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104話

「──おらぁッッ!!」

「ははっ──遅いッスねぇッ!」


 聡太の振るう『紅桜』を避け、ヘルムートが短剣を突き出した。

 吸い込まれるように胸部に迫る短剣──『碧鎧』の上を滑らせるようにして、短剣を受け流す。

 驚いたように目を見開くヘルムート──だがすぐに短剣を引き戻し、連続で短剣を振り抜いた。

 ──ガギャリガギャォンッ!

 神速の連撃を神速を(もっ)て弾き返し──『紅桜』の切っ先が、ヘルムートの胸を捉えた。

 腰を捻って片手突きを放ち──対するヘルムートは、腕を持ち上げる。

 前腕を覆う外骨格に軌道を逸らされ──聡太の片手突きは、虚空を穿った。


「クソが──ッ!」

「『血結晶技巧(ブラッディ・アーツ)』ッ、『三重・針山(ドライ・ニードル)』ッ!」


 地面に亀裂が走り──ヘルムートの足元から、血結晶の針山が飛び出した。

 素早く聡太がその場から飛び退き、ヘルムートの体を貫かんと針山が襲い掛かるが──


「はっ──はぁッ!」


 不気味に笑いながら、ヘルムートが地面を踏み込んだ。

 ──ズッッウウウンンッッッ!!!

 凄まじい轟音と衝撃が響き渡り──飛び出す針山が、無理矢理地面に押さえ付けられる。


「いいッスねぇアンタたち──久しぶりに昂るッス」

「ふぅー! ふぅー! ……殺す、殺す殺す殺す殺すぅッッ!!」

「落ち着けアルマ!」


 ──強い。

 今の聡太は、【憤怒に燃えし愚か者】と『三重詠唱・剛力』を発動してヘルムートと戦っている。

 というのも、魔法での攻撃はアルマクスに任せ、自分は接近戦でヘルムートの動きを止めた方が良いだろうと判断したからだ。

 だが──【憤怒に燃えし愚か者】と三重強化の『剛力』を使っているのに、ヘルムートの顔から余裕が消える事はない。

 テリオンやパルハーラのような、厄介な能力を持っているわけではない。

 単純に──強い。


「『血結晶技巧(ブラッディ・アーツ)』ッ、『三重・紅弾(ドライ・バレット)』ぉッ!」


 虚空に紅い魔法陣が浮かび上がり──そこから、紅色の結晶で作られた弾丸が放たれる。

 それらに紛れるようにして、聡太もヘルムートに向かって駆け出した。

 聡太が紅弾を追い抜き、ヘルムートに斬り掛かる──寸前、聡太が力一杯に地面を踏み込んだ。

 辺りを砂煙が覆い隠し──直後、砂煙の中にいるヘルムートに紅弾が襲い掛かる。

 ──キィンッ! ガギッ、カァンッ!

 見えない中でも紅弾を弾き返しているのだろう──砂埃の中から、歪な金属音が聞こえる。


「ふぅ──!」


 ──聡太が短く息を吐き出す音が聞こえた。

 直後──ヘルムートの顔面に、『紅桜』の切っ先が迫る。

 腕を振り上げ、聡太の突きを弾き返すが──ヘルムートはその感触に違和感を覚えた。

 ──軽い。これは突きじゃない。おそらく、ただ真っ直ぐに投げ付けられただけ。

 つまり──本命は別にある。


「──それが本命ッスか」

「おらぁあああああああああッッ!!」


 後ろ腰から『黒曜石の短刀』と『白桜』を抜き、聡太が砂煙を斬り裂きながらヘルムートに襲い掛かる。

 ──偽者の聡太や剣ヶ崎でさえ、一瞬思考が止まる予想外の攻撃方法。

 だが──ヘルムートは全く動じていない。

 振るわれる二本の短刀を六本の短剣で弾き返し──ヘルムートがニイッと笑った。

 その表情に、聡太は眉を寄せ──ハッと、視線を上に向けた。

 ヘルムートの臀部から生える蠍の尻尾──その先端が、聡太を捉えている。


「チッ──!」


 ──ドスッ! と、聡太のいた所に蠍の尻尾が突き刺さる。

 間一髪で刺突を躱し──シュウシュウと白い煙を上げて溶ける地面を見て、聡太が顔を歪めた。


「クソ……あの攻撃を初見で避けるかよ……!」

「いいッスねぇ……アンタたち、本当に面白いッス! 次は何を見せてくれるんスか?」


 ──このままだと、勝てない。

 コイツに勝つには──もっと怒らなければならない。

 制御できるギリギリまで怒りを増幅させれば、あるいは──


「──ソウタ」

「ん──なんだ」


 勝つための方法を模索する聡太──その耳に、アルマクスの声が飛び込んできた。

 ──憎悪と復讐心で染まったドス黒い声。

 味方であるはずのアルマクスの声に寒気を感じながら、聡太はアルマクスへと視線を向けた。


「……ボクは、どうしてもヘルムートを殺したいですぅ」

「ああ、知ってる」

「何が何でも──どんな手段を使ってでも、コイツを殺したいですぅ」

「……ああ」

「だからソウタ──少しチクッとしますよぉ」


 アルマクスが聡太の背中に飛びつき、その首元に牙を突き立てた。

 ──ちゅー、ちゅー。

 体から血が抜かれていく感覚に、聡太は思わず顔をしかめる。

 だが──アルマクスが必要だと判断したのだ。何か考えがあるに違いない。


「……………」

「やだなぁ、そんなに怖い顔しないで欲しいッス。アンタたちの準備が整うまでちゃんと待っててやるッスよ。その代わり──オイラを楽しませられなかったら、その時は(そく)殺すんで、そのつもりで頑張るッス」


 どうやらヘルムートは、この戦いを楽しんでいるらしい。

 ──絶対に殺す。

 こちらをバカにしているとしか思えない態度に、聡太は怒りを滾らせ、アルマクスは憎悪を膨らませる。


「──ぷはっ……」

「満足したか?」

「はいぃ──これで前々から貯めていた分と合わせて、変身に必要な血力(けつりょく)が集まりしたよぉ」


 ギラギラと血色の瞳を輝かせ、アルマクスが鋭い牙を剥き出しにして──呟いた。


「──【血力解放】」


 ──ブワッと、アルマクスの体から赤黒い霧が放たれる。

 驚愕に固まる聡太と、面白いものを見るように笑うヘルムート──と、アルマクスを覆い隠していた赤黒い霧が晴れた。

 ──腰まで伸びた美しい青髪に、血色に輝く綺麗な瞳。

 背中から生える蝙蝠(こうもり)のような翼を大きく広げ──凶悪に伸びる鋭い牙を剥き出しにした。

 ──身長は聡太よりも高い。

 アルマクスとは似ても似つかない女性が右手を上に上げ──歌うように詠唱した。


「──『五重・紅弾(フュンフ・バレット)』」


 虚空に、紅色の魔法陣が浮かび上がる。

 ──その数、先ほどまでの戦いが遊んでいたと言っても信じられるほど。

 女性が手を振り下ろした──直後、音を置き去りにして無数の弾丸が放たれる。

 その威力、その強度、どれも先ほどまでを大きく上回っているが──驚くべきは、その数だろう。

 雨のように隙間なく放たれた弾丸が、ヘルムートを蜂の巣にせんと迫り──


「へぇ──『ポイズン・ウォール』」


 ──ヘルムートの前に、紫色の液体の壁が現れる。

 弾丸が液体に正面衝突し──ジュワッ! と音を立てて溶け消えた。


「……お前……アルマ、か……?」

「──ああ、ボクだ……と言っても、簡単には信じられないだろうけどな」


 豊満な胸を押し上げるようにして腕を組み、冷たい血瞳でヘルムートを睨み付ける。

 口調もいつものダルそうな感じではなく、男のような喋り方だ。


「……それが前に言ってた切り札──【血力解放】ってやつか」

「そうだ。自身が一番力を発揮できる姿に変身するという【技能】でな。これは『紅眼吸血族(ヴァンパイア・ロード)』にのみ与えられる特殊な【技能】なんだ」

「そうか──んじゃ、やるか」


 聡太が大きく息を吐き──己の中に眠る憤怒を再熱させた。

 ──ドッグンッッ!! ドッグンッッ!! ドッグンッッ!!

 聡太の体から響く脈打つ音が大きくなり──赤黒い模様が濃くなった。

 聡太の赤い瞳がギラッと強く輝き──(ひたい)に脂汗を浮かべながら、『黒曜石の短刀』と『白桜』を鞘に収める。

 そして、ヘルムートに弾き飛ばされて地面に落ちたままとなっていた『紅桜』を拾い上げた。


「ふぅ……! これ以上は呑まれるか……!」


 息を整える聡太が『紅桜』を強く握り直し──ヘルムートの力について頭を回転させる。

 ──上空から放ったアルマクスの魔法は、迎撃するように地面から放たれたヘルムートの紫色の液体で溶かされた。

 今も、アルマクスの魔法が紫色の液体に溶かされていた。地面を溶かしていた所を見るに、奴の尻尾の先端にも同様の液体が宿っているのだろう。

 そして──先ほど、『ポイズン』と言っていた。

 つまり、コイツの溶かす液体の正体は──毒。

 触れたら間違いなくヤバい。


「……ソウタ。奴の動きを止める事は可能か?」

「……わからん。さっきよりも【大罪技能】を強化したつもりだが……それでも、アイツを相手にどこまで通じるか……」

「そうか」


 聡太の返事を聞き、アルマクスはパチンッと指を鳴らした。

 瞬間──辺り一面を、紅い魔法陣が埋め尽くす。


「──まあ、ボク一人でも構わないけどな。『血結晶技巧(ブラッディ・アーツ)』、『五重・舞剣(フュンフ・グラディウス)』」

「ははっ──すげぇッス!」


 一本一本が意思を持っているかのように飛び回り──あらゆる方向からヘルムートに襲い掛かる。

 ──と、魔法陣から二本の血結晶の剣を抜き、アルマクスが身を低くして足に力を込めた。


「行くぞ、ソウタ」

「ああ──!」


 聡太は右側から、アルマクスは左側からヘルムートとの距離を詰める。

 ──先に攻撃を仕掛けたのは聡太だ。

 飛び回る血結晶の剣を避けながら、『紅桜』を振り抜く。


「うるぁッッ!!」

「へぇ──さっきより早いッスね」


 ──先ほどよりもヘルムートと渡り合えている。【大罪技能】を感情で強化した上、アルマクスの魔法の援護があるからだろう。


「力もさっきより強い──ははっ、マジで面白いッスねぇッ!」


 聡太とヘルムートが激しい打ち合いを繰り広げ──ヘルムートの背後に回り込んだアルマクスが、結晶剣を突き出した。

 だが──読まれていたのか、簡単に避けられて短剣を振るう。

 ──二対一。それも、こちらはアルマクスの魔法を使用しているため、実質それ以上。

 なのに──ヘルムートは崩れない。


「なるほど──アンタたち、まだまだ強くなれそうッスね」

「はぁ──ッ!」

「しぃッッ!!」

「なら、こういうのはどうッスか──『エンチャント・ポイズン』」


 ──ヘルムートの握る六本の短剣に、怪しい紫色の液体が(まと)わり付いた。

 毒──素早く身構える聡太とアルマクスに、ヘルムートが神速で短剣を振るった。

 反射的に刀と結晶剣を合わせ──ハッと、聡太とアルマクスは目を見開く。

 ──マズイ、溶かされる。

 ヘルムートの短剣と、聡太の『紅桜』がぶつかり合い──特に何も起こらない。

 だが──短剣から跳ねた液体が飛び散り、聡太の首元に付いた。

 ──溶けない。痛くない。

 大きく後ろに飛んでヘルムートから距離を取り──隣に並び立つアルマクスが聡太に問い掛けた。


「大丈夫か?」

「ああ、溶かす毒だったらヤバかった」

「そうだ──な、ぁッ……?!」


 平然としていたアルマクスが、右手を押さえて苦痛の声を漏らし始める。

 否──アルマクスだけではない。聡太も首元に激痛を覚え、思わずその場に膝を付いた。


「これ、は……?!」

「毒ッスよ。さっきまで見せてた溶解性の毒ではない──体の中から相手を殺す毒ッス」

「なっ──」

「ちょっと付いた程度だったみたいッスから、そうッスねぇ……大体、あと一時間くらいで、アンタらは身体中を毒に侵されて死ぬッス」


 ヘラッと笑うヘルムートの言葉に──聡太とアルマクスは、目を見開いて固まった。

 ──死ぬ? たったあれだけの量の毒を食らった程度で?

 だが──冗談じゃない事はわかる。

 聡太の首元には、【大罪技能】の模様とは別に、紫色の不気味な模様が浮かんでいる。アルマクスの右手も同様だ。

 二人は、直感的に理解した。

 ──この模様が全身に移った時、自分は死ぬ。


「こうすれば必死になるッスよね? さあ、もっとオイラを楽しませるッス!」

「……ソウタ」


 ──タイムリミットは一時間。それを超えたら、聡太たちは強制的に負け。

 毒を解除するために逃げたとしても、相手はヘルムートだ。聡太たちの事を逃がさないだろう。

 つまり──ヘルムートを討伐しなければ、毒の解除方法を探す事はできない。


「ああ──後先(あとさき)の事なんて考えている場合じゃない。五分でぶっ殺してやる」


 聡太の殺意が溢れる言葉を聞き、ヘルムートは心底楽しそうに笑った。

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