第8話 初めての依頼
それから一時間程で俺たちの報告は終わった。
港町が怪しい、町長も怪しい、兵力がある、薬も盛られた。そして何より依頼にウソがある。この報告を受けてサリーは表情こそ変えていなかったが、無関心というわけでもなさそうだった。
「なるほど……カルロベでそのような事が。偽りの依頼を出す、冒険者をだまし討ちする。しかも町ぐるみ。単なるいたずらにしては度が過ぎている。しかも兵力まで……」
この街と件の港町の交流度合いは知らないが、全く皆無という事はないだろう。内容はどうあれ依頼を申し込むぐらいなのだから。
ハンスが言うにはのどかな田舎町というイメージも感じるが。
「ですが、ここ数日の間でカルロベからのクエストを受注しているのはアム、あなたたちだけです。他の冒険者については他の支部に話を聞いて見ない事には私からは何も。しかし、この件、どうにも怪しい。あの港町からは嫌な匂いを感じます」
「匂い……ですか?」
アルラウネといえば花の精霊だ。香りなどには敏感なのかもしれない。
しかし、匂いときたか。どうにもピンとこないな。
「嫌な匂いという他ない。不吉な予感と言っても良いでしょう。半年ほど前からその匂いは漂っていた。何やら不穏なものがあるとは思っていましたが」
「あの、ギルドマスター。それはつまり、ギルドマスターはカルロベが怪しいという事をご存じだったのですか?」
アムの言葉にはほんの少しだけ怪訝なものがあった。
「怪しい、という理由だけですべてを禁止にする権限はギルドにはないわ。アム、あなたたち冒険者はむしろその怪しい存在に立ち向かう者です。それに、我々冒険者は軍隊ではないのよ。怪しいから攻め込もうという事もできないわ」
それはサリーの言う通りだな。
もちろん偽りの依頼を投げつけてくる相手は無礼だと思うが、そういう商売をしているのなら騙し、騙される事だって考慮しなきゃならない。
それにアムやハンスたちは実際に被害を受けて、命辛々逃げ出してきたからそういえるのだろうが、サリーは町の様子は知らない。
俺は騒動に介入している手前、町を何とかした方が良いという考えもあるのだが。
「ですが、警告を呼びかけましょう。各ギルドにその旨は伝えます。この街の冒険者たちにも注意を促しましょう。騙されてばかり、ではギルドの沽券にもかかわる事。全く何もしないわけじゃない。当然、何人か調査員を向かわせましょう。今現在、我々にできるのはその程度です」
「はい……」
アムとしては納得がいかないという感じだな。
自分も仲間も危険な目にあったのだから気持ちはわからんでもないが、サリーの言う事だって最もな話だ。
相手の状況がわからないまま突っ込んでも同じことになる。敵はどうあれ兵力を持っているのだからな。
あの兵士たちは尋常な様子じゃない。何かある。だがそれがわからない。
ならば、調べる必要がある。
「一つ、よろしいか?」
そして、俺は忍者だ。
そうなってしまったのだ。
「どうぞ?」
「その調査、俺に任せてもらえないだろうか」
「ふーむ?」
「キドー様!?」
俺の提案にサリーは興味深げに、アムは驚いた顔をしている。
「無茶ですよ! それにキドー様は冒険者になったばかりなんですから! ここはギルドに任せて……」
アムの驚きは最もだしそりゃそうだろうと思う。ついさっき冒険者になったばかりのど素人がいきなりな事を言い出しているのだからな。
しかし、俺は結構本気だ。秘密裏に情報を持ち帰る。
これはまさしく忍者の仕事だ。
若干、調子に乗ってる感はあるが、俺が忍者としてやっていけるかどうかを知るにはちょうどいいだろう。
クエストを受注してランクを上げる。それは一つの目標としてさだめてもいいかもしれないが、ちまちまとモンスターを退治するだけってのはどうにも忍者らしくない。
「俺は、忍者というものだ。諜報活動を得意としている。それに、俺はこの街に来たばかり、冒険者登録もさっきしたばかりだ」
「そのようですね。登録情報は逐一私に届いています。ならば、あなたのような真新しい冒険者をそのような任務に就かせる事は認めがたいものですね」
サリーは未だに興味深そうな視線を向けてくる。
俺を値踏みするような感じだ。なにを言ってるんだこいつという感情もありそうだが。
「ですが、今現在で、俺はこの街にいてもいなくても、損失にはならないでしょう。仮に、かの町に脅威があり、俺が戻らなかったらそれは一つの情報、持ち帰れば大当たり。そうでしょう?」
ギルドにとって俺の立場は何も知らない鉄砲玉みたいなものだ。
結果を残せば御の字、失敗をしても問題はない。
「その理屈はわかります。ですが、逃げ出す可能性もありますね」
「先ほども言ったが、俺はこの街に来たばかり。このギルドにしても、デメリットとなる情報を持っているわけでもない。逃げた所で、どこの馬の骨とも知らない奴が消えただけ……ギルドを裏切るメリットが俺にはない。田舎の港町と国営ギルド、どっちに付くべきかは、馬鹿でもわかる」
サリーは俺の話を聞きながら静かにハーブティーを飲み干す。
「そうねぇ。確かに、最低ランクの冒険者がどうなろうとギルドという組織からしてみれば日常茶飯事、無謀なクエストに参加して命を落とす者も数知れず……いいわ。そこまで言うのであれば、キドー・オトワ。あなたにカルロベの町の調査を正式に依頼しようかしら。ただし、前報酬はなし。無事、戻ってくれば相応の報酬を支払いましょう」
サリーは妖艶な笑みを浮かべて、蔦に一枚の用紙とペンを持ってこさせた。
それに何やら文章を書きこみ、サインをするとそれを俺に差し出す。
「依頼書よ。受付に渡してきなさい。ただし、クエスト開始は明日からよ。準備もあるでしょうし」
「ありがたい」
そういや俺、この街に来てから一睡もしてなかったな。
不思議と眠くないというか、多分二日ぐらいは徹夜しても問題なさそうな体力を感じるが、無理は禁物だろう。
それに、準備も必要だ。具体的には巻物を読み込んでおきたいし、道具の確認もいる。できれば素材も欲しいところだが、これは無一文故に我慢だ。
「期日は二日。それまでに戻ってきなさい。情報量に応じて報酬は追加しましょう。帰ってこなければそれまで。死亡もしくは逃亡扱いとしてギルドカードの機能を停止。よろしい?」
「御意」
俺も深々と頭を下げ、了承した。
さぁ、俺の忍者としての初仕事の始まりだ。
「あ、そうだ。すっかり忘れていた」
ふと、俺は重要な事を忘れていた。
「すみませんが、ギルドマスター。一つだけよろしいかな?」
「何かしら? やっぱり前報酬は欲しいというのはなしですよ」
「いえ、そうではなく。いや、似たような話かもしれませんが……金がないので、どこか寝泊まりしてもいい場所、知りませんか?」
「……ギルドスタッフの空き部屋でいいなら」
ものすごく呆れられているが気にしない、気にしない。
「感謝します」
なんて締まりのない姿だろうか。
でも、この世はやっぱり金なんだよなぁ。
はぁ、忍者でもこればかりは何ともできないよなぁ。