第65話 大魔獣バトル
「何事ですか!」
陣幕へと押し掛け、手あたり次第に盗賊の残党たちを蹴散らしていると、奥の方からいやに青白い肌をした優男が姿を見せた。
以前、イーゲルのもとにいた魔族の男もどっちかといや優男だったが、目の前のこいつはもうがりがりだ。皮と骨しかないんじゃねぇのって感じ。
ま、関係なく俺はクナイを投擲する。
「おのれ、賊が!」
青白い男はノーモーションで自らの前に障壁を展開し、クナイをはじく。
意外と手練れのようだ。
「賊って、ブーメランじゃねぇの、それ」
俺はもう一度クナイを投げつける。
貫通は期待してないが、やはり障壁にはじかれてしまう。
「えぇい、これは貴様らの仕業か」
男は麻痺でしびれた仲間たちを見て舌打ちをした。
「ご明察。妨害工作は十八番なもんでね」
「大人しくしてください。もうこの陣地で動けるのはあなただけですよ」
アムが槍を突き付ける。ポーラとユキノもそれぞれの武器を構えていた。
男は再び舌打ちをして、わずかに下がる。その時ぴくっと指が動いたのを俺は見逃さない。
三度目のクナイ投擲。当然弾かれる。
「無駄ですよ!」
「いいんだよ、忍法・土固め!」
クナイは囮だ。
むしろ俺は三度の投擲であの障壁が全体を守るタイプじゃないことを見抜いた。
なので障壁を展開する隙を狙い、忍法を発動させたのだ。
土固めによって、足元の土が蛇のように奴の体に巻き付く。それで行動不能だ。
「う、ぐぉ!」
「さて、このまま生け捕りにさせてもらうが、その前にお前らがさらった子たちはどこだ」
俺は刀を男の顔のすぐそばに突き刺し、尋問を始める。
男がぎろっと俺を睨むが、すぐに視線をそらし、口をつぐんだ。
「言っとくが、もう何人も始末してるんだ。お前の首をかっきるのに容赦はしないぞ。それとも、頭からばくりと行かれる方がいいか?」
俺がそう言うと狐状態のユキノが唸り声を出しながら男の周りを練り歩く。
本当は飲み込みたくないだろうが、脅しのために協力してくれてる。
それを見た男は流石に顔色を悪くしていた。青白い肌がさらに青くって感じ。
「その妖狐……フェルーンが言っていた奴か……」
「お前、あの魔族の関係者か。イーゲルのことも知ってるな?」
「フン、使いやすい駒だったが、あっけなく倒された奴か。フェルーンも不運だったな。さっさと逃げればよかったものを」
やはり、イーゲルとも関係があったか。
「魔族がなぜ、このようなことを」
「大魔王様の復活を望んでいる。とでもいえば満足かね?」
「ふざけてるのか、貴様」
俺は刃を男の首筋に少しだけ触れさせる。
「冗談でもないのですがね。それを望む者がいる。それだけのことです」
あぁこりゃ答える気はないな。
まぁいい。本題だ。
「さらった子たちはどこだ」
「奥の部屋ですよ。見りゃわかるでしょ」
な、なんかこいついちいちむかつくな!
言う通り、この男が出てきた奥にはスペースがあるようだ。
俺はアムたちに目配せすると、彼女たちはうなずき、奥の部屋へと向かう。
「殺してないだろうな」
「殺したら魔力がなくなるじゃないですか。効率の悪い」
さっきからなんなんだこいつ。
やる気もなさそうだし。
「キドーさん!」
奥に行っていたアムたちが戻ってくる。アムにベガはなぜか、裸姿でマントに覆われた姿で肩を担がれており、ミズチはポーラに抱かれて、すやすやと寝息を立てている。
「二人とも、無事か?」
「はい、無事なんですが……その」
答えるポーラは少し目を泳がしていた。
「……? どうした、というかベガはなんでそんな恰好で……」
「み、みちゃ駄目ですよ!」
急にアムが叫ぶ。
どうしたってんだよ、いったい。
「ベガさん、女性なんです……」
ポーラが言いにくそうに答えた。
って、女性!?
「女性って、いや、そりゃ美形だとは思ったが、えぇ? なんで」
「そんなこと言われましても……それより衰弱が大きいんです。早くお城に戻さないと」
ベガはまだ気を失っているようだ。
魔獣を呼び出すために根こそぎ魔力を奪われた様子。
「おい、あの魔獣を消す方法はなんだ、教えろ」
「ありませんよ、そんなもの。あれは呼び出しただけ。別に、私が使役しているわけでもないんですよ」
「なに?」
なんだそりゃ。
ちょっと行き当たりばったりすぎねぇか?
「止めたければ倒せばいいですよ。魔獣をそう簡単に倒せるものならば、ね?」
「あぁ、そうかい!」
俺は男を気絶させると、頭をかいた。
「なんなんだよこいつ。何が目的なんだよ」
残党をまとめたと思ったら、この投げやり感。
魔獣を呼んだと思ったら使役はしてない。
どうにもやることが中途半端だ。本当ならじっくりと問い質したいところだが、そうもいかない。
土蜘蛛からの映像で、魔獣がとうとう土蜘蛛に飽きて、その進行方向をゲルマーへ向けたのだ。
早いところ止めないとまずい。
しかも使役してないというだけあって、めちゃくちゃに暴れまわっている。
前の方に出ている残党たちも何がなんだかって感じで慌てふためいている感じだ。
「俺は魔獣を止める。お前たちは先に避難していろ」
「しかし、ご主人様! 魔獣は強力です!」
ユキノがそれを制止してくるが、それを聞いている状況じゃあない。
「こっちには黒騎士の鎧があるし、磨墨もいる。なんとかしてみせるさ」
「ですが……!」
「んーうるさぁい……」
と、ここでどうやらミズチが目覚めたようだった。
目をごしごしとこすりながら、大きなあくび。全く、この状況でなんとも気が抜けるね。
「むー……なんか、気に入らないニオイがする……」
「み、ミズチ?」
目が覚めたミズチはどうにも寝起きが悪そうだった。
おかしい、普段はこんな子じゃないのに。
「……魔界の獣……う、ウルル!」
「きゃっ!」
その瞬間、ミズチはポーラの腕から飛び降りると、全身を震わせた。
「おい、ミズチ! ここで大海龍になるのは……!」
「言ってる場合じゃないですよキドーさん! 離れないと!」
アムの言う通りだ。
俺たちは急いで陣幕から出て、元の姿に戻るミズチから離れる。
数秒後、とうとう大海龍の姿に戻ったミズチは雄叫びを上げながら、ずりずりと蛇のように移動を始める。
その方角は魔獣がいる方だった。
「ま、まさかミズチの奴……寝ぼけてる?」
こっちの話を聞く耳もなく、大海龍状態のミズチはついに魔獣へと接触すると、やにわに長い尾で魔獣の横っ面を叩きつけていた。
「おいおい……あの子、あんなにお転婆だったか?」




