転移
この小説を読んで少しだけでもクスっとしてくれたら嬉しいです。
ほのかに森の匂いがする。この匂いは嫌いじゃない。小さな頃よく近所の裏山に行って駆け回った時の感じに似ている。
ってあれ確か鎖に繋がれた少女の夢を見ていたはずじゃ、、、ここはベットの中か?
恐る恐る、そっと、目を開けてみる。
「うおっ!!びっくりした!!」
なんと夢の中で出会った少女がめちゃくちゃ至近距離で俺の顔を覗き込んでいた。思った通りものすごく美人だ。鼻筋はスッと通っており、瞳をずっと見ていると吸い込まれてしまいそうである。肌は夢で見た通り色白だ・・・・・・ん?
・・・・あまりにも色白だ、いや色白と言うより白い。
そして・・・・浮いてる、空中に浮いてる。
これってもしかして霊的な存在か何かなのか、、、、、
何が何なのか分からず少女から距離を取ろうとする。だが決して背中は見せない、昔何かのテレビ番組でクマと森で遭遇した時は背中を見せて逃げてはいけないと言っていたような気がする。なんでも背中を見せると襲われるとかなんとか、クマと霊的な何かを一緒にして考えても意味が無いとも思うが、未知との遭遇でできることなどそのぐらいしか無い。
しかしあることに気が付いた。
・・・あ、ていうか、これもただの夢か、なんだなんだ、妙にリアルだから現実かと思ってしまった。うん、うん。焦って損したわ。とりあえず森の中の夢とか不気味だから目が覚めるまで寝るか。
夢の中で寝るってのも変だけど、、、、
そういえば田舎のばあちゃんが恋人同士は名前で呼び合うもんだべさって言ってたから、呼び捨てにも挑戦しないといけない。ふふふ。桜井なな、、、、なな、、、、なーちゃん、、、
ふふ。ふふふ。
そんな事を妄想しながらしばらく目をつぶって横になっているとほっぺたに何かを感じた。薄目を開けてみると先ほどの霊体美少女が頬をプクっとさせながら俺をつんつんしていた。
「おきて、寝ちゃダメ。」
「ん?」
今幽霊に触られちゃったよな、やばい、ただただ怖いよ、背中がゾクッとするんですけど・・・
「ねぇねぇ~起きて。」
つんつんつん
つんつんつん、つつん、つつん
つっつっつ、つつん、つん、つん、つん
ダメだ、ここは我慢だ。幽霊の相手をしてはいけない。憑りつかれてしまう。
「えいっ」
すぽっ、すぽっ
「えへへへへへ。」
「フガッどこに指入れとんねんっ息できねーだろ!!しかも妙なリズム刻んでんじゃねーよ!!!幽霊とか怖いんだよ!!」
「ふぇ?・・・・・・」
彼女は肩をビクっとさせた。俺の鼻の穴に指を入れてご満悦だった顔はみるみるうちにこわばり、目をウルウルさせ始めた。
そして
「うわあああぁぁん!」
「え?」俺は呆然としていた。まさか泣くとは思っていなかった。というかものすごく美人で上品な顔をしているのに見る影もない。顔をクチャクチャにさせながら大声で泣いている。まるで幼い子供のようだ。なんだか見た目と中身がマッチしていないような、、、
大声を出してしまったのが良くなかったのか、それとも幽霊だと言われたことがショックだったのかどちらだろうか??
俺はとりあえず泣き止ませることにした。
「よしよし、いい子いい子、ごめんよ大きな声出しちゃって。だから泣かないで。」
だが頭を撫でながら優しくすると霊体美少女はより一層大きな声で泣きはじめた。・・・コイツかまってもらえると分かってわざと大きく泣いているのだろうか。
いや違うか、桜井さんじゃあるまいしな笑。小さい子が甘えて泣くのと一緒か。そう思うとなんだかかわいく思えてきた。
霊体美少女が落ち着くまで、しばらくの間優しく接し続けた。
「もう怒ってない?」
「うん、怒ってないよ、さっきはごめんよ。」
「うん。」
「ところで君の名前はなんていうの?」
「アリス。」
「そっかアリスか、俺は黒木翼だよ、よろしくね。」
「うん。知ってる。」
「え?なんで知ってるの?」
「分かんない。」
どういうことなのだろうか?この少女は一体何者なのか?
「ここは俺の夢の中なのかな?」
「違うよ」
「じゃあどこなのかな?」
「グランネル。」
え?え?なんだよグランネルって、どっかのケーキ屋の名前かよ。本当に夢じゃないのか、、そういえばなかなか夢から覚めない。
辺りを見回す。周りは高さ10メートル級の木々が生い茂り、地面は落ち葉や苔などで覆われている。ところどころ生えている植物は見たことがあるような気もするし無いような気もする。
う~ん夢にしてはなんだかやけにリアリティがある。
「グランネルって聞いたことないんだけど地球にそんなとこあったっけ?」
「地球?何それ?」
「何って・・・俺が住んでる世界の名前だけど・・・」
「この世界の名前、グランネル。」
身体が少し嫌な汗をかき始めた。脇の下のみならず背中からも冷汗が流れ落ちるのが分かる。さらに自分の汗を認識することで余計に焦りが出てくる。だがまだこの霊体美少女の言うことを鵜呑みにするわけにはいかない。
ふと先週観たドッキリ番組のことが頭をよぎる。人気芸人が爆破実験失敗で爆破されそうになるという内容だった。あの時は腹を抱えて笑ったものだ。
そうだな、うん、これもドッキリかもしれない。芸人でも芸能人でもないが、俺は控えめに言ってもイケメンだ、うん。ついにテレビ局に発見されてしまった可能性がある。
あぶない、あぶない。危うく全国のお茶の間で笑い者になるところだったぜ。
俺はそれとなくテレビカメラを探した。
あそことあそこが怪しい。いややっぱりあそこだろうか。一度怪しいと思い始めるとどこも怪しく思えてくる。いろいろ考えた結果一番死角になりそうな一か所に絞り込んだ。
ゆっくりとそこまで歩を進める。
そして意を決して「カメラは、ここだ!!!」といきなり叫んでみた。
・・・・
・・・・シーン・・・・・
沈黙が流れた。
なにやら木枯らしが吹いたような気がした。何度確認してみてもそこには誰も隠れていないばかりか、隠しカメラすらなかった。・・・恥かしい。幸い俺の痴態は誰にも見られていないからまだ良かったが・・・・
ふと後ろを振り返る。
・・・いた。少女が。全部見られていた。やばい、穴があったら入りたい気分だ。急激に顔が火照るのが自分でも分かる。
いや待てよ、もしかしたら彼女はなんのこっちゃ分かっていないかもしれない。実際ポカンとした顔をしているだけだ。ちょっと頭のオカシイ奴程度に思われただけならまだ傷は浅い。よし切り替えていこう。まずは状況を理解しないとな。
「オホンッ、えーとだね、ところで君は一体何者なのかな?」
無駄に良い声で聞いた。
「わかんない。」
「そうか、じゃあなぜ君は空中に浮かんでいるのかな?」
「わかんない。」
「そうか、じゃあここはその、グランネルのどこなのかな?」
「わかんない。」
「そうか、じゃあ近くに人が住んでいるところはあるのかな?」
「わかんない。」
「・・・そうか」
オイオイオイ、何も分かんねーじゃねーか。今分かっていることは、ここが地球ではなくグランネルってことと、この霊体美少女がアリスっていうことだけじゃないか。
ここが夢では無いことはだんだん認識してきた。なぜなら相当強くほっぺたをツネってもただ痛いだけだったからだ。
心の中で恐怖心がじわりじわりと広がり始める。昼間なので日差しが木々の間から入ってくるのが救いになっている。なんとしても夜になる前には森を抜けないと危険すぎる。クマにでも遭遇しようもんならひとたまりもない。そもそも戦う武器以前にカバンやスマホすら持っていない。この身体と制服しかない。
ん?ポケットに手を突っ込むと何かが手に触れた。俺はそれを取り出してみた。
金色の丸いコインのようである。これは何なんだろうか?いまいちよく分からない。とりあえずこの森の中では役立ちそうにない。元のポケットに戻すと同時に、もう1つ入っていたものを取り出してみる。
なにやらケースのようである。無駄に立派で変な紋様が描かれたケースだ。お宝でも入っているのだろうか?
少しだけ興奮しながら開けてみた。
最後まで読んでくださってありがとうございます。