第66話 炸裂忍獣
「ミズチぃ!」
巨大な水の龍へと変化したミズチは蛇状の肉体で周囲をなぎ倒しながら、魔獣へと向かっていた。一心不乱なその行動はもはや寝ぼけているとか、そういうものではない感じもする。
契約をしている関係なのか、俺にはミズチの感情というものが伝わっていた。それは怒りだ。寝起きが悪いとかそんなレベルじゃない。どういうわけかミズチは目の前の魔獣に対して明確な敵意を怒りを持っていた。
「ミズチ、聞け、止まれ! 戦ってくれるのは嬉しいが、まずは止まれ!」
救出したベガをアムたちに任せ、俺はミズチを追いかける。
盗賊たちはもはや統率を失い、散り散りになって逃げだしていっているのがわかる。奴らにしてみてもこの状況は想定外なのだろう。
あの青白い奴は結局目的も何も白状しなかったし。
「怪獣だかなんだか知らんものを召喚して、暴れさせるとか何がしてえんだよ。テレビの中の悪役だってもうちょっと目的意識あるわ!」
どうにも、今回の騒動は行き当たりばったりな気がするのだ。
「いや、初めからこれが狙いか?」
魔獣の召喚こそが目的だとすれば無理やり納得はできるが、それも微妙なところだ。仮に、それがゴールだとしても、それで得られる結果が何を示しているのかがわからないのだから。
あの男は大魔王の復活がどうのとか言っていたし、それが冗談でもないなどとのたまっていやがったが……。
「えぇい、今は考えるのはあとか。磨墨ぃ!」
指笛を鳴らすと、俺の周囲にバリバリと電撃が走り、俺と並走するように磨墨が召喚される。すかさず磨墨に飛び乗り、ミズチを追いかける。既に彼女と魔獣はお互いの存在をはっきりと視認できる距離にまで接近していた。
ざっと数百メートルは離れているが、巨体同士ならそれは至近距離も同然だ。
「小さい頃なら、夏休みは怪獣映画みてはしゃいでたが、リアルで体験することになるなんてな」
どこか、茫然とする俺。
ミズチと魔獣は互いの敵意に引き寄せあうように対面し、唸り声をあげていた。
「アムたちもそうだが……レオンたちもこの状況を理解しているはずだ。撤退をしてくれてると嬉しいが」
こうなるともはや俺一人でどうにかできる状況じゃねぇよな。
最悪、黒騎士の鎧、磨墨、そして忍法を全開にして挑まねぇと。魔獣を倒すってだけじゃ被害が広まってしまう。
それにミズチも止めないといけない。
「おっぱじめやがった!」
先制攻撃は魔獣だ。一つ目の蛇といった顔、かぎ爪のような両腕以外はまさしく怪獣といったフォルムのそいつは、両腕を地面に叩きつける。
その瞬間、衝撃波のようなものが大地を捲りながら、ミズチへと迫る!
距離、そして巨体の関係かミズチはその衝撃波の直撃を受け、わずかにひるんだ様子を見せたが、彼女は彼女で大きな顎を開き、水の弾丸を放った。それらは狙いをつけるというよりは牽制のような攻撃で、次々と魔獣の周囲に降り注ぎ、奴の動きを阻害する。
「磨墨、来るぞ!」
そして俺たちはというと、その大規模バトルに絶賛巻き込まれているというわけだ。
幸いというべきか、あの二体の攻撃はまだ奴らの周囲にしか影響を出していない。
だが、これはまさしく怪獣の戦いだ。周囲のことなど気にかけてすらねぇぞ。
特にミズチには何度も呼びかけを行なっているが、全然こっちの言うことに耳を貸さねぇ。
「えぇい、どうする。こんな状況じゃ、忍法も鎧も使ったところで意味がねぇぜ」
正直今の状況で介入しても、敵が二体になるだけだ。
最悪、ミズチに関しては契約の関係で無理やり下がらせることもできるだろうが、かといって今、彼女を収めたとして、状況は好転しない。
なんとかして、ミズチのコントロールを俺のとこに……。
「一か八か、やってみるか? 悪い子にはちょっとお仕置きも必要だしな」
これは咄嗟の思いつき。成功確率なんて一切ない。
「磨墨、電撃をためておけよ。俺が合図したら頼む」
磨墨はいななく。了解といったところか。
俺が思いついたのは一度、ミズチの目を覚まさせることだ。今のミズチは意識が完全に戻っていない。本能の状態だ。それを無理やり覚醒させる方法として、俺は磨墨の電撃を使おうとしているのだ。
あとはタイミングを見計らいたいところだが。
「むっ!?」
どうやらそれは意外と早く訪れたようだ。
再び二体は先ほどと同じ攻撃を打ち合う。しかし、魔獣の方は衝撃波と同時にいかなる方法を使ったのか、巨大な岩石を自身の周囲に浮かび上がらせ、それを射出し、ミズチに次々とぶつけていくのだ。
大きさにして十メートル以上はある巨大な投石だ。岩石と言ってもそれは大砲以上のダメージがあるだろう。それが次々とミズチにヒットすると、彼女は悲鳴のような鳴き声を上げ、倒れる。
そこに追い打ちをかけるように魔獣は再び衝撃波を放ち、まるであざ笑うかのようにかぎ爪を打ち鳴らしていた。
状況だけ見ればミズチの危機。だが俺からすれば両者の動きは結果としては止まった好機。
俺は磨墨をミズチの方向へと走らせ、忍法を駆使する。
「ぬぅぅぅぅ! 忍法・土瓦ぁぁぁぁ巨大化だぁぁぁ!」
土瓦。これは俺が咄嗟に考案した忍法。効果は単純明快。土で作りだした瓦、板だ。ただし今回はそれを四枚、そして巨大なものを生成している。
四枚の巨大瓦はそのまま魔獣を取り囲み、押しつぶすようにして、その動きを止める。
「続いて、土固め!」
四枚の瓦を結ぶように、こちらも巨大な土固めで固定し、さらにきつく拘束。これで、いかな魔獣でも早々身動きが取れまい。
ガンガンに頭痛はするが、慣れってのは恐ろしいものだぜ。
「動くなよ。次はミズチだ」
痛みによるものなのか、それともまだ覚醒しきっていないからなのか、ミズチの動きはどこか鈍重で、立ち上がろうともしていない。唸り声をあげているが、ぬぼーっとしていた。
俺は磨墨と共に彼女の頭部へと降り立ち、まずは深呼吸。そして、磨墨の首をとんと叩くと、磨墨は電撃を放つ。
「あいたたたた!」
びくんとミズチの巨体が震える。
同時に聞きなれた彼女の声が聞こえた。
「いたぁい、びりびりするよぉ」
鳴きではなく、泣き声。いつものミズチだ。
「起きたかお転婆娘」
「うー、パパ?」
「そうです、パパです。あのね、この際巨大化したことについてはなにも言わないが、もうちょっと考えさない。意味もなく暴れてちゃ駄目だろ」
「ご、ごめんなさい……」
しゅんとなるミズチ。大きくなってもそれは変わらないわけだ。
「いいさ。さぁ、こっからは俺も一緒に戦う。あいつは放置できんからな。ミズチ、勢いだけで暴れるんじゃないぞ?」
「うん」
「磨墨、援護を頼むぞ。お前の電撃だって一級品だからな」
磨墨は再びいななくと、ミズチから飛び降りていく。
俺はそのままミズチの頭部に残る。
俺たちが再び結束したところで、魔獣も拘束を破り、怒りに全身を震わせていた。
「第二ラウンドと行こうか。だが、その前……これだけは言わせてもらう」
俺は印を結び、叫んだ。
「忍法! 忍獣召喚!」
その声と共にミズチは雄叫びを上げて、立ち上がった。




