第60話 捜索隊結成
「兵たちに失態があるとは思っていない。あるとすれば、俺の楽観的な姿勢だ」
翌、早朝のことだ。
本来ならバーレンは家臣一同と対策会議を開くはずだが、その会議の準備が整う前に俺たちを呼び寄せた。
俺たちは客人だが、立場としてはそれだけで、会議には参加できない。
集まったのは俺のパーティメンバーとレオン、サリーだけだ。バーレンの二人の妻は私室で休ませているらしい。
バーレンは能面のような顔で、表情をうかがい知ることができなかった。
しかし、ピリピリと感じるのは怒りの感情だ。彼はそれを無理にでも律して、冷静でいようとしていた。
「地下水路からの城内への侵入。敵が一枚上手だった……それだけの話よ」
サリーは別に慰めの言葉を投げかけているわけではないようだった。彼女としても、賊の動きは予想外だったのだ。
「兵たちに調べさせたところ、地下水路から排水路へと通じる鉄格子が破壊されていたそうです。連中、よく調べたうえでの行動でしょう」
レオンはいつになく真面目な表情で報告を行なった。
「巧妙でした。撤退するものと、殿として捨て駒にされるもの、初めから明確に分けていたのでしょう」
「組織の動きだな。敵の頭脳がここまでやるとは正直思っていなかった。森に身を潜めたゲリラ的な戦いで手こずるならまだしも、大胆にも侵入を果たし、まんまとベガたちをさらうとはな……連中め、こちらの弱点を理解したうえでの行動だ」
連中に賛辞を贈るわけじゃないが、鮮やかだった。
俺が始末した連中は単なる捨て駒。今回の侵入に関しても大したことは伝えられていないようで、どこで合流するのか、何が目的なのかはわからないままだ。
「申し訳ございません」
「二代目殿?」
俺が頭を下げるとバーレンはわずかに眉をひそめ、驚いていた。
「偉そうなことを言った手前、このざまです」
「よしてくれ。客に不手際を訴えるほど、俺は落ちぶれちゃいない。これを予想していれば、最初から君に依頼をしている」
「しかし、私は忍者です。まんまと賊の侵入を許したのは、失態です」
それに、俺も家族をさらわれた。
ミズチとは依然、交信ができない。生きているのかすらもわからないのだ。
彼女は一応は大海龍と呼ばれる高位モンスターだ。幼体とはいえ、その力は並の人間のそれを超える。
だが、何事にも例外はある。ユキノが良い証拠だ。彼女は、囚われ魔力供給源として使役されていた過去を持つ。
となれば、たかが盗賊と侮ることはできない。
「気負うな、二代目。お前も家族をさらわれ、気が高ぶっているように見える。それでは冷静な判断は下せまい」
「……」
図星だ。
俺はかなり焦っている。むしろ、今すぐにでも飛びだし、彼女たちを助けに行きたい衝動すらある。
「考えていることはわかる。だが、事は慎重に運ばねばならない。ベガたちの奪還は当然のことだ。捜索隊を結成する。責任を感じるのであれば、お前にはこれに参加してもらうこととなる」
「当然です」
俺が傅くと、アムたちもそれに倣った。
「……アムたちは残れ。これは俺の仕事だ」
俺は彼女たちの参加を芳しくは思っていない。
正直を言えば、足手まとい……それは酷いことを言っている自覚はある。
それに、それは俺の臆病でもあるのだ。俺は、この失敗を重く捉えている。いや、自分で言うのもなんだが、気にしすぎなところもあるだろう。
なら、自分一人で動いている方が気楽でもあった。
「そうはいきません。ミズチは家族です。仲間です。それに私の目の前で攫われたんですよ? 私はもう親しい人がいなくなるのはごめんです」
でも、アムの決心は固い。
「連中に囚われた者がどうなるかは、私が一番知っているつもりですよ。それは、許してはいけないことでしょう?」
ポーラもそれに続いた。
「ご主人様。全てを背負う必要はありません。それでは、私たちのパーティが意味を成しません」
ユキノも同じ気持ちのようだ。
「し、しかしな……」
「第一、ミズチたちの居場所、今からそれを探すのは大変だと思いませんか?」
「む、それはそうだが……」
「私ならある程度の範囲まで絞り込めます」
ユキノは俺の目をまっすぐと見据えながら言った。
「私は、獣人。狐とはいえ、鼻が利きます。お忘れですか?」
ユキノはふっと笑みを浮かべた。
そうだ、確かバイコーンの大量発生の時、ユキノは鼻の良さがあだで一度潰れかけたことある。あれはバイコーンの放つ悪臭のせいだが、今回はそのような心配がない。むしろ、絶好に生かせる場面だ。
俺はこの周囲の地図を完成させていない。それを作るように分身を送り込んでも時間がかかる。
だが、ニオイを追ってある程度の居場所を突き止められるのであれば、それは短縮にもなる。
「ならば、決まりだな。父上、兵をお貸しください。私に考えがあります」
俺たちのやり取りを見ていたレオンは不敵な笑みを浮かべると、立ち上がり言った。
「何をするつもりだ、レオン」
「なに、キドーの手伝いです。貴族は貴族らしく動いてみせるのですよ。大々的に部隊を動かします。揺さぶりをかけるのです。敵はベガたちをさらってみせた。それはこちらの動きを牽制したいが為、軍を動かせば必ず何か動きが出てくるでしょう」
レオンは説明を続けながら俺の方をちらっと見た。
「それと、ブラック・ナイトハルトが単身、人質を救うべく出陣した。という噂を流します。どうせ、市中には賊のスパイの一人や二人は紛れ込んでいるでしょう。ならば利用します。これは領民の不安を軽減する狙いもありますが、敵が人質を取った理由、それはブラックを恐れての行動でしょう。でなけば、今回の動きに説明が付きません。たまたま、ブラックがやってきた日に、たまたま誘拐事件が起こる。手順が整いすぎています」
レオンの言う通りだ。
ブラック・ナイトハルトの訪問は何日も前から決まっていた。そうなれば、敵は計画を練る時間もあるはずだ。
そして昨晩、まんまとそれを実行したというわけか。徹底的に、狙いを一つに絞っての行動だったのにも説明がつく。
「だからこそ、敵の策にあえてのってやるのです。連中も大軍を壊滅させた英雄を相手にするのは恐ろしいはず。必ず、動きを見せます。それは隙でもあります」
「ふむ……机上の空論ではあるが、やってみる価値はあるが、二代目はどうか?」
「汚名は働きをもって、返上させていただきます。私に、拒否権はないでしょう。それにもともとの依頼もあります。人質を救出と同時に賊の頭も始末してみせましょう」
俺の独りよがりが引き起こしたようなものだ。
責任は取る。
「うむ。では、そのように会議を進める」
バーレンはそのように言うと会議のために部屋を後にした。




