い──背筋が凍るような声で言った。


「で──次は?」

「クッソ──がぁッ!」


 顔を憤怒に染め、聡太が体を跳ね起こしてヘルムートに飛び掛かる。

 緋色の軌跡を描きながら、ヘルムートを真っ二つにせんと──


「ひゃはっ──!」


 ヘルムートが不気味に笑い、三本の短剣が閃いた。

 ──ガキィンッッ!!

 聡太の眼前で火花が散り──間髪入れずに、『紅桜』を振り抜く。

 ──ブシュウッ!


「──ぐっ、づぁッ……?!」

「ははッ──!」


 連続で振るわれるヘルムートの短剣を弾き返そうとするが──全ては迎撃できず、聡太の右頬から鮮血が飛び散った。

 痛みに顔をしかめながら、聡太がヘルムートから距離を取る。


「『剛力』解除──『三重詠唱・聖天』ッ!」


 聡太の体が淡い光に包まれ──斬り傷が癒えていく。

 『聖天』は応急処置程度の回復しか期待できないが──三重強化すれば、それなりに傷を癒す事ができる。

 だが──失った血液までは戻らない。

 貧血による倦怠感に舌打ちし、聡太は刀を構え直した。


「へぇ……回復の魔法も使えるんスか」


 驚いたように眉を上げ──ますます楽しそうにヘルムートが笑みを深める。

 足に力を込め、ヘルムートが聡太に飛び掛かる──寸前。


「──『四重・鉄鎖(フィーア・チェイン)』ッッ!!」

「おっ──」


 ヘルムートの周りに紅い魔法陣が浮かび上がり──そこから、紅色の結晶で作られた鎖が現れる。

 鎖は瞬く間にヘルムートを縛り付け──聡太の横を、アルマクスが走り抜けた。


「はぁ──『三重・紅槍(ドライ・ランス)』ッ!」


 虚空に浮かぶ魔法陣に手を突っ込み──紅色の槍を抜き出した。

 その先端をヘルムートに向け、アルマクスが鋭く踏み込む。

 神速で放たれる突きが、ヘルムートの心臓を貫く──


「……はぁ」


 ──ヘルムートの口から、ため息が漏れた。

 それはまるで、何かに絶望したようなため息で。


「──アンタはもう、面白くないッス」


 グッと力を入れ直した──直後、ヘルムートに巻き付いていた鎖が、簡単に引きちぎれた。

 迫る槍の先端を素手で掴み──ピタッと、アルマクスの突きが受け止められる。

 そのまま力を込め──紅色の槍が、粉々に砕け散った。

 思わず一瞬、呆然とするアルマクス──その首にヘルムートの尻尾が巻き付き、アルマクスの体を軽々と持ち上げた。


「か、はっ……?!」

「アンタの魔法は、絡め手や騙し打ちが得意そうッスね? だけど今のアンタは、魔法の強みを活かす事ができていない──正直、もう飽きたッス」


 言いながら、ヘルムートが短剣を振り上げた。

 無慈悲な一撃が、アルマクスの体を袈裟斬りにする──寸前。

 ──ゾクッと、ヘルムートの背中に寒気が走った。

 ……なんだ、この感覚。なんだ、この寒気。

 よくわからないが、この距離でコイツを攻撃するのはマズい──?


「……くそ……何でそこで手を止めるんだ……『三重・紅弾(ドライ・バレット)』ぉ……!」


 ヘルムートを囲むように紅い魔法陣が現れ──凄まじい射出音と共に、紅色の弾丸が放たれる。

 アルマクスを遠くに投げ飛ばし、ヘルムートがその場を飛び退いた──直後、地面が爆ぜた。

 次々と地面に撃ち込まれる弾丸──当然だが、ヘルムートにダメージはない。


「──っと……大丈夫か、アルマ」

「……ああ」

「惜しかったな。もう少しで【操血】が使えたのにな」


 投げ飛ばされるアルマクスを受け止め、地面に下ろす。

 ──ここからどうする?

 全力は尽くした。既に聡太もアルマクスも限界を超えている。

 だが──まだ足りない。

 ヘルムートと戦闘を開始して、時刻は十五分ほど経過している。

 毒を食らったのは戦闘開始から五分ほど後の事なので、毒によるタイムリミットは残り五十分。

 グズグズしている余裕はない。一刻も早くヘルムートを殺し、解毒の方法を探さなければ──


「──ソウタ」

「……なんだ? まだ何か奥の手でも隠してるのか?」


 聡太にしては珍しい、冗談混じりの言葉。

 それに対するアルマクスの返答は──無言の頷きだった。


「……マジかよ」

「別に隠していたわけではない。ただ……この方法はできるだけ使いたくなかった。ソウタにも悪影響が出る可能性があるからな」

「……どういう事だ?」

「だが──この状況で出し惜しみなんてしていたら、殺されるのは目に見えている。だから……すまない、ソウタ」


 謝罪の言葉と共に、アルマクスが聡太と向き合った。

 そして──ガッシリと聡太の顔を掴む。

 何をする気か? と身を固める聡太──その唇に、アルマクスがキスをした。


「──ん」

「んっ──?!」


 ほんの一瞬。唇と唇が触れ合うだけの軽いキス。

 だが──聡太の体に変化を与えるには充分だ。


「おまッ──が、ぃッ……?!」

「……【血の契約】と【血の盟約】の説明はしたな?」

「なん、だッ……これ……?! お前ッ、何をしたぁ……?!」

「聡太をボクの【血の契約】の対象者にした。今は苦しいだろうが、我慢してくれ。これで少しは──うん……?」


 アルマクスが自分の体を見下ろし、不思議そうに首を傾げた。

 ──ドクン……ドクン……

 アルマクスの体から、何かが脈打つような音が聞こえ始める。

 やがて、アルマクスの体に赤黒い不気味な線が浮かび上がり──聡太が【憤怒に燃えし愚か者】を発動した時のような姿になった。


「……なんだ、この感じ……? 何が起きている……?」

「ふッ、うぅ──は、ぁ……! はぁ……! ……はぁぁぁ……ッ!」

「む……落ち着いたか?」

「……ああ。なんとかな──ってお前、その姿……」

「ボクにもわからない。急にこの模様が現れたんだ」

「【憤怒に燃えし愚か者】……? アルマ、『ステータスプレート』には何か変化はあるか?」


 聡太に言われて、アルマクスは『ステータスプレート』を取り出した。

 そして──その内容に目を通し、切れ長の瞳をスッと細める。


「……見た事のない【技能】が増えているな」

「【技能】の名前は?」

「【憤怒の眷属】……だな」


 ──憤怒。

 その言葉を聞いた──瞬間、聡太は思い切り眉を寄せた。

 ……まさか……聡太と同じ、怒りを抱く事で発動する【技能】か?


「……まあいい。それよりソウタ、【血の盟約】の効果は覚えているか?」

「……ああ」

「そうか。なら、ボクの言いたい事はわかるな?」

「……はぁ……わかったわかった」


 アルマクスが自分の右腕に牙を突き立て──ボタボタと鮮血が漏れ始める。

 その腕を聡太に向けて差し出し……心底嫌そうにため息を吐いて、聡太がアルマクスの腕に吸い付いた。

 ──口の中に広がる、熱くて濃厚な鉄の味。

 だが──何故だろうか。

 今の聡太には──アルマクスの血が、とても美味に感じた。


「ソウタ。ボクも失礼するぞ」


 アルマクスが鋭い牙を剥き出しにし──聡太の腕へ噛み付いた。

 溢れ出る血を舐め取り、吸血を開始する。

 ──ヘルムートは動かない。

 目の前で強化されていく敵を前にして、嬉しそうに笑っている。


「──ぷはッ……おいアルマ、いつまで吸う気だ?」

「んっ──はぁ……なるほど、これが【血の契約】の効果……数秒の吸血で、ここまでの血力(けつりょく)を摂取できるとは……」

「いいッスねぇ……! まだ奥の手を隠してたんスか……! アンタたちはどこまでオイラを楽しませてくれるんスか……?!」


 恍惚とした表情で、ヘルムートが歓喜に震える声を漏らした。


「……ソウタ」

「なんだ?」

「……ボク一人では、絶対にヘルムートには勝てない。ソウタの力が必要だ。だから……頼む。力を貸してくれ」

「……はっ。今さら何を言うかと思えば──『三重詠唱・剛力』」


 『紅桜』を両手で持ち直し、聡太が獰猛に笑った。


「それはこっちのセリフだ。俺の目的を達成する上で、ヘルムートは絶対に殺さなきゃいけない……だけど、俺一人じゃ勝てない。お前の力が必要だ。手を貸せ、アルマ。俺も、全力でお前に協力する」

「……ああ!」


 聡太が足に力を込め──消えた。

 一瞬、ヘルムートが驚愕に目を見開き──直後、短剣を振り抜いた。

 ──ガキィンッ!

 いつの間に距離を詰めたのか──ヘルムートの目の前には、聡太の姿があった。


「ははッ──ヤベェッス!」

「ふぅ──ッッ!!」


 尋常ならざる速さで展開される攻防──先ほどまでと違い、ヘルムートと対等に渡り合えている。

 否──若干(じゃっかん)ではあるが、聡太の方が押している。

 力負けし、少しずつ体勢を崩すヘルムート──だが、その顔からは笑みが消えない。


「はぁ──『血結晶技巧(ブラッディ・アーツ)』、『八重・紅弾(アハト・バレット)』」


 アルマクスの詠唱に従い、虚空に紅い魔法陣が浮かび上がる。

 その数──先ほどまでとは比べ物にならない。

 魔法陣がカッと強く輝き──紅色の結晶で作られた弾丸が、ヘルムートを蜂の巣にせんと迫った。


「ああ──本当にッ、楽し過ぎるッス!」


 ヘルムートが持っていた六本の短剣を投げ捨て──(ふところ)から、二本の白銀に輝く短剣を取り出した。

 そして──ビキキッという歪な音。

 その音を認識した──瞬間、ヘルムートの体が膨張した。


「くははッ──!」


 先ほどよりも一回(ひとまわ)りゴツくなったヘルムートが、音すらも置き去りにして短剣を振り抜いた。

 聡太の『紅桜』と、ヘルムートの短剣がぶつかり合い──今度は聡太の体勢が崩される。

 そんな聡太の真横を、紅色の弾丸が走り抜け──対するヘルムートは、笑いながら短剣を振り回した。

 デタラメで暴力的とも言えるその連撃は──だが的確に全ての弾丸を弾き落とし、ヘルムートには届かずに終わる。

 素早く距離を取る聡太が、ヘルムートの姿を見て不愉快そうに目を細めた。


「……なんだよ、おい……まだ強くなるのかよ……?!」

「まさか、全力で戦えるなんて思わなかったッス──この姿のオイラは力加減ができないんで、気を付けるッスよ?」


 身長二メートルほどになったヘルムートが、聡太とアルマクスを見据えて狂気に歪んだ笑みを見せた。

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