第59話 失態
賊の侵入、ベガの誘拐。そんなことが立て続けに起きたせいか、場内は騒然としていた。
「先に行きます。賊を始末しなくては」
俺はバーレンとレオンが着替え終えるよりも先に飛び出していた。こういう時、忍法というものは頼りになる。一秒というものが貴重なタイミングだ。ろくに体を拭かずに上がったせいか、濡れた体にまとわりつく装束が気持ち悪くて、夜の風がひんやりとしたが動き回っているうちに気にはならなくなるだろう。
「レイラは……!?」
「第一夫人? そうか!」
バーレンはとっさに出した言葉だったのだろう。
だが、俺も彼がなぜレイラの名を出したのかは直観した。彼女は妊娠している。ベガのことは心配だが、この状況下で次に心配するべきは身重の身である彼女だ。
敵の目的が分からない以上、まずは保護を優先しなくちゃいけない。
『ユキノ、そっちの状況はどうだ!?』
俺は次いでユキノたちの状況も確認した。こういう時、召喚獣としての契約を結んでいるのは便利だ。こうして直感的なテレパシーで会話ができる。
『……』
返事が返ってこない!?
『ユキノ、どうした!』
『て、敵が……ミズチを』
『何!?』
『レイラ様をかばおうとして!』
『すぐに行く!』
幸い、契約しているユキノの場所はわかる。城壁を駆けながら、俺は急ぎ、その場所へと向かう。
既に城内の至るところでは戦闘が始まっているようだったが、既に捕らえられたものもいるようだった。
(なんだって急に……くそ、警戒をしてなかった俺の落ち度か?)
普通、こういうのを防ぐの俺の役目だろうが。
それをまんまと侵入されて、ベガをさらわれ、今ではミズチまで危険にさらされている。
ふがいなさすぎる。何が忍者だ。
「見えた、あそこか!?」
城内の一角、そこは確か私室、寝室のエリアのはずだ。男連中が風呂の間、女性陣は何人かお茶のためにそのエリアに集まっていたはずだ。
部屋のいくつかの窓は既に割られていて、中からは騒がしい気配もする。だが、血なまぐさい空気はかぎ取れない。
俺はむしろ嫌な予感がした。
「みんな、無事か!」
「ご主人様……!」
「キドー様!」
窓から部屋に入ると、まずユキノ、アムの無事が確認できた。
「二代目殿ですか?」
二人に守られるように囲まれているのはレイラだ。三人とも怪我はない。
部屋は荒らされており、少々焦げたニオイもした。アムは武器を持っていなかったが、その両手からは水蒸気が立ち込めており、炎の魔法を扱ったのがわかる。
咄嗟に自衛を図ったのだろう。
その場にいるのは彼女たちだけだった。ポーラ、サリー、アマンダはおらず、ミズチの姿も見えない。
「ミズチは! 他の者たちは!」
「ポーラさんたちはお茶の準備ということで、食堂に! 無事は確認できています。ですが、ミズチが……」
涙目になりつつ、アムが説明をしてくれた。他の無事がわかったといっても、ホッとする暇もない。
「か、彼女は恐らく勘違いをされて……」
少し青い顔をしたレイラがつぶやくように言った。
勘違い?
「そんな、まさか。あなたの身ごもっている子を勘違いしたっていうんですか」
「領主の子を出せと、賊は……」
「目についた子どもをさらったってのか!? おのれ……!」
「ほ、他の子どもたちは……?」
「ベガ殿がさらわれたと聞きます。レイラ様、他のお子様は!?」
「夜はベガが乳母たちといるはずなのです!」
俺はすぐさま窓から部屋を飛び出し、再び外へと躍り出る。
「アム、ユキノはレイラ様を守れ!」
返事を聞いている余裕はなかった。
「動きが速すぎる。計画されていた行動だろうが……くそ、ますます俺の不手際じゃねぇのか、これ」
敵に侵入を受ける忍者がいてどうする。
常に警戒を怠らず、状況を把握できてなきゃダメじゃねぇか。
「ミズチ……待て、ミズチは契約した召喚獣のはずだ。呼び出せば、いいんじゃないのか!?」
基本的なことを忘れていた。少なくとも、ミズチに関しては取り戻せるはずだ。
俺はさっそく召喚を行う。
「……?」
だが、ミズチ側からの反応がない。
召喚獣の召喚は相手側の応答がなければならない。強制的に呼び出すことは不可能だ。
「ミズチ? どうした?」
原因は分からないが、ミズチからの反応がない。
まさか……。
「いや、殺されてはないはずだ」
それが目的ならもっと抵抗があるはずだ。
だとすれば、ミズチは眠らされているかなにか、こちらからの反応が返せない状態だということだ。
なんてこった。ダメダメすぎるじゃねぇか!
「くそ、今は侵入者の処理を優先するしかねぇのかよ」
うじうじとしていても仕方がない。ミズチたちのことは気になるが、今は優先順位を決めなければならない。
俺は感覚を研ぎ澄まし、影の中から弓と矢を取り出した。
たとえ騒音と夜の闇の中でも、忍びの目は敵を逃さない。
だが、城外へと逃げていく敵に意識を向けるが、それらしい影が見当たらない。普通、馬なりなんなりを使えば目立つはずだが……。
「まさか……くそ、俺はバカか!」
そこに至って、俺は一つ情報が抜け落ちていたことを自覚する。
このゲルマーの街は水路が発達しているんだ。と、なれば当然あるはずだ。
「地下水路があるんじゃないのか!?」
この世界の文明技術は中世ヨーロッパ並みとはいえ、一部は魔法のおかげで発達している。下水処理用の水路があってもおかしくはない。いやむしろ、シャワーを魔法で再現しているような世界だ。あって当然と思うべきだったんだ。
「時間をかけすぎた!」
そうは言いつつも、俺は分身たちを放ち、巻物を取り出す。
マッピングシステムに頼るしかないのだ。方々に散っていく分身たちのおかげで、地図が更新されていくが、それは地表上の地図でしかない。分身たちでもすぐさま地下水路の入口を見つけられるわけじゃないのだ。
もっと時間があれば、その限りではないのに。
「俺はバカだ。大馬鹿だ。調子に乗ってたんだ!」
その刹那、俺はナイフを構えた賊の一人を知覚した。
そいつは幼い少女を抱えていた。ミズチではない。どことなくレイラに似た少女だ。
「ちっ!」
俺は矢を放つ。矢は真っすぐに男の足の甲に突き刺さり、地面と縫い合わせた。
その場をよく見れば数名の護衛の騎士、そして幼い子たちが集まっているように見える。
そらにそこにはサリーとポーラ、アマンダの姿も見えた。二人とも、魔法を使って寄ってくる賊に対応していた。サリーは樹木の壁を作り、ポーラは様々な属性の魔法をばらまいていた。アマンダは子どもたちを抱えるように背を向けている。
騎士たちは盾になるように賊たちを足止めしていたが、もしや初動が遅れたのか、数人の子どもを抱えた賊が散っていくのが見える。
「逃がすか!」
俺は絶え間なく矢を放った。
賊の動きは単調だ。それゆえに数で圧倒されると厄介だが、バカみたいに迫ってくるのを見ると、既に逃げ出した連中が本体で、ここに残ってるのはもしかしたら捨て駒かもしれない。
「遠慮はいらんってわけか?」
俺は残りの矢を打ち尽くすと同時に生き残った賊たち目掛けて急降下する。
既に矢で射殺した数は十人。残った賊の数はたったの三人だ。だっていうのに、撤退しない。バカか、こいつらは。
「シャッ!」
俺は賊の一人の首を両足で抱え込み、勢いのままへし折る。両脇にいた残りの二人にはクナイを口内に投擲し、始末する。
あまり、子どもの前で血を見せたくないが、そこはもう勘弁してもらうしかない。
俺はすぐさまその場から離れていく。
「お客人!」
「入り込んだ敵の数は? 領主様のお子は無事でございますか?」
俺という存在はレオンが街で作ってきた友人という立ち位置にいた。
英雄ブラックとは別人ということになるだろう。
「数は多くないはずだ。既に捕らえたと連絡もある。だが……」
「話は聞いています。ベガ様と……うちの子が」
「もう一人? それは聞いていないな。だが、ダグド様の子はベガ様を除き無事だ。サリー様と、お客人のお連れのおかげだ。感謝する」
「いえ、こちらも早く動ければ……」
この日、城内に侵入した賊の数は十五人。
うち、三人が既に逃げ出し、ベガ、ミズチをさらった。
残った十二人の内、三人を残し、賊は全て始末された。




