第62話 魔の目覚め
そもそも、連中はなぜベガとミズチをさらったのか。
ベガが領主の子供だから? ミズチは勘違いでさらわれたと言われている。どちらも納得はできる話だが、どうにも俺は小骨が喉に引っかかるような感覚だった。
そもそも、ベガはゲルマー騎士団で騎士長を務める少年だ。その実力のほどは俺は知らないが、鍛えられた部下を見る限り名ばかりというわけではないだろう。
事実、彼は他の兄弟を守るために動いていたと聞いた。
戦闘力の高いベガをわざわざ狙う理由ってのがイマイチわからないんだよなぁ。
「精霊とのハーフ、だからという理由も考えられますね」
俺の疑問に答えるようにポーラがつぶやく。自然と小声になっているのは敵に気が付かれないようにするためだろう。
「ハーフ? そういえば、ベガの母親、アマンダはウィンディーネだったな」
「はい。精霊は常人とは違い、その身に宿す魔力は多く、なおかつ純度の高いものです。ゲルマーの水路が発展したのも恐らくはアマンダ様のお力だと思います。ウィンディーネは水を司る精霊ですし」
「なるほどな。とうの第二夫人の確保は難しくとも表に立つ機会の多い息子、そしてハーフであればその力をって考えか」
ベガの能力はわからないが、ポーラのいうことが正しければハーフでもその力は引き継がれるというわけだ。
とすると、連中の狙いはわかりやすい。単純な人質というだけではなく、その魔力を用いたなんらかの計画を企てているとみてもいいかもしれないな。
「しかし、だとすれば敵の目的はなんだ? 魔力を大量に使うってなると、俺のイメージではスキュラがやろうとした眷属の召喚、イーゲルがやっていた肉体強化や死霊兵の操作だが……?」
「イーゲルに関しては魔族の入れ知恵が大きいです」
狐形態で俺たちを先導するユキノは一旦立ち止まりながら、つぶやいた。
「私はあの魔族に捕縛され、献上品としてイーゲルに捧げられたのです。イーゲルは私がこういう存在であることは知らなかったようですけど、魔力タンクという意味では重宝していました。それはさておいても、その頃からイーゲルの盗賊団には魔族が頻繁に接触するようになりましたね」
「そういえば、私たちってイーゲルたちのことはあまり知らないというか、わかってないですよね。大きな盗賊団で、元はどこかの国の軍隊だったって話だけですし」
アムの言う通りだ。
俺にしてもイーゲルは敵の一人って認識しかなかった。胸糞悪い鬼畜野郎ってのはあるが、それ以上のことは知る由もない。
だが、今の思えばそうなのだ。俺たちはイーゲルの組織がどういうものであるかを全く知らない。ただの盗賊団、その程度の認識だ。
「あと、今の話をきいて思ったんですけど、カウウェルって人がイーゲルと接触して、その……えぇと」
「私は気にしてないわよ、アム」
咄嗟にアムが口ごもると、ポーラは小さく笑って話を促す。
「えと、ポーラさんとか、女性をさらってはイーゲルたちの下に送り届けていたんですよね?」
「そうなるな。事実、あのカウウェルの屋敷からはポーラを含めた複数人の女性冒険者が発見されたし……ん?」
そこまで言って、俺も違和感に気が付いた。
「待てよ。あの時、イーゲルの盗賊団にはそれらしい女たちの姿はなかったぞ」
戦場に連れてくるってことがないだけなのかもしれないが、カウウェルがイーゲルたちと接触して送り届けていた女性の数は俺たちが知らないだけでも多いはずだ。
もとより人身売買の疑いがかけられていた男だ。たった数人だけってわけでもないはずだが。
「ユキノ、お前は何かわからないのか?」
「申し訳ございません。私はずっとイーゲルのそばに繋がれていましたので……」
「そうか……でも、それが今回の件と何か関係があるかと言われると微妙なんだよなぁ……」
そう、気にはなるがいささか話が逸れていた。
俺たちは今、盗賊の残党処理が目的であり、イーゲルの組織の秘密を探るわけじゃない。
「だが、残党のことを調べれば何かわかるかもしれないな。記憶しておこう。とはいえ、今の目的はミズチとベガを助けること、そして可能ならデュールとかいうリーダーを始末することだが……」
「ところでキドーさん。ミズチとはまだ連絡は取れないのですか?」
そう尋ねてくるポーラに俺は腕を組んで、口をへの字にしながら返事をする。
「あぁ……もしかしたら眠らされているのかもしれないな。睡眠薬が大海龍に通用するのかって話も出てくるが……」
いまだにミズチとは連絡が取れない。
ここまでくると正直、不安で仕方がない。
意識しないと焦ってしまいそうだ。
「今のミズチは人間の姿を取っていますからね……魔力はさておいても、その肉体レベルはやっぱり子供ですから……」
「ふーむ、そのあたりも難儀だな……ミズチとの連絡が取れさえすれば、あとは簡単なんだが……」
ある程度の場所も絞り込めるしな。
とはいえ、ミズチはまだ子供だし、大海龍とは言え、俺個人としてはこういうことにかかわらせたくはないんだけどなぁ。
「……? ご主人様、魔力のニオイが……」
そんな矢先だ。
ユキノが何かをかぎ取ったらしい。
「敵か? 陣を見つけたか?」
「はい、そうだと……いえ、違う、これは……」
俺たちにはユキノが何を嗅ぎ当てたのかはわからない。
ユキノはどことなく焦っているようにも見えた。
「これは、魔力の爆発……!? 召喚魔法です!」
「なんだと!」
ユキノが叫んだ瞬間、立っていられない大きな揺れと轟音が俺たちを襲った。
刹那、俺たちは森の最奥に位置するであろう方角から巨大な影を視認した。
それは二本足で立つ巨大なトカゲのような化け物だった。しかし、トカゲや蛇のような頭部には巨大な目玉が一つあるのみ、口はなく、表皮もぬらぬらとしているように感じられた。
「なんですか、あれ……」
アムは槍を握る手を強くしながら、思わず後ずさっていた。
ポーラも同じで杖を抱えるように持ちながら、どことなく顔色を青くし、口元を押さえていた。
「う、これは、瘴気……!?」
「魔、魔界の生物です!」
ポーラとユキノにはその存在の出現は応えるようで、膝をついてしまう。
件の巨大怪獣は口がないのに、その巨大な存在はまるで咆哮するように全身をざわつかせていた。
「魔界って……なんでだよ……まさか、デュールって奴は……」
俺はかつてイーゲルのそばに仕えていた男を再び思い出した。
「魔族……なんでたかが盗賊団の残党にまで魔族が!」




