第9話 忍者は駆けていく
「あんたはあれだね。馬鹿なんだね」
俺はマイネルスに案内されながら、今日の寝床である空き部屋に案内された。そこは長い事使われていない為か物置のようになっているが、比較的清潔で特に気になるところはない。
ただしベッドはないのでせめてもという事で毛布を一枚貰った。
そしてさっきのお言葉も貰ったのである。
「全く。サリーから直々の依頼を受けてきて、何者だ? と思ったらこれだ。ま、あたしゃどうでもいいけどね。パンとスープぐらいは持ってきてやるよ」
「何から何までかたじけない」
いや本当に頭が上がらない。ただ飯にまでありつけるとは。意外とみんな優しくて涙が出てきそうだよ。
「ま、サリーが見込んだんだ。期待外れじゃないことを祈るよ」
マイネルスはやれやれとため息交じりに部屋を後にした。
「さて、明日に備えて休むとするか」
サリーからの依頼書はマイネルスに提出し、問題なくクエスト受注が完了した。
これはサリー直々にマイネルスを指名したからだ。どうやら二人は長い付き合いらしく、こういった内々の仕事の受注、処理をマイネルスが担当しているのだという。
依頼書を渡した時、マイネルスはちらっと俺の方を見たが、それ以上は「ではご武運を」と業務的な内容以外は何も言わなかった。
それで終われば絵になるのだが、その直後に「空き部屋貸してください」などといえば「馬鹿」と言われても仕方ないのだ。
「あの、寝泊まりなら私たちが使ってる宿に……」
アムはアムで俺が心配なのかまだついてきてくれた。
優しい子過ぎる。だがいつまでも甘えてはいられない。
「それは出来ん。というより、いつまでもアムに世話になってちゃ恥ずかしいもんなんだ。一応、俺も大人だし」
早いところギルドカード発行の手数料も返したいし、二十九歳が子どものヒモになっちゃ流石にプライドってのがな。
「いやでも、倉庫ですよ、ここ?」
「今の俺は忍者だが下忍、つまりは下っ端みたいなもんだ。この扱いでも文句は言えないさ。無一文なんだぜ?」
むしろアムたちを助けなかったら俺は途方に暮れていた可能性もある。
こんな言い方が良いのかはわからないが、俺もアムたちと出会って幸運だったんだ。
やはり人助けはするものだな。
「もしかして何ですが……キドー様ってどこか、抜けてます?」
いやその言葉は君にだけは言われたくないなぁ。
まぁアムにとって俺はギルドカードも発行していない外国人という感じだからな。そう受け取られても仕方ないといえばそうなんだろう。
ならば見返す為にも仕事はきっちりと完遂しなくちゃな。
「かもしれんな。だが仕事は抜け目なくやるつもりさ。情報は持ち帰る。敵の正体ぐらいは暴いてくるさ」
と言いながら俺はハイテク巻物を取り出し、広げる。
今回の依頼で使えそうな忍法を再確認しておきたいからな。それと同時に影隠で潜ませた武器も調べておかないといけない。
本当ならどれだけのものがしまいこめるのかも確認したかったが、今回はスルー。
とにかく今あるものでやりくりする事だ。
「それでも危険な依頼です。私に手伝える事があったら何でも言ってください! キドー様は私たちの命の恩人です。そんな人がもし……」
「なら、ゆっくりと休む事だ。睡眠をおろそかにしてはいかん。寿命が縮むからな」
これ社会人になると痛感するんだよね。
徹夜作業なんてするもんじゃないよ本当。思考がまとまらないし、疲れも取れないし、だるいしで苦しい事ばかりだからな。
「俺は意地悪を言ってるわけじゃない。いざという時、動けない、判断を誤るような真似はしたくないんだよ。わかったら、君も休めアム。君まで倒れたらハンスたちも心配するだろう」
「そう、ですね……わかりました。でも、私、着いていきますからね。やっぱり心配ですから! それじゃ!」
アムは生真面目そうな直角のお辞儀をして去っていく。
「着いてくるったってなぁ……」
彼女も素人ではないのだろうけど、今回の依頼では多分というか、確実に役に立たない。
しかし、あの調子だと何が何でも着いてきそうだな。
「取り敢えず、忍法を確認するか……お、これとかよさげだな。用意するものは紙とペンか……あとは……」
初めての依頼、忍者にピッタリな情報収集。
意外にも俺は、忍者をする事にノリノリだった。
「どうせやるなら、とことんやってみるか」
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早朝。
まだ日も登り切らない時間帯に俺は目が覚めた。こう見えて早起きは得意なんだよね。
体に異常はなし。気持ちの良いぐらいに健康体だ。女神様ありがとう。
俺は貰った毛布を影隠でしまい込むと、部屋を出る。ギルド内では既にちらほら職員がいた。
その中にはマイネルスもいた。
彼女は軽く会釈をするだけだったが、それが見送りの代わりだというのは俺にも分かった。
同じように会釈をして、俺はそのまま街の出入り口でもある門へと移動していく。
「おや?」
「おはようございます!」
既に門の近くにはアムがいた。
革鎧に槍の完全装備だ。その他にも道具袋がいくつか腰につけられている。
「本当に着いてくるのかい?」
「当然です!」
「まぁいいけど。着いてこれなかったら俺は置いてくぞ。そこまでは面倒は見れないからな」
「任せてください! 昨日のうちに馬も借りてきました!」
そりゃまた準備の良い事で。
意外と行動派だな。
そしてやっぱり優しい子だ。
だから……。
「アム、やっぱり君は残るべきだよ」
俺はそのままアムを通り過ぎながら歩いていく。
「待ってくださいよ! そんなことできないって……あれ?」
当然、アムも俺に着いていこうとするのだが、彼女の体はぴくりとも動かなかった。
「な、なんで、体が急に動かなく!?」
「忍法・影縫い。君の影に呪術を組み込んだクナイを差し込んだ。そのクナイを抜かない限り、君は動けない」
アムに気が付かれないように、俺はアムの影に三本のクナイを撃ち込んだ。
呪術、神通力を込めたクナイを相手の影に撃ち込む事で半永久的に拘束する技。力づくで突破することもできなくはないが、アムの力ではそれは無理だろう。
もしくは影が日差しの関係で移動すれば自動的に解除されるし、逆に影を覆うほどの大きな影に包まれるととたんに効力を失う。
だが即効性の高い技だ。
「はっはっは! これぞ忍者だ。ではなアム。吉報を待っているがいいぞ!」
「ちょ、ちょっと! キドー様ぁ!」
涙目で叫ぶアムの声を背に受けながら、俺は全速力で駆けだす。
因みにポーズは憧れのアレ。上半身は微動だにせず腕を組みながら走る、アレ!
「さて、港町カルロベ……一体何が起こっているのやら」