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10話

「えっ──はぁぁぁ?! りんちゃんって……え?! りんちゃん?!」

「うん、何が言いたいのかよくわかんないよ~?」


 珍しくパニックになる聡太が、獄炎を指さしながら大声を上げる。


「おまっ、りんちゃんなのか?!」

「ん~……小学2年生の頃、聡ちゃんを置いて遠くに引っ越した竜崎(りゅうざき) 火鈴(かりん)なら、あたしの事だよ~」

「………………そうか……名字……」


 おそらく、両親が離婚したのだろう。

 少し冷静になった思考でそう思い、聡太は気づかぬ内に荒くなっていた呼吸をゆっくりと整えた。


「……本当に、りんちゃんなのか……?」

「そうだよ〜。あはっ、りんちゃんって呼ばれるのも久しぶりだな〜」


 ゆらりゆらりと揺れながら笑う獄炎の姿と、過去のりんちゃんを重ね合わせ──だが1ミリも重ならない。


「……お前、色々と変わりすぎだろ……別人じゃねぇか」

「ん〜、そうかな〜?」

「ああ……そりゃ気づかねぇよ……」


 獄炎は自分の事を覚えていたのに、自分は獄炎の事を覚えていなかった……その事になんだか罪悪感を覚え、獄炎から視線を逸らした。


「つーか、よく俺の事を覚えてたな?」

「そりゃ〜覚えてるよ〜。だって聡ちゃん、全然変わってないんだも〜ん。あたしみたいに名字が変わってるわけでもないし、高校に入ってすぐわかったよ〜」

「高校に入ってすぐわかったって……7年ぐらい会ってないのにか?」

「わかるよ〜。昔みたいにフレンドリーな雰囲気じゃなくなってたけどね~」

「俺がフレンドリーって……何の冗談だよ……」


 すっかり調子を戻した獄炎の言葉に、聡太がため息を吐く。


「……そろそろ歩けるか?」

「ん、もう大丈夫だよ~」

「そうか……んじゃ、セシル隊長を探そう。正直、今の居場所もわからないからな」


 そう言って、聡太が歩き始める。

 そんな聡太の姿を見つめる獄炎が、小さな声で呟いた。


「……ほんと、そういう優しい所が変わってないんだよ~……」


 嬉しそうに笑みを浮かべながら、獄炎が聡太の後を追い掛けた。


────────────────────


「……まさか、お前たちが一番最初に戻ってくるとはな……何かあったか?」


 戻ってきた聡太と獄炎を見て、セシル隊長が驚いたように問い掛けてくる。


「ゴブリンに囲まれてトラウマ植え付けられそうになったんだよ。つーか生き物を殺せってのがいきなり過ぎるんだよ」

「まあ……それはそうだが……」

「獄っ……火鈴なんて、さっきまでヤバかったんだからな? 正直、俺だってかなりしんどかったし……」


 獄炎ではなく火鈴と呼ばれた事が嬉しかったのか、隣の火鈴がにこにこと笑う。


「そうか……最初は我々と共にモンスターを狩るべきだったか……すまなかった。俺も異世界人に指示をするのは初めてなのでな」

「まあそりゃそうだろうな」


 騎士を志す者は、最低限の覚悟は持っているはずだ。それこそモンスターを殺したり、時には罪人を殺したりする事だってあるだろう。

 セシル隊長が教えてきたのは、そういう覚悟のある者。だから、覚悟のない聡太たちを指導するのに苦労している。


「……まあ、あんたも苦労してるみたいだから、あんまり文句は言わないけどさ」

「すまんな。次からは気をつける」


 そんな事を話していると、遠くから誰かの声が聞こえた。


「ん……あれは……?」

「多分……氷室じゃないか? なあ火鈴」

「うん、雪乃だね〜。聡ちゃん、よくわかったね〜?」

「何となくだ。まさか当たってるとは思ってなかったけどな」


 こちらに向かって走ってくる氷室──その表情は、どこか焦っているように見える。


「か、火鈴っ、セシル隊長……!」


 ふらふらと駆け寄ってくる氷室──その目には、涙が浮かんでいた。

 いつも明るく振る舞っている氷室からは想像もできない姿に、聡太は思わず目を見開いた。


「ど、どうしたの雪乃~?」

「待てユキノ、お前──」

「破闇はどうした?」


 セシル隊長の声を遮り、聡太が氷室に問い掛けた。

 問い掛けに対する答えは──己の無力を嘆くかのような涙声だった。


「向こうにっ、鬼龍院くんたちとっ、破闇さんが……!」

「落ち着けユキノ。ここら辺のモンスターに、ヒカルとユーキが負けそうなのか?」


 懸命に落ち着かせようとするセシル隊長の声に、だが氷室は首を横に振った。


「モンスターじゃない……! あれはっ、ドラゴン……!」


 氷室の言葉を理解した瞬間、セシル隊長の顔から余裕が消えた。


「なっ……?! ドラゴンだと?! この平原にドラゴンが出たのか?!」

「わかりません、でもっ……! それ以外、何て言えばいいか……!」

「クソ……! カリン、そろそろ辺りの警戒をしていた騎士が戻ってくるはずだ。ユキノと共にここで待機していろ」

「りょうか~い」

「……ソータ、行けるか?」


 ちら、と聡太に視線を向けるセシル隊長が、目を細めながら問い掛けてくる。

 ……勇輝が、向こうでドラゴンと戦っている。

 そんなの……返事は、1つしかない。


「当たり前だ」

「よし、ソータは俺に付いて来い! カリン、ユキノを任せるぞ!」


────────────────────


「優子、壁を出して!」

「う、うん! 【障壁】っ!」


 目の前まで迫る火の玉が、突如として現れた障壁を前に霧散。

 獲物を狩れなかった事に腹を立てたのか、空を飛ぶ怪物が苛立ったような雄叫びを上げ──急降下。どうやら、その兵器とも言える牙と顎で獲物を殺す事にしたらしい。


「ァァァアアアアアアアッッ!!」

「小鳥遊! 障壁を解除してくれ!」

「わ、わかった!」

「【増強】【鉄壁】ッ!」

 

 あれだけの質量がぶつかれば、障壁は粉々に砕け散ってしまう。

 そう判断した勇輝が、障壁を解除させてドラゴンと向かい合った。


「──しゃらぁああああああッッ!!」

「ォォォォォアアアアアアアアアッッ!!」


 突っ込んでくるドラゴンの頭を、勇輝が──受け止めた。

 牙に噛み殺されないように力を込め、自分を奮い立たせるように大声を上げる。

 どのくらいの間、そうしていただろう。数分か、数十秒か、たった数秒だったかも知れない。

 数百キロのスピードで突っ込んでくるトラックの衝撃をも上回る一撃を──受け止め切った。


「ぐ、ぁぁ……! 今だッ!」

「う、うん!」

「えぇ! 【瞬歩(しゅんほ)】ッ!」


 遠藤の弓から矢が放たれ、破闇が刀を構えてドラゴンに突っ込んだ。

 ──【技能】の【瞬歩】。

 簡単に言うならば、一瞬で距離を詰める【技能】である。

 破闇は【瞬歩】を完全に使いこなせているわけではないが……現段階では、10メートルほどの距離ならば一瞬で移動する事ができる。

 そんな【瞬歩】で距離を詰めた破闇は、一瞬でドラゴンの目の前に移動し──爬虫類のような縦長の瞳に、刀を突き刺した。


「ルゥ──ガァアアアオォオオオオッッ?!」

「暴れんじゃ、ねぇッ!」


 痛みに暴れ始めるドラゴンの牙を強く持ち直し──勇輝がドラゴンを投げた。

 何トンと重さがあるであろうドラゴンの体が宙を舞い──轟音を響かせながら地面に沈む。


「しいッ! なかなかいいんじゃねぇか?!」

「鬼龍院くん、回復するね! “我、全ての者に癒しを与える者。優しき光よ、傷付く者の傷を癒し、安らぎを与えよ”──『ライト・ヒール』!」


 勇輝の体が光に包まれ、ドラゴンを受け止めた際に生じた痛みが癒されていく。

 ──【技能】の【治癒術士】。

 特殊な魔法である【回復魔法】を使う事ができるようになる【技能】である。

 逆に言うならば、【回復魔法】が使えるのは【治癒術士】の【技能】を持つ者だけだ。


「うおっ……? なんだこりゃ……?」

「傷の回復と肉体の疲労を回復する効果がある魔法だよ!」

「そりゃすげぇ……! 頼りになるぜ!」

「グルルルル……! ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 軟弱な人間に圧倒されている事に腹を立てたのか、ドラゴンが雄叫びを上げながら飛び上がった。

 飛翔の余波で暴風を起こし、勇輝たちが思わず目を閉じてしまう。


「ルォッ──ォォォォォッッ!!」


 ドラゴンの口元に赤い魔法陣が浮かび上がり──先ほどの火の玉が飛んでくると思ったのか、小鳥遊が全員を囲むように【障壁】を展開。

 だが──それは間違いだった。


「ルガァアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 ──ドラゴンの口元に浮かぶ魔法陣から、紅い熱線が放たれる。

 小鳥遊たちを囲う【障壁】とドラゴンの放つ熱線が衝突し──【障壁】の強度の方が優っているのか、熱線が小鳥遊たちに届く事はなかった。

 だが──


「くっ、くぅぅぅ……!」


 先ほどの火の玉とは違い、熱線は継続的に放たれている。つまり、一撃耐え切れば終わりではない。

 という事は──ドラゴンが熱線を放つのを止めるまで、【障壁】を保ち続けなければならない。

 まだ完全に【技能】を使いこなしているわけではない……故に、小鳥遊の【障壁】は、そんなに長く展開していられない。


「優子……?」

「だいっ、じょぶ……! 大丈夫……! 大丈夫っ!」


 額にじっとりと汗を浮かべ、口からは荒々しい呼吸が漏れている。

 誰の目にも、小鳥遊が無理をしている事は理解できた。


「小鳥遊! 無理はすんな!」

「ぶ、ぶふっ……! 大丈夫だから……! 大丈夫だから!」


 その場にガクッと膝を落とし、鼻からは鼻血が垂れ始めるが……【障壁】だけは解除しない。

 だが……このままでは死ぬのも時間の問題。

 何か策はないかと、勇輝が頭を回転させ──


「ふんッ──ぬぅぅああああッ!」

「うぉあああああああッ?!」


 誰かの声が聞こえた。

 気合いの入った大声と、情けない絶叫が響き……誰の声か一瞬で理解した勇輝が、障壁の向こうにいるであろう人物の名前を呼んだ。


「聡太?!」

「今だ! やれ! ソータ!」

「クソッ──らぁああぁあああああああッ!」

「ァオオオオオオオオオッッ?!」


 ドラゴンの絶叫が聞こえた──そう思うと同時、放たれていた熱線が消えた。


「はっ、はぁっ! はぁっ! はぁ……!」

「優子、大丈夫?」

「う、ん……大、丈夫……けど、何が……?」


 見るからにヤバそうな小鳥遊が、不思議そうにドラゴンを見上げ──空から降ってくる少年を見つけた。

 落ちてくる少年を騎士のような男がお姫様抱っこで受け止め、腹部から血を流すドラゴンを見て不敵な笑みを浮かべる。


「やるなソータ。おかげでユーキやヒカルたちが無事だぞ」

「死ぬかと思ったわこの野郎。いきなり人をぶん投げるとかどういう神経してんの? マジで死ぬかと思ったぞ?」

「生きているから問題ないだろう。それより構えろ。来るぞ」

「クソッ、帰ったらグローリアに文句言ってやる」


 美しい刀を構える聡太と、白銀の剣を抜くセシル隊長が、ドラゴンを見上げて戦闘体勢に入った。

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